迷宮が崩れ去る。倒れ伏したバーサーカーはまだかろうじて息はあるが、それもあと数分のことだろう。
夜明けが近い。満身創痍の身体に鞭を打って、私とセイバーはその場を立ち去った。
<怪物と太陽>
暗い迷宮にタダヒトリ。ずっとずっと、タダヒトリ。
辛かった。怖かった。寂しかった。
生贄と呼ばれる子供たちを食うことで、何とか生き延びる自分に嫌気がさしていた。
正直に言うならば、私は死にたかったのだ。
暗い迷宮にタダヒトリ。生きていても、タダヒトリ。
生贄と友達になろうかとも考えた。けれど、こちらがどれだけ友情を育もうとしても、相手は泣き叫んで逃げ惑うばかり。
私は怪物なのだと再認識させられ、己の頭を石の壁に打ちつけた。
暗い迷宮にタダヒトリ。未来永劫、タダヒトリ。
やがて英雄がやってきて、ようやく、私を殺してくれた。
自分自身ではふんぎりがつかなかったから、本当に、感謝している。
ただ、一つだけ未練があったけれど。
命尽きるバーサーカーの目に、わずかに理性の光が灯る。消滅の直前にして、狂化の呪縛から解き放たれたが故に。
あまりに強力な呪縛だったため、完全に消滅する前に言語能力を取り戻すことはできないだろう。複雑な思考も、難しい。
だが、それでも十分だった。
目の前にあるものを理解するのに、そんなものは必要ない。
生きている間も、死したあとも、怪物と蔑まれ、侮蔑され続けた彼の目から、悲しみでも恨みでもないものが流れ落ちた。
「あ、あ、あ、あ、あ」
手を伸ばす。
死してなお求め続けたものに。幼い頃に幾度となく見て、やがて奪われた、世界で最も美しいものに。
「あ、ああああああ」
夜が明ける。
死に逝く怪物は、しかし心の底から嬉しそうに、手を伸ばしながら灰となって消えていく。
その場所を、柔らかな光が優しく包んむ。
誰も知りえぬ、そのあまりに小さな、そして大きな願いは、成就した。
最終更新:2009年05月18日 20:13