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みなさま お久しぶりです。
久しぶりのブログ更新となります。
昨日、ついに50歳になっちゃいました。
人生の半分ですねー(100年生きる気かい)笑
長かったような短かったような、でも母の介護が始まってから1年半ですが、すごく長く感じました。
自分の腎臓病と母の介護のため、なかなかブログ更新もできなかったので、今回、今までに起きた事を一度にまとめていますので、かなり長文となっております。 時間のある時にでも、読んでみてください。
始め、街の病院で高血圧から腎臓病になったのだと診断され、私に合う血圧を下げる薬を様子を見ながら飲んでいました。
数カ月が経ち、140~150代だった血圧が120前後に落ち着いてきたにも関わらず、腎臓病の進行が止まらない事に担当医が気づきました。
通常、腎臓病は高血圧や糖尿病をメインとして腎臓が悪くなるらしいのですが、私の場合はどっちにも当てはまらないのです。
その町の病院では出来る限りの検査をしたが、原因不明との事で市立病院へ招待状を書いてもらい、行く事になったのです。
そして、市立病院への通院がしばらく続きます。
原因を探るべく、精密検査がはじまりましたが、町の病院と同じように血液検査・尿検査をもっと詳しく何度か検査しましたが、原因不明のままなので、性病やら違う病気を疑いつつ検査をしても、何も出ません。
最終的に、腎生検をする事になりました。
腎生検をするには入院が必要とかで、コロ中なのでPCR検査を強制されとりあえず感染していないので、入院という形となりました。
PCR検査なんて、何のあてにもならないのを知ってますが、ま~そういう決りだし、しょうがないよね。
母が認知症になっているので介護が必要なため、長期間は入院できない事を先生に告げ5日間の入院が決まった時点で、ディーサービスへ連絡して、どうにかその5日間 母を預けれないか相談したところ、快く受け入れてくれました。
担当の先生が言うには、5日後、家には帰れるが、とっさに母を支えたりはしないようにと言われました。塞がってきている傷口が腰に力が入った瞬間、血液が吹き出す恐れがあるのだとか・・・「短期間で退院は許可したが、歩き回らないように安静にしてください」っと言われました。
こういう時、一人で母を見る辛さが響きます。
腎生検とは、患者がうつ伏せになり注射器のような物で、腎臓の組織を取り出すという作業です。その後、取り出した組織を検査します。
腎生検自体は、部分麻酔を掛けた上でなので、チクチク痛む程度だったのですが、麻酔の注射がヤバイほど痛かったです。
看護士「これだけは我慢して!」
私 「うぅぅぅぅ~・・・」
腎生検が終わり、うつ伏せの状態で2時間動けません。血液が一番集中している部分に穴を開けているので、圧迫させるコルセットのような硬い物を背中に被せて、一切動けない状態です。
身体がしびれるほどの苦しみの中で2時間耐え、ようやく仰向けになれたのですが、コルセットはそのままで、動けないまま5時間寝ていなくてはいけないのです。
寝返りもできません。
当然、トイレは寝たきりでするしかありませんので、看護士さんに尿瓶を持ってきてもらい、看護士さんに私の〇〇〇をつまみ尿瓶の中に挿し入れてもらい尿を出すのですが、寝たままの状態でこれほど出ないものかと思いました。
膀胱内はほぼ満タン状態になっているため、今すぐにでも出したい気持ちなのですが、寝たままだと出ません。
出すために、スマホでネット検索し、[寝たままで尿瓶で尿をする方法]
とりあえず調べた事を実行し、それでも苦しみながらも20分後にようやく出ました。
苦労しました。
当然、2時間置きに尿が出るため、嫌おなしにもう一度尿瓶でする事になりました。
1回目ほどは掛かりませんでしたが、それでも15分格闘の末、何とか出す事に成功。
幼い頃は気が付くとオネショウをしていましたが、大人になるとこれほど大変だとは思いませんでした(笑
5時間後、ようやくベッド上ではあるものの、座る行為の許可が出たお陰で尿瓶により尿排出が容易になりました。
退院後、腎生検の結果が【おかしなIgA腎症】または【変なIgA腎症】と言われたのです。
普通のIgA腎症では無いらしく、IgA腎症に似ているが違うようだ っとハッキリしない答えでした。
ハッキリ言えば、原因不明のままで、もう少し調べるとの事でした。
今後の方針として、おかしなIgA腎症だが、通常のIgA腎症としてステロイド投与による治療を試みるか、F-FDG PETという特別製のCTで検査するかの二択でした。
ただし、ただ撮るだけだと健康保険が効かないため、1回10万円ほど掛るらしく、それは無理だと答えました。
次回の通院で、以前にCTを撮った時にリンパ節が少し腫れているので、もっと詳しく調べる理由にすれば健康保険が効くので、3万円までで抑えられると教えてくれました。
私にとって3万でも高いですが、効くか効かないか不明な薬を試すのもなーっと思いF-FDG PETを受ける事にしたのです。
何やら特別なCTらしく、市立病院には無いという事で、別の病院へ招待状を書いてもらい行ってきました。
もう一つの病院にて、点滴の中に微量な放射能が入った液体を注射され、F-FDG PETという検査機に入って15分間動かず寝ていました。 形状はMRIによく似た磁石管の中にすっぽり寝台毎入るようです。 CTにしてもMRIにしても15分という時間は掛かりませんので、相当詳しく調べるのだろうなと思いました。
F-FDG PET後、結果は市立病院へ送るとの事でしたので、後日、市立病院で聞く事になりました。
そしてF-FDG PETの結果、リンパ節の腫れは大したことなく、腎臓病進行とは関係がなく、結果的に原因不明のままでした。
どうせ分からんのなら、こんな高い検査するんじゃなかったと後悔をしますが、後の祭り・・・・。
しかし、これで終わらず、病院の先生は「アレやってみるか、コレやってみるか」 と
検査ばかりを選択枝にしてきます。
あまり検査、検査で原因不明のままだと、この医師や病院を信用して良いものかと疑問に思う
ようになってきているのは心の隅にありました。
原因不明にしておけば、検査で儲かるしね。今回のコロナ騒動みたいに儲け主義に転じてないかと思ってしまう訳です。
そして、あまりにも検査だけで何も前へ進まない状態のようなので、もう一つの選択するはずだった、通常のIgA腎症として治療してみる という試みです。
通常のIgA腎症には、ステロイドという薬を投与するらしく、これまた3日ほど入院が必要とか、めんどうだけど、またPCR検査をしてからになります。
しかも、2回必要なので、3日間入院後、更に1ヶ月経った後にもう3日間入院してステロイドを投与するそうです。 何やら大変な事になってきました。
自分自身の体調は、普段はタンパク質や果物を出来る限り控えめにしているため、筋肉がつきにくく、体力もできにくい状態で、母の介護がかなり大変です。
ただ、介護をしていると、腎臓病など考えている余裕がなく、とりあえず動けるように人の2倍~3倍ほど食べて、夜中も関係なしに1日中動きまくるような状態となります。
今までは母がしていた事を全て、私がする事になった上に、母の下の世話までしないといけなくなってきました。
自分の通院も増え、入退院を繰り返す状態の身の上に対して、家の用事の全てと母の介護です。
もう私の手だけでは回らなくなってきたため週の半分だけ高齢者住宅へ母を預かって頂く事にしました。その預かってもらってる期間に、通院したり入院できるように医者に協力を仰ぎ、日にちの調節をしてもらいつつ病気にも対応していこうと思ったのです。
☆1日の仕事
【主な家の用事】
①食事の用意
②食後の食器洗い
③各部屋の掃除
④洗濯(母の分は別洗い)乾燥はほぼ乾燥機で乾かし、乾燥機不可な物のみ日干し
⑤買い物(ほとんどネットスーパーを活用、母が家に居る時は出かけれません)
⑥庭の手入れ(草抜きや苅込など、後始末も含め)
⑦町内のゴミ当番や寄り集まりなど
母は電話が掛かってきても音に気付かず、電話に出たとしても相手の声が聞こえないので、
応答できず。私が出れない時は留守電が作動します。このため、1日中 留守電設定にして
います。
まぁー固定電話に掛かってくる電話って、ほとんど、まともな会社から掛かって来ないけどねー
押し売りばかりだな、私と付合いの長い企業はみんなスマホの方に掛かってくるので固定電話は
もう飾りですね。スマホだと登録していない電話番号でも、電話帳ナビというアプリによって相手の会社名が表示されますからね、受けるか引くか瞬時に反応できます。基本 表示されない電話には出ないし(笑
出なくても、留守電に変わるものね。後で必要であれば、こっちから掛ければいいんだし、掛け放題プランだから
電話代、気にならないから楽だよ。
☆【主な母の介護】
認知症 進行中
☆家に居る日
夜中でも関係なしに起こしてくるので、それに対応。
そして、起こさなかったら1日中ほぼ寝ています。
今が朝なのか昼なのか、夕なのか夜中なのか、まったく判断できません。
更に、幻聴や幻覚があるため、突然誰かに呼ばれたとか言って、「ハーイ!」っと返事で叫びながら夜中だろうと外へ飛び出したり、「今まで、ここでお母さんと話をしてたんよぉ~」っと言ってきます。
私のおばあちゃんは、私が5歳くらいの時に亡くなったのですが、母には、ここで一緒に住んで居ると思い込む時があり、しかも本人には見えているようです。もちろん私は真実を言います。告げたその時は分かってくれるのですが、日を改めて、今度はお父さんと話してたと言うのです
私のおじいちゃんは、私が15歳の時に亡くなっています。
認知症になると、死んだはずの人と会えるのでしょうかね。
認知症の始まりは、今より最強のキチガイっぷりを発揮してくれてましたが、最近は上記な状態でも大分 落ち着いてきたように見えます。
我が家は息子と娘が一人づつしか居ないのですが、一時期、同じ名前の息子が最大で5人居た事になってました。その当時は、あと4人が居ないから警察呼んで探してもらうなど騒いで大変な時期があります。
日によって2人になったり5人になったりするのです。
そんなに子供は居ないと本人に言い聞かせても、母「いや、私は産んだ!」っと言い切ります。ならば、その子は今何歳なんと突っ込んでやると、しばらく放心状態になり、一生懸命考えますが答えが出てきません。
または、「まだ、あの子は5歳くらいよ」っと言う時があります。
もちろん私は、母に突っ込みを入れます「お母さん 今何歳と思っているの?90歳なんぞ!?」85歳の時に子供を産んだのか? 日本の最高出産年齢は46歳やでそんな高齢でマジで出産できたら、ギネスに載るわぁー っと冗談入りで言うと、母はマジな顔して、「ほんまに私は産んだんや~!!」っと興奮気味。
認知症って恐ろしいですねー まともに相手にしていると、こっちがキチガイになりそうになります。
最初は、認知症相手にどう対応すれば良いのか、私自身わかりませんでした。
ディーサービスや他の認知症を良く理解されている方々に色々教えて頂いたお陰で対応の仕方が少し分かって来たような気がします。
覚えてなくて良い所を良く覚えていたり、忘れてはいけない所を、まったく記憶に残って無かったりと、認知症って自己中の極み状態になってるような気にもなります。
「まともに相手にするな・マジになるな・気長に」と言うのが教えてくれた全員一致の言葉でしたが、他人とは違い、母の言葉なので、どうしてもまともに相手にしまいがちです。
難しいですよね~。
後で考えた事ですが、私が5人も居たらキモイと思うのですが、親の立場から見ると違うでしょうか?
私は親になった経験が無いため、そこら辺の気持ちが良く分かりません。
話を今に戻しまして
朝、起こして朝食を用意し食べさせる。
昼、起こして昼食を用意し食べさせる。
夕、起こして夕食を用意し食べさせる。
起こしてっていうのは、食事と食事の間はほぼ寝ています。
そして、起こして起きる度に「今は朝へ~?」
っと聞いてきます。
※ほとんど寝ているのですが、たまに動き出すと倒れたり嘔吐があるので、その後処理や、オネショウの後処理などなどが追加される事がしばしば。
もちろん介護用オムツをしているのですが、吸収量以上にしてしまう事が多いのでオネショウ状態となります。
対策として、防水シーツの上に通常のシーツを被せ、オネショウをするであろう部分にペット用お漏らしマットを敷いています。できるだけ後処理を楽にするために、ペット用お漏らしマットを常に交換する形にして、放水シーツは保険です。
そして、私の話に戻ります。
食べても食べても、動きすぎで2ヶ月で76kgの体重が66~68kgまで落ち込みました。
身長171cm 体重75kgが標準らしく、そこから下がるのは避けなくてはいけないのですが・・・
病院からは、「そんなに食べてはいけません」とか 「そんなに動いてはいけません」とか言われたり、「自分が病気なのを忘れていませんか?」や「もうそろそろ、お母さんを施設に入れたらどうですか?」っと言われたりしていたのですが、老人ホームに入れるとなると、月に最低25万~30万ほどするそうで、収入的に無理なので、ずっと私が一人で面倒を見て来た訳ですが、
どんどん認知症の度合いも進行し、掛る手が増えすぎて、その上 私自身の病気進行に伴い通院や入退院が増えたのもあり、私一人では回らなくなってきたのもあって、担当のディーサービスに相談しました。
フルで母を高齢者住宅に入れると、月に15万ほど掛るらしく、価格が下がったと言え、これでもキツイな~とディーサービスの人に相談していると、高齢者住宅をホテルのような使い方もできる事を教えて頂き、部屋の空きがある期間中だけ、周の半分を高齢者住宅へ、もう半分は私が見るというやり方にしました。 これで月に8万足らずです、一応これで入退院を繰り返しながらギリギリの予算と体力ですが、それでも介護もできそうです。
ただ、心残りと言えば、もうYZF-R25に1年ほど乗れてません。
まぁーエンジンだけは定期的に掛けてますが、バッテリーを乗らずに2個ほど死なせてしまい高価なバッテリーだけに泣く泣く3個目を購入して、今回はバッテリーを外して、放置しています。
バッテリーは定期的に、充電器に繋いで充電し、エンジンを掛ける時だけバッテリーを繋いで
5分くらい暖気させてオイルを回し、また数カ月放置のような状態です。
乗り出す時は、エンジンオイルとタイヤ交換してからでないと、ツーリングはできな~1年放置のエンジンオイルはヤバイですよね~・・・
一時期、一度売って乗れるようになったら買いなおそうかと思った事もありますが、友達から
「売ってしまうとその間 まったく乗れないぞ、もう少しよく考えた方がいいし、今はコロ中で中古のバイクも手に入りにくく、数カ月待ちとか普通みたいよ」っと言われ、他の友達にも「まだ乗れるという夢が残っているなら、残しておいた方が病気にも前向きになれる」とも言われ、考え直しました。
後々、自分でゆっくり考えてても、新品で買ってツーリング仕様に改造してって、これをもう一度やるのか?
と思うと、もうここまでの改造にお金掛けるほどの余裕もないよなーと思い、残す事を決断。
できるだけ、暇がある時にバッテリーを繋いでアイドリングをして、状態を保たせ。
また乗れる時期が来ると思って、売らずにまたツーリングに行くぞと希望を抱きながら保管して行く事としました。
。
長文の付合い ありがとうございました。
これからも、入退院を繰り返したり、通院も終わる事なく続くでしょうが、
また書ける時にブログ更新をしたいと考えております。
まだツーリングも行きたいしな~(^_-)-☆
まだまだブログを閉鎖するつもりなどありませんので、
今後とも よろしくお願い致します。
by.Miruマサ
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最終更新:2022年10月18日 18:38