──────Saber Side VS Berserkers──────
「ぐ、お────────うあああああああああああああああッ!!!?」
彼のマスターが果敢に敵マスターに挑んでいる間にも、セイバーはバーサーカーの問答無用の暴力をその身に浴び続けていた。
魔剣の強打で吹っ飛ばされてそのまま民家に激突。木造建築の家屋の壁をやすやすとぶち抜いて外まで貫通した。
時が経過する程に狂戦士が振り回す魔剣の威圧感が増してくる。相手の強さが高速で加速していく。
一方的に嬲られ続けた肉体が感覚を麻痺させたせいか、一体どれくらいの時間が経過したのかわからない。
一時間か? それとも三十分か? まさかまだ十分しか経ってないってことはあるまいな?
しかし凶獣にはそんなことなど無関係だった。
何分経ってようが獲物をズタズタに引き裂くまで奴らの狂気と殺意は止まらない。
災厄を振り撒くだけしか能のない凶剣がまるで狂犬のようにギャンギャン喧しく吠え散らかしながら騎士を激烈に責め立てている。
「死ネ! 死ネ! キリストノ狗ガッ!! アタシノヘイドレクノ敵メェェェッ!! ■■■■■■■ーーーーーー!!!!!」
「ぶ───ゴ、ハァ……ッ!! つ、強い……コイツ強すぎる。こ、このままじゃ────イヤ、それは絶対に駄目だ……!」
またしても狂戦士の強打を受けてしまった騎士の身体が再び木葉のように軽々と宙に舞った。
───負ける。負けちまう。このままでは確実に負けてしまう。
まさかオレはよりにもよってルゼリウフや侍女たちを謀殺した本当の仇に逆に返り討ちに遭って死ぬとでも言うのか?
いや駄目だ、冗談じゃない。絶対に認められない。そんなものは許容できない。許していい筈がない……!
オレはルゼリウフを、その侍女たちを……あの狂獣から守ってやりたかったのに守れなかった───。
その上、なにより悔しいのが親友の助言を殺害計画にまんまと利用されたことだ。
もしがあの時自分が角笛を吹かなかったら彼女たちは死ななかったかもしれない。
オレはまるでオリヴィエの助言がルゼリウフたちを間接的に殺してくれたと言わんばかりの雨生のふざけた態度を思い出した。
それは最高の屈辱だ。なんたる侮辱だろう、なんたる恥辱だろうか。こんなものは赦されない、絶対に赦さない。
だってそうだろ?
貴婦人の命も守れず、親友の名誉も守れず、己の仇も討てずに何が騎士道か、何が英雄か、何が最強のパラディンか───?
このままじゃ終われない。このまま終わりたくない。このまま負けられない。
そのためならどんな大恥だって飲み込める。プライドだって捨てていい。無様でも勝ちたい。オレは奴らに勝ちてぇんだ……ッ!
このまま奴らに何の天罰も与えられず無様に散るなどあっていい訳がない─────!!
「ア、ヤカ………」
契約者同士が繋がっているレイラインを通じて、少し離れた場所で己のマスターが戦っているのがわかる。
あの勝気な彼女のことだ。きっとオレの不甲斐なさを心配して現状を打破する為に敵司令塔を危険を承知で叩きに行ったに違いない。
お淑やかなオードとは全然違う性格だけど、とてもいい娘だってのはここ数日の付き合いで嫌でも理解した。
きっとそんな女の子だからこそランサーも命を捨てて彼女を守り抜いたに違いない。
今ならランサーの気持ちが痛いほどにわかる。
あのサムライと言う名の極東の騎士は何があろうと絶対にアヤカを死なせたくなかったのだろう。
強敵二人に狙われる極限状況で唯一残ったアヤカを生かす道としてオレに彼女を託し、侍は騎士の責務を全うして誇り高く死んだのだ。
ならば自分にも義務が課せられている。放棄することなど許されない責務が。
侍がそうまで守り抜いた主君を死なせる騎士など到底騎士とは呼べない紛い物だ。
無念ながらオレは最初の姫君であるルゼリウフを守れなかった………。
ならばせめて侍から託された二人目の姫君だけは絶対に守り抜く。どんな敵だろうと守り抜いてみせる。
「ゴ、バッ……ぶ、らぁッ!! ア、アヤカ────」
バーサーカーが四足獣か蜘蛛のような天地を飛び回る多角的な動きで騎士を空宙で撥ね回しまくる。
セイバーは辛うじて直撃を避けてるだけの頼りない防御をするばかりでされるがままになっている。
しかしいくら肉体をボロボロにされようが騎士の瞳はまだ死んではいない。
───否、むしろ蘇っているとすら思える力強い輝きがある。
自分はヘイドレクたちの弱点が女性である綾香だと知っていながら……彼女をなるだけ奴との戦闘に巻き込むまいとした。
そうだ、まずそれが致命的にいけなかった。
なんて馬鹿げた思い上がりだろう。そんなものは一丁前にバーサーカーと勝負が出来てからすべきことだったのに。
だけど騎士は自身のプライドを優先させた。少女の力を借りずとも自分なら敵に勝てると自惚れた。
自分はもう少しのところで危うくあの鮮血に染まった峠での過ちと同じ過ちを犯すところだった。
初めから素直に認めるべきだったのだ。
────オレ一人の力では男殺の魔剣を抜いたバーサーカーに勝てない────。
仇敵に好き放題に打ちのめされ、危うく失いかけそうになる霞む意識の中でセイバーは己の現段階の力を弁えた。
認めよう、このままいけば自分はバーサーカーに無惨に敗れ去るのは確定的だ。
だがそうなればたった独り残されたアヤカはどうなる?
そんなの決まっている。あの狂人に残酷な仕打ち受けて弄ばれ、耐えられぬ辱めの後に凄惨に殺されるだけだ。
"───ならば愚問と知りつつも敢えて問おうか"
"聖堂王シャルルマーニュの十二聖堂騎士筆頭ローランよ、そんな惨い彼女の未来を弁えた上で貴様は負けるのか────?"
「………ふざけんじゃねぇ」
騎士の胸の奥底に小さな火が灯る。
煙草の火にも似た小さくも高熱のソレは男の決意に呼応するかのようにみるみる大きくなっていく。
────オレもアヤカだけは絶対に守ってみせる。
マスターだからではなく。
ランサーから託された義務だからでもなく。
ルゼリウフを守れなかった代わりの贖罪だからでもない。
ただ命を賭けてでも守ってやりたい女の子だから守る。
信頼してくれたんだあんなにも。マスターでありながらもあくまで対等であろうとしてくれた。自分などために涙まで流してくれた。
単に戦争中に途中交代しただけの縁もゆかりもない騎士を主君として信頼してくれた一人の女の子。
だから護りたい─────否、護る!
そこまで理解しているのならばやることなんて一つだけだろ。
現段階ではどう天地がひっくり返ろうとも貴様はアレには勝てん。
アレはそういう概念だ。骨の髄まで散々叩き込まれた絶対的ルールだ。
さっき貴様は言ったな、どうあっても勝ちたいと。
そのためなら意地もプライドも捨て去れる、どんな恥も飲み込めると……!!
プライドなど捨てられるはずだ、親友《オリヴィエ》の名誉を守るためになら────。
命など惜しくもないはずだ、あの仇敵を討ち滅ぼすためになら────。
どんな恥辱にも耐えられるはずだ、あの少女《アヤカ》を守るためになら────。
────貴様が真に心からあの最凶の悪魔たち《ヘイドレクとティルフィング》に勝ちたいと願うのなら。
あの魔の男殺剣の呪詛《ルール》に対抗あるいは打ち破れるだけの奇跡《ルールブレイカー》が一つ必要だ──────。
ああ、わかってる…人を救うのはいつだって神の奇跡だ。
いま心から欲するのは奇跡──────そのためにオレは、
「アヤカァァアアア────ッ!!! 少しの間だけでいい! オレをバーサーカーから守ってくれ──────!!!」
恥も外聞もプライドも全て捨て去り、全力で少女に助けを求めた──────!
「─────!!!?」
綾香は騎士の予想外の絶叫内容に一瞬だけ驚いたが、即座に言葉の意味を理解し詠唱の照準をバーサーカーに合わせた。
是非もなかった。なんと"あの"ローランが、自分にハッキリと助けを求めてきたのだ。
あの誇り高い騎士が、そのプライドの高さが災いして最悪の悲劇を招いてしまった英雄が今、恥を忍んで確かに己に助けを求めている。
ならば……その想いに応えてやれないようではなにがセイバーのマスターだ!!
「────疾風怒涛、嵐は雲を食み肥え太り───」
「させるかよこの大間抜けがァ! 自分のサーヴァントが無様に死ぬ姿を黙って見ていろ小娘──!!」
だが同時に剣士に何らかの援護をしようとしている少女の思惑を見抜いた雨生が速攻で妨害に入る。
一工程で放たれた魔術攻撃。
敵を即死させるほどの破壊力は望めないが相手の呪文を寸断するには十分な威力と発動速度。
防御行動を取るなら彼女は現在の詠唱をキャンセルするしかない。
しかしそれは決定的な見逃しに繋がることなるだろう。
セイバーが何を企んでるのかは知らないがこのタイミングで一度援護を潰してしまえばもう次はない。
これで奴らは終わりである───!
「───いずれ暴風を纏って竜巻となり台風が現わる、この地へ来たれ風神の化身よ─────ッ!!!」
だがしかし、信じられないことに綾香は雨生の攻撃魔術に対して全く防御行動を取らなかった───!
敵の魔術で身体を焼かれてもいい覚悟で彼女は詠唱に没頭し続けたのだ。
そしてついに短くも長かった三小節の長詠唱を完走させた。
直後、少女を中心部にしてその周囲に強力無比な竜巻が発生した。
旋風で多少威力が削がれるも雨生の攻撃はそのまま少女を直撃。だが綾香が地面に倒れ伏しても一度発生した風神の権化は消えない。
家も軽々吹っ飛ばしそうな膨大な風の塊は照準通りにバーサーカー目掛けて轟々と唸りをあげて直進する。
「■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
綾香が放った爆風魔術に本能的な脅威を感じたのだろう。
宝具を解放してから散々セイバーを痛ぶり続けていたバーサーカー手が初めて止まった。
次撃が途絶えた騎士の体がそのまま地面に叩き落ちる。
墜落した騎士を一旦無視して狂戦士は恐れ知らずにも風神の化身に突っ込んできた。
黒き凶戦士は明らかに魔剣で風塊の核を斬るつもりだ。
獣の咆哮が風の咆哮が互いを踏み潰さんと激突する───!!
結果は惨敗。清々しいくらいにあっさり負けた。
凶獣の一撃によって霧散していく風神。
対魔力スキルのないバーサーカーは風塊と共に発生していた鎌鼬を無力化できず所々に多少の裂傷を受けていた。
が、あんな傷など高ランクの戦闘続行スキルを備えた奴には無傷も同然だ。
風神を殺し終え、新たな標的を探している狂戦士と綾香の眼が合った。
その瞬間、心臓が凍るようなゾッとする悪寒がした。
狂気に侵された双眸が次はお前を殺すときっぱり断言している。
バーサーカーは顔だけ上げて地に倒れている少女の姿を認識すると、一瞬だけまるで選り好みするかのような妙な動きで一時停止した。
しかしそれも短い間だけだろう。
たとえティルフィングで女は斬れなくとも人間の女一人殺す程度なら素手で十分過ぎる。
あと二、三秒もすればたちまち再始動したバーサーカーが容易く彼女の頭部を踏み砕くことだろう。
それが、危険を承知で騎士に援護射撃した沙条綾香に待つ十秒後の未来であった─────。
────しかしその刹那の躊躇《隙》をこの世の誰よりも渇望していた男がいた。
この一瞬にのみ勝機を賭け、己のすべてを投げ売った英雄が千載一遇にして起死回生の一手を掴む──────!
「オ、あ、ぉ………うおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
全身ズタボロにされ可動するのを放棄しそうになる肉体を"アヤカを守る"という一心のみで強引に稼動させ50m後方に後退した。
ダメージの蓄積により身体の芯から湧き上がる痛みを強靭な意志と気合で押し殺して着地する。
バーサーカーがセイバーの離脱に気付いた。攻撃目標を綾香から己に変えたのが手に取るようにわかる。
狂戦士の行動は迅速だった。騎士が女ではないとわかるや即座に轢き殺すべく凶暴な怨嗟の声をあげて走り出した。
バーサーカーがたちどころにセイバーとの距離を詰め寄ってくる。
これだけ。そう、たったこれだけ。
たった後方跳躍《コレ》のためだけに英雄は恥も屈辱も名誉も自尊心も放り捨てたのだ。
たったこれだけの事が自分だけの力ではどうあっても届かなかった。
女性である綾香の力を借りなければ決して成し得なかった起死回生にして逆転への一手。
もし生前にそうしていれば皆を救えるとわかっていたら、果たして自分は今のように大事なモノを捨てられただろうか?
それはもう何の意味もなさない"if"。過去は変わらない。彼の中ではとうの昔に終わってしまったこと。
騎士は過去で朋友たち救えなかった。
しかしもう同じ過ちはしない。過去は既に無理だとしても、現在がまだ救えるのであれば───。
投げ売ったモノは彼にとって決して安くはなかった。
だがこれから騎士が買い取るモノを想えば支払った代価など十分に釣り合っていると思える。
英雄は、たった一人の少女の命を守り抜くために己の大切なモノを放り投げると決断《かくご》したのだから。
冥府の死神がセイバーに死を届けんとすぐそこまで迫って来ている。
バーサーカーのマスターの言ったことは確かに一理あるかもしれない。
大馬鹿者のオレなどよりも知恵者たるオリヴィエの方がずっと優秀だろう。自分だって素直にそう思うさ。
それだけじゃない、ドゥーズペールだって皆優秀な奴らばかりだ。
真面目で熱血漢なルノーに、穏和で聖人のテュルパン大司教、アストルフォだってさり気なく色々できる。他の皆だってそうだ。
そんな中でオリヴィエこそは様々な能力を高次元のバランスで備えた文武両道の英雄の代表格。それで有能でない筈がない。
だがな、そのオリヴィエでさえ昔こう言ってくれたぞ。
"無理に私と比較する必要はないさ────ローラン、君は私が持っていないモノをちゃんと持っている"
オリヴィエには無く、ローランには有るモノ。
そんなの大した数あるわけじゃないんだから改めて確認するまでもない。
自分が他のパラディンたちよりもここだけは優れていると断言できる特性。
それは、不可能をぶち破る突破力。
最後に必ず何とかしてくれると皆が期待する英雄としての絶対性。
この双肩には己の後に続くすべてのフランク騎士や兵士たちの沽券が乗っかっている。
オレは敗北など許されている身ではない……!
さあいくぜ、しかとその眼に焼きつけるがいい。
これが、天下無双揃いのドゥーズペールにおいてなお最強と謳われたパラディンの真価だ─────!!
「────今こそ此処に、主たる貴方の剣になると誓う」
セイバーの右手に固く握り締められた煌めく聖剣が横真一文字を虚空に刻む。
斬られた軌跡がうっすらと光り輝いていた。
「────人々は弱く、救いを願い天に祈りを捧げ続ける」
続いて流水のような美しい動作で剣の切っ先を上空へ持ってゆくと、そのまま天から地を縦に真っ二つに斬り裂くように振り下ろした。
剣を振り下ろしながら片膝を折り、地面まで斬らんとせん勢いでしゃがむように深く腰を落とす。
騎士のその格好は片膝を着いて腰を落とす騎士の礼にどこか似ている。
「────この聖十字が神の庭に刻まれる時、この世で唯一人あなたに魔を滅ぼす許可を与えられし者が生まれん」
二つの斬痕が垂直に交わる。、
さらに強い光を帯び始めた十字傷。
聖剣が虚空に描いたものは天使の聖剣だけが刻める唯一無二の聖十字。
「神の御名の下に、我は常世全ての邪を斬り裂く神の光刃なり───────!!!!!」
最後の祈りの言葉と共に、セイバーは片膝を着き腰を落とした状態から一気に立ち上がると……、
聖剣デュランダルを突き上げるようにして天高くへと掲げた───────!!!
その刹那の時を契約と聖痕の証として、天使の剣が持つ最後の奇跡が目を覚ます。
奇跡が出現する。
ローランの身体に天高くより聖光が降り注いだ。
その光柱は自然現象を超越した有り得ない幻想風景だった。
いつの間に雲に覆われたのか、上空には月や星や太陽などどこにも存在していない真闇が広がっている。
光が地上に降り注ぐための光源はどこにもありはしない。
だというのに美しい光が地上に雄々しく立つ聖堂騎士を包み込むようにして照らしていた。
それは暗き洞窟の天蓋から差し込む一筋の月光を幻視させる。
芸術や聖性なんて言葉すら生温い神秘的な輝き。
天使の階段を全身で浴びているような。それともまるで地上に天の御使いが光臨したかのような。
どこか聖画を思わせる厳粛な気配すら漂わす本物の幻想がそこには"いた"。
聖堂騎士の雄姿はどこまでも美しい。
柔らかく暖かな聖光を浴びてうっすらと全身が淡い光を帯びている。
しかしその中で一際目を惹くのが聖騎士が右手で天高くに掲げているデュランダルであった。
風貌が明らかに以前のモノとは違っている。
極上の黒鉄と言った表現がよく似合う艶のある美しさを秘めた鋼の名剣の姿はもうどこにもない。
そればかりではなく、漂ってくる気配からして聖剣はもう以前とはまるで違う存在だと理解できた。
現在のデュランダルの白刃は淡く仄かな青白い聖光で包まれている。
名剣は持ち前の美しさを遥かに通り越して、視る者に畏怖を与えてしまう神聖をその刃に纏っていた。
そして同時にそれを握る青年もまた、従来のローランではなくなった。
神意を降臨させる儀礼はすべてが正しくなされ。
────この時を以て、地上に蔓延るありとあらゆる魔を撃滅する最強の神剣が降臨した──────!!
「─────この瞬間より我が身は絶対にして唯一の神意の剣となった。
不浄なるモノを浄化する天剣の聖なる光こそが神威であり罰。そして同時に主の慈愛なり。
汝の呪われた魂を、我が聖剣の清めを以て解放しよう─────────」
「邪神どもの軍兵たる狂戦士よ、覚悟はできたか?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■─────!!!!」
バーサーカーは一切の躊躇なく雰囲気が豹変した騎士との間合いを詰め切っていた。
狂乱の戦士にとって、目の前の相手がどれほどの変貌を遂げようが関係はない。
たとえ如何な宝具を使おうとも男殺魔剣ティルフィングに勝てる道理などなく。
そしてそんな当然の理も最上の狂気に飲まれたバーサーカーは理解していない。
ただ漆黒に塗り潰された思考に唯一血色文字で浮かび上がる"あの敵を殺せ!"という感情に従い咆哮と共に凶刃を振りかぶった。
「───さあ、おまえの神に祈れ。オレが貴様たちへの神罰だ────────ッッ!!!!!」
ほぼ同時に愛剣を振りかざし迎撃に出た聖騎士。
両者を象徴した清白と暗黒。
決して混じり合わぬ輝きをした刃同士が仇敵の首を刎ねろ閃いた───!
そのたった一発の応戦が、この場で生き残っている誰しもを驚嘆させた。
ただ一名の人物を除いて───。
「ば、馬鹿な………馬鹿な、いやばかな馬鹿なありえないバカな馬鹿なそんなバカな馬鹿な───!!!??」
「ギギ、ド……ドウナッテル……ナンデ!!?? ヘ、ヘイドレクゥ、ヘイドレクー! コイツ男ナノニ死ナナイ───!!!??」
ありえないと悲鳴を上げる雨生。狂剣が鼓膜の痛くなる甲高い音波で眼前の現実を否定するように絶叫した。
理性を剥奪されているヘイドレクでさえ僅かな驚愕の念が生まれている。
しかしそんな中、声も出ない程に一番驚いていたのは騎士のマスターである綾香その人だった。
「す……すごい、本当に、すごい……………ッ!!」
ありえない。本当にありえない。今までずっと駄目だったのに。
何度やっても、誰がやっても、決して勝てなかった呪いなのに───!
────セイバーがバーサーカーと打ち合ったままの格好で拮抗していた。
何度トライしてもその悉くを跳ね返され続けてきた騎士の剣が間違いなく────今確かに拮抗していた!!
初太刀の激突からそのままギリギリと鍔迫り合う二人の剣士。
どちらも全く動かない。ボルトで両足を地面に固定したかのように一歩たりとも動きはしない。
呪いを全開にしてさらにドス黒く変色してゆく呪剣とは対照的により強く蒼白い聖光を迸らせる聖剣。
力関係は崩れない。
魔剣が眼前の男を殺そうとどれほど呪詛を吐き出そうとも、両者の拮抗は決して崩れようとはしない。
聖剣が放つその異様な輝きにティルフィングが何かに気付いた。
「ギ、ギキキキ、キサマ───! マ、マサカ……オマエマサカ! アタシト同ジ────??!!」
「ぬ、ぐぉ………こちらとしては一気に大逆転の筈だったが……流石は真性の魔が生み落とす災いの呪詛、一味も二味も違う!!」
どんな宝具を使おうとも、ティルフィングの呪いに打ち克つことなど出来ない。
確かに強力無比な宝具の力があれば、仮に男性であろうともバーサーカーの命を奪うことは不可能ではないかもしれない。
だがそれはヘイドレク本体を倒したというだけで、殺戮剣の男殺の呪いに勝つのとはまた別次元の話である。
男神をも害せる魔剣の呪詛には何者にも勝利できない。
───そう、魔剣ティルフィングと同系の概念《ルール》に護られしただ一つの例外《デュランダル》を除いては─────!!
「キ、聞イテナイゾ貴様!!? コンナ……ココマデ強力ナ概念ダッタナンテ、アタシ聞イテナイ……ッ!!?」
「グッ、うぐ……! それはお互い様だ。だがどちらにせよ、我が聖剣を見くびったオマエたちの失態だ!!」
────聖剣デュランダル。
ヨーロッパ全土に広がる名高き伝説の中で、ただ一人最強の栄誉を冠したフランス最強の大英雄が手にしていた大天使の聖剣。
選りすぐりの一線級の英雄と宝具ばかりが集うその神話において剣一本にこれほどの数の奇蹟を宿していた宝具は他にあるまい。
騎士が成し遂げた栄光と数多の聖人の聖遺物をその腹に収めたことで三つの能力《きせき》を得るに至った煌輝の聖刃。
第一の概念───デュランダルの代名詞とも呼べる如何なる力を以てしても決して砕けることのない『不壊』の奇蹟。
第二の概念───所有者の魔力が尽きようとも聖剣自体が魔力を延々と湧き出し枯渇することのない『湧出』の奇蹟。
そしてそんな大天使の聖剣デュランダルが誇る三つの奇蹟の最後の一つ。
長年ローランと共に無数の不浄や邪悪や魔物を斬り倒してきたことで増幅された力。
第三の概念───聖騎士の"神意降臨"と共に具現化する魔の属性を持つ者に対して絶大な威力を誇る『破邪』の奇蹟。
化物、吸血鬼、悪霊、悪魔などの"怪物属性"や"悪・狂属性"を持つモノたちを例外なく滅ぼす神秘。
魔剣ティルフィングと対極の位置に存在した───
「死ネ死ネ死ネッ! オマエ生意気ダ! 生意気生意気生意気生意気嫌イ嫌イ大嫌イダ! サッサト死ンジャエヨゥーーー!!」
「ならばさっさとオレを殺してみせろ狂戦士。貴様の刃がこの身に届くよりも先に我が光刃が貴様らを滅ぼす!!」
この聖剣こそが数ある退魔系宝具の中において、他の追随を許さぬ至高にして究極の破邪の剣なり──────!!!!
男殺の魔剣と破邪の聖剣が殺し合う。
相反する概念同士が互いの特質を殺し合い、それぞれが誇っていた絶対性が相殺されてゆく。
もはやバーサーカーは男に対して最強ではなくなっていた。
同じくセイバーも魔に対して無敵ではなくなっていた。
ここから先は己が業のみが勝敗を分ける真に死力を尽くした激闘となる。
全く決着のつかない鍔迫り合いの力比べを終えて剣撃での勝負に移行する二人。
高速無数に振るわれた剣斬を悉く打ち払う。
応戦の最中に相手が僅かに見せた極小の隙を瞬時に射抜き、バーサーカーの魔剣をかち上げたセイバー。
聖騎士の見事な小技によって狂戦士の胴が綺麗に開く。
セイバーはその好機を見逃さず一刀入魂の気合で躊躇なくバーサーカーの懐へ潜り込み、そのままガラ空きの胴体に聖刃をぶち込んだ。
「ハ───喰らえッッ!!」
「■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」
聖騎士の渾身の一撃を大地揺るがす雄叫びを吐いて応戦する狂戦士。
だが僅かに遅い。甲高い金属の反響音が鼓膜を揺らす。
バーサーカーは辛うじて胴は守れたものの、敵の攻撃の勢いは全く殺せずそのまま背後に薙ぎ飛ばされた。
「───────ギゲゲギッ??!」
ティルフィングが若干当惑したような声を上げた。
宝具を解放してから男相手に後方へ押し飛ばされるなぞ生み出されてから初めての経験だった。
そこへすかさず追加の攻撃を喰らわせに走るセイバー。
地を飛ぶ白光が凄まじい速度で間合いを詰める。まさに一瞬の出来事だった。
そうして魔を滅ぼす聖騎士は体勢が不完全な狂戦士の一番脆い箇所を針をも通すコントロールで完璧に撃ち抜いた。
鋭い切っ先が敵の上腕に深々と突き刺さる。さらにセイバーは相手の鳩尾に踵で蹴りを入れ、反発力を利用して剣を引き抜いた。
悪鬼から鮮血が噴出する。鳩尾の打撃で声の出ない狂戦士の代わりに憎悪の悲鳴を上げる凶刃。しばらくして刺突の痛みに怒る狂戦士。
セイバーはさらなる追い討ちをかけに出る。
状況が有利だからと言って図に乗るつもりは毛頭ない。
神の剣にそんな感情は不要。
この身はただ天意に従い眼前の魔を滅ぼし尽くすのみ───!
「これは躱せん、そしてこいつも当たる」
冷たく呟いた聖騎士。流水を思わせる華麗な三筋の斬撃が閃く。
バーサーカーの剣技を避ける形で一気に三連撃が狂戦士の屈強な筋肉の鎧に傷をつける。
握られた聖剣より伝わる感触から今度の連撃はさっきの上腕への刺突にも劣らぬ手応えがあった。
狂戦士の受けたダメージはそう浅くないと思われた。
だがしかし、バーサーカーは損傷によって動きが鈍るどころか怯みもしなかった。
そればかりか咆哮で痛みを消し去るようにして果敢に反撃してくる。
流石は高ランクの戦闘続行を付与された戦士だ。想像を絶するまでのタフさを誇っていた。
「ギゲゲゲー! ヘイドレクガ、コノ程度デ負ケルモノカ─────!!!」
怨念と一緒に繰り出される魔性の連斬撃。
ティルフィングが摩訶不思議極まりない軌道を描いて聖騎士の首を落としに迫る。
「またアレか────?!!」
一撃目は余裕のある状態で止めることに成功した。
吹き飛びそうになる身体を右足を木の根のように張り必死に耐える。
魔剣は続いて燕のように宙で旋回し騎士の頭に急下降してくる二撃目を放つ。
セイバーは剣を横にして受け止める体勢に入った。
「────なッ!!!?」
だがティルフィングはそんなセイバーの防御を嘲笑うかのように軌道を急変更して聖剣を避けると、一刀目と同じ首を狙って来た。
「クケケケケバーカーーー!! ソノ首貰ッタワ、ヘイドレクニ褒メテ貰エルゥウゥゥゥ!!!」
「あまり─────────神の剣を舐めるなよ駄剣が!!!」
聖騎士は全神経を極限まで集中させ、自身の持つ第六感を総動員した緊急回避を試みる。
彼の眼球が天使の聖剣とは似ても似つかぬ妖艶な輝きと妖気を放つ男殺剣の軌道をしっかりと捉えている。
命中たるか躱せるかは本当に紙一重の非常に際どいタイミング。
どちらに転ぼうともおかしくはないが、万が一喰らってしまえば容易く生首が飛ぶだろう。
しかしもし躱すことが出来れば一発逆転のカウンターをお見舞いしてやれる。
「く、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
セイバーが首を可動限界地点までを反らして敵の凶器から少しでも逃げようとする。
その直後、轟々と風を抉りながら魔剣が音速の勢いで聖騎士の頭部に到達した。
セイバーの頬を斬り裂いてゆく凶刃。
赤い鮮血の飛沫が宙に舞った。ティルフィングが聖騎士の血の甘美な味わいに吠える。
「ず、ぐ……ッ!! あがッ!?」
呪詛の力によってセイバーの頬には尋常ではない激痛が走っている。
傷そのものは浅いというのにこれほどのダメージがあるとは。
これでは集中が乱れる。神罰代行の邪魔だ。即時排除する必要がある。
全身の感覚は残して痛覚のみを全面的にカットする。
「次は………貴様の番だ────ッッッ!!!!」
聖騎士は激しい痛みを訴える痛覚を己の意思で遮断すると、狂戦士の追撃が振り下ろされるよりも一足速く自身の刃を振り抜いていた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■─────────────!!!!???」
セイバーの命懸けの一撃は真黒の影にカウンターに近い形でまともに入った。
狂獣の咆哮に混ざって吐き出された血塊。
本領を発揮した天剣はバーサーカーの分厚く頑強な筋骨を容易く斬り裂いて多大なダメージを与えると20mほど奴を薙ぎ飛ばした。
それはほんの僅か前のセイバーがバーサーカーにやられていた事をそっくりそのままお返ししたようであった。
騎士は物言わず、聖剣を振り抜いた格好で残心したまま動かない。追い討ちにも行かない。
否、正しくは必要がないから行かないのだ。
手応えは完璧だった。踏み込みも文句なし、腕を振る速度も剣の軌道も角度にタイミングも全てが完璧に噛み合ったカウンターだった。
そしてそんなセイバーの自信を裏付けするようにあの黒き戦闘兵器は地に墜落してから一向に敵に襲いかかって来ない。
しかしそれも当然である。
いくらバーサーカーであろうともあれだけ綺麗に攻撃を受けてまともに動けるわけがないのだ。
────バーサーカーの男殺《たった》の一撃がセイバーにとって致命傷になりかねない脅威であるのなら。
逆にセイバーの破邪《たった》の一撃もまたバーサーカーにとっては致命傷になりかねない威力を誇っているのだ────
つもるところ同種の概念によって護られた剣を持つこの二人は、互いのゆく道の上に天敵として立ち塞がる運命にあったのだ。
流血する身体を押して魔術戦を繰り広げていたマスター二人もその決定的瞬間を目撃していた。
「これは決まった?! おっし! セイバーの勝ちよ!」
「バーサーカー!!? ふざけやがってあの脳筋野郎が────ゴボガフッ!!?」
自身のサーヴァントが重傷を受けて撃墜される様子の一部始終を見せ付けられた雨生が喉から血を迸らせた。
宝具解放の負担で体の中身が悲鳴を上げているのだろう。
いくら礼装と結界の二重援助を受けようとも到底一人で賄いきれる魔力量ではない。
まだ致命的な域にこそ達してないが、このまま行けばどうなるかわからないのは明白だ。
だというのに雨生も狂戦士に劣らない執念を持ち合わせていたらしい。
「────傷人を癒せ湧き水────!!」
よろめく膝を気合で固定し、あろうことかバーサーカーの重い傷を治癒魔術で瞬く間に塞いでしまったのだ。
「────こ、コイツまだそんな余力があったの……!!?」
「あのヤロウ………」
思いがけないこの魔術行使にセイバーと綾香の表情が一気に曇り、魔術師の顔には狂笑の相が浮かぶ。
「──クッ、ゲハハハハハハハハ!! ゴボゴブッゲボ! まだだろ、まだ殺るよなぁ、そうだろバーサーカー!?」
どれだけ悶絶しようがお構いなしで倒れた相棒を鼓舞するように一喝する雨生。
その執念に応える形で再びバーサーカーが再起動した。
魔人の双眸からは聖騎士を呪い殺さんばかりの強い怨念が爛々と放出されている。
「■■■■■■■■■───────。ギ■■■グゲゲゲ、ヨクヤッタワ虎之介!! マダ終ワッテナイゾ基督野郎!!!」
「────いいだろう、ならばもう一度と言わず滅びるまで殺すだけだ─────!!!」
狂戦士は傷の影響など全く見受けられない激走で間合いを僅か三歩で詰め寄ってくる。
聖騎士もまた勢いをつけるために敵と同時に走り出した。
こちらも同じく三歩で互いの間合いを潰し切ると両者渾身の腕力で剣を薙ぎ払った。
激しく交差する聖剣と魔剣。
どこまでも反発し合う概念同士の衝突と豪腕で発生した力の余波によって周囲の物がズタズタに切り裂かれてゆく。
一通り両者の力比べが済んだ後、数歩分間合いを開いたセイバーから繰り出されたのは瞬きも許さぬほどに疾い刺突五連撃だった。
脳天、心臓、喉笛、肝臓、脾臓を狙う機械の如き正確無比の突き。
しかしそれをバーサーカーはいとも簡単に払い落としてみせる。
不条理な剣筋を描ける魔剣の性能を以てすればこの程度の防御は雑技にも等しい。
即座に狂戦士が反撃に出る。刃の応酬が乱れ飛ぶ。
その後、十数合を斬り結んでみたもののとうとう攻め損ねたセイバーが一旦退き距離を開けた。
一拍の小休止が訪れたせいだろう。
「口を利けるのなら一つだけ訊いておく。なぜ我らが崇高なるキリストをそうも憎む?」
ふと、聖騎士からそんな言葉が口をついて出ていた。戦闘中から気付いていた敵がキリストへ懐く憎悪。
「何故カダト……? フザケルナヨ…コノ餓鬼ガーッ!! 貴様達二貶メラレタ彼ノ怒リガ理解出来無イトデモ抜カスカ!!」
敵の言葉に怒り狂い猛然と襲いかかってくる鬼。
互いに交わされる言葉は剣によって質量を持ち、敵の首を刎ね飛ばしにかかる。
言葉を重ねれば重ねるだけ狂戦士の狂気は深まっていく。聖騎士の殺気も際限なく増幅してゆく。
「貴様達ノ存在ハ、アタシノヘイドレクノ存在ヲ全否定シタ!! 神々ノ兵ハ狂戦士ダケデ十分ナンダ!
基督ノ戦士ナゾコノ世ニ不要! 自身ノ崇メル神以外ハ邪神、悪魔ト断ズルソノ傲慢! 万死ヲ以テ償エ───!!!」
より苛烈になる真影の戦士の攻撃。
奴は黒き魔力を迸らせて憎悪のままに騎士に剣を打ち付けまくる。セイバーも必死で応戦し続ける。
しかし瀑布の如き攻撃に曝されようとも聖堂騎士は毅然とした、いやむしろ当然といった態度で相手に向かって断言した。
「何かと思えば戯れ言はそれで終わりか。ならばこちらも一つだけ教えておいてやるぞ悪鬼!
なぜ貴様らの邪神どもが衰退し我らの信仰が後世に残ったのかを。
それは我らの神が貴様らの邪神よりも正しかったからだ!
正義故にキリストの教えは悠久の時を経ても今なお人々の心を癒し続けている。それが我々の決定的な差だ───!!」
「黙レ、他ヲ侵サネバ存在出来無イ狂信者共メ!!
此処デ貴様ヲブチ殺シテ、ソノ下ラナイ神意トヤラヲ木端微塵二穢シテヤル!!
教エノ正シサナド、彼ラニハ不要! 武力コソガ、栄光コソガ、勝利者コソガ、ベルセルク達ノ唯一絶対ノ正義!
其ノ為二モ貴様ハ此処デ……ヘイドレクノ生贄トナッテ死ヌンダ────ッッ!!!!」
「笑わせるなよ悪魔の兵隊が。オレを誰だと思っている?
我らこそはいと高きキリストの教えを守護する偉大なる聖堂王シャルルが誇った十二王剣その筆頭なり。
そしてこの瞬間にあるこの身は主の神意を代行し魔を滅する神の剣だ!
此処は聖なる教えを守る最前線にして最強の砦、悪魔風情が陥落せるものか────!!!!」
互いに交わす言葉はもうないと判ると、次は同時に敵の存在を全力で否定しに乗り出した二人の勇者たち。
繰り返される斬撃の応酬は加速の一途を辿るのみで、両者の動きも剣速と比例しどこまでも加速していく。
最高の一刀を放ち、敵の必殺を辛うじて躱し、決定的な隙を作るための牽制を受け流し、会心の一撃を全力の一発で相殺する。
この斬り結びで討ち取れないのでは続けても無駄に消耗するだけと両者は申し合わせたように再び間合いを開いた。
聖騎士の呼吸が僅かに乱れている。
狂戦士と違いこれまでのダメージが蓄積されているハンデは彼を不利な立場にする。
「まだまだ加速するぞ、凌げるものなら凌いでみせろ!!!」
「■■■■■■■■■■■■ーーーー!!!」
だがセイバーもバーサーカーも決して戦うのを止めようとはしない。
馬鹿を抜かす。今更止められるわけがないだろう。
これは決闘と言う名の己の存在意義を賭けた熾烈な生存競争。
絶対に交わることなき正義を掲げる二人の英雄たちはこの殺し合いの果てでしかその胸に秘めた誇りを守れない。
この死闘はもはやローランとヘイドレクだけの戦いではなくなっていた。
これは神のために剣となった者と、神のために獣となった者の最初で最後の聖戦──────。
敗れればその時点で自身の誇りも名誉も価値も意味さえも全て失ってしまう魂の激突。
数奇な巡り合わせによって実現した、神の代行を成す者たちの一度限りの頂上決戦。
この戦いに互いの信ずる神の威光すらも賭けられてるとあらば、たとえその身が灰になろうが停まれるものか───!
その壮絶過ぎる殺し合いの有り様に、彼らのマスターの戦いの手は完全に中断していた。
いやむしろ戦闘を止めざる得なかったのである。
マスターたちは呑気に敵と戦っているような場合ではなかった。
拳大の石が人なら軽く即死できる速度で頭部を掠めていく。腕程の太さの木片が骨をへし折れる速度で彼らの傍を通過してゆく。
発生した暴風が空気の壁と化して四方へと飛ぶ。英霊たちが剣で斬り合う度に濃度の高すぎる呪詛と浄化の魔力が周囲の命を枯らす。
今の彼女達はむしろ……自身のサーヴァントに殺されかかっていた。
魔術師たちが敵を殺すための魔術を自身を守るために使わねばならない程に戦場は激化していたのだ。
超巨大台風の暴風圏内にいるような生きた心地がしない気分。
風速百メートルの魔風の嵐が無差別な破壊活動に勤しんでいる。
そんな死の台風の目では、この魔風を発生させた原因たる二騎が互いに鎬を削り合っている姿が見える。
決戦は人の動体視力ではもう何が起こっているのかすら理解できない領域に突入していた。
剣筋どころか体の動きさえもう視えない。しかしそれはあくまでヒトの理屈だ。
超人たちの両眼は敵の剣筋を完璧に把握し最善の動作を取るべく肉体を稼動させ続けている。
剣術の正道を完全無視した狂戦士の魔技の乱舞を、聖騎士のヒトの技を超越した神技が追走する。
一進一退の互角の斬り結び。
偶然死の台風の傍を飛ばされる羽虫が瞬く間に粉微塵となった。
綾香たちでは近寄ることさえももはや許されない剣風の嵐。
息をつく暇も与えられない無酸素運動地獄。しかし英霊の表情は変わらない。彼らには一呼吸分の酸素で必要十分だからだ。
たった一呼吸のエネルギーを何倍にも増幅させ敵を倒す力に変えられる者を人々は英雄と讃える。
「これで終いだ……煉獄へ堕ちろ!!」
「終ワリダーーー!!!」
騎士と狂戦士が同時にその力の源を肺に取り込んだ。二人とも勝負に出るつもりでいる。
敵の背後に廻り込むようにして地を翔ぶ足捌き。
しかし酸素を取り込み勝負に出たのが同時なら、勝負球もまた同じだった。
まるで鏡合わせを見ているよう。二人は互いの立ち位置を180度反転させ、同じく頭部を両断する太刀筋で武器を振り抜いていた。
全開の力で交差した剣。衝撃で大地にめり込む両者の靴底。
虚空を走る紫雷が魔力の大輪を咲かせ、生まれた風神の子が周囲を荒らす。
鍔迫り合いの力比べをするだけで両者の剣に宿った相反する必殺の概念が敵の体力を奪っていく。
だがそんな些事は気にもならない。スタミナ配分などとっくに忘却の彼方だ。体力など知ったことではない。
今の彼らは目の前の敵さえ討てるのならば心臓が停まろうとも喜んで突き進む覚悟を決めていた。
さらに剣戟のアクセルが踏み込まれる。
もはや両者共に相手の攻撃速度についていけなくなり始めていた。
引き裂かれる騎士の純白の外套。割られボコボコに凹まされる白銀の全身鎧。鋼鉄を貫いて体に届いた刃は灼ける苦痛しか与えない。
そしてそれは屈強な筋肉の鎧を持つ狂える戦士も同様だった。
魔刃の堅牢な剣の防壁を突破した聖刀が激しい流血を強要する。痛みを通り越した浄化と言う名の拷問を味わおうとも闘志は萎えない。
「ぐっ、うおああああああああああああ!!!」
「■■■■ー!! ■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーー!!!」
吼え猛る勇者の決闘は次第に凄惨な血みどろの殺し合いへと様相を変えていった。
煌めく刃が敵の身に届けば、即座に反撃の一刀が己の身を抉っていく。それこそ瞬きさえしてる余裕もない。
二人の流血具合は着実に悪化の一途を辿っていた。足元は彼らが流した夥しい血で随分と濡れている。人間ならとうに致死量。
なのに彼らの瞳は絶対にただではやられないという気迫の表情で敵の刃の行方を最後まで睨み続けていた。
そんな瞳だからこそ捉えられた敵に生じた僅かな隙。
セイバーもバーサーカーも好機は確実に突いていた。
たとえそれが米粒程度の小さき隙であろうとも必中の弓で的を射貫くが如き精密さで敵の防護を突破し貫通させる。
防具を貫いて突き刺さる牙。無様な悲鳴など上げない。悲鳴を上げる暇があるのならその暇を使って敵の体に己が牙を突き立て返す。
「うが、はぁはぁはぁはあ……ごホッゲハ!!」
「■■■■───。────────」
神の剣も神の獣も肉体が受けたダメージの大きさのあまり強制停止しかけていた。
両者共に吐く息が激しい。全身が鉛のように重たい。手にした武器が重い。装備した防具が重い。手脚の反応が鈍い。
魔力は尽きかけている上に時折意識が揺らぎ沈没船みたく海底に沈みそうになる。
無論この場合の気絶は完全に死を意味している。
しかしそれも当然か、如何な頑強な英霊とてこれで無事で済む道理などない。
互いに弱点となる攻撃を何度も何度もその身に浴び続けているのだ。
両者辛うじて致命傷に達する一発は避けているが、塵も積もれば天まで届きいずれは死にさえ到達してしまうだろう。
いつまでも肉体を侵す灼けるような苦痛が今では死神の囁きに聞こえてくる。
もう少しでオマエは死ぬぞと。
だから、
「────我は主の剣。あなたを喜ばせるためにこの地上に平和を築かん」
「────ヘイドレクハ、オーディンガ選ンダ『エインヘリャル』……最高神ノ戦士、最強ノベルセルク」
その前にどうあっても………
「コイツ二負ケル事ナド───!!」
「オレは許されてはいない────!!」
─────この目前の障害《てき》を斃し己の存在意義を証明する────!!!!
セイバーもバーサーカーも消えかかる魂の灯火にもう一度信念と言う名の起爆剤を注ぎ込んで特攻した。
神秘の化学反応で激しく再燃し始めた闘志が忍び寄る死を忘却させる。
蘇る精神。息を吹き返す肉体。
酸欠を忘れた。損傷を忘れた。疲労を忘れた。貧血を忘れた。怖れを忘れた。
彼らに残るのは己が神に捧げた誇りのみ。
揺るがぬ誇りが肉体の限界を凌駕する。
勝利へのラストラン。両雄の気迫が夜を震わせる。朽ちかけた身体から最後の余力を絞り出して自身の最速へと到らしめる。
勝負を決する最終一刀。
今まで以上に単純明快な勝負法。小技や小細工を弄する力などもう残っていない。
故にこの一本は、相手よりもほんの僅かでも疾く最後の一撃を叩き込んだ方が勝つ────!!
「バーサーカーァァアアアア!! いざ、勝負──────ッ!!!!!」
「死ヌノハ貴様ナンダァァア!! ■■■■■■■■■──────!!!!!」
しかし、英霊たちの最後の白刃が敵の身を斬り捨てるよりも先に─────
───無常にも人の肉体が終着を迎えてしまっていた。
「ごがっ、───ぶゥッ?!!? い、ギ、があああああああぎあああああああアアアアアアアア!!!???!?!!」
苦しみに喘ぐ惨たらしい悲鳴が轟く。
雨生の口から今までにない量の鮮血が噴出していた。それはどこか噴水や火山の噴火を思わせる。
残虐な魔術師はタイムリミットを超えた時限爆弾のように、とにかく誰の眼にもわかるような形で終わっていた。
ついに迎えてしまった三度目の魔力過剰供給。有り体に言えば自滅という名の崩壊である。
礼装と結界の外部供給の援護補助を得てもまだバーサーカーの宝具に搾取された魔力量の方が上回ってしまったのだ。
こうして限界ラインを大幅に突破してしまった雨生の肉体はサーヴァントたちの戦闘について行けなくなり誰よりも先に脱落した。
デュランダルが第三の奇蹟を発動させたことで戦局が一変し両者の戦闘能力が拮抗したのが最大の原因だろう。
楽勝な敵だと侮りセイバーの実力を読み誤った雨生の致命的なミスが自身を殺す結果を招いたのだった。
力を失った男の両膝が崩れ落ち、そのまま朽ち果てた樹木のように大地へ前のめりに倒れ伏した。
───だが、突然自滅したマスターが与えた影響はそれだけでは終わらなかった。
何の前触れもなく突如途切れた魔力供給がベルセルクの動作を瞬きよりも短い一瞬の間だけ停止させた。
ゼロコンマ秒にも満たない引き伸ばされた静止世界の中で。
「────貰ったあああああああ!! 天上の主にその光刃を示せデュランダル────ッ!!!!」
その刹那をセイバーは見逃さなかった。
網膜を焼き尽くすかの如き眩い聖光を放ちながら閃く聖剣。
聖騎士の瞳がスローモーションでバーサーカーの肉を切断してゆく光景をハッキリと捉えている。
狂戦士の左腕に喰らい込んだ清刃は黒き呪力の鎧で護られた太い上腕筋と骨を豆腐のような滑らかさで切断する。
刹那の静止世界から再動したバーサーカーが左腕を両断されながらも聖騎士を相討ちにせんと凶刃を穿つ。
セイバーの心臓を抉りに走る魔剣。
これまでの邪剣術っぷりからは到底考えられないぐらいに真っ直ぐで綺麗な刺突だった。
聖騎士の甲冑の左胸部に魔剣の切っ先がめり込んでいく。
あと十数センチ弱でセイバーの心の臓に到達する。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■────────────────────!!!!!!!!」
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
勝利を渇望する二人の喉奥から最大級の気合が迸った。
聖騎士の最高の一撃が狂戦士の左腕を両断し、次は邪悪な魔力と筋肉の鎧に覆われた胴体へと辿り着く。
バーサーカーの肋骨にデュランダルの白刃が埋まってゆく。
同じくしてセイバーの鎧をティルフィングの凶刃が貫通した。
そうして、
己の勝利を確信した両者は同時に右手の剣を振り切った───────。
二人は加速で生まれた慣性に身を任せたまま地を滑ると、交差から十数メートル先で停止した。
背面越しに敵の気配を感じている。聖騎士と狂戦士は刃を振り抜いた格好のまま静かに残心していた。
緊迫感を纏った静寂に包まれる深夜の戦場。
マスターたちが勝敗の行方を見守る中、最初に沈黙を破ったのはバーサーカーのマスター雨生虎之介であった。
「あ、あ、あああ……ウワアアアアオアアアアアアアアア!! バーサーカーァァァァァアアアアッッ!!!」
その絶叫の直後、ティルフィングもまた奇怪な音でヘイドレクの名を叫んでいた。
魍魎たちの怨念篭った悲鳴がいつまでも木霊する。
「ぐ………痛ッ、はあはぁはぁはぁ……ッ!! 見たか悪鬼ども、我らの勝利だ────」
そんな最中、吐息を弾ませながらも神威を体現した聖騎士の勝利宣言が鈴の音のように響き渡っていた。
バーサーカーは胸部心臓付近を凄まじい切れ味を持つ刃で綺麗に斬り裂かれている。
傷の深さから考えて聖剣の切っ先が狂戦士の心臓を見事捉えているのが遠目からでも理解できた。
一方のセイバーは甲冑の左胸部を完全に破壊され胸から出血こそしているが傷の深さは辛うじて心臓にまで届いていない。
あの刹那の静止時間が両雄の明暗を大きく別けた要因となったのはもはや言うまでもないだろう。
二体のサーヴァントたちは共に揃って満身創痍の有り様であった。
瀕死とさえ形容しても問題のない程に深い傷を負っていた。
打撲に裂傷だらけの全身。肉は抉られ、出血後に固まりかかった血がベッタリと身体中に張り付いている。
気力体力と魔力はとっくに底を尽きかけ、宝具属性によって倍増した損傷は後遺症のように苦痛の枷となって彼らに重くのしかかる。
その時、物言わぬ狂戦士の膝がガタガタと震えたと思いきや次は上半身が大きく揺れた。
間違いなく倒れる。
流石の高ランク戦闘続行スキルであろうと現界に必要不可欠な核を破壊されてはどうにもならない。
どう足掻こうともバーサーカーはあと数分以内の命であった。
「嘘、嘘ヨ、ヘイドレクガ負ケル筈無イモン! ネェヘイドレクッテバ! ヘイドレクゥゥウウゥ!!」
「──────────」
悲痛な魔剣の呼びかけにも、沈黙する石像に成り果てたバーサーカーは何も答えない。
ただもう動かぬ肉体から己の敗北を本能的に理解し、黒く燻る激情だけが後味悪く胸に残る。
忌々しき基督教の侵略者《ナイト》にベルセルクの誇りを、強さを、栄誉を、恐怖を、たんまりと魅せつけた末に殺してやりたかった。
しかしその願いは後一歩のところで叶わず、禍々しき戦士の戦いはここが終着となる。
理性なき神々の獣は誰にも悟られることなく自身の敗北を強引に飲み下しその狂った瞳をそっと閉じた。
─────だがしかし、英霊が諦めようとも妄執に狂った人間と凶剣はまだ諦めてなどいなかった。
雨生は既に死に体の四肢を這い摺るようにして動かし、
「狂乱の勇者の手綱を握る魔術師がいま最後の令呪で命ずる!」
身体に刻まれたラストカードを狂笑と共に切り去った。
「───バーサーカーよ。ここで死ぬことを許可しない、まだ戦え─────!!!!!」
あろうことか血濡れの魔術師はとうに精魂尽き果てた傀儡の死を拒絶する強制命令を発動させた。
ティルフィングがまだ終わらぬ宴に吼え猛る。
「ヒ、ギヒヒヒ、ゲヘヒャヒャヒャヒャーーー!!! 良クヤッタワ虎之介ー!! 終ワッテナイゾ、マダ終ワラナイィィー!!」
鎮火して赤色の炭しか残らぬバーサーカーの生命の火に令呪という名のガソリンが無理矢理ぶち撒けられた。
純度の高い発火剤の後押しによって消し炭間際の火種が再度業火へと生まれ変わる。
死滅寸前の狂戦士の肉体を令呪の強力な魔力が強引に傷を縫い合わせ、再起動可能な状態にまでなんとか取り繕う。
しかし傷口が閉じたからといってバーサーカーのダメージが癒えたわけではない。損耗は微塵たりとも回復していない。
これはあくまで令呪の力によって起こった誤魔化し《きせき》に過ぎない。
だがそれを嘆く者はこの場には存在しなかった。
そう、ヘイドレク本人さえも思わぬこのラストチャンスの到来を歓喜していたのだから。
バーサーカーはまず五指を動かしてみる。問題なく動く。腕も動かす。次いで脚も動いた。そして当然のように全身が動く。
まだ動くことが出来る。まだあの屑虫と戦える。まだティルフィングで基督野郎をズタズタに切り刻んでやれる。
あと必要なのは………。
「く、うひゃひゃひゃひゃひゃ!! ガフゴホッゴボッ! さあ殺せ、殺せ奴らを殺せバーサーカー!!」
「……なんて奴ッ! いったいどんなしぶとさなのよアイツ!! セイバーは大丈夫!?」
血反吐にまみれた笑いを浮かべる雨生のしぶとさに綾香はつい辟易していた。本当に驚きを通り越して呆れる執念である。
だが今はそんなことよりもセイバーの容態が遥かに心配だった。
彼はバーサーカーとの戦いで重傷を負っている。
「無事だ。何も問題はない」
すると騎士は感情が全く篭らない声で大丈夫だと少女に告げた。
「どう見たって血だらけで全然大丈夫には見えないわよ馬鹿っ! ちょっと待ってて何とかして治癒魔術を────」
綾香が聖騎士の許へ駆け付けようとしたのと同時に、ねとりとしたバーサーカーの怨念混じりの双眸が少女の全身を嘗め回していた。
「────ひっ!!?」
瞬間、凍り付くほどの悪寒が彼女の身体中を駆け巡った。
少女は反射的に自分の体を腕で抱くようにして悪鬼の視線から身体を少しでも遠ざけようと防御していた。
そうしないとなぜか死ぬと思ってしまったからだ。
するとそれが功を奏したのか邪悪な視線の行方は少女から外れて別のモノへと注がれた。
「……………へ?」
別のモノとは即ち、地に伏した格好でキョトンとしている雨生虎之介その人であった。
「ソウダ、後ハ……栄養ガ要ル。コノ傷ヲ一気二癒セル餌ガ要ル───」
バーサーカーの瞳には、猛獣が再び神々の獣へとして蘇る為の生贄が必要だ。とハッキリ刻まれていた。
殺意に充ち満ちた獣の視線に晒された雨生はワケも分からずに悲鳴を上げていた。
「は……? え? え?! う、嘘だろなあオイ、バーサーカー……? ちょ…ま、待て動くな! 止まれバーサーカー!!
こっちじゃないだろ敵は奴らだ! こっちに来んな! 俺じゃない止まれ、いいからすぐに停止しろヘイドレク!!」
雨生の方へとゆっくりとした足取りで一歩一歩踏み締めるように接近してくる空腹の魔鬼。
まともに逃げることも出来ない凶獣のマスターは必死の思いでサーヴァントへ停止命令を出し続ける。
止まれ、止まれ止まれ! 止まれ止まれ止まれ!
止まってくれ。いいから止まれ。そこを動くな止まれ。頼む止まれ! 動くなってば!
停止停止停止停止停止停止停止停止停止停止停止停止……!
雨生は何度も停止指令をリモコン電波のように送信しているのにバーサーカーは一向に命令を受信する気配もなく動き続けている。
魔術師がどう足掻こうとも悪鬼の歩みは止まらない。
それどころかもう待ち切れないとばかりに餌目指して一気に疾駆して来た。
魔術師の枯れかかっていた魔力《いのち》が狂戦士の暴走によって激しく奪われていく。
だが操作不能に陥ったサーヴァントはマスターなどお構いなしに暴走し続ける。
「やめ、止まれぇぇぇええバーーーサーーーカーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
肉体から全て抜けてゆこうとする生命力の感触と迫る黒き野獣に恐怖しながら雨生が断末魔の悲鳴を迸らせた。
そうしてとうとう、
「虎之介、アタシ貴方ノ願イ叶エタ。三個チャント叶エテヤッタヨ。ダカラ……御願イネ?」
────ヘイドレクの為にその血と魂を頂戴────
とびっきり甘ったるく可愛らしい童女のような声で悪魔が囁いた。
動けぬ生贄を前にした悪魔が牙の乱立する顎を大きく開く。
そんな空想を雨生虎之介は人生の最期に見ていた。
「ぎ、あああああああああああがああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」
───ごしゃ。
むしゃぐしゃずるるるる。ぐちゃぴちゃ、ベギリャ…チュズルルルウルルゥ。
モグモグくちゃくちゃゴクン───。
魔術師の断末魔の絶叫と餌を貪り喰らう魔物の不気味な食事音が深い闇夜にいつまでも残響していた。
死骸に集る禿鷹のようにバーサーカーがマスター雨生虎之介の血肉を精神を魂を一心不乱に貪っている。
■■を喰らう。それはかつて存在した討ち取った敵を食らい己の力とした古代の戦士たちを想わせる風習。
それをバーサーカーが自らの意思で行なっている。
奴は自分のマスターを喰って自身の致命傷を急速に癒していた。
「う───、……えほっコホ! ハァハァハァ……」
綾香はその常軌を完全に逸した様子に薄ら寒さを覚えるしかなかった。
そうまでしてバーサーカーとティルフィングは現界しようというのか。自分のマスターをも贄にして。
直視するに耐えない醜悪さに少女はつい眼を逸らした。知らぬ内に胃の中の物が逆流してきそうになるのを何とか堪える。
しかしこれは聖杯戦争でサーヴァントと契約した全マスターが背負っているリスクでもあるのだ。
令呪を使い切って契約が切れたサーヴァントとマスターは信頼が築けてない場合……最悪こういう末路を辿る事になるのだ。
サーヴァントはマスターを殺し、その肉体を次の再契約までの餌にして存命する。
バーサーカーもサーヴァントとしてそんな至極当然の行動を取ったにすぎない。
英霊にも明確な悲願があって魔術師の召喚に応じている。
その悲願の為に必要ならば彼らは聖杯獲得の資格を失ったマスターなど容易く殺してのけることだろう。
………とはいえ雨生の死因はそれだけではない。
もはや肉塊と成り果てた彼には知る由もないことだが、信頼関係とは別にもう一つ決定的な破滅の因果があった。
雨生虎之介はティルフィングの無敵さにだけ注視するばかり、より致命的な"とある部分"を死ぬその間際まで見落としていたのだ。
この魔剣に宿る主な力は、ヒトを英雄に変える魔力と、男を必殺する呪詛。
そしてもう一つ───。
ティルフィングを邪悪なる凶刃たらしめる最大の要因。
………それが忌まわしき黒き小人の呪い。
"───この魔剣は鞘から抜けば必ず一人の男の命を奪い、三度邪悪な望みを叶えよう。だがいずれ持ち主に破滅をもたらす───"
笑いながらそのような不吉の宣告をして一目散に逃げて行った小人たち。
雨生虎之介はその破滅の芽を知らぬままに、既に三度の邪悪な願いを成就させてしまっていたのだ。
ファイターを討ち破り、セイバーを追い詰め謀略を成功させ、狂戦士を量産化した。
三つの邪な願望を成就させた見返りはこうして魔術師の生身に直接請求された。
こうして魔剣の望む形となって呪いは雨生に跳ね返ったのだ。ヘイドレクの現界に必要な栄養源として。
ティルフィングはヘイドレクの為ならばあらゆる人間を生贄に捧げるだろう。
マスターや人間などヘイドレクを現界させる道具でしかないからである。
そしてヘイドレクもまた雨生を喰らい存命する道を選んだ。
マスターの命なぞ己の悲願を前にすればちっぽけな価値しかないからである。
あっと言う間に食事を終えた冥闇色の怪物は乱杭歯だらけの口元から夥しい量の紅く熱い雫を滴せていた。
こうして、自身のマスターの魂を糧としたバーサーカーと魔剣ティルフィングは─────
「サァ■■■■■■小娘■■■■次ハ■■■■───────────オマエノ番ダッ!!!!!!」
狂戦士と魔剣の声が混ざり合った怨霊の遠吠えを轟かせて、再び復活を遂げていた!!
「な、なんて……執念………」
「………少々面倒な事態になったか。まさかここまでなりふり構わずとはな」
聖騎士と少女は狂戦士らの妄執に畏怖の念すら抱いていた。綾香は緊張でゴクリと喉を鳴らす。
奴らの執着心をひしひしと感じる。
目的の為ならありとあらゆる狂気すら飲み込むという信念をその狂った双眸の奥に見た。
おまけに笑えないのは連中は現界の為に今度は少女の生命力まで欲しているという点だ。
どうやら魔力が枯渇しかけの雨生では十分な栄養は摂取出来なかったらしい。
その栄養不足を補う次の獲物が綾香というわけだ。
黒色と朱色の迷彩模様に全身を染め上げようとも、筋肉や内臓が見えようが、まだベルセルクの末裔は最期まで戦い抜く気でいる。
綾香はセイバーに気付かれぬよう彼の様子をそっと窺った。
聖騎士は肩で大きく息を吐いていた。
気力体力は磨り減り。全身ズタボロで出血も酷い。純白だった武装は今や凄惨な有り様。
そしてなによりも深刻な問題だったのが、セイバーの体内にはもう魔力が殆ど残っていないというところだった。
駄目だ、とてもこれ以上の戦闘行為が続けられるような状態には見えない……。これが少女の率直な感想である。
「─────心配するなアヤカ。最後に勝つのは我らの正義だ」
だというのに、少女の心配そうな視線に気付いた聖騎士は浮かべているのかも分かり難い希薄な微笑を浮かべてみせた。
本当に無理矢理浮かべて見せているのが丸分かりな非常にぎこちない表情。
神意を体現している状態のローランにはきっと笑みを浮かべるなんて人間らしい機能は備わって無いのだろう。
言葉こそ話しはするがセイバーの表情はデュランダルが聖光に包まれてから一切変化していない。
敵を会心の一撃が入ろうとも、それこそ魔剣の斬撃をその身に浴びようとも、機械のような鉄面皮のままなのだ。
聖騎士は他者に苦痛など感じさせぬままに、ただ神の剣として在り続けていた───。
それで彼女の覚悟も決まった。
当人が続投を望んでいるのなら自分は信じて見守る役に徹するだけである。
「セイバー、自分でもわかってると思うけど貴方はもうまともに戦えるような状態じゃないわ。何か策はあるの?」
「そんなものはない。だが次の一撃で終わらせる。それはオレも奴も同じだろう───」
口調こそ淡々としたものだったが聖騎士の言葉にはある種の確信めいた何かを感じられた。
「それってつまり………バーサーカーは雨生を食ったけど回復は大してしてないってこと?」
「ああ、間違いない。敵の状態はオレと殆ど変わらない筈だ。
奴はバーサーカーのクラス。マスター無しの状態ではただ現界しているだけでも困難だろう」
セイバーは敵も自分と同じく余力のよの字もない状態だと確信していた。
愛刀を強く握り締めて睨み合うセイバーとバーサーカー。
両者まだ構えすら取っていない。
英雄たちの有り得ざる延長戦はきっと数秒満たずに決着を迎える。
鍔迫り合いも苛烈な剣戟も無い。たった一撃に己の全身全霊を乗せた刹那の刃の交わり合い。
敵に命を奪われるよりも疾く敵を絶命させられるかの戦い。
「我が究極の絶剣が汝の穢れし魂の原罪を絶つ────」
聖騎士が天剣デュランダルを目線の高さにまで掲げて剣の鍔に額を押し付けると、残った左手を刃に添える独特の構えを取った。
見る者によっては逆十字を顔の前で掲げて祈っている風にも見える。
それは第二次聖杯戦争が開戦してからまだセイバーが一度も見せたことのない剣の構え。
「殺ス前二聞イテヤル。ヘイドレクヲ悪魔呼バワリシタ侮辱ヲ取リ消セ基督野郎。彼ハ神ノ剣ダ!!」
構えを取る聖騎士とは対照的にあくまで自然体のまま魔剣を握る狂戦士が最後にそんな言葉を口にする。
奇妙に思える程にティルフィングはセイバーの言葉に……否、ヘイドレクが神々の戦士であることに固執していた。
「取り消す必要はない。この身が神の剣である以上、貴様は断じて神の剣などではないのだから」
だが、それを聞いたパラディンは残酷なまでにハッキリと断言した。
「ギ……、ガァァアアーーーー!! 手加減無ク殺シテヤルッ!!!!」
そしてこのやり取りが────両者の雌雄を決する最後の合図となった!
全く同時に渾身の力で大地を蹴り飛ばす英雄たち。
瞬時に両脚の筋肉が生み出したパワーが足首へと伝わってゆき終点となる爪先へと集束する。
身体が風と一体化する感覚になりながら一直線に敵の許へと疾駆していく。
途方もない圧倒的速度。計測不可能の白黒の超突風が戦場を吹き抜ける。
疾走はどこまでも速く、猛獣のようで力強い。強敵など微塵も畏れぬ勇猛さで全力を振り絞る。
両者の間合いは40mもなく、そして当然のように余力もない。
セイバーの読み通り数秒満たずに、それも一撃で決する最終決戦。
そんな大一番に挑みながらも────ドグンと。
聖騎士が吐き捨てたその単語はソイツの根幹をどんな侮蔑や賛辞よりも激しく揺さぶらせていた。
否、揺さぶり起こしたと言った方がいい。
「グゲゲ! ゴギャギャギャギャッ! 神ノ剣ジャナイ? 神ノ剣ハ貴様ダケ……ダト?!
笑ワセルナ、哂ワセルンジャネーゾテメェ!! 彼ハ……アタシノ、ヘイドレクハッ! オ、れ……俺は────!!」
それはとてつもなく異様な光景だった。
ティルフィングとヘイドレクの言葉が所々で混ざり合っている。
しかしそれは本来ならば絶対に有り得ないこと。
魔剣が宿主の肉体を使って喋ることはあっても狂化の呪いに侵されているヘイドレクが言葉を話すことなど絶対にない。
絶対に起こり得ないというのにソイツは───、
「────俺は神々の戦士《ベルセルク》のヘイドレクだぞ!!
パラディン如きが狂戦士《おれたち》を見下してんじゃねぇぇぞぉぉキリスト風情があァ──────ッ!!!!」
思考も理性も感情も言語も人間らしい部分の大半を喪失した身である筈の獣の喉から言語を迸らせたのだ……!
恐らく当人ですら自分が何を吼えているのか理解してはおるまい。
ただ魂に根深く刻みつけられた誇り《ことば》が人語となって怒りのままに喉の奥底から炸裂しているだけ。
だがそれは紛れもなく神の獣に堕ちた者が成し遂げた一つの偉業であった。
獣が人語を話す……ただそれだけの事がどれだけの奇跡と偶然の上に成り立っているのかを正しく理解する者は此処にはいない。
決戦に臨む彼らはそんな偉業には一切の関心を払わない。
欲しているのは絶対的な勝利。怨敵の血肉を大地にぶち撒けるという結末だけ望んでいる。
白光の弾丸と暗黒の壁が己の必殺の間合いへと迫る。
絶対に起こり得ない現実をまざまざと魅せつけてくる神の獣《バーサーカー》を同じく神の剣《セイバー》は真正面から迎え撃つ。
通常攻撃ではあのバーサーカーは倒せない。
ただの一撃では絶対に死なないと確信を以て断言できる。
あの悪鬼は強大だ。生前己が倒してきたどの魔よりも強力無比な悪魔だ。
第三奇蹟《破邪》の力だけでは奴の死には届くまい。
……故に、あの頑強な狂戦士を完膚なきまでに殺し尽くしたいのならば。
自身が未だ秘する最高純度の奥義でなくてはならない────!
逆十字を掲げるような構えから繰り出される秘剣は───
「その魂に神罰あれ───────奥義、絶葬天剣」
────絶殺刃・絶葬天剣。
その強さ故に技らしい技を何一つ持たないローランの最強の切り札にして、神の敵を撃滅することにのみ特化した唯一無二の絶技。
常世全ての邪悪を斬り伏せられるただ一つの聖十字。
放てば何者であろうとも生存を許さぬ絶殺剣が聖痕解放の瞬間を今か今かと待っている。
誇り高い雄叫びを迸らせての疾駆。
瀕死に近い筈の両雄の脚はついには音を置き去りにする。
全身を苛む痛みはもうない。呼吸さえもしていない。全神経は敵の殺気を感じ。眼球に映るのはこの手で仕留めるべき仇敵の姿のみ。
二人同時に己が最高の一撃が放てる最良の間合いに到達する。
敵を討ち取る最終加速を得るべく残存エネルギー全てを放出するつもりで両者が踏み込んだ。
鋭すぎた踏み込みで地面が抉れる。剣術の基本一足一刀を忠実に守り。
この一撃に我らが心魂を籠める。
始動はほぼ同時だったというのに……狂戦士が聖騎士の上を行った───!
バーサーカーの究極の会心一刀が聖騎士の脳髄に稲妻のように落ちる。
「────!!!!!?」
驚愕すら生温く思えた。狂戦士の一撃はあまりに疾過ぎる。
理解を超えた超速の斬撃が騎士に襲いかかる。
到底躱せるような速度じゃない。僅かに掠っただけでも硬い頭蓋を吹っ飛ばして脳漿をぶち撒き脳味噌を木端微塵にすることだろう。
死が容赦なく這い寄って来る気配と悪寒。
セイバーは一瞬後に到来するモノを覚悟して奥歯を砕けるほどに強く噛み締めた。
身を躱すことで死を回避出来ぬのなら、
「が────ぁ、ぐあああああああああああああああああああああッッ!!!!?」
感情など封印していた聖騎士の喉から初めて苦痛の色を帯びた絶叫が轟いた。
高く宙を舞う物体。
セイバーの左腕が朱色の液体を零しながら夜空を舞っている。
絶対に回避できないと本能で悟った聖騎士は己の直感を信じあろうことか左腕をあっさり捨てた。
セイバーは頭蓋に喰らいつこうとする凶刃に盾付きの左腕を勝利の生贄へと差し出していた。
これはその結果だった。
魔剣はアインツベルンの魔道盾を心底寒気のする切れ味で紙屑同然に真っ二つにし、盾を装着していた左腕まで斬り飛ばしやがった。
だがその死に物狂いの抵抗は首皮一枚で聖騎士の延命に繋げ、魔剣の軌道を本来の脳髄《ねらい》から僅かに逸らしている。
「くたばりやがれパラディン─────!!!」
貶められた者達の怨念を一身に背負ったバーサーカーとティルフィングが勝ち鬨を吼えた。
どれだけ斬撃の軌道を逸らされようが関係ない。
この魔剣は狙いを外さない。即座にティルフィングが軌道修正を施して敵の命を刈りに走る。
一度殺された即死の旋風はまるで不死鳥のように死の暴風へと生まれ変わって再びセイバーへと襲いかかった──!
「───ぁ、ハ─────っ。………─────────」
聖騎士は己の首を分断せんとする極上の殺気を全身で受け止めている。
両断された左腕の痛みは忘却した。激痛で痙攣する邪魔な肺と心臓も一時凍結する。
不要、不要不要。不要。この絶技を阻害する要因となるものは何もかもが不要だ。
精神が白く白く漂白されてゆく。セイバーの人格が境界を失っていく。
神意の奥義は無我の極地の果てにある。
ヒトの身のままでは発現しない。
無心に到らねば決して最果てには辿り着かない、届かない。
魔的なまでの速度を誇っていたバーサーカーの初太刀。だがそれをさらに上回る悪魔の二撃目が襲来する。
そんな自身の命を摘み取る悪夢さえも眼中から忘却して…………。
───ようやく、己が専心は完全に宿敵の打破一点にのみ向けられた。
「─────絶葬天剣《クライスト・クロス》」
温存し続けた聖騎士の究極の絶刀がついに放たれる─────!!!
聖光に輝く光刃が迸った。
闇光に淀む暗刃が迸った。
二人の英雄の交差が刹那の出来事であったのなら、勝敗を決した一刀もまた一瞬だった。
バーサーカーの魔速の必殺を、セイバーが神速の絶殺を以て凌駕する────!!!
闇光を纏った黒剣より僅かに先に聖光を纏った白剣が敵に届く。
圧倒的な怒号の響きが夜を震撼させる。
悪鬼の右手にはもうティルフィングは握られていなかった。
奴の右手首もまた聖騎士の左腕と同じように綺麗に両断されていた。
しかしデュランダルの勢いは止まらない。
かつて天下を制した覇者の剣は切れ味を微塵たりとも落とすことなく煌きを放ったまま───
ローランの究極の斬撃がヘイドレクの分厚い胸部を引き裂きながら深々と飲み込まれていく。
セイバーはバーサーカーの心臓や肺を神業の精密さで正確に斬り裂きながら敵の側面を抜けて行くと、交差の勢いで互いの攻撃間合いが大きく離れる前に低く短い跳躍。
そしてそのまま敵の背後を取る形で縦一文字にとどめのデュランダルを振り落とした。
刃の照準は脳天、眉間、人中、顎、頚椎、喉仏、食道、秘中、活殺、水月、胃、臍、曲骨、尾骨、金的の計15ヵ所。
神の剣はその神業によって人体急所が直線上に集まる中央線を寸分狂わず完璧に両断していた───!!
眼が眩む聖光の輝きに包まれながら悪魔の肉体に深々と刻み込まれた聖なる十字架。
だがこれほど綺麗に両断されていながらも敵の身体がバラバラに四散することは滅多にない。
デュランダルの誇るあまりの切れ味の鋭さが細胞に既に自分らが分割させられていることを認識させないのだ。
────これこそがローランの究極奥義、絶葬天剣《クライスト・クロス》。
畏れ多くも神の子の十字架の聖名を冠する、合計16ヶ所もの急所を刹那の間に命もろとも断ち斬る至高の十字斬り───。
そんな生物も死霊も幻想種も分別なく昇天させる絶殺剣をヘイドレクはまともに喰らってしまった。
「─────、───…………!!!!」
声にすらならない叫びを発する狂戦士。
情けも容赦もないセイバーの過剰殺害によってバーサーカーは問答の余地すら無く完全に殺され尽くしていた。
だが、
「マ───だ………………ァ」
終わっていない、狂戦士《おれたち》はまだ負けていないと。
バーサーカーは唯一片方残った左手でセイバーの首を鷲掴みし、そのままへし折ろうとする。
しかしこんな完全に死んだ握力ではもはや赤子の細首ですら絞め殺せまい。
だが狂戦士はそんなことなどお構いなしにキリストの騎士を絞め殺そうととうに絶命した身体を必死に動かしていた。
「─────────バーサーカー、貴様………」
絶葬天剣で即死したにも関わらずまだ無様にも動こうとするバーサーカーの姿に何を感じたのか、セイバーの動きが止まった。
この執念はもはや狂った妄執の類とは決定的に質が違った。
そんな脆弱な魂の支柱では完全に死に絶えた肉体を動かせはしない。
狂戦士が胸に懐く想いは間違ようもなくパラディンたちにも馴染みの深いモノであった。
これはもはや間違いない。
絶対に譲れない誇りが奴の身体を死してなおもまだ動かして続けているのだ。
───神の剣としての自負と栄誉と誇り。
その気高き誇りがある限り、聖堂騎士たちもまた奴と同様に死した身体を引き摺ってでも最期まで戦い続けることだろう。
そう、あのロンスヴォー峠で致命傷を負っても決して怯まず戦い抜き気高く死したオリヴィエやテュルパンら十二王剣のように。
つまり自分たちと同じことがこの邪神の戦士には出来るのだ。
「そうか……………………」
バーサーカーの雄姿を見つめていたセイバーが何かを悟ったように微かに口を開いた。
「バーサーカーよ、もういい。もう動くな。貴様の気持ちは十分にわかった。
だからもう終われ、それ以上続けると気高かった魂が本物の悪霊に成り下がってしまうだけだ」
「貴様らの崇める神々は我らにとっては決して存在を認められぬ邪神にすぎない。
これだけは未来永劫絶対に変わることはない。だが───」
誰よりも先頭に立ち異端を滅ぼし続けてきたキリストの騎士はそう前置きすると、
「その誇りを見てしまった以上は"騎士として"一つだけ前言を撤回する。
確かに狂戦士《おまえたち》はオレらとは異なった、ある種の"神の剣"なのかもしれない─────」
静かに敵の誇りの在り方を認めた。
信ずる神が異なる彼らが互いを理解し合う時など絶対に訪れはしないだろう。
摂理が違うもの同士に待つものは否定の先にある滅ぼし合いでしかないのだから。
しかしだからと言ってセイバーは狂戦士が最後に見せた誇りを否定する気にはなれなかった。
己の奥義である『絶葬天剣』はそんな安っぽい代物では断じてない。
それを完璧な形で受けながらもなお信ずるモノの為に戦おうとするのならば、誇りを重んじる者としてその存在を否定できまい。
するとそれを聞いたバーサーカーは口元にそっと皮肉げな微笑を浮かべると、
「ヘッ……そう、だ。ベルセルクは…誇り高き、神々の……戦士………。
わかりゃ、いいんだ……この、忌々しいキリストのクソ、ガキ、め……。
へ、クク…‥ッ。次こそは、きっちり殺してやるから、精々覚悟しな─────」
崩れ落ちる砂のように静かな消滅を迎えた────。
◇ ◇
「か、勝ったの………? 本当の本当にわたしたちの勝ち……?」
ようやく終結した死闘の結末をまだ信じられないといった感じで綾香が半信半疑の台詞を零した。
だがこの戦場にはもう彼女らの敵となる者は存在しない。執念を燃やし復活する影は皆無である。
雨生虎之介の姿もヘイドレクの姿ももうどこを探そうともありはしないのだ。
多くの冬木の人々を虐殺してきた悪魔たちは死んだ。
奇しくも彼らとは対極の正義を掲げる者達が見事倒した。
騎士と少女はかつての自分たちの相棒が死ぬ原因を作り出した本当の仇を見事その手で討ち果たしてみせたのだ。
「復活してこない……や、やった、セイバーやったわね! ちゃんと仇を取っ─────セイバー!!!?」
命懸けの死闘の果てについに掴み取った勝利を歓喜する綾香の思考をガシャリと地面に倒れ伏すセイバーの姿が瞬間冷却した。
少女は脇目も振らずに騎士の許へ駆け寄った。
セイバーの身体と聖剣を包み込んでいた暖かい聖光はいつの間にか幻のように消え失せている。
「セイバーしっかりしなさい! とりあえず止血するからもう少しの間だけ耐えて!」
「あ……─────ぁ」
マスターの呼びかけに応じるように騎士が浅すぎる呼吸を吐いた。
何かを言おうとしたようだがまるで言葉になっていない。
すぐに治癒魔術の準備に入る綾香。
ざっと見た感じではセイバーの容体は重傷どころか瀕死に近かった。このまま放置しておけば消滅はまず免れないだろう。
治癒魔術にこれといって自信があるわけでもないが、とにかくやってやるしかない。
辛くも勝利しておきながらこれでセイバーが死んだなんて結末はあまりにも間抜けすぎて全力で遠慮したい。
ただ、一つだけ幸運があるとすればバーサーカーを撃破したおかげで魔剣の治癒阻害の呪いの効力が薄まっていたことか。
おかげで前回と違い傷も治療出来ずに朝を迎えるまでの間、毒に侵されたような苦痛に苛まれ続ける事態は避けられる。
たったそれだけのことでもセイバーなら生存率をぐっと上げられるだろう。
「とりあえず今夜はこれで撤収するわよ、異議なんて聞かないからね!」
「ぉ…………ぅ」
綾香はとりあえずこの場で可能だった応急処置を済ませると、全身に強化魔術を施して腕力を向上し騎士の身体を背負い上げた。
それからヴェイヤンチーフの背になんとかセイバーの身体を乗せて固定すると意を決して馬の手綱を握った。
「……ふぅ、大丈夫。わたしはやれる。わたしはやれる、わたしは乗れる。私は大丈夫……アイキャンラーイド!」
何やらブツブツと自己暗示?を掛けると気合と共に馬をスタートさせた。
すると名馬は騎手の意を完璧に汲み取ったような速度と静かさで彼女たちの住処目指して駆け出してくれたのだ。
「え……な、なにこの子……? 実はやれば凄く出来る子なの……?」
まるで重体患者を気遣うような速度と揺れ。乗り心地は素晴らしく、しかし速度は決して遅くない完璧な塩梅だった。
そんな名馬に綾香は今度町の市場などで手に入れた上質な人参を差し入れしようと決めたのだった。
こうして冬木の人々を恐怖で震撼させた原因の一角、殺人学者・雨生虎之介は死んだ。
狂気の実験染みた虐殺も、趣味のような快楽殺人も、サーヴァントに餌を与えるための殺人も、もう二度と起こることはない。
これで町の人々も昨日までよりは安心出来る夜を迎えることになるだろう。
そして迎えた次の日。
冬木の町では、これまで以上の死者の山が築き上げられていた─────。
──────V&F Side──────
助けろ!ウェイバー教授!第二十七回
F「いやっほぅぅぅううううぅうううううううい!! ローランさんが勝ちましたよ!」
槍「うおおおおおおでかしたでござるーー! 乾杯ーーーーーーーーー!!!!」
ソ「人の不幸は蜜の味、カンパイ!!」
ア「乾杯……乾杯……乾杯、乾杯……かんぱい。よくやりましたセイバー、度し難い愚者に誅を下しましたね、乾杯」
メ「お、お嬢様……! いくら大変にお喜びだからとはいえ、そんなにグラスをチンチン!やってははしたのうございます!」
ア「そうね、私としたことがつい我を忘れてしまったようだわ。乾杯」
メ「お、お嬢様が喜びの余り乱心なされたわー! だ、誰かー!」
∨「な、なんだこの乱痴気騒ぎは……?」
F「えー! 見てわからないんですか先生!? 祝勝会ですよ祝勝会!」
V「……ああ、そう言えば何だかんだで勝っちゃったんだったなアイツら……私はあのまま負けると思ってたのに」
F「なんですか先生その淡白な反応は! もっと感情を込めてください!」
槍「さあおぬしたち、ようこそ敗者の楽園へカッカッカ! 拙者の主殿をボコボコにした礼はきっちりさせてもらうぞフフフ」
雨「敗者を指差して喜ぶっておまえたち性格超最悪じゃん!」
狂「………ケッ!!」
F「いやぁそれにしてもローランさんもヘイドレクさんも超カッコ良かったですよ二人とも!
あ、そだ。ヘイドレクさんサインください!」
雨「俺はー? 俺だって超くーるだったじゃんよ。真っ当なマスター同士の戦いを見せてやったじゃん!」
狂「サインなんぞ誰がやるかよ糞餓鬼。アッチ行きな、シッシ。おれぁ今機嫌が悪ぃんだよクソが」
F「そ、そんな酷い……くすん。トボトボ」
槍「いやはや愉快愉快! しかしあれがセイバーの本気ってやつでござるか。パラディン最強の名は伊達ではなかったというわけか。
いやぁおしい、真剣に惜しい! もし拙者がまだ生き残っておれば拙者の蜻蛉墜しと彼奴の絶葬天剣が覇を競い合っていたのに」
ア「当然でしょう。我らアインツベルンが招来した騎士なのだから。ちなみにランサー、貴方とやっても当然勝ちますわ」
メ「その通りですお嬢様」
雨「うわーすげえ。いえすうーまん……」
ソ「ふふん、我々はそんな男を撃退してみせたぞ」
狂「………ハッ、よく抜かすぜ。あんなもんあのヤロウは全然本気じゃなかったじゃねーかよ」
ソ「な、なんだとぉ?!!」
F「それにしても先生! ローランさんのデュランダルは皆鯖版と若干違いますね?! なんかそこはかとなくパワーアップ風味!」
V「いやしかしローランのデュランダルの奇跡が皆鯖版でああいう能力であってくれて本当に良かった。
宝具コンセプトはそのままに効力を大きく伸ばすだけでよかったからな。おかげで極端な魔改造しなくて済んだよ。
なんというかヘイドレクを打破するためだけにあんな奇蹟が付いてたのかと思えてしまうくらいに出来すぎていたぞ。
やはり大英雄たる者、宝具は強くて派手でなくてはいけないな。たとえビームや爆発がなくとも…!」
F「うんうん。やっぱ大英雄の宝具は凄くないと駄目ですよね!」
V「ティルフィングの男殺の概念が強ければ強いほどそれを相殺できるデュランダルの破邪が際立ってくれる。
やはり概念VS概念の戦いはFateに限らず特殊能力バトルの華だな。
ゲイボルクVSフラガラックや旧Fateのバーサーカー対ギルガメッシュも相反する宝具で相手の特性を相殺したようだし。
剣兵VS狂戦士の戦いも同じく、敵の特性を己の宝具で殺し地力での競い合いに持ち込んだ結果セイバーが勝利した。
さて、今回の第三奇蹟発動でようやくASデュランダルの全貌が明らかになったな。
絶対に砕けず盾にも転用でき、魔力炉の魔力を治癒などに運用でき、怪物・狂・悪に対して鬼強。うむ見直せば意外に多機能だった」
F「地味に色々と使い道、というより応用性がありますよねデュランダルって。ローランさんに応用力があるかは判りませんけど」
ソ「この怪物・狂・悪に対する破邪は……これはあれか? 男殺の対怪物・狂・悪バージョンって感じでいいのか?」
V「一番手っ取り早いイメージはそれが分かり易いだろうな。相手が怪物属性や狂・悪をを持つ敵なら問答無用で打倒する。
とまあこの時点で気付いてる者もいるだろうが、実はローランのデュランダルは聖杯戦争向きの宝具ではない。
宝具の能力が退魔に特化し過ぎていて、純正英霊の多い聖杯戦争では効果絶大な敵が少ないからだ。
バーサーカー、アサシン、魔獣系ライダーを基本として第四次以降は反英雄が加わるくらいか。
それ以外の相手にはただ凄まじい切れ味を誇る剣でしかないが、その辺りの火力不足をローランは絶殺剣で補っているのだろう」
雨「納得いかねー俺のバーサーカーが負けるっておかしいと思うのよ。構造的欠陥っていうかさあ?」
V「敗因はなんだと思うね?」
狂「あん? ンなもん決まってンじゃねーかよ。コレのせいだよコレ!」
雨「ひょ?」
狂「テメーだよテメー! この蟲野郎……ってこいつは別に蟲野郎じゃねーな。蟲野郎はアーチャーのマスターの方か。
とにかくだ、完全にテメーの責任だ。ここぞの大一番で無様にギブしやがってこンのボケがッ百回死ね!
オメエがヘマらなきゃおれがあのまま糞野郎をぶっ殺して勝ってたンだよ! 全部台無しにしやがってよぉ屑が!」
雨「ひ、酷いぞバーサーカー!? 俺結構頑張ってた方じゃん!? 令呪まで使って───って言うかおまえが俺殺したんだろ!!」
狂「弱肉強食だ。どうせ放っといてもあのまま野垂れ死ぬんだから一人が死んで一人が生き残る方が建設的ってモンだろ?」
雨「いやいやいやいやねーよ! それはねーよ! 俺を喰って良いなんて一言も言ってないから!」
狂「おれの命はおれのモン。マスターの命はおれのものだ」
雨「じゃ、ジャイアン!? しかもかなり悪質な暴君だー!」
ソ「まあ総評するとバーサーカーのマスターはサーヴァントを御し切れずに自滅したと。フッ、無様だなウリュウ?」
F「歴代バーサーカーマスターと同じ末路ですね」
V「設定はちゃんと守るのだった。まあただ魔力切れで死ぬのでは芸が無いから少し一工夫して食べられて貰ったが」
雨「あのさー食べられる方の身にもなってくれね?」
槍「ところで教授殿、セイバーは戦闘能力が段階的に変化するでよいか?」
V「ん?そうだな。その辺はある意味君と同じだランサー。
ノーマル状態から肉体変性でギアを一段階上げて戦闘能力を劇的に上げる。
我々魔術師からすれば変態技能にしか見えないが、魔術に頼らない極限の肉体運用が生み出す神秘と言ったところか?
セイバーの場合は第三奇蹟発動の際に"神意降臨"を行なうためランサーよりもう一つギアが多い」
槍「ず、ずるいでござるぞ……! 拙者も仏罰降臨を覚えねばならん!」
狂「あークソッ! 忌々しい、ファッキンオーディン諸共死ねよキリスト狂信者どもが!」
F「ファ、ファッキンオーディン……あ、あのぅヘイドレクさんって自分の神様が嫌いなんですか……?」
狂「あ!? ったりめーの訊いてんじゃねーゾ餓鬼。一体このおれがどこの誰のせいで死んだと思ってンだよ、ええ?」
F「ひぃぃ、ご、ごめんなさい……よく知りません」
ア「例の神との知恵比べで引き分けた後、オーディンに暗殺されたようなものだものね貴方は」
狂「いちいち言うんじゃねぇ鬱陶しいアマが」
メ「アマとはなんですかアマとは! 狂獣の分際で口を慎みなさい!」
狂「るせぇ、てめえもヤっちまうぞ女ァ?」
F「ハ、ハイ先生ー質問です質問しつもーん! ローランさんの超必について教えてくださいッ! 超カッコイイ技でした!」
槍「フラット殿ナイスでござるぞ」
V「セイバーの秘中の秘技。唯一の技にして最強の奥義、絶葬天剣《クライスト・クロス》。
まあ言わずもがな技名は宝具和名の絶装天剣から拝借して若干もじった必殺奥義だ。
カナ名はキリスト教関係のカッコ良さ気な横文字にしようとして……思いっきりキリストの十字架となってしまった……。
技としては超速の十字斬りなのだが実はこれが中々にえげつない奥義だったりする。
とにかく死に至らぬ箇所は一切狙わず急所だけを精確に両断する絶技で一太刀目で敵の心臓や肺や食道を潰す。
言わずもがなまずこの一刀目で大抵の生物は即死だ。まあ当然だな心臓をやられてるわけだから。
さらに二太刀目で脳天から金的までの直線上に存在する全ての急所を潰して完全に息の根を止める。
ちなみにこの二刀目は二種類存在し、前面から斬り捨てるパターンと、背面から斬り捨てるパターンがあり相手によって変化する。
敵が速ければ背面から斬ることになる。しかしコレをまともに喰らってもまだ戦おうとしたバーサーカーの根性は賞賛に値するぞ」
F「ところでなんでローランさんって技を持ってないんですか? ベーオウルフさんは巨人の大刀剣とか持ってたのに」
V「それは君、セイバーが完全な天才型の英雄だからだろう。ただの攻撃が当時の敵には十分必殺の領域に達していたからな。
だから一々必殺技を編み出したり練り上げる必要性がなかった。その点ファイターは完全な努力型の英雄だ。
元々腕力には恵まれていたが彼はそれでよしとせず英雄の栄光を得た後もずっと肉体と技を鍛え続けた。それこそ老翁になってもだ。
その努力の結晶が火竜の撃破という偉業となったわけだ。闘王は性格と単騎決戦が多かったのもあり多数の技を会得しているぞ」
槍「へぇそれは興味深い。彼の闘王にはたとえばどのような技があるのでござろうか?」
V「そうだな、尖輪猟犬を体に突き刺して蹴りを撃ち込むパイルバンカーファング。投擲赤原猟犬とベオで挟撃するウルフドッグス。
人間をジャイアントスイングした後に地面に激しく叩きつけるヒューマン・トール・ハンマー。
それから足払いから筋肉マウントで敵をタコ殴りにする貴公が・死ぬまで・殴るのを・やめない!
両拳から繰り出される無数の拳打、もしかしてオラオラですかー!? などなどとにかく剣技、格闘技問わず多数の技がある」
ソ「下に行くほどどこかで見たような技になっていっている気がする……」
F「ご、ゴクリ……もしかしてオラオラですかー!?とか凄く痛そうですね……!」
雨「なあなぁ教授、茶番はいいからさぁどうすれば勝てたのか教えてよ。セーブしてるからいい加減ロードしたいんだけどさぁ」
V「ロードなど出来るか! やれやれ恒例の間違い選択探しか……。
そうだな雨生キミは……残念だがバーサーカーだけなら勝ち残る目もあっただろうが、君の勝ち残る目はどうやってもないな」
雨「ちょ、なんでー!?」
V「なぜもなにも持ち鯖との相性が悪すぎる。
ヘイドレクを招来した時点で理性があろうがなかろうが君はバーサーカーに殺される羽目になっただろうさ」
雨「いやいやそんなことはないってば! なあバーサーカー!? そんなことないもんな!? おまえは俺を裏切らないもんな!」
狂「んにゃ、理性あったらテメーはどの道殺してる邪魔だし」
雨「ええええええーー!??!」
V「ほらな?」
F「あの先生…サーヴァントに殺されるってこと本当にあるんですか?」
V「あるに決まってるだろう。特にバーサーカーは来歴を考えろ。仲良く共闘して仲良く聖杯を分け合うなんてガラじゃない」
狂「ほぅ? ウチのカスマスターよりもそっちの男の方が分析力はあるようだな。おれのことをよぉくわかってやがるぜクク!」
雨「そ、そんな…バーサーカー………」
V「コイツはバーサーカーで呼ばない方が知能面での活躍は期待できるが性格を考慮すれば狂戦士クラスで召喚するのがベストだ。
最終的に理性があることを許したせいでマスターが謀殺される結果になるだろうからな」
F「裏切るなとか令呪を使ってみるとか?」
V「無駄だ、呂布などのような欲望や腕っ節だけで裏切ろうとする英雄とはタイプが違う。
ヘイドレクの裏切り方はそれこそ衛宮切嗣やエミヤにタイプが近い。
直接手を下すのが駄目なら間接的にあらゆる手段を講じて裏切ろうとするから回避が難しい。しかもこの男なら案が確実に浮かぶ。
ヘイドレクが悪魔の知恵を持って現界した際には間違いなく敵であっても味方であっても恐ろしい存在になるだろうな」
ソ「か、完全に人の手には負えないサーヴァントだな……令呪三つ程度じゃどうあっても足りないぞ」
槍「主君を裏切るとはけしからん! 貴様はそんな背徳を犯して恥ずかしくはないのか!」
狂「おれは貴様みてぇな誰かのケツにくっ付いてる三下金魚の糞とは違ぇンだよ。おれは誰の下にもつかねえ、神にもマスターにも」
雨「お、俺は……?」
狂「てめえは栄養源。あるいは飯調達係だ」
雨「な、泣きそうだ……orz」
V「さて今回はここまで。ではマスター諸君、次回もこの教室で会おう」
最終更新:2010年09月04日 02:43