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第2話『謎の仮面男の巻』


――椎名唯人です。俺は今、走っています。

話は前日、唯人が初めてユイに変身した時にさかのぼる。
すんでのところで想い人の雅を助けた唯人は、そのまま一直線に家まで駆け込んだ。
「姉ちゃん! これどうやったら治るんだ!?」
探してみると、姉のつかさは自分の部屋のベッドの上で寝転んで漫画を読んでいた。
「あら、かわいくなっちゃって。」
「そんなことどうでもいいから戻り方を教えてくれ!」
つかさは漫画を横に置くと、起き上がって真面目な顔でこう続けた。
「ごめんね、唯人。いいお嫁さんになれるように、私もできるだけサポートするけど……。」
「……うそだろ。」
血の気がすっと引いていく。そんな。まだ何の覚悟もできてないぞ。
目が合うと、つかさの顔が申し訳なさそうに少しうつむく。
そしてつかさは言った。
「うん、うそ。」
つかさは小さく笑っているが唯人にとっては笑い事じゃない。
一度も返済されたことのない仕返しの残高がひとつ増えた。
しかしそれと同時に胸に安堵が広がったのも事実。
「あ、でも男とキスすると二度と戻れないらしいよ。」
「しねえよ。それより早くやり方を!」
「変身したときと同じようにすれば解けるんだって。」
聞き終わるより早く唯人はステッキに祈り始めた。
また時間の止まるような感覚が襲ってきて、制服姿の椎名唯人が現れた。
「ところで唯人、カバンどうしたの?」
「あ。」
そういえば道に置きっぱなしだ。取りに戻ろうと部屋を出るとき、つかさにもう一声掛けられた。
「明日から五時起きね。特訓するから。」

そんなわけで唯人は今、走っている。
「はぁ、はぁ……、ちょっと、待って。」
「まだ五キロだぞ、だらしない。」
「そんなこと、言ったって、女の体で、これは……。」
「しょうがないじゃない。戦うときはその姿なんだぞ。」
唯人はとうとう道端に座り込んでしまった。
「そもそも、なんで女になるんだよ。」
「女のほうが魔法の伝導率がいいのよ。」
自転車の上のつかさはこともなげに言った。
「じゃあ、生まれながらの女にやらせればいいじゃないか。」
それだけの説明でこう思うのは当然だ。だがつかさはさらに付け加える。
「確かに伝導率は女のほうが上なんだけどね、元から持ってる魔力自体は男女に関わらず個人個人で差があって……。」
「俺には人一倍強い魔力があるけど、そのままだと通りにくいから女にしたってこと?」
「そういうこと。」
ああ、そう。理由は分かったが納得はいかない。
「じゃあ私はこのまま出勤するから、がんばって帰ってね。」
ステッキは家に置かされている。ここまでほぼ直線で走ってきた。つまり男に戻ったり近道したりすることはできない。
これまでの距離をもう一回、か。唯人は溜息をひとつついて元来た道を走り出した。

一時間目は爆睡だった。起床時刻と疲労を考えるとしょうがない。
休み時間に入って誰かにノートを見せてもらおうと思ったところで……。
「きゃあああああ!」
「うわぁああああ!」
悲鳴。上からだ。男女合わせて五、六人といったところか。
教室を出ると見知った顔が一人階段を駆け下りてくる。隣のクラスの神野。
神野は唯人たちのいる階まで降りてきて叫んだ。
「化け物だ! 屋上に化け物がいる!」
神野の周りには既に人だかりができているが、唯人はそれを無視して屋上に向かった。
ちくしょう、こんなに早く来るとは。敵は待ってはくれないか。

みんな逃げ切れたのか、幸いなことに屋上には既に生徒はいなかった。
念のため入り口から死角となるところで変身。
「よし、時間無いからさっさと片付けるか!」
今回の敵はゴーレム。岩の化け物だ。
「ええっと、姉ちゃんの話によると……。」
ボタンの色の赤は炎、青は水、緑は風、黄色は地の属性をそれぞれ表している。
昨日の影の魔物は影だけに強力な光を嫌うのだろう。だから強力な光を発する炎で倒せた。
こいつは何が効くのか。
まずどう見ても炎はダメだ。効く気がしない。
「わっ、と!」
ゴーレムがやたら長い腕を振り降ろしてきた。慌てて飛びのく。
ふとひらめいた。ウォーターカッターというものをどこかで聞いたことがある。それは水を細く噴射し、その圧力で物体を切断したりできる。
「よーし……。」
青のボタンを押した。ステッキの先に水が溜まって浮いている。不思議な感覚だ。
意識をステッキの先に集中すると、勢いよく水が噴出した。試し射ちだったのであらぬ方向に飛んでいったが、これならいける。
腰に左手を当ててゴーレムに右手のステッキを向ける。
「おしおきの時間よ! なんてな。」
後悔は時間差で襲ってきた。何をやってるんだ、こんなの見られたらお嫁に……じゃなかった、お婿に行けない。
恥ずかしさを頭の外に押しやって、ステッキに意識をこめる。
「あれ?」
水は確かにゴーレムに向かってまっしぐらに飛んでいった。しかしゴーレムはそれを大ジャンプでかわした。
「ちょっ、こういう奴って普通重いから動きが鈍いはずだろ!」
文句を言っても仕方がない。唯人はゴーレムに水弾を発射し続けた。だが避ける避ける。ゴーレムは跳ねたり転がったり、的確に水弾をかわし続けた。
それだけでなく、合間合間を狙って向こうからも積極的に攻撃を仕掛けてくる。
「大きいくせにちょこまか……と……え?」
気付いたときには、唯人の体は屋上の外側の宙を舞っていた。

届かないと思いつつも伸ばした腕に、上から抑えられるような力がかかった。
びっくりして見上げると、仮面を被った男が目に映った。
呆然としている間に体は元の屋上へと戻っていく。
「大丈夫?」
何と返せばいいのか。唯人が迷っていると男はさらに言葉を重ねる。
「地学の勉強。」
「へ?」
こんなときに何を言っているんだ。目の前のゴーレムが見えないわけではないだろうに。
「岩石が年月を経ることによって削れることを何と言うか。」
本当に問題を出しやがった。この人は何なんだろう。まさか教師じゃないだろうな。
「君が考えている間に、あの剣を取りに行く。」
「あの剣って……ゴーレムがじゃれてるあれ?」
「そうだ。」
「危ないよ。それに剣なんかで倒せないでしょ。」
じゃないと自分が魔法少女になる必要なんてこれっぽっちも無いんだからな。
「たしかに倒せはしないが……見てのとおり、あの剣には魔物を引き寄せる性質がある。」
男が魔物を引き寄せてる間に考えろ、ということか。
「じゃあ、頼んだよ。」
そう言って男はゴーレムの方に向かって突進した。
こうなると時間が無い。なあに、答えは四択なんだ。
「岩を削る……地震か?」
地のボタンを押しそうになったが、思いとどまった。
「そういえばここは屋上だから、地のパワーを使おうとすると地面との間にある校舎にも影響が出るんじゃ……。」
そうなると今まで頭に浮かばかった風か? 恐る恐る緑のボタンを押す。
風の流れが変わった。それを合図に男は剣を鞘に収め唯人の方に寄ってきた。
「そう、答えは『風化』だ。何千、何万年と風に晒されてきた岩石は朽ちて砂となる。」
「何千年って……。」
「それだけの風を君は起こせる。」
そんなわけ……と反論したかったが飲み込んだ。信じるしかないようだ。唯人はステッキに両手を添えて精神を統一した。
異様な光景だった。ステッキを境にゴーレムの方向にだけ嵐のごとく風が吹いている。唯人の側はいつもどおりの空気の流れだ。
この高さから落ちたらその岩の体が砕かれるのが分かっているのだろう。ゴーレムは落ちまいとこの風に向かってくる。しかしそれが相対的にゴーレムに対する風速をさらに強めることとなる。
ゴーレムの表皮が剥がれ落ちるにつれて、こちらに向かってくる力も失っているようだ。
唯人が最後の力を振り絞ると、ゴーレムは塵となって消えていった。
そして、精神力を使い果たした唯人はその場に座り込んでしまった。
「これが……俺の、力?」
ハッと辺りを見回す。うっかり「俺」と言ってしまったのに気付いて慌てて取り繕おうとしたが、その相手は既にいなかった。
「なんだったんだ、あいつ。」
風のように現れて、風の話をして、風のように去っていって。その間唯人はあっけに取られているだけだった。
何者か心当たりは無いか、と自問したちょうどそのときにチャイムの音が耳に響いた。
「やべっ! 遅刻だ!」
変身を解いて授業に向かう唯人は、もう男のこととは別のことを思っていた。二時間目も、爆睡だな。

元レス
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1220262396/191-195
最終レス投稿日時
2008/12/20 21:23:37
最終更新:2009年01月11日 17:42