白い闇に緑が幽む、丸い新月の晩
うーん、ふつくしい・・・。
火呂という家は、鹿宮の二万五千石の領主である。
火呂柳徳(やなぎのり)の代で鉄鉱採掘にて財を成し、現在は火呂九柳斎へと継がれている。
倭教にも奉公しており、ときおり倭教の者が訪れたりして、もてなすこともあるようである。
しかし、なにかしらうわさが絶えないようで・・・。
柳徳は鉱山の利権を得たいがために、元々その鉱山の持ち主であった女性をたぶらかしただとか、後の領主で、火呂九柳斎の父にあたる火呂清柳(せいりゅう)はとんだ亡八で、既に妻がいるにもかかわらず、九柳斎をどこぞの蓮っ葉な女の下に身篭らせたとか・・・。
不貞の子を作った、などというと非難を浴びるのは確実である。
その後、現在の妻とは別れ、その九柳斎を身篭った女と結婚したようだが・・・。
その他にも諸々あったようで、あまり信は厚くなかったようである。
で、あるからにして、人々からの九柳斎への印象も、好くはなかったそうな。
だからであるのか、九柳斎は自身の屋敷ではなく、親戚である黒田の家へと預けられていた。
といっても、何も両親から勘当されたなどというわけではなく、折を見て父母は黒田家へ訪れ、ちょくちょく家族団欒の時を楽しんでいたそうな。
いくら不貞の子であるとはいえ、父母は九柳斎を、そこは一介の親らしく、愛していたのである。
火呂九柳斎自身も、
「父母(ちちはは)の事は、好きです」
思っており、訪れるのを楽しみにしていたようである。
後、火呂九柳斎は、十七の時に家を出た。
白い緑に闇が霞む。
心音は、熄む(やむ)事を識らない。
ただ同じく、ドクン、と繰り返す。輪廻を彷徨う魂のように。
何度も何度も、繰り返す。
ドクン
、ドクン
――ザン。
「――――」
皮膚が、斬戟に惑う音。
ほんの少し、皮肉を掠めただけだというのに、それはとても、惨い。
灼けた鉄を傷口に押し当てたかのような惨みに、体は、悲鳴を上げる。
「――――――」
また、傷がひとつ。
――悲鳴すら、出ない。
きっとそれは、悲鳴というモノが、惨みというモノに、形を変えているからかもしれない。
痛くていたくて、泪が出そうになる。
――その泪すらも、惨みというモノに変わってしまった。
火呂九柳斎は、逃げていた。
そこに意思があったわけではなく、単に、体が、そうしなければならないと言っているからである。
あの眼を見ていてはいけない。そんな気が、したのである。
「惨みを知れ」
凍てつく氷のように、冱った瞳。
色の鈍いスリップドレス。色の澄んだ刀身。色の亡い眼。
――白い闇に、真緑(みどり)が、霞む。
火呂は、死んだ、と思った。
ただ、気付くうちに――斬られていた。
はじめは、肩。そして腹。膝。
秒も経たぬうちに、十二もの刃を喰らった。
――犯し、苦しませ、嬲り殺そうとしているのは、誰が見ても明らかである。
なぜだか、不思議で、滑稽だ。鼻で、笑いたくなる。
こんなこと、父母(ちちはは)が殺された時にも、考えなかったというのに。
私は、こんなにも、
「助けて、くれ……」
と、誰かに願っている。
また傷が、ひとつ、ふたつ、みっつ――
それは、底の亡い井戸から湧き出てくるような感覚。
途方もない、苛立ち。
羽橋鈴音は、思うのである。
――忌々しい。
この男を見ていると、なにか、得体の痴れないモノに、私の心(セカイ)が支配される。
父母への愛で壊れた男。妹への愛で壊れた男。
偽りの愛情に支配され、それがどういうモノかも理解しようとせず、日常を、いとも容易く壊してしまった莫迦な男。
そんな、愚かな奴等は、本当に厭でいやで、忌々しくて、邪魔だ。
霧が、濃い。
火呂九柳斎は、紅を散らしながら、逃げている。
羽橋鈴音が刀を振るう度に、その血は、葉を、根を、土を、侵食していく。
山神を祀っていると云う祠にも、朱が飛び散り、侵される。
――少し、それが残念だ。
そんな穢い(きたない)モノで、こんなに綺麗な自然を汚してしまうのは、本当に、申し訳なく思うから。
ふ、と羽橋鈴音の刀が飛び、また紅が、ひとつ、ふたつ、みっつ――
又殿の最近の更新ペースに焦りを感じているれふぃでございます。
自分も何とか文ちゃんの力を借りながら頑張ってるが・・・。
にしても、EoEサントラパネェっす。桜庭サイコー!
茫洋と白花(しらはな)の香る、醒めない夜。
冥夜に巣くう死に神たちが六六六を語らい、生きモノ達は凝、と姿形(なり)を潜めている。
褪めない夜が去るのを待つかのように・・・。
そこは、湖である。
科の木立の影を湖面に黒く落とし、周りをぐるりと卯花(うのはな)が白いっぱいに広がり、二色の彩りを添える。
これに風でもあれば、玉のように澄んだ水が漣をたて、月があれば、妖しく張った水面に蒼く青く煌めき、それはまた、息を呑むような幽微さであったに違いない。
「が…は……」
血が、滴る。
火呂九柳斎は、見るに耐えない姿となっていた。
林を奔っていたため、突き出した枝に切られた傷もあるのであろうが・・・。
はは――なんて、無様、だ・・・。
煤竹の袴は、その色を忘れさせるくらいに朱と溶け合い、自分自身もまた、紅に溶かされている。
幾重も幾重も斬られたから、惨いということすら忘れてしまった。
ただ、ひとつ――怖い、と。
視えているのは、鈍く、美しい、流転生死を輪廻す(まわす)死に神のような、刀。
先刻、鈴音に大刀を断たれた際と同様、火呂九柳斎は地に臥しており、また、両の眼の先には、澄み肌の灯る、六影宗一(りくかげ むねいつ)二尺四寸二分がある。
火呂は、とうに生気の抜けたような眼をし、あれほどにまで漲っていた狂の気は、微塵も感じられない。
「――惨い」
天つ空に観える四ツ山の村から、ほう、と仄明かりが熄えた。
「何故、私がこんな目に合わなければいけない必要がある。私は・・・救いが、欲しかった、だけなのに」
「救いなんて――貴方には、無いでしょう」
「そう、ですか・・・」
――狂に囚われていた時ならばいざ知れず、今は、反抗する気力さえも、亡いらしい。
「羽橋さんは、こう、言いたいのですね・・・」
白かった闇が、玄く、黒く、冷えていく。
ゆったりと瞼を閉じながら、絶え絶えに言葉を紡ぐ火呂には、今、不思議と、あの竹林の夜の光景が浮かんでいる。
あれから、十五年ほどの歳月が経ち、
(ようやく、私にも死が訪れたか・・・)
そんな、夢を見るような心地に、火呂はまどろみ、
「――これが、狭霧カヤの感じていた惨み、だと」
血を絞り出すかのような声で、言った。
粉々とさざめく霧に、卯花が倣う。
両者、互いに相容れぬ白を持ちつつ・・・。
生かさず殺さず、いつ死ぬかなど分からず、犯され、苦しまされ、嬲られるだけの日々。
救いを求めようにも、救いなど亡く、いつまでも滂沱たる日々。
救いといえそうな救いといえば――狭霧カヤの心(セカイ)が壊れなかったことであろう。
もしくは、それが災いであったのかもしれないが・・・。
今の火呂九柳斎と狭霧カヤの違いなど、せいぜい、それが心なのか、肉体なのか、というセカイの違いだけある。
「私は惨みを知ったせいで、惨みを忘れてしまった・・・。はは、そんなこと、もう、分かってましたよ。私がいかに道化であったかなど――いえ、貴方のおかげで、ですがね」
もう、火呂九柳斎の意識は、消える、寸前である。
「ですが・・・私には、これしか、ないのです。救われる、には・・・私が、私で、在るためには・・・」
「では、どうすれば貴方が救われるのか、教えて差し上げます」
虚無の、手前。
三つの六つのみが並ぶ刻が、そろそろ、終わろうとしている。時刻は、五ツ前である。
風はないはずなのに、なぜか、湖がさぁ、と揺れているようである。
細い波をりん、と響かせて、それは、三途の川を辿り、妖界へと舞い戻る死に神を迎えるかのように・・・。
それすなわち。
――今、この空の間には、死に神が萃まって(あつまって)いる。
「奈津殿」
奈津、とは、火呂九柳斎の妻の名である。
「あの方を、貴方は、自分の存在理由の為に棄てている」
木々が、薙いだ。
「救いなんてモノは、亡い」
霧が、凪いだ。
「貴方は最初から――まともじゃないというのに」
夜が、哭いだ(ないだ)。
「――――――」
それは、死に神からの誘い(いざない)。
無へと往くための、後戻りすることのない、径。
現実(いま)を非現実(ゆめ)に変えていく、死の宣告。
「私を――殺してください」
ほんとうに、白くて、何もみえない。
「――そんな甘えは、許されない」
白くて白くて、今は夜のはずなのに、あの空でさえ、真白くみえる。
嗚呼、こんなに濃い闇は――とても、珍しい。
――零点(きょむ)の、果て。
ふと、こんな伝承を思い出した。
(そういえば今日は、六六六か・・・)
それは、確か、死に神の蔓延る日。曰く、水場には決して近づくな、と。
――もう、どうでもいいことか。
火呂九柳斎が最後に見た死に神は、鈍い色をしていた。
その魂、極彩と散るがいい。
毒々しい輝きならば、誘蛾の役割は果たせるだろう。
吾は面影糸を巣と張る蜘蛛。
ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ。
奈落より這い山河を越え大路にて判を下す。ヤマの文帖によると、アンタの死は確定らしい。
厨二の星ポエマー七夜。
あの人を、助けなければ。
死んでしまう、前に。
どこかで、蛙が喉を震わす。
醒めるような夕明かりに照らされた林。
それは、ちょうど、一人の少女が一匹の猫を殺そうとする間際のことである。
頭が、冴えない。
体が、苦い。
目が、鈍い(おもい)。
火呂九柳斎は、そこよりいくばくか離れた木立に身を潜めていた。
大した理由ではなく、村の者より、
「鈍色の旅人がよく林の中へと入っている」
というようなことを聞いていたから、少し、気にかかったのである。
何か、都合が、悪くなりそうであったから。
六の月らしい、暖かみのある冷たい風が過ぎ去る。
夕日を受ける葉々は、かがり火のように揺れる。
何故、だ?
私は、何故、こんなにも、
こんなにもクルシイと思っている――?
あの妖怪が殺されようとしているのに。
私の復讐の邪魔をされるのが嫌だから、か?
それとも、あの旅人の、見られるだけで凍ってしまいそうな眼のせいか?
――火呂九柳斎の双眸(め)は、唯だ、狭霧カヤだけを見ている。
喉が、渇く。
暑いから、だろうか。
汗も、かいている。
なのに、とても――寒い。
カラン。
その寂しい響きは、狭霧カヤが、笛を落とす音。
――狭霧カヤの貌が、よりいっそう強く、眼に入る。
黒緋の髪を震わせ、金の眼を大きく見開いている。
それはきっと、彼女の知能ではなく、本能からの行動。
死に対する、自分でも理解しえていない、拒絶の貌。
あの妖怪は惨みを知っているはずなのに、惨みを忘れてしまったかの如く、しん、と、虚ろで無、である。
――なにかに、似ている。
誰か、に?
誰、と?
気付けば。
火呂九柳斎は、その場より、消えていた。
夕陰に啾く霞が、しん、と冷えていく。
奈津とは、黒田家の下女である。
火呂九柳斎の存在は勿論知っており、会話を交わすことも、多々あった。
彼の境遇についても、ちゃんと知っていたそうな。
――火呂は、黒田家の者達からは、まるで、はじめからそこに何も居ないかのように、存在を無視されていた。
引き取られた時からずっと、である。
当時の主、黒田忠行は、近しい者達から〔岩山〕などと呼ばれるくらいの堅物で、不貞の子などとなると、
「そんな腐れた物など、持っての他だ!」
九柳斎本人の前で言い切ったこともあるほどである。
それでも、黒田家が火呂九柳斎を引き取ったのは、単に、〔心づけ〕が貰えるからであろう。無論、火呂の父母より、である。
後、火呂九柳斎は、十七の時に鹿宮を出た。ちょうど、父母が惨殺されてから、二日後のことである。
唯一近しい者であった奈津を連れていたことは、言うまでも無い。
和かな(しずかな)、湖。
花に囲まれ揺れるだけの、清水の面。
音の亡い筈の、白い心(セカイ)。
――あしおとが、聴こえる。ふたつ、聴こえる。
どちらも、同じような足取り。
今にも、泣いてしまいそうな・・・。
何故、だろう。
泣いて、いるのは、私、だと思っていたのに。
――いや、こんなに惨くて、誰かに助けて欲しかった私でさえ、泣いていないのに。
頼むから、私の目の前で泪を流さないで欲しい・・・。
泪を見てしまうと、なぜだか、無性に悲しくなるから。
泣きたくなって、しまうから――
ページ整理。
このサイトを一新しようと、色々頑張ってみたのだが・・・。
ん、自分にはその才は無い模様。助けてえーりん!
最終更新:2010年05月02日 20:58