先に言おう。続きを書く予定はまるで亡い。
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あらかわいい。
※今回のは、縦書き用に執筆したものなので、少々見づらい可能性アリ。
幻月散りて宵々なく哭く、音なし闇の夜々セカイ。
兎の餅つくまあるいお月の蒼い光が、そのたてものの上(うわ)の天辺を、ひゅぅ、ひゅぅ、と照らす。
ふうむ……しずかな夜だ。
こんな、醒めた夜ならば、実に酒がうまいであろう。ヒ、ヒ。
陽をころがし、月をまわすのも――いささか、飽きてきていたトコロ。偶のおもしろみも、なくては、な。
――おんや?
…
みると、其処は学校である。高校、であろう。
築百四十年目であり、高さは四。色は白。然し、日月の入れ替わりと共に、すっかり褪せたようである。
付近では名門校として知られており、地元ならずその他諸々の地域からも、この学校を志願する者は多い。
…
ヒ 、ヒヒ、ヒ。
あれあれ、そんな、名の売れたまなびやだというのに、
「朝香……」
「和(かなえ)、君……」
やんごとなき若人共が、だれも入(い)てはいけぬ筈の、真夜の中のたてものにいるではないか。
実に、愚かなこと、よ。あぁ、愉快ユカイ。
ほぅれ、視て、みろ。空を気を、モノを。空に浮かぶ幻月に、神隠しに出逢うた兎なんざ、下をみて、嗤って、いるではないか。あんなに、たわけたかのように餅を、ひとつき、ふたつき、みつき、している。
――いや。月の兎だけで、ないな。
何かと思えば、ありゃ、綿だ。
ふうむ、蛇。猫。ひとつずつ。犬、猿、ひとつずつ。くるり、狂り、と。兎も、ひとつ……ほ?
ふうむ、ふむふむ。あぁ――いやはや。ヒヒ。
なにやら、ふたつのうち、一つだけ、赫い(アカイ)な。ほうほぅ、まったくに、興味ぶかい。
兎は魔白いのが常だろうに、あやつだけ、まっかのか、だ。腐った果実、とかよく聴く香い(におい)ですなぁ。
ヒ、 ヒヒ、
――――ヒ。
ありゃあ、
――――血だ。
…
宮ヶ崎和(みやがさき かなえ)、春野朝香(はるの あさか)。両名はこの地にて知れた F校 の高校二年生であり、知り合ったのは、つい、三週前。俗に言う、カップル、という仲らしい。
男、和が通っていた予備校にて、同じF校の生徒ということで声をかけたのが、始まりである。予備校にいたF校生徒はその二人だけだったそうな。
そして、その初々しい二人が今、しようとしていることといえば……言わずもがな初々しい、男女のむつみごとである。
いちいち、夜の校舎に忍び込んだのは、
「家じゃ無理なのは当たり前だし、それに、学校の方が雰囲気あるだろ?」
和が、そのように考え、現在に至るそうな。
「ここ名門なのに……こんなにセキュリティ甘くていいのかな?」
「名門だからじゃないのか? こう、伝統となにやらを大事にする、みたいな。せきゅりてぃとか云う新時代のアイテムなんざ、そういうところにしてみれば、『最近の若者は……』とでも言いたくなるようなシロモノなんだろうさ」
「ふふ。面白いたとえだね」
褪めた、白い校舎の中。
常ならば、夜というものはしずかな時、というのが今よりちょっと過去(まえ)ならば当たり前だったが、現在(いま)のような、ただ目立つだけの、元より住まっていた動物からしてみれば邪魔なだけのビルとやらが目立つ中では、梟も呆れるほどの明るさである。
しかし、そんな騒々した外とはうってかわって、その学校の匣(はこ)内は、昔と同じ、おん、としたくらい昏い闇にまどろんでいる。
その闇を予測していなかったわけではないだろうが、
「懐中電灯もってくるべきだったな……」
灯りのある生活に慣れてしまっていた二人であるから、そんな些細にしてたいへんに重要なことを忘れていた。
そこは学校に入るからなのか、学校指定の、味気のない制服を纏い、
「ケータイでいいんじゃない?」
「うん?」
「液晶。明るいでしょ? だから、懐中電灯代わり」
互いとも、片手には携帯電話をもち、その画面を正面へと向けている。前を照らす灯りは、朧気な蛍の光りのような、およそ、人工的には作られたものが放つべきでないものを闇へと放っている。
玄関をくぐり、階段を上り、辿り付いたのは、普段から使い慣れている廊下。
なのだが、
「これは……味があるな。不気味だ」
それは、夜行に彷徨う、百鬼を連想させる――妖が、飽きず絶えず、歩きつづけている径(ミチ)のような……。
「もしかして…和君、定番のユーレイでも想像してる?」
「幽霊? 俺に霊感があるとでも?」
「実はあったりして。だって最近、たまにだけど、急に何にもないところに目を向けたりするでしょ」
「それは、普通に誰にでもよくあることだと思うが。ふと急に周りを見たくなる、ってやつ? 本当にそこになにかあったりして、それが周りには見えていないというなら、そりゃ、ただのヘンな奴だ。すなわちヤク中」
「あっはは。面白いたとえだね」
「またかよ」
「うん。ていうか、それがなかったら、私は和君を好きにはならなかったかな」
「俺の奇怪比喩製造機は思わぬところで役立ったんだな」
…
ヒ、ヒヒ。あぁ、馬鹿。あぁ、莫迦だ。
視えないのかぁね、この若人ふたりには。ほぅら、いまも、いつでも、ずっと、絶えることなく、止むことなく、
くるり、狂り、と廻っているではありませんか……。
おぉ、お。可愛らしき、可愛らしき。ほれほれ、風もそよぎ、まなびやを慄わせて(ふるわせて)おる。自然ですらも、このお二方に、ちゃんと、教えてあげているというのに。
におわないのか、香わないのだろうな。
これは、彼方の岸。彼岸ヒガン。
死の――香いだ。
ヒ、 ヒヒ、
――――ヒ。
ヒヒ、ヒヒ ヒ。
…
深淵に軋む闇夜の学校。
宮ヶ崎和と春野朝香が校内に入ってから、さして時も経たず、それが当たり前であるかのように、実に、自然な流れで、女のよがる、声が響き始めた。
光りの差さぬ、空の間と化している廊下からの、響きである。廊下は、喩えるならば、洞窟(あな)。至る穴はひとつしかなく、抜ける穴もまた、ひとつしかない。おん、とふかく深く、どこまでも深い、洞窟(あな)。
夜長らくして、硝子の月は、澄み灯す鏡の光りを放ち始めた。
…
そろそろ、そろそろと。
弧をなぞり、円を描き、夜を唄い、眼を見開き、近づいてくる。
ようやくに……あの若人も、気付くだろう、な。
くるり、狂り、とまわり、おお…さぞ、娯しそう(たのしそう)に、愉快そうに、恨めしそうに、怨、としている。あんれれ、あんまり騒ぎ過ぎて、耳がひとつはじけて、とんでいるではないか。何をやっているのだか。ヒ、ヒ。まぁ、白がはら、はら、はらり、と舞う様は、視ていて、こちらまでも愉しいが、な。
さてさて。
ほぅら、やってきましたねぇ。
――――あれは。
ふうむ……
ヌイグルミだ、な。
――――閉り。
…
現(うつつ)のなかの、夢。夢のなかの、現。
それが、現実(イマ)なのか、非現実(ユメ)なのか、もはや、区別はつくまい。ガッコウという、現の象徴である建物でも、どちらなのかは、分からない。
なにとなく、
「今が、夜だから、だよな……?」
宮ヶ崎和(みやがさき かなえ)は、思った。
双眸(メ)から視える、小さなセカイ、いま、すべてを埋めているのは、
蛇、猫、ひとつずつ。
犬、猿、ひとつずつ。
兎、――ふたつ。
それら全ては、毛糸を纏い、くろい釦(ボタン)の穿たれた、銀鉤(ぎんこう)の如き、瞳をもっている。カラダのなかには、幽かに、墨に染められたかのように黒ずんだ、皚々(がいがい)たる綿が在る。
それは、まごうことなき、
「縫い、グルミ」
であった。
しかも、
「なんで、此処に、あるんだよ……」
その、数々の縫い包み、なかでも、ふたつだけは、宮ヶ崎和の記憶に、見覚えがあるモノであったそうな……。
ながい、みじかい、夜のハジマリである。
…
病ミ、止ミ、闇、ヤミ。
ヤミはしずか、だ。まわる、輪廻る(まわる)、モノと比べてみると、おおちがい。ヒ、ヒ。
「朝香! 大丈夫か!?」
やれやれ、さわがしい、騒がしい。
ヌイグルミの皆々様は、衰えることなく、思い思いに、全(みんな)、ばらばらに動き廻っている。その、ロウカという長い長い径は、まるで、封するために作られた、大江戸牢屋敷の一角みたいだ。処を、小さき、そんなモノ共は、
「 」
ひとっつも音を鳴らさずに、なんだ、宮ヶ崎和だな、こやつの廻りを、ぐる、ぐる、狂り、としておる。
「朝香!」
に、しても、さわがしい、騒がしい。何を、女の名を喚いている。この若人のメは、穴の亡い閉られた井戸か何か、か?
ヒ、ヒヒ、視ろぅよ。
「……は?」
――そんな女など、どこにも居らぬではありませんか。
うん? さっきまで抱いていたはずなのに? 何故か?
ヒ、ヒ、そんな、簡単なコト、よ。宮ヶ崎和はいま、下も穿かずに、うろ、うろ、としておるのだ。 先刻まで、そんな厭らしいことをしていたから、な。だから、嫌気が差したのではない、か? ヒ、ヒヒ、ヒ。
「どこだよ、朝香! あぁ、わけ分かんねぇよ! コイツら、どこから来た!」
ヌイグルミは、円をつくり、じわり、と、俄かずつに、この哀れで、滑稽な若人を取り囲んでいる。
どこから来た、か。まぁ、聴かずとも、そんなもの、うらみがあるからに、決まっているであろう。霊なるちからがカタチになっているのだぞ? うらみがないのならば、そのまま、素のカタチで、
「ぐしゃ、り」
取り殺す。なのぅに、ヌイグルミ、などという。現の世のモノに宿っている。そりゃあ、元はこの世のモノであった何某が、おまえに、うらみをもっているの、だろうな。
ほぅれ、また、ヌイグルミ。種が豊富だな、ぁ。蛇に猫に犬に猿。そして白兎と赫兎か。メはくろぐろとしており、うつろに、ため、矯め、若人に目を向けている。ゆっくり、ゆっくり、幽、と歩きながら。
「 」「 」「 」
ゆらぁり、ゆらり。
足を、おぼろに、あっちいったりこっちいったり、酔(すい)、と……。
ふうむ……すこし、興味が、わいたな。どれ、覗くか。
「くるな、来るな……! ヤメテ、くれ、千織――」
なんだ、若人が、恐れ震え、瞳を引き千切れんばかりのイキオイで、ぐん、と開き、足を躍らせ、腕を、あちらへと、こちらへと、振り回している。愚かなコト、よ。
あんれ、メの前に在った、マナビヤの教室の扉を開けようとしているな。がちり、がちり、あぁ、五月蝿い、うるさい。無駄なのに、な。どちらへいってもあちらへいっても、有るのはヤミ。鳥渡も、にごってなく、んん、奇麗な黒々闇だ。
だいいち、そんなに、腕をうごかしていると、
「――――」
ヒヒ。
――もげて、しまうぞ?
「―――――― !」
ぶちり、ぎちり、ぼとり。
糸を引き、血を散し、肉を抉り。
なにもいわずに、ふ、と、足元に、墜ちてしまった。
「 」
おぉ、よろこんでいる。ヌイグルミ共がよろこんでいる。にぃ、と破顔し。貌を変えて。
あぁ、哀れな哀れな、千織ちゃん。
…
夜は、深けていき……。
宮ヶ崎和が、完全に、憔悴しきっていた。つめたい、氷を張っている、と間違ってもおかしくはない、廊下の床に、坐り、項垂れている。それもそうだ、これほどまでに、一般においては、
「怪異」
と呼ばれる現象が起こっているのでは、無理もない。
しかし、彼の場合は、
「千織……」
どうにも、その千織とやらが、深く関わっていることが最大の因であろう……。
最終更新:2010年05月23日 19:38