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【思い出】(平行世界)
もう何が何だかわからない。
思わず膝の力が抜け、扉に背中を強くぶつけてしまう。
「何の音だ?」
キョータローの声が聞こえて、慌てて立ち上がる。
もう嫌だ。キョータローの顔が見られないよ。
私には何もかも無くなっちゃった。
全部全部全部! サキに奪われた。
新しく手に入れたものも、サキが持っていたものだった。
こんなに無様な話ってある?
人の価値を、サキに勝つ理由にしたバチが当たったのかな。
私の中に、ひとつでもサキに勝っているものってあるのかな。
ひとまず、駆け足でその場を去る。
もう、どーでもいーや。
…
……
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……
…
「団体戦優勝は、清澄高校です!」
アナウンサーの声が会場に響き渡る。
指先がピクリとも動かない。
目の前で仲間に抱きつかれているサキの姿が見える。
ああ、この図はよく見たことがある。
今の私は、私が今まで蹴落としてきた奴ら。
今のサキは、今までの私。
悔しい、って気持ちすら浮かばない。
本当にこれが現実なのかすらわからない。
これは悪夢で、起きたら決勝戦が始まって、テルーたちが苦戦して、あわいちゃんが大逆転勝利する。
私の中では、それしか考えてなかったんだ。
これは、夢だ。
「よく頑張ったな、淡」
後ろから亦野先輩が私を抱きしめる。
準決勝であんなことを言ったのに、力強く慰めてくれた。
「淡は悪くない。泣くな……」
何言ってんの。そんなことないじゃん。
亦野先輩は私に繋いでくれた。
全ては失点した私のせいだ。
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尭深も、菫先輩も駆け寄ってくる。
私に抱きついて、諭してくれる。
「淡はよく頑張った」
「うん。ここまでこれたのも淡ちゃんのお陰だから」
本心で言っているのかすらわからないよ。
だって、白糸台は今まで2連覇していたんだよ?
私がいなくたって、私がいなかった方が優勝できてたってことじゃん。
私のお陰なんてことは、絶対にありえない。
「淡」
一番来てほしくない人がここに来る。
口下手だからか、オロオロとしながら私を抱きしめてくれる。
「よく頑張ったね……」
ようやく言葉を発したかと思えば、そんなことだ。
何よりも嬉しいはずの、何よりも心を癒してくれるはずのその言葉。
ただ一つの事実がそれを打ち消す。
「(テルーは、サキのお姉ちゃんなんだよね)」
決して聞けないけれど、決して言えないけれど。
こうやって、サキを慰めたことがあるのかな。
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……
…
それから、個人戦でもサキに負けた。
しばらく落ち込んでいたけれども、そんな私に亦野先輩が声をかけてくれた。
「白糸台敗北の戦犯は私だ。
メディアでもそう言われているだろ」
そう言い切ってくれた。
私なんかより、もっと辛い立場なはずだよね。
新しく部長となり、様々な重圧がのし掛かっているんだ。
「だから、淡の力が必要なんだ」
そう言って私の手をとって握りしめる。
「今度こそ優勝しよう」
そんな亦野先輩は何かを吹っ切って、大きく見えた。
「準決勝で落ち込んでいた私を励ましてくれたのは淡だ」
「あんなの、励ましたに入らないよ……」
「淡が後ろにいる。それだけで私は強く打てた」
そう言ってくれた亦野先輩のために、もう少し頑張りたい。
「一緒に行こう」
今度こそ、『サキに勝つ』んだ!
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……
…
私にとっての地獄はそこから始まる。
公式戦では全てサキに敗北。
私もサキも上位まで残るから、結果的に毎回当たって負けちゃう。
そして、1年後の団体戦でも清澄高校に敗北。
個人戦でも、負けた。
「ごめんな、淡」
そう言って私を抱きしめて泣きじゃくる亦野先輩が忘れられない。
『白糸台は宮永照が凄かっただけ』なんて言われ出したのがこの辺りからだ。
違う。
白糸台には私がいる。
亦野先輩も尭深もいるんだ。
テルーだけの白糸台じゃない!!
「ダイジョーブですよ。先輩」
「淡?」
「来年こそ!
もっともーっと反省してテクニカルになったスーパーノヴァあわいちゃんが、サキをボッコボッコにするもん!」
そう伝えた言葉は、亦野先輩に届いたのかな。
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……
…
それから再び敗北して、強さすら誇示できなくなった私には友達も残らなかった。
三年間が終わり、もうサキ相手にリベンジする気力も残っていなかった。
サキ以外には大きな戦果をあげていたからプロの声はかかっていたんだ。
でも、大きな問題があった。
『プロに入れば、またサキと戦わなきゃいけない』
私から全てを奪い取ったサキ。
三年間でこうなったのに、人生ずっとサキと戦い続けるなんて考えたくもない。
白糸台の栄光も丸つぶれだ。
麻雀なんて、したくない。
「プロに行かないのね」
「……うん」
進路指導の先生と話す。プロに行かない決意は固い。
「大星さんは、もっといろんなものを見つめるといいかもしれないわ」
「そうなのかな」
「麻雀以外のものを見てみるのもいいわ。
大学に行ってみて、いろんなことを試してみるのがいいわよ」
みんなが悩む進路なんて、考える余裕もない。
ずっとずーっと前から麻雀プロになることしか考えていなかった。
そんな私に、他の何かなんてあるのかな。
「わかった……」
言われるがままに麻雀推薦で大学に行くことにした。
フツーの試験で行かなかったのは……。あわいちゃん、頭悪くないもん。
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……
…
それから大学に入って、キョータローを見つけた。
何かをしようと麻雀以外のサークルも見て回って、唯一目に留まったのがキョータロー。
明らかに才能がないし、他の人に劣っている。
それでも楽しそうに、一生懸命プレイしている姿が目に入った。
私はもう麻雀を楽しく打つなんて出来ないもん。
それでも、フツーに打つだけでその辺の人には負けない。
キョータローはどんなに必死にプレーしても、ハンドボール部で活躍できるようには見えなかった。
「私と違う」
私には麻雀の才能があった、と思う。
今でこそ自信なんてカケラもなくなっちゃったけれど、負けることなく麻雀を続けてきた実績はある。
努力なんてしなくてもほとんどの人には負けない。
だからこそ努力した上でサキに勝てなかったことが辛くて折れちゃった。
負けても楽しんで、自分の実力を分かった上で戦う。
その気持ちが全く理解できない。
絶対に勝たなきゃいけないと思った末に、一度も勝てなかった。
だからあの時、こう聞いたんだ。
『好きでもさ、結果が出なかったら辛くない?』
それでもやるんだと、力強く肯定した姿が思い出される。
その姿が、とっても格好良かったんだ。
自分に出来なかったことをやっていて、心折れずに戦い続けるキョータロー。
「誰とでも仲良くなって」
「私とも喋ってくれた」
「おバカな会話が楽しかった」
自分とこんな風に喋れる同級生なんていなかったもん。
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「そんなの、好きになっちゃうじゃん……」
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なんとなく、だけど確実な気持ちが胸の中でじんわりと伝わってくる。
ポカポカと暖かくて、ちょっと切ない。
自分以外の誰かを考えていると、ムカッとする。
ずっと前からわかっていたけれど、自覚したのはあの時だった。
そして同時に、キョータローはサキのために頑張っていたんだってことがわかった。
「そんなの、わかるよ」
「好きなんだもん」
「キョータローが何を考えてるかなんてわかるし」
私はハンドボールマスターなんかじゃない。
「キョータローマスターだから、キョータローが何を考えてるかわかるんだって……!」
キョータローが疲れているかわかる。
お腹が減っているのかわかる。
何を食べたいのか、何となくわかる。
ハンドボールの動きが固いのだって、いつも見ているからわかる。
誰を目指してハンドボールを始めたのかだってわかる。
昨日、気づかない振りをしていた。
きっとキョータローは、サキに近づきたくてハンドボールを始めたんだと思う。
それは推測だけれども、間違い無いと思う。
キョータローが私の中にサキを求めていたのか、そこまではわからない。
でも、女の子だもん。
好きな男の子のことくらい、わかるもん。
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「キョータロー」
会いたい
「キョータロー……」
会いたい
「キョータロー……!」
会いたいよ!
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無意識に食堂に向かっていた。
今朝気合いを入れた化粧は泣きじゃくったせいで崩れていて、誰にも見せられない。
時間が時間だから食堂はもう直ぐ閉まってしまう。
ラストオーダーも終わっていて、席を取っている人も少ない。
ここなら少し泣けるかな。
机に顔を突っ伏して泣きじゃくる。
嗚咽は漏らさない。
いくら人が少なくても、何人かはいるんだもん。
堪えることが辛くても、誰かに見せたくない。
本当は家でわんわん泣きたいけれど、少し吐き出さないと帰れそうにない。
だからここにしたんだ。
あと少しで出なきゃいけないから、ここにしたんだ。
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そうだ、いつだってここから始まっていた。
ここで初めてキョータローと会ったんだ。
そのあと、ここで仲直りした。
レディースランチを頼んであげて、それが仲良くなるキッカケになったんだ。
いろんなところで話すようになって。
キョータロー専属のマネージャーみたいなことして。
やっぱりここでお鍋を企画して、私の家に来ることになって、そこで好きって気持ちになった。
それらすべての思い出が辛い。
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こんなに気持ちが悪いなんて、初めてキョータローと会ったあの時のようだ。
こうして憂鬱な気持ちでご飯を食べていた時に、後ろから……。
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「よっ、淡」
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後ろから、声をかけてくるんだ。
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続く
最終更新:2016年01月15日 15:21