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GIFTED 第1話

時は遡る…――――


PM23:50  ――某街の裏通り――


半身血まみれの男「ハッ ハッ ハァ…ッ…!! (薄暗い裏通りを、脚を引きずるように走っている)なんで…なんで俺が…ッ…!!? ゴビュ…!!(吐血)……!ぐぞォ…!!行き止まり…ィ!!?あ゛あ…あ゛ァ!!(壁をどんどんと叩きつけ)」

髑髏面の人物「――― ザ ッ (男を追い込んだその黒い人物の左手には、黒光りの銃がしっかりと握られていた)」

半身血まみれの男「……!!あ…ぁぁ… ……やめろ…や゛め゛でぐでぇ!!! ぅあ、あ…あぁ…!!(絶望に満ちた表情で命乞いをし)」

髑髏面の人物「……ス…―――――ダァンッ、ダンダンッ、ダァンッ、ダンッ!!!!!」


う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァァァァァァァァ…… ! ! !


しばらくして、明りの消えた街にパトカーのけたたましいサイレン音が鳴り響いた


白髪の男「通報があったのはこの区域のようだな…!(パトカーから降り、裏通り付近を見渡す)」

青髪の青年「父さ…ゲフンッ、イドルフ警部!ここに血痕の跡が… この先の方に続いているようです!(足元に見られる血痕の跡を辿り、裏通りへの入り口の方角を指す)」

白髪の男→イドルフ「まさか…―――ッ!(青年と他の警官らと共に裏通りへ駆けだす)」


やがてイドルフたちは行き止まりの所で、血だまりの中に沈んだ男の遺体を目の当たりにする。そしてその壁に、何かが描かれていた。


青髪の青年「これは……ッ!!!(遺体と、そして壁に描かれたそれを目にし驚愕する)」


そこには、男の遺体から流れる血で描いたと思われる【 A N T I T H E S I S 】の赤い文字が、その壁を覆い尽すほどに大きく描かれていたのだった

イドルフ「……!…これは、間違いない…。(顎元に手を添え)」

青髪の青年「くッ…―――"また"、間に合わなかった…!!(歯を食い縛り、その文字を鋭く睨みつけた)」





PM20:15  ――とある橋の上――


グゥカカカ……(心地の良い蛙の鳴き声が夜空にへと響く)


いつからの話か分からないけど… 流れ星にお願いをすると、その人の願いが叶うと言われている。
静かな田舎、賑わう都会、何処の空にも流れ落ちる流星は、全ての人にとって希望の星だった。

だけど流星なんて、その正体は宇宙に漂う塵が集まってできたもの。そんな塵が人の願いを叶えるなんて…幻想を見過ぎているだけだろう。馬鹿馬鹿しい。
流星を見つけてきゃっきゃとはしゃぐ人たちを見る度に、いつもこう思う。

×「…… …… ……(橋の手すりに頬杖を突き、生気のない瞳で夜空を仰いでいる)」

願い… 私には願い事なんかない。強いて言うならば、この退屈な日常からとっとと抜け出したいこと。
生きる希望も死ぬ絶望もないし、何を求め、何を生き甲斐にして生きていけばいいのか分からない。
ただ"自由"になりたかった、ただ、それだけのこと。

自由になれるのならどんなことが起きようとかまわない。
『先日の出来事』のような、日常を打破する何かが、私にも降りかかってこようとも。
何の変哲もない、退屈な、日々を、変える…何かを…―――

キラ――――(夜空に一筋の光が迸る)

×「ぁ… 流れ星…」

自由を求めて生きていこうと考えたこともある。
だけど何度も挫折した。もしかしたら本当の自由なんてこの世にはないのかもしれないと、ずっと諦めかけていた。
誰も彼もが、何もかもが、思い通りにならないように邪魔をする。
抵抗するわけでもなく、相手にするのも面倒だからずっと回避し続けてきた。いや、逃げていたんだ。

クン―――(続けて落ちてきた流星は、初めに落ちた流星の後を追わず、ある地点で歪曲する)

×「………?」

自分が誰よりも弱く、何よりも脆い事は自分が一番よく分かっていた。分かっているからこそ、余計に腹立たしかった。
このままじゃいけないってことくらい分かっている。
でもどうしようもないと言わざるを得ないくらいに、日常は私を苦しめる。
…もううんざりだ、はやく、自由になりたい。……自由に―――

キュォォオオ…ッ…!!!(夜空で螺旋を描いた流星の光が、少しずつ肥大化していく。それとともに光は激しさを増し、みるみると×を包み込もうとする――――流星は、×の頭上に落下しようとしていたのだ)

×「……え……―――!?」


流れ星、もしもあれに人の願いを叶える力があるのなら… たった一つだけ、叶えて欲しい望みがある。

私の望み、それは……――――――


ド      オ     ゥ     ッ     !     ! 






チチチ…(電柱の上の小鳥たちの活気の良いさえずりが聞こえる)


×「ムク…(ベッドから上半身を起こし起床する)ふぁ~… ……ん、うぜぇーくらい清々しい朝だ。」

×「(学校行きたくねーな…。)(そう思いながらも学校の支度を始める)」

×「ダンダンダン… ばぁーちゃん、おはよー。(制服のスカートを払いながら、二階の自室からリビングへ降りてくる)」

音の祖母「音(のん)、おはよう。よぅ寝れたかぇ?(台所で作業しながら)」

×→音「もっと寝てたい。ングング(眠気の交じった声をあげて朝食を食す)」


気象庁によると、全国各地でたくさんの流星が目撃されており、明日には私たちの街の空にも流星が降る模様です。明日の天気は晴れで雲一つない晴天日和となるようで、流星の観測は、早くからでも夕方頃から可能な模様―――(テレビでお天気キャスターが喋っている)


音「うぉ、そろそろ行かないと。(テレビの画面内に表示されたデジタル時計を見て、ソファのスクールバックに手を伸ばす)」

音の祖母「はいはい、気をつけてねぇ。いってらっしゃい。」

音「いってきマーマレード。(ぴゅーんと玄関へ走ってく)」



AM8:20  ――某高校――


男子生徒『今日学校終わったらカラオケいかね? いぃーぅねー!? 最近テスト続きでダルかったからなぁー!!(窓側の席に集まって会話している)』

音「ふぃー。(教室へ入ってくる)…っしょ。(男子たちの近くの席にスクールバッグを置く)」

男子生徒『……(音に気付いた1人が怪訝そうな顔を浮かべる)ちょっとトイレいこーぜ。 おうよ! おう、いいぜー。(三人とも、音から離れるように教室から出ていった)』

女子生徒『やーん!今日テスト返ってくるじゃん!もー、どしよー…』

少女「はははっ、私今回ヤバかったから返されたくないなー(笑)……。(女子グループ内で話している最中、音の方を一瞥する)」

音「……(男子たちには歯牙にもかけずバッグを開ける)……。(その際、女子の視線に気づいたのか彼女の方を見る)」

少女「……。もうテストいやー!あはは!(音と目が合った瞬間、逸らしてから女子たちの話に戻ってくる)」

女子生徒『ねえねえ!そういえばさ、今朝のニュース見た!?明日流れ星が観られるらしいよ!! うそっ!?ほんと!?』

少女「でねっ!そうみたいー♪すごいよね!流れ星にお願い事しなきゃだね!願い事、叶えたいなー♪」

女子生徒『ねーっ♪ あははは!』

音「(ばカバカバしい… 何が流れ星にお願いだよ。あんなの、ただの宇宙の塵の集まりじゃん。夢見すぎ。)(女子共を横目にスクールバックから教科書等を取り出し、机の中へしまい込んだあと静かに着席する)」

教室は生徒たちの活気のよい声で隅から隅まで賑わっていた。だが音のいる空間だけは、静かだった。

音「ス… ペラ…(机の中から本を一冊取り出し、栞の挟んであるページを開いて読み始める)」

全てに疎外された音の空間だけが、時間の流れがズレているかのように、不思議なほど静寂に包まれていた。

音「……(生気のない瞳で本を読み進めている)」


一人でいる時間が楽だと感じたのは今更のことじゃない。
雑音を遮断し自分だけの世界に閉じこもるのは"逃げ"なんかじゃない。だってはじめから、気楽でいることを望んでいたのだから。
ここにいるこいつら全員、私のことをどう思っていようと知ったことじゃない。私はこいつらに興味なんてない。

とにかく私は、この退屈な日常が嫌い嫌いで仕方がなかった。



8年前 ――とある公園――


少年たち『やまができた~! トンネルもほりたいよね! それいいなー!!でもトンネルってむずかしくね!?まえやったときやまくずれちゃったしー…(砂場の中央に山を作って遊んでいるようだ)』

音(8歳)「ねぇねぇ~!わたしもまぜてよ~♪(少年たちの背後にぴょんと現れる)

少年たち『えっ? やだねー!おんなはあっちいけよー! そーだそーだ!』

音「むー…おんなのこだからって…! わたし、すなあそびとくいだよ。かして!(1人の少年から小さいスコップを取って輪に入り込む)」

少年たち『あっ、おいっ! おまえほんとにつくれんのかよー? へー…』

音「んしょんしょ… …じゃーん♪どやっ!」

少年たち『え、うわっ、すげぇ!! めっちゃきれいなトンネル!ひびひとつはいってねーじゃん! すげぇ!!おまえやるじゃん!!』

音「えひひ…でしょでしょ!?」

少年たち『…なあ、こいつと、いっしょにあそばないか?(音を指して)えっ?…んー、まあ、おれはいいけど。 ぼくもいいよー。トンネルほりのてんさいだし。』

音「……!いいの…?やたーっ♪♪ じゃじゃ、こんどはみずをながそうよ!」

少年たち『いいなそれ!やろうぜ!! おう、おもしろそう!! やろやろ!おれみずくんでくる!!』

幼い頃の自分は、本当に好奇心が旺盛だった。
好きなことにはとことんまっすぐで、周りから何を言われようとやめようともしなかったな。
女の子なのに、よく男子と関わってたことが多かったかな。
女の子より気軽だったんだと思う。
実際あの時はほんとに楽しかった。夏も冬もどんな時でも、あのメンバーでよくいろんな場所行って、いろんな遊びをしたなぁー。
中学生になっても私たちはずっと仲が良くて、女の子の友達ができた時も、やっぱり彼等と関わっている時が一番楽しいから、ついついそっちの方に行ってしまうことが多かった。

運よく私たちは高校も同じで、今まで通り変わりない付き合いをしていた。 …けれど……――――




7年後 ――学校の廊下――


音(15歳)「…え…… ……今、なんて…」

青年グループ『悪いけどさ…もう俺達には関わらないでくれ。 お前と遊んでいる時は確かに楽しかったよ。けどもう、疲れちゃったんだよな。 …あのなぁ、僕ら、男同士で遊びたいんだよ。女のお前がいるとさ、いろいろ気つかって、やりたいこととか、いろいろ制限されるし。』

音「そ、そんな… 私そんなの気にしてないよ…?確かに私は女だし、みんなとは違うけどさ… でも、みんなのともだt――――」

青年「バァンッ(壁を背にした音の顔の横に手をつき、目と鼻の先の音を睨みつける)」

音「ひっ…!!(びくりと跳ね、まるで蛇に睨まれた蛙の様に硬直してしまう)」

青年「…"友達"?はっ、何言ってんのお前。そう思ってんの、お前だけだぞ。(豹変した顔で見下して)」

音「ぇ… …どういうこと……?(怯えるように青年の顔を見上げる)」

青年たち『俺達はお前のこと、一度も"友達"とは言ったことねーってんだよ。 言ったら…ただの暇つぶし相手?とか?ははっ。 散々人を振り回して"友達"とかよく言うよねー。』

音「…ぇ…え… …ぁ… ……あ…っ……(唇が震え始める)」

青年「これっきりだ。もう俺達に、二度と関わんな。 行こうぜ。(背後の二人と共に去っていった)」

音「……ペタン…(力なく、壁に沿って尻もちをつく)…ぁ…… うぁ… ……そん …そんな… ………まって…(離れゆく青年たちに手を伸ばそうとするが、あまりのショックで腕に力が入らず、ずっと痙攣している)…ずっと、なかよかったじゃん…… うそ…だよね… …うそ―――」

少女「―――嘘なんかじゃないよー。(遠くの廊下から音に)」

音「……!……真希…??(遠くに映る少女の姿をぼんやりと捉え)」

少女→真希「(ゆっくりと音のもとへ歩み進める)あいつら、陰で音の悪口ばっか言ってたよ。「しょっちゅう関わってきてウゼー」とか。聞いた話じゃ小学校からの付き合いだっけ?音は知らないかもしれないけど、みんな成長すると考え方ってのが変わってくるもんなんだよー。」

音「…そんなの…(立ち上がる)…そんなの関係ないじゃ―――」

真希「―――『関係ない』、それは音が思っているだけ。 音はあいつらのことを解っているみたいだったけど、本当はあいつらの事をよく解っていない。だってあいつらは、ずっと貴女に本音を隠してきてたんだから。貴女と関わりたくないという、本音をネ。」

音「なんで… なんで真希がそんなことを知ってるの?私があいつらと長く付き合ってきたんだよ!?それなのに真希に何がわかるの!?(表情を強張らせ)」

真希「は?わかるよ。あいつらの『顔』を見れば。貴女と関わっている時のあいつら、貴女に見えないところで嫌そうな顔してたの、私ずっと観てたし。あからさまに嫌そうな顔してたから、「あー、あいつら音のことウザがってんだろうな」ってのが私にも普通に解るし。他の人も解ってたみたいだけどね?」

音「……そん… ……(もはや言葉が出なくなり、徐々に俯いていく)」

真希「…あ、そうそう。あいつらに便乗して言わせてもらうけど、これからは私とも関わらないでちょうだいね。(にこりと、偽りの笑みを見せて)」

音「……!?(顔をあげ、絶望に浸った表情で真希を見つめる)…して… どうして…?な、なんで真希まで…?!」

真希「――― だ っ て ウ ゼ ー ん だ も ん 。 (平然とした顔ではっきりと)中学の時から、勉強もスポーツも万能なアンタは、いつも先生たちに褒められてたよね。今でもそう、アンタは天才少女として鼻が高い。でもウザいのはそれだけじゃない。自分が"できる人間"だということをいちいち自慢してくるところが、いっっちばん気に入らなかったんだよねぇ!!」

音「……!!(テストで唯一、高得点を取って青年グループらに自慢したり、表彰状を真希に見せつける自分の像が脳裏を横切った)…ご、ごめ…っ…!…私、ちょっと調子に乗り過ぎてたみたいなんだね… そうだよね…!?それならほんとにごめん…!謝るから…」

真希「もういいよ、謝んなくたって。どっちにしたって、アンタとはあんまり相性がいいとは思わなかったしね。(鼻で笑い)」

音「……!!…そんな…待ってよ真希…!そんなこと言わないでよ…!!(真希の肩に触れようとする)」

真希「ス…(音の手から逃げるように退く)音、アンタは天才だし運動神経もいい。さらに他のクラスの男子たちから可愛いと評判で人気も高いようだし?先生たちもみんな音のことを気に入っているようだし?とにかくアンタは"なぁーーーんでも持ってる"から、もう大丈夫だよね?(ははっと嘲笑する)」

音「……!(拒絶した真希に驚愕する)…やめて…… やめて真希!そんなこと言わないでよ!!やめてよ…っ!!(涙目で訴え)」

真希「あ、そろそろ塾に行かないと。(棒読みしながら腕時計を一瞥する)」

音「まって… 待って真希―――」

真希「      ば      い     ば      い     。    」



それ以来、誰も私に関わってこなかった。同時に私も、誰とも関わろうとはしなかった。
はじめのうちは、何がなんだかよく解らなかった。
ただ今になって分かったこと、それは、私が思っている以上に日常は無情だということ。
私が間違っていたのなら、それは認めざるを得ない。けれど、全部が全部間違ってなんかないと思ってるから、余計に生きてることが苦しくなる。
あれから自分を少しずつ見つめ直し、人の為にいろいろと尽くしてきたけれど、結局誰にも感謝されることはなかった。

―――なんなんだろう、わたしって? なんなんだろう、にちじょーって?―――

考えて考えて、時に悶えてまた考えて、たどり着いた答が『考えるのを止めた』だ。
無駄だと思った、とにかく考えるだけ無駄でしかなかった。
正しいと思ってたことが間違いで、間違いを正していこうとしても"その行為のそのものが間違い"だと言われるんだ。
じゃあどうすればいいんだろう。…わからない、わからない。

だから考えるのを止めた。どれだけ自分やこいつらの是非を説いたところで、誰も聞く耳など持たないのだから。
この空間は私だけのもの。私の為の空間。とっても静かで…雑音など聞こえやしない。ああ、素敵。
もう煩わしい事なんか考えなくてもいい。これで心おきなく読書や勉強をすることができる…。

だけど、息苦しい。この苦しさには、耐えられない。
この苦しさこそ、私の日常――――退屈な日常そのものだ。



キーンコーン カーンコーン ♪


男子生徒『やあーっと三時間目が終わったあ! 次は社会の選択授業だっけ? ああ、俺は現社だけど。 俺さあ、政治経済なんだけどさあ、わっけ分んねえんだよなあ!俺も現代社会にしとけばよかったぜ! どっちも変わんねーだろ。 はははは!!』

女子生徒『現代社会の授業って隣の空き教室? そうだよ!頑張ってきてね~! ていうかさあ、気になってたんだけど…ほとんどみんな政経か現社じゃん?倫理選んでる人っているの?? ウチはわかんな~い。倫理とか、興味ないしー。 あっ、でも一人だけいたよね?あの……(一人の少女がある方角を見つめる)』

音「スク…(倫理の教科書を胸に抱きかかえて席を立ち、その場を後にする)」

女子生徒『あ~…『あいつ』かぁ~…。(音が教室を出ていった後に呟き)変わり過ぎだよね~、あんなの選択してるのって。 ねえ知ってる?倫理担当の先生、すっごく気味が悪過ぎて先生たちの間でも噂になっているんだって~。 何それー!音の奴、マジ運悪すぎー。 きゃはははは!!』

音「(廊下ですれ違う人たちを、涼しい顔をして避けていく)……(私だって、ほんとは倫理より政経を専攻したかったんだけどね。)」

そう、本当は受けたい授業は他にあるけれど、誰も選択していない倫理の授業をあえて専攻したのは… 単に奴らに混じって受けるのが嫌だっただけ。普段の授業でさえ真面目に受けようともしない奴等と一緒に勉強なんかしたくなかったから。

音「ガラ…(ある一室の扉を開く)―――こんちゃ、久津原先生。」

睦弥「(教壇の上に広げた聖書を読み老けていたようで、扉の音に反応しゆっくりと視線を彼女に向ける)…相変わらず、早いな君は。…いや、ゆとりがある、と訂正した方が良いか。」


―――『久津原睦弥』(くつはら むつみ)
一見は冴えないこの先生が、倫理の担当教員を務めている。
とにかく変わった先生で、生徒や同僚の教師たちに不気味だと言われている。でも…


音「うーうんっ。やかましいとこからさっさと抜けだしたかっただけ。 ボフン(机の上に教科書等を置き、席に座る)」


独特の雰囲気のある先生だけど、この人の前でだけは… 私は本当の自分をさらけ出せるような気がする。
互いに似た立場があるという理由も、ないわけではないけれど… 何よりこの人から出る雰囲気が、他の人とは違っていて…
それに興味を示しただけなのが本音なのかもしれない。


睦弥「俗世からの脱却… 流れに枕す為の物に出会えると良いな。(力のないような微笑を零す)今日はそれ(教科書)を使わない、私の話を適当にメモでもしてくれ。」

音「ほーい。(ノートを開いてシャーペンを回す) 先生、授業は退屈?(悪戯っぽい笑みを見せ)」

睦弥「哀しいことを言うなぁ。(苦笑)確かに一人でいる時間は欲しいが…その為の金も欲しいからな、授業はやらねば…。だが、私の授業を受けに来てくれる生徒がいるのなら、喜んで開くとも。」

音「もともとこっちには来るつもりはなかったんだけどめぇー…。(にやにや)」

睦弥「だが、今は満更でもなかろう。今日までの成績を見れば君はとても優秀で、それは私の授業に少なからず興味を抱いている由縁なのだろう?」

音「まぁーねえー。今はこっちで良かったと思ってるよ。」


さっきも言ったように、私はもともと倫理なんか興味がなかった。

奴らから離れるために止むを得ず選んだこの授業だったけれど、この先生の教え方というか…話し方というか… よく解らないんだけども、自然に呑まれてしまって、気がつけばそれが楽しいってことに気付いた。
淡々と行われる他のものよりも、不思議とこの授業だけが楽しく感じる。




睦弥「カッカカカ(黒板にキーワードとなる言葉を綴る)―――…虚無主義とは、いっさいの価値を否定をする立場のことだ。今も昔も、この虚無主義が蔓延している。これをいかに克服できるかが、「彼」の課題であった。」

音「カリカリ…(ノートにシャーペンを走らせながら話を聞いている)」

睦弥「弱者の、ある卑屈な価値観がその原因となった。弱者とは常に迫害を受け続ける哀れな存在… 人間の精神とは、迫害を受けることが多ければ多いほどに、それに伴い卑屈になるもの。それ故彼らの価値観も捻じれたものとなる。」

睦弥「例えば―――山上の垂訓… 強者に虐げられる弱者が"善"とする考えだが…卑屈で歪んだ価値観だ。これは弱者の、強者に対する怨恨からきている。彼らは強者が蔓延る現世を否定し、弱者である己の存在を守る形を取った。そうすることでしか己の存在価値を確立させることができなかったのだ。」

音「カリカリ…―――ピク…(睦弥の発言に僅かな反応を見せる)」

睦弥「これを奴隷道徳と呼ぶが、実に歪んだ考えだ。冷静に考えれば…ここに示されているのは強者の価値であり、弱者の無価値だ。無自覚に「己の価値はない」と告白しているようなもの… 自己の価値の否定、これはまさに"虚無主義"である。」

音「……(虚無…虚無…… 私の日常も、そうだ。でも、そう考えることさえ"虚無"でしかなかったの…?私も周りを否定してばかり… 私もまた、その"虚無"の中に呑まれていただけだったの…?)」

睦弥「各々の存在意義を失った虚無世界が拡大することで、やがて、あの弱者たちもまた己の価値を否定し始めた。…これにより虚無主義は完成した。その世界で暮らす人類は無価値な人生を歩まされ、さも車輪の如く、永遠とそのような人生が反復される。(黒板に永劫回帰という文字を書く)」

音「……(私はあいつらを否定していたつもりだった、だけど本当は自分さえも否定していた… そのことに気付けなかった…延々と繰り返される無情な日常が、私がそうしようとしたのを妨げていたの…?)(だんだん項垂れていく)」

睦弥「(音の表情を窺うように一瞥する)……しかし、大事なのここからだ。例え己が、無価値な人生を過ごしているとしても、それから逃げてしまえば虚無世界の渦中から解脱することは不可能だ。」

音「(ゆっくりと顔をあげる)……じゃあ、どうすればいいの?(質問を投げかけ)」

睦弥「この虚無主義を克服するために必要なのは… 無価値で何の意味も目的もなく無限に反復する永劫回帰の世界において、虚無主義という否定的な現実から目をそむけるのではなく、ありのままに受け止めることだと「彼」は言った。」

音「ありのままに…受け止める……。(自分に言い聞かせるように呟き)」

睦弥「人生が無意味だろうと関係のないことだ、その無意味が永劫的に繰り返されようと関係のないことだ。全て「これでよし」と受け入れ、大地を踏みしめ、逃げることなく、能動的に飛躍することが大切なのだ。」

音「…でも、そんな簡単には―――」

睦弥「人間の本能の中には、自分がより強大なものになろうとする意志がもともと存在する。無価値な人生を直視し、乗り越え、より強大なものになろうとする能動的な意思―――そしてその体現者を『超人』と呼ぶ。『超人』こそ、この虚無な世界を生きる理想的な実存の姿だ。」

音「…『超人』…。(息をのむ)」

睦弥「『超人』は、目の前に広がるその虚無世界を、永劫回帰の無情感を…自分の運命として受け止め、肯定できる『運命愛』を持っている。『超人』は、弱者の強者に対する怨恨から成る奴隷道徳を捨て、より強大なものこそを"善"とする『力への意思』を持っている。」

睦弥「誰しも永劫回帰の輪廻から抜け出すことはできない、だからこそ、その運命を愛し、新たなる価値の創造者として自己肯定的に生きていく… これが、「彼」の謳う能動的な虚無主義だ。我々現人類もまた、このような在り方を経験することができれば、それは実に素晴らしいことだろうな。(そう言って、音にほくそ笑んだ)」

音「……!(授業で睦弥の発言が、それまでの自分に大きな影響を与えたことを実感した為に、彼の表情に圧倒される)…先生、あの―――」

キーンコーン カーンコーン ♪

睦弥「授業はここまでだ。何か質問はあるか、村上。(黒板の文字を消しながら)」

音「先生… その『超人』というのは、誰にでもなれるものなの…?」

睦弥「パンパン…(両手を払う)あらゆる状況下…例えばやるせない日常、その渦中で、己の生を肯定できる者は誰にでも… だが我々は人間、それは決して容易いことではない。現実が、大罪が、『超人』へと近づこうとする我々の行く手を遮ることもある。たった一つでも、揺るがぬことのない不屈の精神を持ち続けることが、『超人』へと昇るための鍵となるだろう。ガラ…(扉を開く)」

音「ふぁ…(汗)」

睦弥「神は死んだ――――だが彼に代わり先駆者となる『超人』が必ず現れ、人類を導くだろう。今や我々は、『超人』が栄えんことを欲する―――(そう言い残し教室を後にした)」

音「……不屈の精神… ちょーじん…かぁ…(まるでなりたくてもなれそうにない憧憬を抱いているような、重い溜息を吐いた)」


私は、奴らを「強い存在」だと、そうだとは認めていないけれど何処かでそう認めていた様な気がした。
逆にそんな奴らから逃げるように距離を置き続けてきた私が「弱い存在」だと、認めてはいないつもりが実は認めていたということ…
私は奴らのことを…不純で、弱い、子供だと思っていた。でも本当は、それが自分のことだったんだ。
虚無な日常が、私を虚無の中へ引きずり込んだ… いいや違う、私が何色でもない日常を虚無だと認識したから、それが虚無の色に染まって見えただけだったんだ。

結局は全部、"私が私自身を苦しめていた"だけだったのか…

…確かに、このままじゃ駄目だな。
卑屈になるのは…まだ克服は難しいだろうから、せめて、少しでも楽観的に物事を見つめ直してみようかなとは思う。

うーん…やっぱり、あの先生は何か違う…。こうも私の考えや見る目を変えてくれる。
その上、何故か私の事をよく知っていた、ように見えて… 心の底から教師と呼べるような…
でも、教師という枠を超えた、もっと、なんか、凄いものを感じる。

―――気がつけば私は、またあの先生に少しずつ惹かれていた。


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最終更新:2018年06月07日 22:59