やっと第一話が書ける……
「竹紫(ちくし)もち?」
「うん。聖(ひじり)さんから」
小皿に乗せられているのは、一口大の、きな粉をまぶした小さな餅の数々である。
添えられた黒蜜を、いっぱいにかけるのではなく、ちょい、とかけ、これを、
「うーん、おいしい……」
縁側に腰掛けながら、茶と一緒に食べると、うまい、のである。
「ぎ、ち、ちち……」
鵙(もず)が、もちの香い(におい)に誘われたのか、中空を舞っている。
と……。
はらり、はらり、と鵙と共に誘われたのか、紅葉が、おちてきた。
「あ、見て」
「ん……」
「ほらほら。あそこ。紅葉が落ちてきたよ」
「……ほんとだ」
紅葉を指差したのは、黒緋の髪を、はら、と揺らしている女である。
ひかる金の眼をもち、若い少女のような、独特の好奇心に満ち、素直な、愛らしい情を湛えている。
もうひとりは、これも女である。
そ、と立ち上がり、落ちた紅葉の方へと、まるで、俗世を離れてしずかに佇む睡蓮のように、あるいていく。
彼女の、細い指先が紅葉を掴み、
「ふふ……ね、今度紅葉、見に行かない?弁当も一緒に持って」
「や……うん、いこう!弁当も一緒に持って!」
どちらとも、楽しげに、笑う。
ちち、と、鵙が空へと飛んでいった。
「えへへ……愛してる、鈴音」
「うん。私もだよ、カヤ」
目のくらむ、秋の空。
日の光を包み込んだ風が、そよ、と吹き、紅葉を片手にもつ彼女の鈍色の髪を、なびかせる。
ぎ、ちちち……。
これは、鵙の鳴き声薫る風に、身をもたれかけて、柔らかく微笑む、
―――或る女剣客の噺である。
ここまでたどり着くのに実に長い道のりだった。
まぁでも良かったよ、うん。
※エピローグではありません。プロローグです。
ひとつ、人だかりが出来ている。
立っている者もいれば、近くの茶店に座って談笑しながら、それを見ている者もいる。
深草と名づけられた街の東に位置する通りにて、三人の者たちが、通りを往く人々の目線を集めていた。
一人は男、二人は女。
皆、何かしらの楽器を手にし、霞一つない秋の中空に、思い思いの音を響かせている。
太鼓を叩く、黄色い羽織を着けた男〔酔いどれ狸〕と、琵琶をはじく女〔紅桜〕、そして横笛を奏でる女〔猫娘〕という愛称にて、親しまれているこの楽団は、〔狛猫〕という名で庶民の娯楽の間で知られている。
一際目を引くのは、やはり、女二人であろうか……。
髪を後ろで一つに束ねている女〔紅桜〕は、豪快にも腰から下の裾を引きちぎったかのような、布の切れ端を揺らす桜色の着物を纏い、すらりとした長い脚を惜しげもなく晒し、そこにショートパンツを履いている。
歳は二十代と見られ、頬を吊り上げた笑い方をし、ながら琵琶を鮮やかに弾くさまは、ひとえに、逸宕たる美人である。
もう一人の女は、こちらは美人、というより可愛らしい、という表現がしっくりとくる、幼い面持ちの女だ。
ベスト風のジャケットに、プリーツスカートからちら、とスパッツが覗き、頬をいっぱいに崩し、笛の音を刻む。
女、〔猫娘〕こと狭霧カヤは、今もいっぱいに金の眼に満面の笑顔を曝け出し、その、嘘偽りを感じさせない笑みのせいであろう、見物客の顔にも和んだ笑みが浮かんでいる。
軽快な音と音とがぶつかり合う、深草通り。
音を運ぶゆっくりとした風は秋の色を漂わせ、うろこ雲は指で、幾度も幾度も、す、と触れたかのように、たくさんの白露(しらつゆ)をほう、と広げている。
午の下刻(午後二時)、仕事の合間に、ふ、と茶菓子が欲しくなる時の頃……。
そんな、茶菓子を扱う茶店にて、女が一人。
落ち着いた樫の椅子に腰を下ろし、外の、狛猫の演奏に耳を傾けつつ、茶を、そ、と飲んでいる。
それだけの動作なのに、店にいる人々の眼を惹きつけるにはあまりに充分な……。
作意はなく自然のままの、鈍色の、美しい長い髪。
月の氷る、しん、とした彩りの、ただ単(ひとつ)の色の鈍色の着物。
腰の帯には塚原文沙(つかはらあやさ)の脇差を差し、足は黒いタイツの上から草鞋を履いている。
一切の「無駄」を感じさせない、完璧なまでの奥ゆかしき美しさ――女剣客、羽橋鈴音(はねばしりんね)は歳にして今年、二十二となる。
親に捨てられ、しばらくはみ亡し子となり、のち、齢十二のときに心壊流九代目継承者、白然緋儚(しらねびはかな)と出会う。
そしていま、心壊の遣い手、羽橋鈴音の信念は――
「あの尻軽女め……いかに、斬るか」
不意に男の、ぼそ、とささやくような、固い声。
いまは、狛猫の演奏は休憩時に入っていて、満たす音色は、街の喧騒のみである。
「ただ斬るのは勿体無い。なぐさみものに……」
男は二人。
一人は、きち、とした袴、一人は、ポロシャツにワークパンツを合わせ、またどちらも、腰には大小の二刀を差している。
小皿に載せられた竹紫もちを食べながら、何やら……。
椅子と椅子とは空五倍子(うつぶし)色の高い背もたれに仕切られており、羽橋鈴音と男二人とは背中合わせとなっている。
鈴音は、わずかに、耳を傾け……。
「剣の筋は冴えているから、流石に、無理ではないか?あれでも、道場の師範らしいからな……」
「なに、相手はたかが女一人。こちらは男三人。見るまでもない。それに剣の筋が冴えているのだろう?ならば、女の筋の方も、実に期待できそうではないか……」
「ふうむ。では頼みますぞ……殿。決行は…昼……」
急に、うまく聞こえてこなくなったのは、狛猫の血気盛んな演奏が再開したからである。
近くの格子から外を見ると、狭霧カヤがぴょん、と飛び跳ねながら、指が絡まるのではないかというような速さで横笛を奏でている。
聞き取れないのでは、どうにもならぬ。
鈴音は、手元の茶を、ゆっくりと嚥下し……。
外の、そちらの狭霧カヤの方へと、つ……と目を向けた。
白いつゆをいくつも散らす、うろこ雲の下。
〔酔いどれ狸〕の太鼓の音が、空気を震わし、それをより鼓舞させるかのように、二人の女の琵琶と笛の音が交錯する。
秋の最中、すこしずつ、寒くなってきた頃の日の光は、とても、心地がよい。
――羽橋鈴音の信念。
それは、ただひとえに、誅戮すること。
すなわち、
「悪を斬る」
――である。
背景。
どうやら、自分は途中で背景を入れないとパンクする性質らしい。
「音を運ぶゆっくりとした風は秋の色を漂わせ、うろこ雲は指で、幾度も幾度も、す、と触れたかのように、たくさんの白露をほう、と広げている」
この文を書いたときの、あのストレスのような靄がぱぁっと晴れた感覚と来たら。
余談になるが、ブックネットとやらで余計な本売り払ったら2580円で売れた。
100円程度かと思ってたから、なんとなく文ちゃんにキスしたくなった。
今より、大昔。
空に遍く星々の数よりも遥かに多い、時代(とき)を越え……。
いきもの全てを死滅させるほどの、とてつもなく大きな戦があった。
人が起こしたそれは、今では<終戦>などと呼ばれ、寺子屋などでは真っ先に学ぶことである。
そんな戦の後、また陽と月がころころと飽きるまでに入れ替わり、今のような歴史が繰り返され始めたのである。
詳しいことは判明していないが、当時の文明というものは大変高度なものであったらしく、それは、今でも残るその戦の遺跡からでも確認することが出来る。
だからといえども、その文明の技術を今でも利用できるか、というと無論そうはいかないが……。
せいぜい、<旧語>と呼ばれる言語が使われている程度である。
繰り返される歴史において、また新たな生を受けた人々は、村をつくり、街をつくり、そして国をつくった。
この町、<黒都>もまた、そんな国のなかのひとつである。
正しくは下香春(しもがわら)という地名であるが、黒い屋根、黒い壁、黒い道、のように、何もかもが黒いものが多いことからそのように呼ばれている。
しかし、それは昔の話で、今はどちらかと言わずとも普通の街であるが……。
また、これは旧時代の話で、この地域は黒雨が降ることが多かった、というのもひとつらしい。
黒都はこの国では三番目に大きな街であり、街の真ん中には三天禄寺(みつてんろくじ)があり、其処を中心として、栄えている街である。
倭教の三僧の一人が治めるというだけあって、大多数は倭教徒――というわけではないが、流石に倭教徒は多く、なかでも武術の道場の殆どは、倭教に所属する流派である。流石に、武に重きを置く倭教らしいというべきか。
だからといって何も道場ばかりではなく、当たり前の如く屋敷なり町屋なりの方が圧倒的に多い。
更に言えば、人々が住まう市街地よりも、田圃や畑、山々の方が黒都の五割以上を占めていることもひとつの大きな特徴であろうか。
そんなこの街の中で、国の中の黒都のように、黒都の中では西の外れに位置する町、秋萩町。
夕闇に頭(こうべ)を垂れ、ふ、と、野に色を添える稲穂が、一面に琥珀を広げている。
その、琥珀色に輝く稲穂一面を歩き、そこを抜けていくと、一軒の百姓家風の母屋が見えてくる。
ちろ、ちろ、と冷たく、控えめに甘い竹紫もちのような、小さなせせらぎ音。小川である。
軽々と、足で飛び越えられそうなものだが、なぜか掛けられている、というより、置かれている、と言った方が正しそうな、打ち上げられた流木の如き橋を渡り……。
「豆腐ばっかり……」
聞こえてきたのは、ちいさく、小さく、細い声。
とろろ汁をたっぷりとかけた山かけ豆腐。砂糖と塩と、醤油で味をつけた炒り豆腐。ひじきを中心に、人参と油揚げを添えた白和え。
そしてもう、と香い(におい)混じりの湯気を立たせる白飯。
飯を除き、卓に並べられているのは、見事に、豆腐の料理ばかりのみである。
「しょうがないよぅ。来てたお客さんがいっぱいくれて、響さんと吾郎さんと一緒に分けたけど、それでもいっぱいで……」
端を見ると、豆腐を入れていたのであろう、桶が置かれてある。
――響さんと吾郎さんとは、狛猫の二人、〔紅桜〕の小梅響(こうめ きょう)と〔酔いどれ狸〕の小梅吾郎(こうめ ごろう)のことである。夫妻であることは、苗字からも一目でわかる。
「や、これでも私頑張ったんだよぅ?」
「うん。……いただきます」
羽橋鈴音と狭霧カヤは、今より五年前に知り合い、それから三年ほど経ち、この家に同居し始めた。
鈴音の歳は二十二に対し、狭霧カヤの歳は二十四である。
家の入手については、さる筋から譲り受け、長らく人が住んでいなかったのか、埃は積もり、蜘蛛の巣は捕り物を生業とするような者でもたまげるであろうくらいに張り放題であったので、なんとか、二人で手入れをし――住みはじめたのである。
「いっつものことだけど、びっくりするよぅ鈴音。いきなり睨まれたら」
食事中。
黒緋の、襟足を無造作に肩口で揺らす狭霧カヤは、ひじきをつまみながら、言った。
行灯は、ぽう、とひかりを朦朧と浮かばせている。
「ごめん……つい」
先の、狛猫の演奏の際……。
鈴音の後ろにて会話していた男二人について、いくら心壊の修行で耳が優れている鈴音といえど、あのような低い声で話し、かつ笛なりの音が響いているのではどうしようもないから、狭霧カヤに目配せしたのである。
と、言うのも、狭霧カヤは過去、林で暮らす、などというおよそ尋常ではない所業を為していて、そのせいか、感覚、なかでも聴覚が、
「千里先でも分かるよぅ!」
本人が自信満々に言うほどに、冴えているのである。
「むぅ……いいけど……」
言って、
「でも、笛演(や)ってたし、それに、男の人たち声小さかったから、あんまり聞き取れてないよぅ?」
とろろ汁をかけた豆腐を飯に乗せ、一緒に、頬いっぱいに食べた。
今宵、風はすこしあり、時折、野のなびく音が聞こえる。
「んーっとね……」
「うん」
「どこかの女の人がどうとか……あ、そうかや」
紫のいろが強く出ている黒緋の髪を、ぴょ、と揺らし、
「条越(じょうえつ)流、って言ってた。後は、あんまり……」
「じょうえつ……カヤ、知ってる?」
「うん」
狭霧カヤの語ったところによると……。
剣術道場条越流は、かの深草通りを北へと道なりに進み、材木問屋の路を右へと曲がったところ、にあるらしい。
立派、とも、貧相ともあるわけではない門構えの、背後に木立を掲げた道場である。
狭霧カヤは、狛猫にてまわっていたときに条越流道場前を通ったことがあるらしく、
「えい、鋭!!」
盛んな声が、響いていたそうな……。
「なかの人たちは見た?」
「んー、軽く見ただけだったから……」
狭霧カヤの方は夕餉を済ませ、きれいになった空の椀を並べ、鈴音の椀も、白飯以外はきれいになっている。
そ、と、箸で米の粒を掴み、すくい、鈴音は光沢のある飯を食べた。
「そういえば」
「ん……?」
「私の笛の後。お茶屋の中から居なくなってたけど、どこいってたかや?探したよぅ」
「あ、ごめん……。ちょっと……」
食べ終えた、飯の入っていた椀を、とん、と置き、
「すこし、気になったから」
「……、尾けて(つけて)みたの」
羽橋鈴音は、男の、きち、とした小奇麗な袴を身に着けた男の方が、深草の屋敷に入っていったところまで確認している。
資料。
学生の最大の弱点はこいつだな。圧倒的なまでに資料不足。=資金不足。
せめてでも!ということで学校では「江戸のまかない」なんて本を漁ってます。
普通に面白い。江戸の封建的なアレのイメージがまるっと変わった。
5/13追記:少々追加。
萌え要素とかどうとか余裕で無視した小説がこいつだが、
「尾けてみたの」
不覚にも萌えますた。
最終更新:2010年05月13日 20:39