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それは骨の軋む 幽かな夜。

酉の上刻。
今宵は、三途の川が、さぞ忙しいことであろう。
なにせ、「六」という数が三つ並ぶ日なのである。

六六六。

暦は、十二に分かれた内の六番目の月、また、その月の六番目の日である。
そして刻は、酉――六つ、の時刻。

出所は倭教の経典であるが、それでも、この国に腰を下ろす者ならば、誰でも知っており、そして、恐れている。
陽が沈み、月がのぼる頃合に訪れる、六六六。
その、始まりと終わりの頃合に、
「生き神を宿す人や物が住まう〔和界〕と、死に神や妖の住まう〔妖界〕とを繋ぐ径が開き、三途に別れる川、葬頭河より、死に神どもが、舩(ふね)に乗り、現世(うつしよ)に魂を狩りに来る」
ように、倭教や、人々の間に於いて、しんじられている。

して、川より出でくるということから、この三つの数字が並ぶ間は、
「舩のある川、底のない井戸、雨の溜まる堀。全てに近づくな。決して水場には、近づくな」
という風に、云われているそうな。


そんな、死に神どもの蔓延る、無明長夜の晩。


「そちらこそ、何をなさっているのですか、火呂殿」

雲に包まれた闇は、濃い。
――羽橋鈴音は、このとき初めてこの男、火呂九柳斎の姿形を見たような気がした。
偃、とした髪。陰、とした肉体。
                 怨、とした眼。

「質問に質問で返すとはいただけませんね。そんな妖怪と一緒にいるなんてのは、更にいただけない」
相変わらず、貌は若くも老けても見て取れる。どこか、印象に残り難い風采。
木々から零れる黒(くれ)の葉は数珠のように、ただ点々と乱れ、在る。
「妖怪?それは貴方の妄言の事をおっしゃっておられるのですか?」
「ふむ、流石に調べておられましたか。では、その娘の親が私に対して何をしたか、というのも知っておられますよね」

暗雲の狭間から、新月が見える。
――遠くを見る、あおい目で、火呂九柳斎は語りだした。

「ちょうど今日みたいに、霧の濃い日でした。今から十五年前の夜、私は父母と共に竹林を歩いていた」
ここより南の地、鹿宮。
その晩も、今日のように厚い雲がかかっていたそうな。月もまた、今日と同じく無かったようである。
月が出ていればさぞ美しき、幽興な味わいのある竹林であったであろう・・・。

しかし、それでも、火呂は、感じたようである。
「あの時の私が何を思っていたかは分かりませんが、きっと楽しかったのでしょう。家庭的な問題で、家族団欒の時などそうありませんでしたから。それに、私の記憶(なか)には、こんなにも鮮明に残っている」

闇夜の竹林を歩く夫婦と息子。
ごく平凡な、家族の一時の風景である。
火呂九柳斎の眼は、まさに今、その暖かな風景を観ている。
鈴音はいまだ、何を言うでもなく、冷えた眼をしている。

「それが、まさかあのようなものを見ようとは、文字通り夢にも思いませんでした。
…最初に見えたのは、蜘蛛の糸」

くん、と細い糸が迅った。

『火呂家の皆様と、お見受け致す』

二人組、である。男と女、ということに気付く間もなく、
聴こえたのは、ひゅ、という音に続き、弾、という音。また、
「灼けた鉄のような香い(におい)も・・・」
していたそうな。

「目の前が、暗くなった。霧も、竹も、月も、父も、母も、何もかもが、見えなくなりました。
――やっと視界が明けたときに見えたモノは、紅」

吹き出す血。
飛び散る肉。
染み出る香。
それはどこか、遠くにある風景を、実感の無い絵の一節を見ているかのような・・・。

「父は、穴だらけになり、真っ赤で、母は、もう人ですらないくらいに・・・ばらばらにされていた」
火呂の父を唯の肉塊に変えるのに使われた道具は、銃、である。
だん、という音が幾重にも連なって響き、よりも、血の噴出する音の方が大きく響き、即死、であった。
母の方は、蜘蛛の糸――鋼糸(ワイヤー)で、散る花びらの如く無惨にも切り裂かれていた。
血に塗れた鋼糸は、白の霧を反射し、きら、と玉滴の石の様に晶る。

「知っていますか?人が死ぬときには、本当に厭な香いがするんです・・・」

若かりし頃の火呂九柳斎にとって、その惨劇は、
「目も当てられぬ・・・」
さまであったに、違いない。人ではなくなってしまった、二つの、肉塊。朱い紅い、モノ。

「ひ、はは、あんまり悲し過ぎて、泪すら出てこなかった」
火呂は、ただ呆然として立ち尽くしていたようである。
二人の男女――殺し屋と、二人の男女だったモノを前にして。
霧が濃く、死骸がよく見えなかったことは不幸中の幸いとでも言うべきだろうか。

「それに・・・父母を殺したあの二人は、ただ、こちらを見て、」

夜の、狭い霧が、淵瀬へと沈む。
黒く滲む緋色が、ふ、と慄えた。

狭霧カヤの、泣く声がきこえる。

「嗤って、いたんだ!私の方を見て!は、は!!
私は一歩も動けなかった。怖くて、怖くて、あまりに怖くて!あぁ、ですが私は今こうして生きている。見逃された。いや、殺す価値すらない、ということだろう。それに・・・今でも覚えている。あれは化け物だ!黒緋の髪に、凶気に震える金の瞳!!
そのとき、私はそれを唯一幸運に思った。そうだ、化け物ならば殺しても、復讐しても誰も咎めない。在るのが間違っている。だから、私は殺すことを決めた。私の心(セカイ)を壊した罪を、償わせるために。私の、絶望を与えるために――!
だから、私は、その娘を、妖怪を、化け物を誅す。そんなモノ、この世に在ってはならないのだから。ひ、は、 、は―― !」

鹿宮の夜も、このような狂の気に満ち満ちていたことであろう・・・。
親を亡くした火呂も、殺しを愉しんでいる風な二人の男女も。

そして、今も、また。
火呂は既に、狂っている。
言葉が支離滅裂とし、親ではなく、娘の狭霧カヤを誅す、などと言っている辺りなどが、まさにその風である。
――この場合、そんな些細なことはもはや関係ないのであろう。

羽橋鈴音の眼が、つ、と鋭くなった。

「しかし・・・羽橋さん。あなたは私の復讐の対象ではない。それに、どうです?その妖怪を――化け物を守るなどという理由は、欠片もないでしょう?」

言いつつ、火呂は腰に下げた刀に手をかける。
鈴音は、妖怪、化け物、という語を聞く度に、泪をこぼしている、狭霧カヤを見やった。
土に、泪が染み入っている。


月は、絶えていた。

風は、絶えていた。

夜は、絶えていた。

在るのは、闇と、霧。


――なにか、気分が悪くなる。

なぜだろうか。――考えるまでもない。
……きっと、私の過去(むかし)を思わせるから。
あの時も、在るのは、冥く、沈んだ闇と、昏い、夢のような霧しか、なかった。

ただ、執着するだけの日々。
ただ、息を潜めるだけの日々。
ただ、望むだけの日々。

酷く、非道い、香いが鼻を刺す、朽ちた、幽かな径をただ歩いていただけの過去。

「私の心(セカイ)も、とうの昔に壊れていますけど・・・」

――狭霧カヤを守る理由は、ない。
だが、"理由"は、既にあの時から、決まっている。

月も、風も、夜も、
闇も、霧も、過去も、
それに、この男も、何もかも、全て、


――全て、斬り払ってしまいたい。


「残念ですが、悪(あなた)を斬らない理由は無い」

両者互いに、鯉口を切った。



舞風に何があったし。
昨日届いたCDにて「渚のUFOファンタジー」という曲を聴いたのだが・・・。

つ い に 壊 れ た

電波曲としては弱めだが、これをあの舞風がやってるから笑える。

↓↓おまけ
ゼブヘのMental Healthが使用されたソニック動画
この曲サイコー!過ぎる。僕らのサイコー!ソング。
ゼブヘはどこか湘南乃風を匂わすのだが気のせいだろうか。
神風_
これまた昨日届いたりすとらのCDに入ってた曲。風神少女アレンジヴォーカル。
これは・・・素晴らしい。文ちゃんが幻想風靡してるイメージ。
にしても、なぜこれほどのクオリティなのに埋もれてしまってるんだろうか。

※追記:うーむ。どうにも、大事なシーンになると焦って書く傾向にあるらしい。
というわけで、そのうち修正版うpる。
※追記2:書きますた。



山神を祀る祠の前。
虫の羽音すらも聴こえぬ空の間にて・・・。

火呂九柳斎と羽橋鈴音は、おおよそ九間ほどを挟み、対峙する。
どちらも、背後に広がるのは濃霧だけである。

火呂は、大小の二刀を構える。
一時、鈴音の後ろにて地にしゃがむ狭霧カヤを見やり――忌々しげに睨んだ後、鈴音へと目を据える。
鈴音もまた、火呂の後ろの方に一時目を向け、しかしすぐにまた、火呂へと視線を刺す。
相対する鈴音は、抜刀術の構え、である。

(これは、遣えそうな男・・・)
火呂九柳斎も伊達に〔稗田流〕を学んでいたわけでもないらしい。

一縷の風すら亡い、玄かな林。
天(うえ)は、唯の、玄い空。黒い雲。

互いに、間合いを計る。歩は、どちらも進めておらず、ただ、凝、としている。
静かな、止み。

――合図となったのは、ひとつの足音である。

「応!!!」

葉土をならす、裂帛の気合。
火呂九柳斎は踏み込み、一気に間合いを詰める。
詰めようと、した。

(な・・・)

火呂が身を走らせようとしたその転瞬、
――鈴音の体が陽炎のように揺らめいた。
――音もなく、霧を纏い突進したのである。

「く!」

てっきり、その場から動かないものと思っていたものだから、完全に意表をつかれ、しかし、立て直そうと、火呂は迫り来る鈴音へと大刀を振り下ろす。
――そんな、ろくに重みの乗っていない刀など、棒っきれを振るうに同じ、である。


りぃ・・ん。


剣戟の邂逅する音は、響き渡る鈴の音色のような・・・。

…。……。

玉鋼の刃が、くる、と宙を舞う。
ただひたすらに、火呂は瞠目するばかりである。

――鈴音の振るった刀により、火呂の大刀は真二つに切断された。



実にあっけない。まぁでも仕方ないですよ、うん。
剣客の勝負なんて一瞬だと思うんだ。剣道すらやったことないペテン師が言ってもまるで説得力がないが。
のまれた方が負け、というやつですな。



土と混じりあうのは、紅。

―――。

火呂九柳斎は、大刀を鈴音に断たれた後、即座に手足に斬戟を加えられ、自身の血と共に地へと伏していた。
刀は、二本とも既に手放してしまっている。
無論のこと、戦闘の続行は不可能である。

「……何故」

いまだに、火呂は驚きを隠せない。
――わけでは、ない。

「何故に、貴方はその妖怪を庇う?」

霧がまた、一段と色を深く沈めた。

「いつ、誰が妖怪を庇いましたか?」
「恍ける、な・・・!」
「分からないようでしたら、もう一度言います。いつ、誰が、"妖怪"を庇いましたか?」
「この・・・く」

唐突に火呂が言葉を切ったのは、鈴音の刀の切っ先が、己の首筋に触れているからである。
鈍く光る刀身は、ひとえに冷たく冴え勝る。

「何故だ・・・何故、何故、ナゼ!?何故、その妖怪を生かす!?それは、在ってはならないモノなのに。それは、居てはならないモノなのに。それは、誅して(ころして)しまわなければいけないモノなのに・・・!」

火呂の首筋から、一筋の血が流れる。
霧と触れ合い、侵(シン)、と冷えていく。

だが、そんなことも、既に、火呂九柳斎にとっては、何一つ関係のないことである。
己の御魂(いのち)などどうでもよく、ただ、その御魂を侵したい。
黒緋の髪から、金色の眼から、魂が消えていくさまを。

火呂の片の眼に映るのは、ひとつ。
――誅シタイ。

「それさえ無ければ、私は、幸せで、いられたのに・・・!何も起こらず、ただ平凡に、穏やかに、日常を過ごすことができたのに・・・!父も、母も、あんな死に方をするような人ではなか、った。話す機会は少なくとも、私を、愛して、くれて」

火呂の片の眼に映るのは、ひとつ。
――悲シイ。

「その妖怪が、全てを台無しにした。日常も、幸福も、愛情も。ずっと、愛されていたかった。あの家で、私を愛してくれたのは、両親だけだった。他の者は、私を金のなる木としか見ていない。だから、私は、父と母の愛にすがるしかなかった。それが、ただひとつの依り代だった・・・」
「――あなたは、哀れ」
「あぁ、そうだろうとも。そうだろうとも!私は哀れだ!こんなにも、こんなにも!あの時、私は全てを失くした。いとも容易く、心(セカイ)は壊れた。救いなど、何一つ無かった。当たり前だ、ただ一つの救いである父母が壊されてしまったのだから。
あんなにも、簡単に――!く、 はは」
「――話は、終わりましたか?」
「…ええ、終わりました。何もかも。神は、私に仇討ちすらさせてくれないらしい。それなら、もういっそ、終わった方が速い」

そうして、どれくらいの時が経ったろうか・・・。
もう、六つ半である。
光は消え、もはや既に闇のみの林。

風はない。月はない。

雲は濃い。霧は濃い。

虫はない。音はない。光はない。

夜は濃い。音は濃い。闇は濃い。

うすらと染み、そ、と昏く佇んでいる。
それは、何かを思い出させてしまいそうで――ひどく、厭な気分になる。
例えば、あの、過去の時。

「そう。なら――」

だから、なのかもしれない。


「惨みを知れ」


羽橋鈴音の姿を、父母を殺した妖怪の如く、
錯覚してしまったのは。




ピアノとvocalの為の萃香八番~孤独
男女問わず黙って聴くべし。

※惨み(いたみ)

おまけ↓
+ 玄明 晴子

玄明 晴子(くろあかり はるこ)

セカイなんて・・・とうの昔に、なくしてしまいました。
  • 純黒の着物、純白のシルクハットが特徴の、占い師。陰陽道に精通。
  • 前世に陰陽師、安倍晴明を持つ。
  • 式鬼十二天将のうち、十一を扱う。そのうち一つは失くしてしまっている。
  • 一生の間はハズレモノなどとして蔑まれる。
  • 神々を殺してまわっている。理由は定かではない。
  • その所以から、<シルクハットの殺神鬼>などという、愉快な名で呼ばれる。
思いつき、そしてかなりのお気に入りキャラになったはいいが、この小説では使えそうにないので、とりあえず設定だけ載せておく。
もしよければどなたかの小説にゲスト出演(ry


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最終更新:2010年05月02日 20:58