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「盛者必衰」って面白い言葉だよね


いつからそうなったのかは全く分からないが、物心ついたときには既におばあちゃんに拾われていた。
そんなこんななので、当然私は両親の顔は覚えていない。

雲ひとつ無い午後の空に浮かぶ太陽の下。

鮮やかな緑が広がる峠を駆る馬車の中、少女―羽橋鈴音は久々に両親や育て親代わりの祖母のことを思い出していた。

数日分の食料、それに少々の着替えと財布が入った麻製の肩掛け鞄と一緒に揺られながら、鈴音はゆっくりと後ろへ流れる外をぼんやりと眺める。
帯剣している姿は少なからずどうしても目立ってしまうが、幸い馬車の乗客は鈴音一人なので誰も気に留めることは無い。

なんで今更両親やおばあちゃんのことを思い出したんだろうと気にかかったが、すぐにそれは分かった。

(ちゃんと大丈夫だったかな・・・)

鈴音の剣の師であり、鈴音が最も慕う人である儚と分かれて一週間。

当然ながら、そうそう悲しみの気持ちは消えてくれないが、それでも少しは大丈夫になってきた。
今生の別れでもあるまいし、同じ旅の身でもあるからきっとまた儚さんと出会うことは出来るだろう。
そのときまでには、私も強くなって誇れるような自分になってればいいな、とか思ったり思わなかったり。

ちなみに、先ほどの鈴音の「大丈夫だったかな」の心配先は儚の方ではない。
相手方の某流派の皆様方だ。

こんなこと言ったら怒られるかもしれないが、正直儚さんは「鬼」といっても過言ではない。
儚さんは流血沙汰は好まないから大丈夫だとは思うけど・・・って、なんで私は自分に暴力を振るおうとした相手のことを気遣ってるんだろう。

自分の思考に自分でげんなりしてしまい、なんとなくの気晴らしに横の腰掛けに置いてある鞄から<滋の花>を取り出し口に運ぶ。

淡黄色の花弁が十字に広がった花で、栄養価が高く、なおかつ調理不要で食べられ軽量なため、旅のお供にはぴったりの食用花だ。
しかし、味はあまり保障できるようなものではない。そこまで完璧な食料ではない、ということだ。
ちなみに、<滋の花>というのは俗称であり、正式名称では「ミサギ」と呼ぶ。

花をはむはむと咀嚼しながら、鈴音は馬車の心地よい振動に身を預ける。
そうしているとどうも眠くなってくる。春の陽気、というのもやはり関わっているだろう。

馬車内の腰掛けの数はひとつ。
褪せた焦げ茶色で、大きさもせいぜい3人が限界だろう。
広さも、鈴音程度の体躯なら足を目一杯伸ばすことは出来るが、大の大人ともなるとそうはいかない。なんとも狭い箱馬車だ。

そんな馬車の中で花を食べ終わりすっかり睡魔に身を売ろうとしている鈴音は、窓から朧気に見える蜘蛛の糸を視界の隅に入れながら、今まさに睡魔に身を売ろうとする。


――ガコン。


睡魔を追い返すがの如く、唐突に響く鈍い音。

「・・・ん?」



盛者必衰をそのままの意味で捉えると「盛る者は必ず衰える」
うーん、嫌な言葉だ。
しかし逆の発想を使うと「衰えたら必ず盛者になる」
うーん、面白い言葉だ。
そして両者を組み合わせると「盛者は必ず衰えるが、やはりまた盛者になる」
うーん、本当に面白い言葉だ。

(これ、今回の話に何か関係あるのか?)
(うんにゃ、全く。単にふと思っただけですサーセン。)
(東京湾に沈めてやろう。)


そして一度にたくさんの音が響いた。いくつあるかは不明。
とりあえず鈴音が睡魔にやられた頭で把握したのは、自分の後頭部から聞こえた音のみだ。

「痛・・・」

頭をさすりながら、鈴音は状況を整理しようと辺りを見回す(といっても狭い馬車内なのですぐに見回せる)

どうやら、先ほどまで地面と平行だった馬車が何やら妙なことになっているみたいだ。
左後ろの方へと傾いており、慣性に従い鞄は鈴音の腰の辺りにぴったりと寄り添うような形で落下したらしい。
そして、こうなる前までは鈴音の膝に置いていた刀は、今は鈴音の腹部、もといスリップドレスの生地の上に身を投げ出している。

さっきの「ガコン」という音、そして左後ろへと傾いていることから考えると、おそらく左後部の車輪が外れたのだろう。

「あ、大丈夫ですか?お怪我はありません?」

斜め上の馬車の焦げ茶色の扉が開き、御者の声が馬車内へと響く。

「はい、何とか・・・」
本当は今でも後頭部がずきずきしているのだが、それは一応伏せておく。

御者がこちらへ手を差し出してくれたので、ありがたく好意に甘え外へと出る。荷物も勿論一緒に。
こちらへ手を出してくれたとき、一瞬御者の表情が残念そうなものに見えたが、単に陽光の関係でよく見えなかっただけなのだろう。


――実際、御者は残念そうな表情をしており、その顔の原因は鈴音のスリップドレスの裾が乱れてスカートの中が覗いていて「あ、俺今日はツイてるなぁ」と思ったが矢先、よくよく見るとそれは黒塗りのスパッツだったため、なんともいえない心境になりその表情を作るに至ったわけである。


そんな複雑な御者の心境のことなど露知らず、鈴音は改めて馬車を眺める。

やはりというかなんというか、鈴音の予想通り、左後部の黒い木製の車輪が外れていた。雑草がちらほらと生える地へと転がっている。
御者の方は、こちらはちゃんと無事だったらしい。なかなかの体躯である馬に関しても無事のようだ。

「あ、そちらは大丈夫でした?」
無事だとは分かるが、それでも一応尋ねておく。
「ええ、馬共々平気です。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
そう言って御者はこちらへ頭を下げる。年の程は鈴音よりいくらか年上な程度だろう、まだまだ若い。

そして、御者としての腕もかなりのものらしい。
普通に考えたら、急な事態が起きれば馬も暴れだすだろうに、ちゃんと今はこのように落ち着いて茶褐色の尻尾をのんびりと振っている。

いつごろからこの仕事をやってるのだろう、とふと鈴音は思ってみたりする。口に出すほどのことでもないので出しはしないが。
それよりも。

「どうしましょうかね・・・」
鈴音が口に出そうとしていた大きな問題を御者が表に出す。
そう、本当にどうすべきだろうか。

(徒歩で行くには無理だろうし・・・これじゃ”目的地”にたどり着けないな・・・)

馬車が壊れたのでは、ここから引き返すことも出来ない。
馬に乗るというのもやはり無理がある。いくらなんでも二人乗りは難しい。
と、なると。

「どこか近くに村か何かありませんか?」

出来る限り野宿は避けたいので、それがやはり重要だろう。
といっても、この周囲を見ても両脇に林が広がっているだけなので少々望み薄かもしれないが。
馬車で峠を通ってきたときも、窓から見えたのはやはり代わり映えしない林。
後はせいぜい途中で茶屋を一軒見つけたくらいだ。(しかしもう潰れていた)

と、何を思ったか、急に御者が嬉しそうな表情になった。

「ありますよ!ここから東の方角へ林をつっきって進むと小さい村がひとつあります!」

吹き抜ける風でなびく暗褐色の長髪を片手で押さえながら、鈴音は御者にいぶかしげな視線を向ける。
やたらと嬉しそうな・・・。有用な情報なんだけど、まずはそちらが気にかかる。

「そちらへ行くんですよね!?よし、では私は今すぐに引き返します!」

とんとん拍子で話を進める御者。
えーっと・・・確かにまぁ行くんだけど・・・。

やはり、気にかかるので参考にまで聞いておく。

「今日何か催しでもあるのですか?」

その質問後の刹那の瞬間に、よくぞ聞いてくれた!と言わんばかりに御者は顔を輝かせた。

「そうなんです!今日、実はわたくし祝言を挙げるんです!!」

唖然。だからか。

いてもたってもいられないようで、御者は早々と馬に飛び乗り、元の道へと馬を駆る。
馬が、なんでこんな主人を持ってしまったんだろうと後悔していたような表情をしているように見えたが、まぁ気のせいだろう。きっと。

「待ってろよ、文!お前の苗字は今日から射命丸だ~!!」

そんな言葉を最後に鈴音の耳へと残し、彼は峠を駆っていった。

そして一人になった鈴音は。

「はぁ・・・。」

いつもの如く、盛大なため息をついた。
儚がいないときでもこれは治りそうにない。


…世の中、色んな人がいるのね。




残念だったな御者!テメェに鈴音ちゃんのスカートの中は拝ませない!!
その特権を持つのは、この妄想主である我だけじゃぁぁあ!!!
そして文ちゃんもワシの嫁じゃぁぁぁぁああ!!!!

上の馬鹿はさも当然の如く無視してやりましょう。

そして、これまたどうでもいい雑談を一つ。

「その場で立ち止まって考えるのも大切だ」

なんかよく聞く台詞。ずっと歩いてても駄目だってことなんだろうけど。
が、結局の所、ヒトはずっと歩き続けるしかないと思う。
その「立ち止まって考える」という行為自体、もう既に「歩いている」わけだし。
ヒトが立ち止まるときなんてのは、まぁそりゃ死ぬときだろうね。死に向かって歩いてるんだろうし。
「人は歴史から何も学ばず同じ過ちを繰り返す」という言葉もあるが、すなわちそういうことなんだろう。
ずっと歩いてるんだから、後ろをじっくりと見るのは当然難しい。
「ずっと歩き続ける」ってなかなか大変なことですな。

(で、お前は今ちゃんと歩いているのか?)
(文ちゃんと共に歩むルートへと入ったぜ。)
(・・・もはや何も言うまい。)



とかく気分が優れない鈴音であったが、だからといってこのままでもまずいので、とりあえず御者が示した東側の林へと歩を進めることにする。

乗る馬車を間違えたせいで気分が優れないというのもあるが、それ以外にもこの口内に広がる独特の苦味と酸味。

どれだけ寝ぼけてたのだろうかと鈴音は思うが、気分晴らしのために<滋の花>を食べるというのは色々と間違いだ。
いちいち不運が連鎖している。今日はどうもそういう日らしい。

また、東につっきれと御者は言っていたが、それも結構な無茶じゃないだろうか。
近いなら何の問題も無いけど・・・。

色々と釈然としない思いを抱えたまま、車輪と一緒になって転がっている箱馬車を背に、どことなく荒涼な雰囲気が漂う林へと鈴音は入っていった。

■                             ■

所々から木漏れ日が指す程度で、基本的には薄暗く湿っぽい空気の林。
あまり健康的とは言えなさそうなほっそりとした木々が、あちらこちらに根を張っている。
獣の類は、人通りもそれなりにある峠が近いからさほどはいないだろうが、獣以外でもこういったところは充分危険だ。
代表例としては、虫。

きぃん!

自身の方めがけて飛んできた黄と黒の縞模様を持つ虫を、ほとんど条件反射で鈴音は斬り落とす。

(あぶない・・・)

「心壊流」の修行では、こうした林での修行もあって、ある程度の知識と経験が鈴音には備わっている。
その経験というのは、鈴音がこの針を持つ虫に腕を刺されて一時死にかけたこともひとつだ。
すっかり二分されて一瞬で息絶えたそれは、今は焦げ茶の土へと投げ出されている。

なんだかんだであの時は本当に危なかったらしく、儚さんが調合してくれた薬がなければ私はあの世にいたのだろう。
詳しい名称は覚えていないが、確か「ハチ」だったはず。

ちなみに、この「ハチ」は相手が危害を加えなければそう攻撃はしない、のだが、このことは鈴音は知らない。
その死にかけた経験も、鈴音がハチに対してうっかり手で払ってしまったからだ。

鈴音が斬り捨てたハチは見てくれもあまり良くないので、鈴音は出来る限り見ないようにしながら、それでも慎重に林の中を進んでいく。
身に着けているスリップドレスも、肩からかけている麻製の鞄も、まだ林に入って5分ほどだが少々土汚れてきた。
鈴音は何気に気が短いので、そろそろあの御者を疑い始める頃合だ。

(とてもこんなところに人里があるようには思えない・・・)

その”こんなところ”は鬱蒼と木々が生い茂る林の中、ではなく普通にハチが徘徊している様な場所、という意味の方が大半を占めているだろう。
鈴音がまだまだ心壊の修行を始めて半年ほどで年も若い頃だったが、それゆえに若干のトラウマとなってしまっている。
若い時の経験の方がトラウマとしてなりやすいため。

先程抜いた刀「虎和唄」は依然構えたままにして、鈴音は靴で土音を響かせながら、人里らしき雰囲気を探す。

それから、黒の革靴が鳴らす音とは明らかに違ったそれが鈴音の耳に入ってきたのはすぐのこと。

鴬の鳴き声かと思ったが、それにしては単調すぎるし、やや人為的だ。
ということは考えられる選択肢は絞られる。

すなわち、笛。

ちょうどここから正面の方だろうか。
しかし、鈴音が木漏れ日を頼りに目を凝らしても、村のような風景は見えない。
狩人か何かかな、と鈴音は適当な推測をつけ、一応慎重に音の方へと体を動かす。
ふ、と刀を構えていたままだったことに気づき、焦りながらそれでもゆっくりと鞘へと納める。

ざっ、ざっ、と近づくにつれ、より音が鮮明になってくる。
これは間違いなく笛の音色だ。

そしてまもなくのこと。

笛の音を頼りに鈴音が進んでいった先は、木々が目立たず小規模の広場のような空間となっていた。

鈴音が見たものといえば、”その笛の音に合わせて体を動かす2匹の動物”と、横に構えた笛を奏でる一人の少女。

相手方もこちらへ気づいたのか、演奏をやめてこちらへと視線を向ける。

紫の色素の方が強く出ている緋色の髪、肩口で揺れる無造作な襟足のショートヘア。
好奇心に溢れていそうな、くりくりとした大きな金色の瞳。
かなり色の薄い黒のパーカーに、赤と茶と黒のタータンチェックのミニスカート。
そのスカートからは、ちらりと黒のスパッツが覗いており、白い膝小僧をほんのちょっぴり隠している。

「やぁや、こんにちは!」



「明るい未来が見えない」
「俺の人生お先真っ暗」

今の若者から多く聞けるこういった言葉の数々。
大人が悪い、とか世が不景気なのが悪い、というのも一つの理由だが、まぁ最終的にはこれだろう。

”未来”が何かを理解していない。

ちょっと考えれば簡単なことなんですがな。すぐに答えは出る。
「明るい未来が見えない」→結論から言えば、見える
「俺の人生お先真っ暗」→結論から言えば、明るい

なんてったって、未来を構成する大部分というのが「理想」だから。

ふっ、と未来を想像してみた時。おそらく何かひとつくらいはぱっと思いつくものがあるはず。
そして、その「ぱっと思いつくもの」が、「理想」であり「明るい未来」であり。
そしてまた、「お先真っ暗」なんてのはその「暗い未来」こそが自分自身の「理想」であり「明るい未来」であり。

で、この通り、未来=理想なんだから、いくらでも変えようと思えば変えられる。
そら未来なんてのは先のことなわけだから、道に従ってるはずもないんですがな。何度も何度も変わりまくり。

うん?「過去」は変えられないだろ?
はいはい、結論から言えば、変えられる。

なんてったって、過去を構成する大部分というのが「記憶」だから。

記憶ならば、いくらでもいじることは可能。
自分にとっての不運な過去も、変えようと思えば幸運な過去になる。

過去も変えることができ、未来も変えることができる。
現在は・・・まぁ言わずもがな「変える」以前の問題ですな。進行形で作っていってるわけですし。

とまぁ、何もかもを変えようと思えば変えれるわけだ。人生がだんだんなんかかんたんになったん!

(変えまくるのは結構だが、過去とかをあまり改変しすぎるなよ)
(任せろ、変えた過去はひとつだけだ)
(参考にはならんだろうが、一応聞いておこうか)
(実は私、女です)
(任せろ、貴様のそれを今すぐもいでやる)


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最終更新:2009年12月19日 10:53