プロローグ

「よしよし、これくらいにしておけ。太ると飛べなくなるぞ」

 鳥かごから四羽の白いハトを出し、餌を与えてやる。

 よっぽど腹が減っていたのか、鳥たちは餌を乗せている俺の手までつついてくる。

 正直痛いが、可愛いこいつらにやられてるんなら苛立ちは微塵も起きない。

「いい子だ」

 鳥たちの頭を指先でちょっとかいてやる。

 クルルと鳴いて、非常にご機嫌な様子だ。

 白いハトは平和のシンボルだ。

 それは昔からずっとそうで、オリンピックでも開会式では平和の象徴として皆勤を維持している。

 そうさ。この白いハトが意味するように、世の中も平和になればいいんだ…

「クルル…」

 夢中になって餌を食べている鳥たち。たまに羽を閉じて身震いするが、それが済むとまた餌をついばむことに意識を集中させている。



 本当は寮にペットを持ち込むことは禁止されているのだが、この学校の校則の規制は校則?何それ?テキトーに作っとけよ、というぐらいに甘い。

 その規制のゆるさ故、ほとんどの生徒が寮にペットを持ち込んでいる。

 正直、ペットの何が悪いのかがわからないのが本音だ。

 それに犬や猫みたいに部屋に放し飼いするでもなく、必要以外はかごに入れている鳥だぞ。

 このまえ教論がこの部屋に来てハトを見つけた時は何も言わなかったし、鳥は公認して問題ないと思う。

「駄目だと思うな…」

 いきなり否定された…

「ちぇっ。エバだってペットぐらい飼いたいって気持ちはないのか」

「うん。すごく飼いたいよ。でもさ…」

 エバは自分の携帯の画面を見せてきた。

 覗いてみると…

「なるほど…」

「しょうがないことなんだよ…」

 携帯の壁紙になっていたその写真の画面の中には、たぶん相部屋になったもう一人の子の物であろう動物がたくさん映っている。

 すでにこんなに動物がいたら確かに動物を飼うのは難しいだろう。

 というか、よく教論側もこれだけの頭数の動物をスルーするな。もう校則無くせよ。意味ねーじゃん。

「わたしも動物が飼いたいよー」

 ソファに深く沈みこんでため息をつくこの女――――エバ・トゥリヴェントは俺の幼馴染だ。金のショートヘアが鼻の高い整った顔にマッチして見た目は非常にいい。

 性格も非常に人懐っこくて、こんな最高の幼馴染を持っているなんて許せねぇ、とか言って俺を半殺しにしてこようとする奴も大勢いる。

 そして、俺はそいつらを毎回丁寧にぼこぼこにしているわけだが。

「相部屋の子と一緒に動物の世話をすりゃあいいじゃん」

「そうだねぇ…」

 窓の外の朝日を眺めながら、エバは紅茶に口をつける。

 こいつ、一度俺のハトを預けたら一瞬で気に入っちゃったんだよね。

「それにしても、今年はどんな奴が入学してくるんだろうな」

 窓の外を見ると、ここシチリア島から見える海が、朝日を反射してなんとも神々しいオーラを放っている。

 今日は入学式アンド始業式。

 普通、イタリアの学校は入学式、および始業式を挙式しないのだが、他国から入学する生徒も多いので我が校は特別に挙式する。

 そして、入学式に出ない新高二の連中は午後から学校に行くんだけども、俺とエバは入学式の手伝いのメンバーに抜擢されてしまったが故、 8時20分に登校しなければならない。

 なんでこんな面倒な役に…

 といっても、入学式の手伝いは新入生を講堂に誘導するだけという見た目は極めて簡単な仕事だ。

 だが…

「今年はフランス皇太子とか、イギリスの女王の姪とかが入学するらしくて、十分対応には気を払うようにだって」

「げぇっ、フランス皇太子って言えば短気で有名じゃねぇか」

「短気って言ったらアメリカの国務長官の娘がひどいらしいよ」

「マジか…」

 また大層な連中が帝王高校に入ってくるな…

 俺たちが通う高校――――帝王高校は通常の高校とはかけ離れた次元に位置づけられる。

 まず、普通の高校の受験の形式を頭に思い浮かべてみてほしい。

 最初に、面接がある。そして筆記試験がある。合格発表の日にはみんながみんなどきどきした気持ちを味わい、ある人は笑い、ある人は泣く。嬉しくて走り回る奴もいれば、悔しくて地面に膝をつく奴もいるだろう。それが、受験だ。

 だが、帝王高校は違う。

 帝王高校は自分の個人情報がてんこ盛りの書類で、受験の合否が決まる。

 その判断基準が、通常とかけ離れているのだ。

 それは――――社会における階級だ。

 帝王高校はシチリア島の海岸にあるが、別にシチリア島が運営しているわけでもなく、管理人はイタリア国でもない。

 国際連合だ。

 帝王高校は、いわば国連の組織の一つなのである。

 国連がバックにあるこの異常な学校のモットーは「将来に期待がかかる青少年、および少女を育成する」であり、要約すれば、将来世界の中心に立つもの以外はくんな、といっているのである。

 そして、大量の個人情報に試験官が目を通し、どれだけ将来に期待できるかの度合いで合否が決まる。

 実際帝王高校には国の皇太子とか大統領の孫とか非常に高い身分の連中のみが通っている。

 帝王高校はそれだけお偉いさん達が通う場でもあり、そのセキュリティのクオリティの高さは他に類を見ない。まず、当然のように全寮制。学校の敷地の周りには防弾性の壁があり、校内には国連から派遣された軍のメンバーがパトロールとかほざいて警備している。警備するのはいいが、校内で常時肩からマシンガンを提げているのは教育的にどうかと思うぞ。

 そんで、一応帝王高校に通っている分には、俺とエバもそれなりの立場は持っている。エバはイタリア最大、世界でも五本の指に入る大手時計メーカー「ロッスィ」の社長令嬢だ。

 そして俺――――夜弓礼人もまた、イタリアではかなり上の立場を持っている。でも、俺の言う立場は他の生徒とは少し違う。

 他の生徒は、高かれ低かれ、いわゆる「社会」での金の卵だ。

 だが、俺は違う。

 俺は、「裏社会」のセレブだ。

 俺の親父は、シチリアマフィア「ジョヴァンニ」のボスだ。

 因みに、親父と俺は長い間イタリア(というか、俺は日本に行ったことがないのだ)に住んでいるが生粋の日本人だ。

 裏社会に通じていないやつでもジョヴァンニと親父の名前程度は知っているだろうし、裏社会に通じているやつなら親父の顔、そして次期ジョヴァンニのボスといわれている俺の顔までもを知っている。

 しかし、世間はそう言っているが俺はボスの座を継ぐことなど考えていない。

 俺は、白いハトを4羽飼いはじめたときからゆるぎない平和主義者だった。親父が何と言おうと、俺はこの裏社会から抜け出そうとした。

 親父は何度も次期ボスを継ぐように俺を説得してきたが、俺の必死の反抗で結局親父側が折れた。そして、それなら表社会で存分に活躍してもらおうという親父の粋な計らいで、俺は帝王高校のきつい審査を通り抜けることができた。

 ただ、未だジョヴァンニの若頭という面倒な地位にいるわけだが。

 クラスの連中は、はじめ俺がジョヴァンニの若頭を名乗った時めちゃくちゃ怯えてたが、俺の平和主義者精神が少しずつ理解されるようになると、普通の友達として気楽に接してくれるようになった。本当にありがたいことだ。

 因みに、当たり前だが俺以外裏社会の名目で帝王高校に入れたやつはいない。うれしくねぇ第一号だな。

 「楽しみだな。新入生の顔を見るのが」

 「そうだね…って、それあたしのポップコーン!」

 机の上に堂々と広げていたポップコーンをハトに啄ばまれてご立腹の様子のエバ。

 ざまぁ。人の部屋で菓子を食い散らかすのが悪いんだ。

 因みに寮は全部屋二人一組だが、自分の首を狙ってくる沢山のヤクザから身を守るためという名目で持ってきた銃に怯えるやつが多くて、俺は一人で部屋を占領している。

 こいつは幼馴染だから怯えることはしないんだが、性別が違う故に教育上非常によろしくないからという理由で、学校が却下した。

 ま、確かに男女が同居するのは問題があるな。

 実際、校則で定められてるし、女子寮と男子寮で建物さえ違うわけだし。

「うー…あたしのポップコーン…」

 おいしそうにポップコーンの袋の中身をつつくハトとは対照的に、落胆の気持ちを全身で表わすエバ。

 一つ言わせてもらうが、ハトが隣にいるのに堂々と食ってたお前に全ての非がある。

「やれやれ」

 俺は立ち上がって軽く指で音を鳴らす。

 机の上のポップコーンを啄ばんでいたハト達は、鳴らした指の音を聞いて俺の下に集まってきた。

「…毎度ながら、良く訓練されてるよね。あたしがやった時は全然言うこと聞いてくれなかったよ」

 頬杖をついてその様子を見守っていたエバが呆れるように言う。

 こいつらは、俺の合図で動けるように訓練を重ねている。まあ、好奇心と優越感への上から俺がたたきこんだだけだが。

 他にも、口笛を吹けば逆に近くにいたハトを散らすこともできるなどなど、様々な号令が彼らの頭の中にインプットされている

「ま、俺とこいつらはかれこれ7年の付き合いだからな。」

 一匹づつ手の甲に乗せて籠に入れていく。籠に入っていくハト達はもう少し遊びたそうだったが、時間的にもう入れないとまずい。

「礼人君が羨ましい。心の底からそう思うよ」

「ここまでお互いの心を通わせるのは大変だったぜ」

「私との付き合いのほうが5年長いのに、ハトとの方が仲良しに見える…」

 見ると、本当にエバが若干涙目になってしまっている。

 え…そんなにショックだったのか?

「そうかね。お前が何も言ってないのに紅茶を出したあれは、心が通っている証拠にならないのか」

 涙目のエバがあまりにも痛々しいのでなぐさめる。

「あ…」

「7年と12年、人と動物なら当然12年の付き合いの人間とが一番分かりあってるだろ」

「そ、そうだね…」 

 何かをごまかすように、エバはテレビの電源をつけた。

 気のせいだろうか、顔が赤い。熱でもあるのか?

『今日未明、シチリア郊外で小学生を虐待していた青年四人が逮捕されました…』

 テレビでは、朝のニュースを淡々を放映していた。

 いかにも真面目そうなニュースキャスターの後ろのモニターには、逮捕されたという4人が警察署まで連行されている様子が映っている。

「怖いねー…」

 物騒な話だと、俺も思う。

 現在のイタリアの治安は、全世界のワースト3に入るほどの悪さだ。

 特にここ、シチリアでは著しい。

 確かに観光名所はいっぱいあるし、飯もそれなりにはうまい。だから、観光客は年々大量に来るのだが…

 やはりわが国の裏社会の事情がそうさせているのか、次第に観光客の数は減っていっているのは否めない。

 嘆かわしい事態だ。本当に…

「ジョヴァンニは子供に手を出したら即刻しばかれることになってるはずだから、違う組織の連中だろうな」

 一気に残っていた紅茶を飲み干す。

「ふーん、そうなんだ」

「おそらく、そこらにいるようなチンピラがやらかした事件…腐ってるな」

「ホント、小学生をいじめる大人って最低だよね」

 テレビにむかって頬を膨らませるエバ。

 それでも、小学生がいい年こいた大人に絡まれる話はここ最近では珍しくない。

 悩ましい…

『逮捕されたのは、いずれもマフィア「炎?」の幹部達で…』

 「炎?」という単語を耳にして、軽く舌打ちをする。

 いくら裏社会におけるジョヴァンニの階級が高くても、裏社会の権利をジョヴァンニがすべて掌握しているというわけでは、必ずしもない。

 細かいグループには無数に分かれているが、基本的にシチリアに拠点を置くマフィアは三つに分かれる。

 一つは俺達のジョヴァンニだ。

 もう一つは「トゥオノ」。ジョヴァンニとほぼ同等の勢力を持っており、部下たちはバラバラでも組長はイタリア人である。

 彼らトゥオノの特色は行動を起こすまでにある。要するに、彼らは良い方向にも悪い方向にも傾くのだ。

 トゥオノの原動力は金だ。

 金のためなら身内を売るでも何でもするのがトゥオノというマフィアで、警察の依頼もたまに受けるし、逆に数百億ユーロももらえれば自爆テロだってためらいなくやる。

 そして、ジョヴァンニ、トゥオノとともに三つ巴の構造を構築しているのが、中国上海から進出してきた「炎?」だ。

 炎?は、三つのマフィアの中で一番たちが悪い。

 なにせ、幹部達が少しでも気に入らないと思った人物は国王でも殺す。

 彼らはただ殺したい、という衝動だけで集まっている。

 要するに、人間としえ終わっているのだ、彼らは。

 朝から不快になる単語を聞いたな…

「しかし、炎?の幹部を捕まえた奴すげぇな」

 いくらたちが悪いとはいえ、炎?も勢力はジョヴァンニと並ぶ。その幹部がそこそこできるやつであることは容易に想像がつく。それを4人逮捕したというのだから、警察側はマシンガンでも出して奴らを脅したんだろうか。

「うーん…あまりそっちの世界のことは分かんないや」

 エバは髪をいじりながらテレビを見ている。

 ちらっと時計を見る。げ、もう時間だ。

「いくぞ、エバ」

「あ、うん!」

 エバに声をかけると、元気のよい返事をいただいた。

 そして、エバは机の上に置いてあったバッグを取って玄関にとととっ、と駆け足で行ってしまった。

 いや、そこまで急がなくてもいいんだが。

「俺も行かなきゃな」

 バッグを担いで俺も玄関に向かう。

 エバはこっちを振り向いて

「行こうよ、準備はできたでしょ」

 と言ってくる。

「ま、ほぼできてるぜ」

 ベルトをズボンの穴に通しながら、俺はエバの後を追って革靴に足を入れた。



 平和な俺の生活は、ここで幕を閉じた。

 そして、平和を愛する俺をあざ笑うかの如く、『そいつ』はあらわれた。



第一章 壊滅計画始動

「世界のおぼっちゃまお嬢様って高一だけでこんなにいるのかよ…」

 学校につき、全新入生を案内し終えた後、講堂に集まった新入生の数を見て呆然とする。

 手伝いを開始する前の教論の話を完全に聞き流していたから、詳しい人数は俺の知るところではないが、ざっと200人はいる。

 因みに我が学年、新高二は150人だ。

 新高三もその程度なので、実質新高一の人数がずば抜けているということになる。

「えー、新入生の諸君…」

 うっわ、校長の話が始まりやがった。話聞きたくねぇな…

 余談だが、平和主義者の俺ではあるが決して真面目少年ではない。素で校長の話をうざいと思う反抗心ぐらいは持ち合わせている。

「外に出るか…」

 いつになく脂っぽい校長の顔を見ていると不快だ。

 そう思った俺は、校舎を抜けグラウンドの脇に座りこんだ。

 次に俺達が手伝いに駆り出されるのは入学式が終わった後。話によると、新入生を各クラスにまた誘導するそうだ。

 しかし何を隠そう、人数の関係で講堂に新入生を誘導した人間のうちの一人は、この仕事の免除という特権が与えられることになったのだ。

 人数が多すぎても逆に迷惑なんだとか。

 というわけで仕事免除を懸けた壮絶なじゃんけん大会が展開されたわけだが、勝利の女神は完全に俺に味方した。

 最初12人から3人に絞られ、そこから2回のあいこを経て俺がこの特権を勝ち取った。この後、始業式と新クラスメンバーの顔合わせをするから寮に帰る時間は変わらないが、それでも何も仕事がないというのは非常に気が軽い。

「きれいだなぁ…」

 グラウンドに出ると、外は適度な具合に晴れていた。

 夏が終わり、いよいよ秋になろうとしているシチリアは、まだまだ夏の残滓をところどころに残していた。

 新年度なんだから気候もしっかりと切り替えてくれた方が俺達もやりやすいんだけどな…

 それでも、凛とした表情を見せているところをみると、やはり中学から高校というおおきな転機を迎えた新入生はしっかりと夏休みまでの気持ちをバッサリと切り捨てたようだった。

 それにしても、さすが全世界のセレブが集まるところだと思った。どいつを見ても皆テレビで見たことのある顔だらけだ。

 エバも、「イギリス皇太子のジャック様だ!カッコいい~!」とか、「あ、あれ、南米のビルゲイツって呼ばれてる人の息子じゃない? 渋い顔してるね」とか、今年の新入生に興味津々だった。

 俺も、ここにいることが申し訳ない気分にさせられた。

 それでも、裏社会から登場した俺の名は新入生の間にも通っている様子だった。

 どうやら前日説明会で、マフィアのボスの息子がいるが、性格に問題はないので安心して暮らせるとかどうだかという余計なことを教論が口走ったそうだ。

 言った教論出てこい。一生口開けないようにしてやる。

 ただ、幸い顔写真までは公表されなかったようで「誰がボスの息子かな?」とか「あ、あの人そうっぽくない?」とか囁くのを小耳にはさんだ程度で済んだ。

 冷や汗流したぜ。はじめそんなこと聞いた時にゃ。

 今頃そんな物騒な話題で盛り上がっていた新入生は、校長の子守唄を聞きながら寝ているんだろうか? あるいは、隣の初対面の子と友達になろうと頑張っているんだろうか?

 俺が講堂から出て行く時は、大部分が前者を選択していたかな。

 おかげで講堂は見事な静寂に包まれていたぜ。校長も話しやすいだろうさ。

 「……ん?」

 ワイシャツについていた埃を取り除いていると、足音が近づいてきたのに気づく。

 それは、今猛烈にこっちにダッシュする女子が発信源だろう。

 空色に近い色をしたブレザーに、ブレザーより鮮やかな青で彩色されたスカートという特徴的をした制服は、確実に我が校の生徒だろう。

 というか、今他校の生徒がいたら教論に首根っこ掴まれて追い出されるか。

 真っ白な蝶ネクタイをつけているということは、俺と同じ高二の子だ。

 しかし、どうにもさっきの手伝いのメンツの中、もっと言えば俺の学年の中にあんな子がいたか記憶がない。誰だ…?

 因みに、我が校の制服は全部青系の色で彩色されている。何から何まで制服を青くしたいらしい。男子の制服だって、さすがにブレザーとズボンは青ではなく紺だが、当然ネクタイは鮮やかな青、ワイシャツも空色を模している。
馬鹿か、この制服のデザイナーは。

 そして、男子はブレザーの胸辺りに入っている校章に、女子は蝶ネクタイに学年色が当てられているわけだが、今年度は高一が空、高二が白、高三が青である。

 そして、その女子生徒は胸元の白いスカーフを風になびかせて走っているわけだが、同じく風になびかせているロングの髪は、白とは対照的に黒に輝いている。

 そして、一つ疑問に思った。

(なんであんなに急いで走っているんだ?)

 別に、新高二が今あそこまで急ぐ必要があることは何一つとしてない。ただ新入生を校内に案内すればいいだけだし、そこに時間制限なんてない。

 なら迷った?いや、トラック一周800メートルあるこのだだっ広いグラウンドで迷うなんていう間抜けな高二は聞いたことがない。

 それに、彼女の澄んだ黒の瞳には、ようやく探していた落し物が見つかった時のような爛々とした輝きを持っている。

 普通、迷った時にあんな眼はしないよな…。冒険気質にあふれた女の子なのかな?

「~~~~~!」

 走っていた女の子は、突如何かを叫んだ。

 だが、俺と彼女の間には結構な間があり、何を叫んでいるのかはあまり聞きとれない。

 疲れているのか興奮しているのかは分からないが、肩が上下するほど息が荒くなっている。

 本当にどうしたんだろう…

 そして、俺との間がある程度詰まるとようやく彼女の声が聞こえた。

「夜弓礼人! ようやく見つけた!」

 …

 ……

 ……はい?

 ようやく見つけた?俺を探していたってこと?

「はぁ…俺が夜弓礼人だが…」

 状況が分からず、頭を掻いて立ち上がる。

 女の子は俺が立ち上がったのを見ると、腰に手を忍ばせた。そして、やたら長いものを取り出した。

 それを見て、頭を掻いていた手が硬直する。
「覚悟しろ!」

 誰だって焦るわ。あんなん見せつけられたら。

 彼女が――――刀を取り出してきのだから!

「へ?」

 立ち上がったまま呆然として動けない。

 この学校は腐っても(腐っているかどうかは保留だ)社会で非常に重要な立場に立つであろう人間がうじゃうじゃいる学校だ。当然、何かしらスパイとかによって暗殺される可能性だって一般人と比べて大いにある。実際、高一の間俺は他のマフィアの下っ端たちからしょっちゅう命を狙われていた。全校生徒を通じて襲撃された数はトップだとか。うれしくねぇよ。

 なので、護身のためにこの学校の敷地内では刃物、銃などの武器の携帯、および使用は認められている。授業にも『護身』という科目は一応存在する。

 当然人を殺したらアウトだが。

 しかし、それはあくまで自分の命が危険にさらされた時の非常事態のみ認められるのであって、前にいる彼女の様に勝手に武器を使用するのはいけないはずなのである。

 だが、いくら理屈を並べても真実は変わるわけでもなく…

 っつか、あの刀どっから出したし?

「くっ…」

 とりあえず俺は慌てて腰のホルダーから得物である果物ナイフを取り出す。

「何のつもりだかしらねぇが、勝手に武器出すな! 校則違反だぞ!」

 しかし、俺の忠告などどこ吹く風。

「そのようなこと、貴様みたいな犯罪の塊の様なやつにいわれる筋合いはない!」

「開き直るな! 武器を置け!」

 あれ、開き直るってこういう意味だっけ?

「黙れ!」

 必死に俺が止めるのものれんに腕押し、とうとう彼女は俺に刀のひっ先を向け…

「ヤァ―――ッ!」

 そのまま刀を振った。

 俺は咄嗟に体をしゃがませて刃をやり過ごす。

「ちっ、平和を乱すな馬鹿野郎……」

 俺はしゃがんだ状態から地面を思いっきり蹴って彼女との間合いを一気に詰める。

 普段は平和主義者を唱えている俺だが、こういった様にボーっとしていると殺されそうな場面になったらいくら俺でも交戦程度はする。

 といっても、俺の狙いは彼女の刀一つであり、あの刀をふっ飛ばすなどして彼女から武器を離したら、あとは停戦協定に持ち込めばいいかなと頭の中で考える。

 因みに、俺の武器の扱い、および体術の実力は高二でトップだ。

 理由は簡単。他の連中よりも命を狙われる機会が多いからだ。もしかしたら、全世界で考えても俺は命を狙われている人間ランキングトップ10に入るかもしれない。

 なので、俺は人一倍護身術を体得しなければならなかった。幼少期から身も守り方だけは親父からさんざんたたきこまれていた。

 だから、並大抵の実力では俺に傷すらつけることはできないが…

「やべぇ…」

 刀を狙って果物ナイフを振るが、俺がつきだす果物ナイフの軌道を的確かつ迅速に弾いて、自分の身の近くに刃を近づけることを許してくれない。

 とりあえず後退して距離をとる。

「貴様…なかなかやるな…」

 刀を地面に刺し、一つ息をつく彼女。

 さっきから怒涛の刀さばきを披露してくれたおかげで気がつかなかったが、この女の子、良く見るととても可愛い。いや、美しいといったほうが正しいだろうか。黒の澄んだ瞳はつり目になっていて、薄い唇、均整のとれた顔立ち…

 それは、久しぶりに見た、俺と同じ日本人そのものだった。

「まず、用件を話せ。俺は平和を愛する。戦わないですむ方法だってあるんじゃないのか?」

「貴様、何を言っている?」

 本当に馬鹿にしている表情をするのでむかっとする。

「文句あるかよ」

「ジョヴァンニ若頭が平和主義者だと。笑わせるな」

「笑わせているつもりはさらさらない…ん?」

 なんでこいつ俺がジョヴァンニ所属だとわかった?初対面のはずなのに…

「ふん…よっぽど頭がおかしいようだな」

 彼女はまた懐に手を伸ばし、自分の身分証明書を俺に見せてくる。

 そして、俺に身分証明書を見せつけた状態で、声高らかにこう言ったのだった。



「私が東京都中心域警察特別部署特一級事件捜査部署所属、駒萩明美巡査!」



「……」

「な、何だ…」

「部署名、長いな」

 ザン

「貴様…」

 自分の名乗りに冷静な突っ込みをいれられたのが気に食わなかったのか、俺の耳すれすれを刀の刃がかすめる。

 しかしまぁ…いきなり警察と会うのは不運だったな、俺よ。

 あと、駒萩という姓に聞きおぼえがあるのは気のせいだろうか。

 よくニュースキャスターがその名を出すなあ…はて?

「そんで、わざわざ他国から出ましたということは…」

「ああ、もちろん。貴様達ジョヴァンニの壊滅というミッションの遂行が今回の目的だ」

「…」

 普段の俺だったら、なめてかかるなよ、とか、泣きっ面を拝ませてやる、とか豪語できるんだが…

 情けないことに、今俺は軽くビビっている。

 正直、さっきの手合いで勝てる気がしなかった。

 この女が繰り出す刀の技、相当の域まで達している。

「なるほど…日本までも本気を出して俺達をぶっ潰そうとしてくるようになったか…」

「その通りだ。覚悟するがいい」

「お前の剣術、確かにすごいな。相手にとって不足なし、か。面倒くさいなぁ…」

「では、再戦と行こうか」

 明美はその場から刀を振りかざして、再度切り込んでくる。

(ああ、もう…)

 一つ大きくため息をつくと、果物ナイフをしまい、今度は拳銃を取り出す。

 刀のような大型の武器の場合、銃など飛び道具を使用する方がナイフなど近接攻撃用の武器を使用するより有効だと授業で習った…気がする。

 俺、どうでもいい授業って聞き流してるからなぁ…

 明美は剣道の構えの様な、刀を前に構える体制で突進してくる。

 俺は自然体で迎え撃つ。

 刀の先が右に僅かに揺れる。

(左だ…!)

 相手の行動の先を読んで、自分の左足元に銃を撃つ。

 案の定、刀身は左下から切り上げるように来た。

 がぎいぃぃぃぃん!

 鉛玉と刀身がぶつかりあい、不快音を響かせる。

「ちっ…」

 先読みされるとは考えていなかったらしく、若干明美が焦りの表情を浮かべた。

(押すなら今か…?)

 とっさにしゃがみ込み、柄を持っている手に猛然と入り込む。

 しかし、

「くっそ…」

 柄を持っている手をそのまま振りおろし、俺の脳天に一発入れてこようとしてきた。

 咄嗟に手を地面につき、回転受け身をとって、明美の足の間を通って距離をとる。

「~~~~っっっ!」

 何やら、急に明美の様子がおかしくなった。顔を真っ赤にさせて、言葉にならない叫び声をあげている。

 そして、受け身から起き上がろうとしている俺の背中に、全力で刀を振りかぶった。

 すぐに俺は脚を振り上げて柄を持っている手を踵で蹴る。

 その影響で僅かに刀は俺の背中からずれた所に振り落とされた。

「速いな…」

 怒涛の腕前だ。

 あれだけ長い刀身の武器を拳銃という機動性重視の武器のスピードに合わせてさばく実力は、伊達ではない。

 ただ、もう疲れたのか、顔が火照っている。序盤にとばし過ぎたんじゃないのか?

 しかし、逆に先ほどより一撃一撃が重くなったような気もする。ちょうど俺が明美の足元から抜けたときぐらいから…

 いや、変なことを考えるのはよそう。

 ブレザーの裏に隠してあった投げナイフで相手を牽制しつつ体勢を立てなおす。

 しかし、俺の投げナイフをさも当たり前のように刀ではじくあの技術、もはや神業だな。ホントに。

 投げナイフをすべて投げ切ったところで、

 バン、バン、バン

 銃を再度取り出し、鉛玉で相手の動きを誘導する。

 だが…

(ちくしょう…)

 俺がどこに弾を撃つかを相手に完全に読まれているから、誘導しているつもりが逆に誘導されている。

 態勢を立て直すと、明美は怒涛の突きを繰り出してきた。

 突きならば攻撃範囲が狭いからやり過ごせると思ったが…

「なっ…」

 次元が違う。

 驚くはそのスピードだ。


 柄を持っている手もとが――――見えない。

 明美は刀をフェンシングのように扱うと、

「はあっ!」

 一度刀身を上に構え、さらに一歩踏み込んでくる。

(切り捨てか…厄介だ)

 明美の行動を先読みし、俺は左に大きくジャンプする。

 案の定、切り捨ての攻撃は空振りに終わった。

 しかし、やはりスピードが違う。

 刀を逆手に持ちかえた明美は、刃がこちらを向いた状態で切り上げのモーションに入った。

 頭の中で思い出すが、もう俺の武器はこの銃二つとバタフライナイフしかもっていない。

 武器を犠牲にすることはできない。

 そうこう考えているうちに、刀の身はすぐそこまで迫っていた。

(くっ…無傷では済ませられねぇか…)

 意を決して平和主義の精神に一瞬目をつむり、やむを得ず柄を持つ明美の手に発砲した。本来なら生徒が生徒を傷つけたら退学なのだが、今回の事件のケースでは正当防衛が稼動される。多少の傷は負った本人の責任にすることも可能だ。

 俺の撃った弾は切り上がってきた明美の手に命中し、そこから血が噴き出した。

「うっ!」

(すまねぇな…こうでもしなきゃあ俺が死ぬんだ)

 女を傷つけたことに少なからず罪悪感を覚える。

 しかし、

「なっ!」

 手から流れる血をそのままに、明美は俺の脇腹に刀を振り上げてきた。

 咄嗟に銃で刀のガードを試みるが、俺の体に切り傷がつかなかった程度の防御にしかならず、衝動はそのままに5メートル程度とばされる。

 そのまま地面に腹から落ち、それでもなお消えない吹っ飛ばされた時の衝撃で後ろに滑る。

「なんて馬鹿力だ…」

 両手をついて立ち上がる。強打した脇腹がうずく。

 相手も手の傷で体力を失ったのか、先ほどの様な威圧はない。

 その隙に俺は距離をとり、こっちの弾切れになった銃に再装填する。

「夜弓礼人…貴様は罪を犯した!」

「俺じゃなくて、うちの組織が問題起してるんであって…」

「黙れ! 破廉恥男!」

 ちょっと待て。いつ俺は破廉恥男になったんだ。詳しいいきさつを知りたい。

「さて、次で決着をつける」

 まだ顔の火照りが消えない明美は、刀をまた構える。

 しかし、先ほどの様な刀を前に構える体制ではない。

 少し体を前のめりにし、腰を落とした堂々とした姿勢。

 そして、刀は左足前方にだらりと垂らしている。

 先がもう地面につきそうだ。

「なるほど…居合か」

 いつか、護身の実践練習で習った記憶がある。

 日本出身の教論が居合の対処法を教えていたな。

 確か…

「少しは知識があるようだな。若頭の名は伊達ではない、か」

 もう一つ拳銃を取り出し、二刀流ならぬ二銃流の形をとる。そして、足元の両サイドに手をクロスさせた状態で標準を合わせた俺の体勢を見て、明美がにやりとする。

「これでも、護身の科目だけは評価5をとっているんだ」

「でも、先ほどは…」

 なにやらぼそぼそと独り言を言いだした。

 さっきのセリフといい、明美の様子といい、何かおかしい。

「と、とりあえず、これでお前を倒す!」

 そういうと、猛然と俺に迫ってきた。

 そこまで気合を入れて突進してくるほど、俺は強くないんだがな。

 という様などうでもいいことを頭から捨て、じっと明美の刀に意識を集中させる。

 明美が猛然と走ってきて、もうすこしでお互いの距離が50センチ程度になってこようかという時に、

 刀身が消えた。

「いまだっ!」

 俺は両方の銃を撃つ。

 刹那、お互いの体が重なり、

「そらよっ!」

「ヤァ―――ッ!」

 ぎいいいいぃぃぃん!

 すさまじい音とともに、両者が背を向け合う状態で交差した。

 猛烈な交錯の上で交わされた戦いの末――――

 俺が、一本取られた。

「何ッ!」

 俺の体にはかすり傷一ついていない。

 当然だ。

 彼女は、俺の体を狙ったわけではないのだった。

 ばらばらっ

 金属の破片が地面に落ちていく音がかすかに響く。

(強い…)

 手に少しだけ残った金属の破片――――拳銃を呆然と眺める俺。

「ふん、甘い…」

 背中から声がする。

「すげぇ…」

 手に残った金属片をはたき落とす。

「まさか…拳銃をばらばらに切り刻まれるとは思わなかったぜ…」

 振り向く。明美も同じタイミングでこっちを向いた。

 再び、お互い向きあう体制になる。

「おいおい、もうやめよう。戦いは嫌いだ」

 再び刀を構える明美を手で制した。

「言語を使えるのは、人間の良い特徴だ」

「黙れっ! 貴様は大人しく逮捕されれば…」

「俺に課せられた罪を言ってみな」

 明美ははっとして俺を見る。

 そして、苦虫をかみつぶした顔をする。

 やはり予想通りだ。

 罪を犯していない人間には、警察は手を出せない。

 そして、俺は警察沙汰になるような問題は未だに起こしたことがない。

「だがっ、それは銃刀法違反…」

「刀を振り回した奴が言っても説得力ねぇよ。第一シチリアにそんな法律は適用されていない」 

 ぐぬぬ、と唸り声をあげる明美。逮捕する理由をしらみつぶしされているのが気に食わないのだろう。

 怒り心頭なのか、明美の顔が赤い。

 分かりやすいやつだ。

 だが…他の連中はそうはいかない。

 いまこいつは「ジョヴァンニを壊滅」させると言っているのであって、「夜弓礼人を逮捕する」と言っているわけではない。

 他のメンバーのことは、絶対にかばえない。俺の親父もそうだ。

「それより、お前はまずしなければならないことがある」

「な、なんだ!言ってみろ!」

 うっ、そんなに警戒しなくてもいいじゃないか…

「忘れてたわけじゃないだろう」

 そう言って、明美の左手を指さした。

 明美は俺の指の先に目を移し、

「あっ…」

「怪我させた俺が言えることじゃないが、止血しないと」

 明美の左手からは、まだ血が垂れていた。止まっていないのだろう。

「べ、別にこれくらいどうってことない!」

「ほれ」

「ひゃあっ!」

 明美が強がるので、怪我している手を軽くはたいてやる。

 明美は飛びあがらんとばかりに痛がった。

「強がりしても無駄だ。ちょっと手当てしてやるから、大人しくしていろ」

「だがっ…」

 ポケットからハンカチを取り出す。近くの水道に行って濡らしてから、明美の左手にきつく巻きつけてやった。

 思いのほか、傷は浅かったようだった。水でぬらしたハンカチを巻きつけても、明美はちょっと悲鳴を上げたぐらいで、失神するほど痛かったということはなく、心の中でほっと安堵の息をつく。

「ま、あとは安静にしてろ。これくらいの傷害罪は自己防衛でチャラになるはずだ」

「確かに…そうだがっ!」

 また、俺のことをにらむ。なんだよ、手当てしてやったんだぞ。

「だがっ、お前には他にも罪があるっ!」

 うーん…あきらめが悪いな。この子。何もしてないってのに。

「なんだよ、言ってみろよ」

 頭を掻きながら、答を待つ。

「…が…した…み…」

「何?」

 聞き取れなったので耳を近づけると、

「うるさいっ!」

 いきなり腹にパンチを食らった。

「ぐふぉあっ」

 クリーンヒットした部分を手で押さえてしゃがみ込む。

 鈍痛が遅れて脇腹を襲う。

 っつか、さっきここ刀で殴られて負傷したとこ…

「イテェな…何すんだよ…」

 かろうじて言葉を発すると、

「き…貴様は…」

 まだ明美は茹でたタコみたいに顔を真っ赤にしていた。

 そして、ビシッ、っとこちらに指を向け、

「さっき…わ、私の下着を覗いたであろう!」

 ……

「…は?」

 さっき殴られた腹の痛みを忘れるほど間が抜けてしまった。

 下着を見られた?

「さ、さっきの戦いで、き、貴様、どさくさにまぎれて…私の股の下を…!」

 ああ、足の間を転がってよけた時から顔を赤くしたのはそのせいだったのか。

 だが、ガチであんな戦いをしている間に人の下見を見れるほど、俺は余裕じゃなかったぞ?

「誤解だよ。俺はお前の下着は見てない…」

「嘘をつくな下劣男!」

「わああっ!」

 明美が抜刀した。顔中真っ赤にした明美が一人で暴走している。

 振られちゃまずい。咄嗟に判断した俺は明美の手首をがっちり掴み、動きを固定した。

「離せ馬鹿者!」

「お、おい、落ち着け!一人で暴走するな!」

「うるさい! ごまかす気か!」

「待て! だから、俺はお前の下着なんか覗いていない!」

 いつ明美が刀を振りぬくか知ったものではないから、必死に両手首を握る手に力を加える。

 そして、その手を振りほどこうと、明美はさっきよりも激しくじたばたした。

「離せっ! 貴様には穢されん!」

「そんなつもりもねぇっ!」

 何故明美がこうなったかを、回想ついでに考える。

  • 今日は入学式と始業式
  ↓
  • 暇だったからグラウンドで寝ていた
  ↓
  • いきなり襲われた
  ↓
  • 負けた
  ↓
  • 今の状況

 …

 酷い誤解だな。今更ながら。

「わ、分かったから。とりあえず落ち着いてくれっ!」

 俺の手を振り払ってさらに暴走しようとする。

 俺はその手に力を込め、振りほどかれまいとするが…

「私の手をっ……握るなああああああ!」

「ぬぉわっ!」

 明美の手首を握っていた時に見ていた景色はどこへやら、急に視界がぐるりと一回転し、

 バァアアアン!

「ぐへぇっ!」

 気がついたら背中を思いっきりグラウンドにうちつけていた。

「いってぇ…」

 あの巡査、刀だけじゃなく体術も相当仕込まれているのか。

 というか、土のグラウンドに背中をぶつけてバァン、って音がするって俺の背骨的にいろいろまずいだろ。

「何すんだよ…いきなり…」

 …あれ?

「……」

 体の上から、とてつもない殺気を感じる。

 なんだろう。目を閉じているから確信が持てないが…

 俺の身にとてつもない危険が迫っている気が…

(いや、でも、目を開けないと状況が…)

「…~~~っっ!」

 俺が目を開けようか開けまいか迷っていると、上からくぐもった悲鳴が聞こえる。

 頭の中の大議論の末、目をあけると……

 明美がいた。

 いや、それはいい。

 問題は、この状況だ。

「こ、このっ…破廉恥男…っ!」

 俺の目の前には、明美を下から見上げた景色が見えた。

 そう、つまり…

 明美は俺の顔をまたいで立っているのだった。

 そして、次に服装。当然制服。

 我が校の制服の下はスカートだ。

 つまり、この体勢だと明美さんのスカートの中が全部見えるわけであって。

「~~~~~死ねっ!」

「ぬぁっ!」

 怒りと羞恥で顔を真っ赤にした明美が俺の顔面めがけてかかと落としをしてきた。

 咄嗟に横に転がって、かかと落としの射程距離から離脱する。

「す、すまん! その…必要だったら土下座する!」

 なんでかは知らないが、とりあえず必死に誤っておく。

 明美が俺を投げたからこういう状況になったということを考える余裕は、今の俺にはなかった。

「あれだ! そう! 駅前のパフェ屋で何かおごるから! だから…その……」

 台詞の後半部分がしおれたのは、明美のオーラを感じ取ったからだ。

 何かが吹っ切れたようで、全身で殺気を放っていた。

「ふふふ…そうか。一度ならず二度までも…」

 怒りの域はとっくに超えたようで、聞くだけでぞっとするような笑い声さえ発している。

 今のお前R指定だから!

「死に急ぐか…それも一興…手加減をする手間が省ける…」

「え、えっとー、あの、明美さん?」

 必死になだめの言葉を探すが、何も見つからない。そして…

「望みどおり、殺してやる!」

「なああ! とうとう怒った!」

 明美は再び剣を抜刀し、先ほどと比べ物にならない狂戦士っぷりを発揮した。

 何が何だか分からないまま、必死に俺はグラウンドから逃げて、校舎になだれ込んだ。

 時折、この破廉恥男!、という叫び声を聞きながら。

 しかし、俺は今の情景をもはや冷静に分析していた。

 日本人の女性は大和撫子で有名で、おしとやかなのではないのか?

 明美の下着の色は…

 なぜか黒だった。









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最終更新:2010年12月28日 16:35