夕闇に頭を垂れ……
imageプラグインエラー : 画像を取得できませんでした。しばらく時間を置いてから再度お試しください。
雲は高く流れ、落ちる豊かさの雨よ・・・みたいな?
深草通りは、何もそれが町名というわけではなく、下香春須賀の町の中の名である。
また、深草の名の由来だが、いたって単純で、須賀一万一千石の深草の家よりきたものである。
今の主は深草出水守士郎(ふかくさいずみのかみしろう)といい、公正で立派な聖人君子たる男として知れている。
なかでもひとつ面白い特徴として、己の側に置くような者には必ず、御家に伝わる名刀〔二分亀〕(にぶがめ)を授けるのだそうな。
亀の甲羅ですら、斬、と一文字に二分したらしいことから名づけられたこの刀だが、よもや、あのようなかたちで関わる事になろうとは……。
茶店の一件より翌、羽橋鈴音は深草の路を歩いていた。
昨日は狛猫の影響もあってか、人は多かったが、いまの姿が常なのであろう、人はまばらで、聴こえてくる声も、わずかなる喧騒のみである。
雲は流れ、明らかな空は軽やかに青い。
いつもの如く、腰には塚原の脇差を差し、しずかな足取りの向かう先は、かの条越流の道場である。
木の凭れる材木問屋を目に留め、曲がると、確かに其処はあった。
狭霧カヤの言っていた通り、立派とも貧相とも取りがたく、すす汚れた、しかし堅実そうな石造りの門構えである。
後ろに立ち並ぶ木立は、欅(けやき)であろうか。
庭には誰もいないが、なかの方に耳を澄ますと、かっ、かっ、と言った、竹刀らしきもの同士がぶつかり合う音が聴こえる。
と、誰もいないと思っていた庭より、ひとり、少年が出てきた。
相手は鈴音の方に気付き、一時、目を見張り、
「すみません。見学させてもらっても、よろしいですか?」
女の身である者が剣術道場に訪れたことに驚いたのか、挙動が妙になりつつも、
「師に、聞いてみます」
言って、そそくさと駆けていった。
「こんなちんけな道場に興味を持ってもらえるとは、光栄だね」
鈴音が入ったときは、ちょうど休みの頃であったらしく、皆、ながれた汗水を手ぬぐいで拭きつつ、ぐたり、としている。
入る前は竹刀の音が響いていたから、もしかしたら中断したのかもしれない。
そして今、鈴音が話しているこの女が師範代であるらしく、
「依条四季川和良丞(いじょうしきがわ かずらのじょう)。あんまり長い名前なんで、大抵は依条なり和良なりで縮めるけどね」
「羽橋鈴音です。鈴の音、と書いて……」
「へぇ。味のある名だ」
ように、砕けた言葉をつかい、かなり気さくな風である女で、しかしその切れ長の赤い眼からは、見る者に鋭い気を感じさせる。
黒髪は長く、炎のように揺らいでおり、鈴音とはまた違った美しさを湛えた女である。年端はまだ若そうで、二十辺りであろう。
着ている服は、レースのあしらわれた白のチュニックに、紺色のデニムレギンスと、およそ剣術をするには向いていないような服装であるが、
「うちは、実戦剣術に重きを置いてるんでね」
いうことらしく、他の門下も同じように、道着は着ず、普段着るような身なりの者ばかりである。
門下の数は、男八人、女二人を合わせ、総で十人。
師範であった父は田舎の方に既に帰っており、いまは、師範代の身であるこの依条四季川和良丞がやっているそうな。
「桃が、お好きなのですか?」
尋ねたのは、言うまでもなく、依条が桃を食んでいるからである。
二人は道場の端の壁に凭れており、他の者たちは思い思いにひとときの休息を味わっている。
依条四季川和良丞は、器用に皮をむいた桃に、豪快にかじりつき、
「好きだよ。桃には呪力が宿るんだ。…やらないよ?」
ぽたり、と桃の白い蜜が、床に落ちた。
「呪力、とは?」
「健康長寿。開運招福。そしてなんと戦勝まで」
「ふふ…いいことばかりですね」
「そうそう。ま、好きな一番の理由は、美味い、だけどね」
くっくっ、と笑い、語らいながら、依条は桃をさっさと食べ終えた。
それから、手元の巾着袋に桃の種を入れ、
「さて。立て」
門下の者たちに、きん、と目を向け、早速に稽古を再開した。
道場に入る日の光は、さん、と健康的である。
のべぷろ。
オンラインの小説投稿サイトらしい。
何かないかなと思いググってみたのだが、探せば何でもあるもんなのね。
というわけで、早速投稿してみますた。三の幕である狭霧を。
現在は審査待ち。
追記:おk、通った。
稽古の様を一通り見た後、羽橋鈴音は途中で道場を出た。
「なんだ、もう行くのか。稽古の体験の一回くらい、どうだ?」
言われはしたが、
「小用を、思い出したので……」
元より"ようすみ"に来ただけであったので、鈴音は言った。
ちなみに、小用については、これといってはない。
羽橋鈴音が出た後、
「ははん。逃げたな」
依条四季川和良丞は、笑ったものである。
白い鱗雲の散る散る、午の下刻(午後二時手前)。
秋の間中らしく、風と、陽射しの具合がちょうどよく、とても過ごしやすい。
鈴音の今日は、菊の文様が施してある、ごくうすい水色の着物に、月夜の空を思わせる灰みの帯を締めている、格好である。
鈍色の長い髪が、風でそよいだ。
(すこし、寄り道しようかな……)
先のときに言った"小用"をつくろう、などと考えたわけではないが、鈴音は思い立ち、手近な駕籠屋を使うことにした。
この時代、移動の速さ、乗りやすさでも馬車が一番なのであるが、ひしめき狭い町中となると、とてもではないが、まともにつかえないので、駕籠もまだまだ需要があるのである。
乗ってから鈴音は、北燕戸(きたやすいべ)の枯野へと、赴いた。
そんな穏やかな処を、
「とす、とす……」
ように歩いて、すこし、身心(みこころ)を休めた後……。
それから近くの〔おつき庵〕という宿屋に入った後に、秋萩への帰路へとついた。
秋萩町の一宅からは、ぼう、とあたたかい湯気が出ている。
夜、今宵もまた月の弓は白色にぴん、と張っており、その、儚い月影の光る雫を稲穂に浮かばす。
「鈴音。今日、何処往ってたかや」
羽橋鈴音と狭霧カヤは、ちょうど湯浴みをしており、いまは、カヤが鈴音の背中を流している。
そして、その狭霧カヤの大きな金の瞳には、き、と問い詰めるかのような風が……。
ちなみに、カヤは今日も狛猫にてどこぞを回っていた様である。
「ん……条越流の道場。に往ってた」
一旦切って答えたのは、後ろめたいことがある……と、いうわけではなく、つい、目に入ってしまったからである。
「むぅ」
と、言うのも、狭霧カヤの臍(へそ)の下、下腹部付近に――
なんと、普通ならば男しか持つべきでない何某があるではないか……。
「また鈴音は……」
何も、男、というわけではない。
事実、狭霧カヤの臍の上の方を見やると、ちゃんと女性らしい膨らみがあるのである。
あまり例があるわけではない、男と女が入り混じった奇異な、性が同一、というやつである。
どちらであるのか、大変にややこしく、なおかつ当の本人も自分が男なのか女なのか気にしていないようだが、着る服が女物であることを考えると、どちらかといえば女、なのであろう。
ちなみに、鈴音も、どちらの性なのかはあまり気にしたことがない。
「鈴音、危ないことしようとしてる」
狭霧カヤは、背中を流してやりつつも、じとり、とした視線を鈴音の背に刺した。
「う、その……」
「違うのかや?」
「……違わない、とおもう」
「おもう?」
「……危ないことしようとしてる」
すっかり、縮こまってしまっている鈴音である。
カヤが、自分の"悪を斬る"ということについて、好ましく思っていないことは無論分かっているのであるが……。
「もぅ」
「えっと…その、心配はかけないから……」
「既に心配してるよぅ!」
ちろり、ちろり。
聴こえ、木霊(こだま)しているのは、月光を受け、団扇を扇ぐかのように涼しげに流れる小川である。
「笛の稽古」
カヤは、掬したかのような風で、言った。
「付き合ってくれるなら、もう、何も言わない」
「笛……?」
いきなり、何の脈絡もなく言われたものだから当惑し、
(笛、聴いてれば、いいのかな……?)
ように、鈴音は思っておいた。
「ん……いいけど」
が、
「よし!」
カヤが、急に背後からがばり、と抱きついてきたものだから、ますます当惑し、
――それから、何をしようとしているのか、すぐに察した。
「や、い、いまは駄目……」
「いいけど、って言ったのにかや?もう遅いよぅ」
「ふ、笛の稽古と何も関係ないのに」
「鈴音とこうするときの差したり、引いたりの手もお笛の稽古~」
どうやら、睦みごとのようで……。
まことに、たわけた二人である。
「――――――!!」
――言うまでも無く、この二人は既に夫婦(めおと)の仲である。
姓がちがうのは、単純に、籍は入れておらずの形のみ、だからだそうな……。
剣客商売。
どうしても弥七さんの名言を使いたかったのです。
「女を抱くときの、差す手、引く手も剣術の稽古だとおっしゃいましたのは、どなたさまでございましたかね」
これ。ナイス名言。
ちなみに、今回エロス成分を出来るだけ感じさせないように書きましたが、どうですかね?
「然し姉さん」
「ふふ…姉さんは、やめてください」
「じゃあ鈴(すず)さん。相変わらずとも言うべきか、あんたは見た目はしとやかなくせして、人使いの荒さについては剣術同様に天賦の才だな」
「いえ…そんなことは……」
「はは、少なくとも、手紙にこんなモノ仕込んだ奴が言う台詞じゃあないな」
男は、懐より取り出した小判を、ひら、とさせた。
羽橋鈴音が条越流道場を訪れ、翌々日のこと……。
鈴音は訪れた宿屋〔おつき庵〕にて手紙をしたためており、その相手というのが、この男、冴原心貴(さえばら しんき)である。
歳はちょうど三十で、眼は細く鋭く、精悍な顔つきであり、時折こうして、
「ま、深草の方は大分仕入れてきましたよ。条越流の方はまだだがな」
御用聞きまがいのことをしている。
"まがい"というのは、本業がそれではないからで……。
秋萩の宅。
今日も、日はあたたかく風は涼しく、たまに舞う透いた霞が、いっそうに秋の色を感じさせる。
鈴音宅に訪れた冴原は、
「と、握り飯か何かあるかい?」
「はい。いま……」
「助かる。まだ腹に何も入れてなくてね」
握った飯を五つも食い、それから話し始めた。
「そうだな。姉さ…鈴さんは、深草家の方はどれくらい知ってるんだ?」
「あまり、詳しくは……。主(あるじ)の方が大層に優れている、というようなことしか」
「ふむ」
「後は…落ち窪んだ眼(まなこ)の、小柄な体つきの殿方も、見かけたことがあります。刀がどう、とか……」
「そいつは…神野助六(こうの すけろく)だな」
神野助六とは、深草出水守士郎に最も近いといわれている、重鎮が一人である。
鈴音の言ったとおり、眼は窪んでおり、身体は小さいが、
「深草士郎の信を篤く受け、剣の方もなかなかに腕が立つらしい。といっても、せいぜい道場剣術の手合いだろうがな」
だ、そうな。
「刀についてだが…どうやら、こいつが火種らしいぜ鈴さん。流石に表沙汰には出てないみたいだが」
「と、いうと……」
「二分亀」
「はい?」
羽橋鈴音は、二部に分かれて、のそ、と歩く亀を思った。
「深草の御家に伝わる名刀、なんだとさ。もちろん、亀の名前なんかでなくて、な」
「伝家の宝刀、ですか……」
これは深草家では、もはや伝統とでも言うべき事の様な……。
深草にていまの主となった者は、己が最も信頼を置く者に、その伝家の宝刀〔二分亀〕を授けるのである。
尺は二尺八寸の、鞘は黒漆。鍔には、すこし面白きことに、名にもある亀の文様が象られている。
そんな、深草家においては権力の証、とでも言うような刀であるが、
「あろうことか、盗まれたらしい」
「え……」
冴原心貴は、俄かに貌を変えた。
鵙(もず)が空を切り、雲間を飛んでいる。
り、りり……。
虫は啾き、薄影に透いている。
月は高く、夜は深け……。
町並みより離れた一角に、ひとつの小屋がある。
旅人小屋であり、つくりは簡素であるが、たまに人が利用しているそうな。
事実、その中からは、霞を浮かす、橙の灯りが洩れている。行灯であろう。
「私、神野助六と申す」
聞こえてきたのは、男の、くっきりと皺の感じさせる声である。
小屋の内に居るのは、この深草が重鎮神野を含め、四人、であろうか……。
「何か、用ですかい」
言ったのは、これも男で、よれきった袴を身に着けている。
もう一人見受けられる男は、白髪の目立つ風な……。
「いや」
神野は、男二人――見るまでもなく浪人であろう――手へと、ぎゅ、となにやらを掴ませた。
「神野殿、でしたな。仕事ですかな?」
名を明九茂幸成(あぐも ゆきなり)という浪人は、受け取ったそれを、懐へとしまった。いまは、皆して腰を下ろしている。
「或る女を、斬ってほしいのだ」
「斬る?」
尋ねた、當道護法(とうどう まもる)は、脇に置いていた刀へと、ちゃ、と触れた。
「物騒ですな」
明九茂もまた、刀を持っているようである。
「一応、聞いておくに…何故ですかな?」
「私は、深草家にてしかるべき役職に就いている」
「ふむ?」
「深草…聞いたことがありますねぇ。有名な武家さんでしょう?」
「良き働きを示せば、今渡した幾倍もの額をやろう」
「なる、ほど。要は、詳しいことは聞くな、ということですな」
り、りり……。ち、ろろ……。
虫たちも落ち着かぬ、密めいた夜は深けていく。
ちなみに……。
小屋にあった、休息用の粗末な布団が仕舞われている押入れに、
男、冴原心貴は居たそうな。
冴原、貴様……!
鈴音ちゃんの、きめこまやかな、すっべすべな、真珠みたいな手にて握られた飯を五つも食うとは、いい度胸じゃないか。
ま、ボクには文ちゃんがいるからいいけどねっ!ふんだ!
最終更新:2010年05月25日 20:54