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第一章 続き


「どうしたの?礼人君?」

「いや…俺のことは触らないでほしい…」

 疲れた…

 入学式が終了して、先ほど始業式を行った。

 前まで新入生とその親族でいっぱいだった講堂は、今度は生徒と教論でいっぱいになった。4回目の始業式となるとさすがに飽きも生じ、校長の話をなるとクラスの2分の1が寝る程になった。俺はその間乱れまくっていた呼吸を落ち着かせることに気を使っていた。

 というか、みんなの視線が痛かった。

 事情を知らないうちの馬鹿どもは、「なぁ、あいつなんであんなゼエゼエになってんの?」「朝から何してたんだか」「エバちゃん、なんで礼人があんな疲れてるか知ってる?」「えっ…それは…わ、わからないよ」「おい、聞いたか。あのたどたどしさ。何か隠してるぜ」「人に知られたくないことで息が切れること…まさかっ!」「れ、礼人…き、貴様、エバちゃんに、ぐひゃぁっ」と勝手に盛り上がっていた。

 因みに、最後のは俺が顔面を殴った時の悲鳴。

 でも、やかましい輩一人殴っただけで体力をかなり消費する程疲れ切っていた俺は、黙って質問攻めにされるのを耐えるしかなかった。

 だって、いきなり襲われて、相手のパンツを見たから追いかけまわされたなんて言ったら、この馬鹿どもになんと言われるか…

「お前、女のパンツを見たっていう様な顔してるな」

 ぎくり。

「な、何言ってんだアドリフ。意味わかんねぇよ」

 隣の席に座っていたアドリフが詰め寄ってくる。

 ちなみに、今は教室――――新クラス『高2β組』にいる。

 エバもβ組だ。それも、隣の席。

 本人いわく、神様って本当にいるんだねっ、だそうだ。

 俺と一緒のクラスになることを願っていたのだろうか。

 そして、俺のもう片方の隣に君臨する生粋の馬鹿は、

「いや、サティ家の血がそう言っている。お前、今日女の子のパンツ見ただろ」

 どんな根拠だよ。本来誇りにするべき血筋の使い方が違ってるぞ。しかも、ピンポイントに当ててきやがる。

 本当のことな上に、明美がその理由を主張するから余計たちが悪い。

「金持ちは何を言い出すかと思えば…古い血筋にあてられたんじゃねぇの?」

 とりあえず、バレたら色々とまずいのではぐらかす。

「その減らず口は相変わらずだな。あまり調子に乗ると家が爆破されそうだ」

「まさか。火薬使用が許可されているのは親父だけだ」

「そうなのか?」

「そんなもんだ。世の中っつーのは」

 ちなみに、こんな物騒な会話はいつも通りだ。我ながら育った環境に絶望する。

 だが中学時代からの腐れ縁と話していると、午前中の大騒動が嘘のような完璧な日常に浸っている気分にんなるなぁ。

「でも、礼人君本当に大丈夫?」

「ん? ああ、平気だよ」

「本当? お昼の時も随分疲れてたみたいだけど…」

 ああ…持つべきものは幼馴染…優しい! そう! この世を制す物は、そう! 隣人愛! キリスト教最高!

「え? 何? 礼人っちなんかやらかしたの?」

 また俺のそばに新しい人間が寄ってきた。

「いや…まあ、その、なんだ?若干疲れただけだ」

「へぇ、ランニングでもしたわけ?」

「っつか、梅花もβ組か」

「そ。また一年よろしくぅ!」

 梅花はそういってこっちに笑顔を向けてくる。

 アドリフも梅花もいるのか…。このクラス、相当にぎやかになりそうだな。

 しばらく、二大ムードメーカーと話をしていると、袖をひっぱられる感覚にあった。

 振り向くと、エバが複雑な表情を浮かべていた。

 どうしたのかと口を開こうとすると、

「…ねえ、礼人君」

「ん? 何だ?」

「その人達は、礼人君の知り合い?」

 あ、そうか。さっきこの二人と話してたときに静かにしてたのは、アドリフや梅花に初めて会ったからか。

「あ、そっかそっか。じゃあ紹介するよ」

 そういって、今度はムードメーカーコンビに目を向ける。

「こいつはエバ・トゥリヴェント。俺の幼馴染だ。ロッスィの社長の娘さ」

「エバ…エバちゃん…」

 俺がエバのプロフィールをむちゃくちゃ端折って説明すると、アドリフが目を丸くしてエバの顔を見つめ始めた。

「あ、え、えっと…よろしくね」

 この馬鹿の気迫に相当押されているのか、しどろもどろになりながらエバがぎこちない笑顔を作る。

 そんなエバを品定めするかのように見た後、

「礼人、ちょっと耳を貸せ」

「ちょ、お、おい!」

 俺の腕を思いっきり引っ張って、教室の角まで引きずっていった。

 そして、俺の背中をどん、と壁に押し付けて、

 2mを超える図体に迫られるってぇのは親父以来だな、どうでもいいが。

「エバちゃんに、彼氏はいるのか?」

 文字通りずっこけた。

 ものすごく真剣そうな顔をしていたから何を言い出すかと思えば…

「お前ってやつは…」

「だから、いるのかって聞いてんだ」

 真面目に俺はこいつが馬鹿に見えてきた。いや、前からこいつが馬鹿だってことは知ってたが。

「いや…いないと思うが…」

 おずおずと答えると、雄と化したアドリフは俺を突っ放してエバのもとによっていった。

 ふっとばされた俺は、壁に腹をぶつけて情けないうめき声を上げる。

 だからそこはさっき負傷した以下略。

「え、えっと…」

 電光石火の速さでそばに寄られたのに驚いたのか、エバがたじろいている。

 そして、あの雄はエバが姫であるかのように、地面に片膝を立てしゃがんだ。

「私の名前はアドリフ・サティ。17世紀、ルイ14世の配下においてに数々の戦功をあげた史上最高の騎士、クリストフ・サティの末裔でございます」

「は、はぁ…」

 何だあいつ。いきなりモード変えやがって…

 周りの女子たちがドン引きしているのに気がついてやってんのか?

 こんなのがルイ14世の側近の末裔か…DNA鑑定を一度してもらうことを全力で推奨する。

「エバちゃんの様な儚げで可愛らしい女子に悪い虫がつかないか、私は不安でございます。何か男子の汚らわしい行為にさらされた時は、誇り高き騎士の血をひくサティ家の末裔、アドリフ・サティにご相談を」

「あ…はい…分かりました…」

 おい、男子の汚らわしい行為=今のお前、だよ馬鹿。

 状況が全く飲みこめていないエバは、ことの流れに身を任せるかのように無理やりにうなずいた。

 エバに向かって頭を垂れているあの雄の顔がにやけていたことには、あいつは気がつかなかっただろう。

 そのとき、

「エバちゃん、チョーーー可愛い!」

 梅花がエバに思い切り抱きついた。

「うわ、あ、ちょ…」

「なに、このおっとりキャラ! 私完全にツボッたわ! そう! この世を制するのは、そう! 可愛さ!」

 一瞬でも、梅花と似たようなことを考えていたことにかなり反省。

「ああ…せっかくエバちゃんにいいところを見せるチャンスだったのに…でも、美少女二人が抱き合ってる…」


 結果、梅花にエバを横取りにされた形になったアドリフは、目を細くして、よだれを垂らしながら二人の様子を見ていた。

 純粋に気持ち悪い。

 周りの女子の目も俺と同じ答え出したようだ。

「うにゅう…」

 エバは思いっきり抱きつかれているせいか、息ができていない。

「おい梅花、抱きつくのはいいがエバが息してないぞ」

 厳密に言うと抱きつくのもやめてほしいが。

 そういう体勢をとると一人喜ぶやつがいるんだよ。お前達のすぐそばでしゃがんでる男が。

 見かねたので、そんなことを思いつつ助け船を出すと、

「え? あ、ああ! ご、ごめーん!」

 エバの顔から色がなくなって来たのを見た梅花は、予備動作なしに飛びあがってエバから離れた。

 今どうやって飛んだし。人間業じゃなかったぞ。

「私は煉梅花。一応、中国商業組合会長の娘っていう肩書き。おしゃれが大好きでたまらない、見ての通りのムードメーカーだよ!」

 今度はちゃんと笑顔を作って、手を差し出しながら言った。

「ああ…うん、よろしく」

 エバは、梅花の差し出した手をおずおずと握り返した。

 アドリフはともかく、梅花がなにかエバにするといえば、抱きつくとか胸を揉むとかしか考えられない。その点では、俺は安心できた。

 まあ、その行為が既にアウトなのかもしれないが。

 アドリフよりはましだろ。

「ほら、お前ら席につけ」

 教室に担任が入ってきたので、一度各々は席に戻る。

「あー…早速だが、今日このクラスに転入してきた奴の紹介をする」

 転入、という言葉を聞いてクラスが喧騒の輪に囲まれた。

 各国のエリートが通う帝王高校に転入するには、転入する前のカリキュラムをたたきこむほどの価値がある人間だけに収まり、それに伴いこの学校に転入入学できる人間は全世界を探しても10人程度しかいないといわれている。

 そんな超スーパースターが登場したことがすごいのも確かだが、こともあろうがそのスーパースターが我がクラスに入るとなれば、クラスが騒然となるのも無理はない。

 現に、俺だって驚きを隠せない。

「あー、うるさいうるさい。確かにこの高校に転入してくる奴は珍しいが、お前らが黙らなきゃ紹介ができん」

 担任がいかにもだるそうにクラスの連中を黙らせる。

「さて、入れ」

 クラスがある程度静まったところで、担任がそいつに教室内に入るように促した。

 そして、そのスーパースターが俺の視界に入った瞬間に…

 俺は椅子から転げ落ちた。

 ドガシャアン!

「ちょ、礼人君!?」

 ものすごく驚いた様子のエバが、俺の体を起してくれる。

「いきなり椅子から落ちるなんて、どうしたの!?」

「…いや…椅子で木馬みたいなことしてたらバランス崩した」

 ……ちなみに、この言い訳は全部嘘。言い訳下手だな俺…。

 本当は、椅子から転げ落ちるほどびっくりするほど価値がある事態が目の前で起きたから。

 その「ある事態」とは、

「あの破廉恥男…後でこらしめてくれる…」

『そんな超スーパースター=黒髪のロングで、黒い瞳のつり気味の目をしていて、薄い唇で、均整のとれた顔立ちをしている日本人=駒萩明美』という三段論法が成立したことに他ならない。

 担任の目配せで、淡々と自己紹介をし始めた。
「駒萩明美、日本総理大臣駒萩草太郎の孫であり、東京都中心域警察特別部署特一級事件捜査部署所属の巡査である。以後、このクラスで世話になる」

 あ、そーかー、にほんのそーりだいじんって駒萩ってなまえだったねー。

 と目の前の異常事態を漫然と受け取るしかない俺を含め、辺りに沈黙が流れる。

 そして、その沈黙を破ったのは先ほどエバに騎士の誓いをしたアドリフだった。

「明美さあん!」

 どんな術を使ったのか、一秒前まで俺の隣にいたその雄は、一瞬にして明美の隣でひざまずいていた。

「な…何だ貴様は…」

 ここにきて、初めて明美が戸惑う姿を見た。

 しかし、アドリフはそんな明美の様子にお構いなく手を取り、

「私の名前はアドリフ・サティ。十七世紀、ルイ一四世の配下においてに数々の戦功をあげた史上最高の騎士、クリストフ・サティの末裔でございます」

 おい、さっきエバに言ったのと一字一句変わらねぇじゃねぇか。テンプレート化してんぞ。

「私たちは、雇い主には絶対の忠誠を誓います。どうか、私達を臣下においていただけないでしょうか」

 いかにも恰好がついたと奴は自負しているだろうが、言っていることは傭兵とかわらない。

 そして、アドリフのそれが導火線に火をつけたのか、他の馬鹿男子どもが祭りの様に騒ぎ始めた。

「明美ちゃん!そんな古くせえやつじゃなくて、俺を!」「俺のお嬢様になってくれ!」「いや、俺が一番明美ちゃんを幸せにできる!」「お前ら、俺が一番最初だ! 引っこんでろ!」「腐れ騎士こそ引っこんでやがれ!」「てめぇはα組だろ! これはβ組の問題だ!」

 などと言い争いをしまくっている。朝から元気な馬鹿どもだ。

 っつか、なんで他のクラスの奴いんだよ。まだホームルーム終わってないだろ。

「あー、うるさい。黙ってろ。じゃあ…」

 しかも、あわや喧嘩になりそうだった男子らを得意のボクシング技で黙らせた後、担任俺の後ろの空席を指さして…

「明美の席はあそこだ」

 といったものだから、俺は短時間で二回椅子から落ちなければならなかった。

 このエピソードは、長い間アドリフによって語り継がれることになった。



「もう駄目だ…」

 今日の学校が終わり、寮のベットに倒れこんだ。


 今日だけで、一月分の運動はしてしまっただろう。

 理由は、学校にいた時中といっていいだろう。

 まず、明美は俺の後ろに座った途端、器用にも椅子の底と腰かけの間の隙間から本気の蹴りを俺の脇腹めがけてはなった。すでにホームルームで前までに三回もそこを殴打していた俺は、その一撃でリスニングの授業にもかかわらず盛大な悲鳴を上げ、そののち教論にこってりしぼられた。

 そして、何故かそのことがいつのまにかクラス中に広がり、先ほど明美に群がっていた連中が休み時間になると。「おい、明美ちゃんとどういう関係だ?」「彼氏とか言ったら殺す」的なことを喚きながら俺のことを追いかけまわしやがった。

 俺は、その集団から必死に逃げなければならないというはめになり、結果、ここまでへとへとになるということになった。

 いつもなら、ホット紅茶をすすりつつ外の景色を楽しむのが日課だったが、今日はそんな余裕が残っていなかった。

 ベッドに顔面から倒れこむ。枕がぼふっという音とともに空気を吐き出した。

(疲れた…)

 階段とかを登ったり降りたりを繰り返したせいで、足がパンパンに張ってしまった。

 普通に痛い。

 もう、こんなことは勘弁願いたい。

(もとはと言えば、明美が転校したからなんだよな…)

 明美は、今日転校してきた。

 その前には、初めて出会った俺に向かって思いっきり刀を振り上げてきた。

 確か、明美は「ジョヴァンニを壊滅させる」とか言ってた気がするな。

 転校するほどなのだから、本気なのだろうな。

 ちょっと親父に相談しないとまずいな…

 などと考えていると、

 ピンポーン

「あー…」

 空気を読まない奴だ。

 正直、出る気がしない。

 どうせ男子どもが追い打ちをかけてきたのだろう。

「…居留守を使おう…」

 そう決めて寝がえりをうった。

 ピンポーン

 またなった。

「大事な用なのかね…」

 もう一度寝がえりをうつ。

 ドガシャーーン

 うるさいなぁ…

 と、もう一度寝がえりを…

 …

 ……

「はぁ!?」

 遅れて、異常事態に気がついた。

 ものすごい爆音が玄関で鳴り響いたおかげで、俺はベッドから跳ね起きなければならなくなった。

 え? 今の何?

 普通の玄関じゃあ絶対に起こり得ない音したよな?

 爆発でも起きたわけ?

 国連がバックにあるこの学校でテロとか、国際問題だぞ。

「な、何事!?」

 慌てて寝室のドアを開けて外、主に玄関の様子を確認しようとする。

 だが…

 開けた瞬間、体が固まった。

 昔、アドリフが熱弁していたことがあった。

 曰く…

『人間はあまりにも刺激なことが起きると、ショックで思考回路がとまるんだよ』

 その時は、まさかぁ、と思っていた。

 アドリフ、すまん。

 お前の言うとおりだ。

 呆然としたまましばらくその場で動きを止め、

 俺は一つ小きくうなずいた。

 そして、

 スーーッ、バタン。

「何も見ていない、何も見ていない、俺は何も見ていない!」

 ドアを静かに閉めて俺はそう唱えた。

 なるで何もなかったかのようにふるまいつつ、またベッドにもぐりこんだ。

 ははっ、あり得ないじゃないか。

 だって、こんな平和主義者のいる部屋の玄関のドアが、盛大に吹っ飛ばされてあり得ない形に歪んでいるなんて誰が信じられるのだろうか。

 いくらきれた男子でも、あそこまではしない。

 というか、あんなことができるほどのパワーを持っている奴なんてこの学校にはいない。

 要するに、この学校にあんな芸ができるやつがいないのだ。

 それに、ふっとばされたドアを受け止めたのであろう廊下の鏡は木っ端みじんに砕け、破片が床のありとあらゆるところに散らばっていた。

 あの鏡、2万ドルするんだぜ?

 そんな物がこんな超現実的な現象で壊されるわけがないって。


 そこまで一気に考えて、一つ大きくため息をついた。

「…寝よう」

 気がつくと、そんな言葉をボソリと呟いていた。

 そうだ。俺は今日男子に追いかけまわされまくったから、幻覚が見えるほどに疲れたんだろう。

 そういう日は早く寝るに限る…

 そうして俺がベッドにあおむけになるようぐるりと回転した。

 しかし、超現実的現象はそれだけでは終わらなかった。

 バキイィィン!

 またもやものすごい破壊音。今度はものすごい近くで発生した。

 それだけならまだいい。まだ現実逃避を続けられた。

 だが、自体は完全に悪化していた。

 完全にその音に無反応だった俺の目の前を、

 ヒュンッ!

 ものすごいスピードでなにかが吹っ飛んで行った。

 慌ててそれが飛んで行った先を見る。

 そして、俺は目が飛び出るぐらいに驚いた。

 吹っ飛んで行った何かは、長方形の板だった。

 ちょうど人が立った時に手の位置にあたりそうな所に銀色のノブが付いている。

 つまり――――ドアだった。この部屋の。

 その光景が何を意味するかを意味するかが頭の中で結び付いた瞬間に…

 俺はベッドからガバッと起き上がった。

 もはや現実逃避とかそういうことを言っている場合ではない。具合によっては死んでしまうかもしれない。

 胸ポケットの拳銃を取り出し、慣れた手つきで相手に銃口を突き付けた。

 そして、

「てめぇ! 俺が誰だとわかってやっているのか! 俺は暴力団ジョヴァンニの若…頭の…」

 名乗りの後半のほうがしぼんでいったのは、脳が拒み続けていたこの状況が理解できたからである。

 俺の部屋をたった1分でぐしゃぐしゃにしたその怪物は、

 カツ、カツ、カツ

 と、品のいい足音を鳴らして部屋に入って来た。

 そして、そこにいたかなりのつり目で美しいロングの髪をした完璧美少女の日本人がが誰だかも把握して…

「ああ、よーくわかっている。女の下着を意地でも見たがる破廉恥男、ラニエロ・チェッリだ」

 俺は窓から逃げることを試みた。

 しかし当然、

「逃げれると思うなよ」

 服の裾を刀の先でひっかけられて阻止される。

「う、お、おい、や、やめろって!」

「ほう、先ほどの威勢をもう一度見せる気すら失せたか」

 声が怖いです、明美さん!

「どうした、完全に怯えきって…」

 振り向くと、悪魔としか思えないような微笑がそこにあった。

「完全に殺す気だろ!」

 刀にひっかけられて空中に浮いた状態で、手足をばたつかせて脱出を図る。

「なるほど…鼠をとらえた猫はこういう気持ちになるのか…実に愉快だ」

 いや、もはや蛇とカエルです。

 俺、もうすぐで被食者にされそうなんですから。

「とりあえず下ろせ! 話は聞くから!」

「逃げるだろう、貴様は」

「お前から逃げられると思うほどうぬぼれてねぇよ! とりあえず下ろしてくれ!」

「ふむ…いいだろう」

 俺はホッと一息ついた。

 さっきから宙につるされている状態なので、引っかかっている下腹部が悲鳴を上げたくなるほど痛かった。

 だが、それで解放されると思った俺が馬鹿だった。

「ただし、まだ貴様に信頼がおけん。こうさせてもらおう」

 明美は俺の服を引っかけた刀を力いっぱい引っ張った。

 自然俺は刀が引っ張られた方向に吹っ飛んでいく。

 向かっていく先は、さっきまで俺が寝ていたベッドだった。

 ぎしぃぃいっ!

 思いっきりベッドに投げられ、ベッドが大きな音を立ててきしんだ。

 当然ベッドだから投げられても背中が痛くないが、解放してくれると言ったのに投げられたことに少し怒りを覚えた。

「ちょ、いくらんでも投げだすことはないだろ――――」

 俺は明美にそう反抗して、

 絶句した。

 理由なんて、簡単すぎて説明もいらないほどだ。

 投げ出されて大の字になって倒れた俺の上に、明美は覆いかぶさって来たのだ。

 手首はがっちり明美の手によって握られ、俺の脚に明美の足が複雑にからんできている。

 俺は全く身動きが取れない状態になった。

 それだけでもやばいのに、明美の顔が俺の顔の目の前にあった。

 視界には明美の顔しか映らない。

 体重は全部俺に預けた状態だ。俺の上に寝っ転がっているといっても過言ではない。

 大きすぎず、かといって小さ過ぎでもない、意外と大きめの大きさの胸が俺の胸に抑えつけられている。

 明美の端正な顔を眺めると、

 ドクン

 心臓が大きく高鳴った。

 これだけ密着しているのだ。今の胸の高鳴りは確実に明美に知られてしまっただろう。

 実際、明美はニヤリと笑った。

 「ちょ…何をする気だ!」

 「こうすれば、何をしても逃げられないだろう?」

 「くっそ…本気を出せばこれくらい…」

 明美が俺の顔から自分の顔を遠ざけ、肩にのっけた。

 何をするかと思えば、明美は肩から俺を上目遣いで見つめ、

 「私は、乱暴に扱う男が嫌いだ…」

 囁くようにつぶやいた。

 (反則だろ!)

 驚異的な可愛さに、思わず生唾を飲み込んでしまう。

 明美の罠だとわかっているのにもかかわらず。

 そして、明美は罠にかかった獲物を見るような目つきになって顔を元の位置に戻した。

「やはり破廉恥男は破廉恥なのだな」

 あんたが全部仕掛けたんだろ!

 と大声で叫び高くなったのを懸命にこらえた。

 明美の背中に下げられている刀を見たからだ。

 もし反抗すれば、あれで斬られるかもわからない。

 大人しくすることにした。

 それよりも…

「なんでこんなことするんだよ」

 そうだ、わざわざ玄関を破壊してまで俺を取り押さえる理由が分からない。

 もしかして、今日の朝の復讐か?

「別に今日の朝の件について復讐しに来たわけではない。ただ、借りは返してもらおうと思ってな」

 違うのか。ならなんで来たんだよ。

「私は、どうしても貴様を信用することができない。今朝の様な破廉恥な行動を他の女子にするかもわからん」

「ちょ!? しねぇよ!?」

「前科があると聞いたぞ?」

「誰から!?」

「サティからだ」

 …あの馬鹿野郎。少しぼこぼこにする必要があるな。

「私は警官だ。そういうことを看過することはできない。貴様が私の命令を拒否しづらくするようにこういう状況も作らせてもらった」

 色気作戦とか手段がきたないだろ。

「汚いとは失礼な。立派な交渉手段の一つだ。第一、それに惑わされえている貴様の破廉恥さに問題があるのではないか?」

「ぐっ…」

 そりゃお前がそんなきれいな顔してるんだから、そんな女にここまで密着されたら動揺するだろ!

 とは死んでも言えない。

「さて、貴様に命じよう」

 そういうと、明美は俺の耳元に口を寄せてきた。

 明美の吐息が耳にかかる。

 こいつ…なんてこと覚えてやがる…

 明美の美しい黒髪が顔に覆いかぶさった。

 桃の甘い香りがする…

 ドクン

 一際心臓が大きく跳ね上がった。

 明美の外見とのギャップで驚いたのだろうか。自分でもわからない。

 っつか、これは明美は意識してやってんのか?

 …意識してやってんだろうなぁ。

 さっき自分で色気作戦認めてたし。

「許可なく人物を殺傷することは日本国の法律で固く禁じられている。残念ながら貴様を殺して、破廉恥な行動を未然に防ぐことはできない。代わりに…」

 明美は、次の言葉を唇と耳が触れ合うほどの距離でささやいた。

 そして、その言葉が俺の日常をぐしゃりとつぶした。



「貴様の行動を監視する。速やかに私の部屋を用意しろ」



 …

 ……

「は?」

 声が裏返ったのにも気がつかなかった。

「もともとこの部屋は二人部屋だったのだろう? だったら人一人いられるスペースを確保するのにそこまでてこずることはないだろう」

 何を言っているのか、始めはよくわからなった。

 私の部屋を用意しろ?どこに?ここに?

 俺の行動を監視する?どうやって?どうして?

 そして、ようやくその2つが何を意味するのかがわかった。

「だ、駄目に決まってんだろーが!」

 明美の押さえつけていた手と足を振りほどき、壁際に後ずさった。

 部屋を用意して、監視するって…

「お前、俺と一緒に住む気かよ!」

「何か異論があるのか?」

「大ありだよ!」

「理由を言ってみろ」

 明美はあくまでサバサバしている。

 こいつ…正気かよ…

「校則で寮は男女別って決まってんだろ!」

 そうだ。エバがこの部屋に住むことを提案したときだって学校側が駄目だといったから、明美だって駄目なはずだ。

 なんて考えていた俺が甘かった。

「転入してきた生徒への待遇は知っているか?」

「なんだよ。それ」

「転入してきた生徒というのは例外なく優秀な生徒が多い。だから、転入生には重要度A以外の校則は適用されないのだ」

「なぁ!?」

 そんな…初耳だぞ!?

「知らないという顔をしているな。転入生にはそれだけ信頼がおかれているということだ。残念だったな」

 明美の長い髪が鼻をくすぐった。

「で、聞くのが無駄だと思うが寮についての校則は?」

「重要度Bだ」

「…ですよねー」

 体が一気に重くなったような衝動に駆られた。

「では、私は荷物をこの部屋に運んでくるので部屋の用意を頼んだ」

 そういって明美はドアの無くなった寝室をでていった。

 でていく間際、

「そうだ、私はどれだけ凄いことなのか分からないが、今朝のニュースのヴェルディ幹部四人を逮捕したのは私だ。逃げられるとは思わない方がいい」

 といった時の顔は、さっきの微笑に勝るにも劣らない完璧な笑顔だった。

「……」

 俺はベッドの上で呆然とせざるを得なかった。

 こうして、暴力団の次期ボスという名目の男と、後に世界最強の巡査と言われた女という対極の二人が同居することになったのだ。



 …

 そーっとドアの無くなった玄関から部屋をのぞく。

 きょろきょろとあたりを見渡す…

「玄関先にターゲットの姿はなし…」

 ドアの無くなった玄関をすり抜け、服と服の擦れあう音が出ないよう、全神経を集中させてうつぶせに寝る。

 そしてまるでスパイが潜入しているかのように、ゆっくりだが確実に廊下を匍匐前進で進む。

 服と絨毯がこすれる音にさえ気を配る。

 玄関から廊下になる角を曲がり、バスルームのドアの前を通り…

 そして、リビングに近くなったところで、

 ジャキン

 懐から取り出した銃に弾を装填する。

 そのまま廊下を進み、リビングのドアの手前で一度止まる。

 緊張で荒くなって息を静かな深呼吸で整え、自分の装備を再確認する。

 左手にはイスラエルの刃物会社「Leace」の暗殺用短刃式ナイフ、右手にはイランKD社のC001型9mm弾。弾はフルに装填した。

 完璧だ。

 うつぶせに倒れている状態から僅かに腰を上げる。

 慎重にリビングの引き戸に手をかけ…

 ガラガラガラッ

「斬るなよ! 斬るなよ! 斬ったらこれを…」

 盛大な音を立てて引き戸を開け、前転しながらリビングに入り、そのまま銃口をソファの上に向けて、思考が止まった。

「あれ?」

 そこには、ターゲット(というか、捕食者)である明美の姿が無かった。

 てっきりリビングにいたのだと思っていたから間が抜ける。

 だが、若干期待していた。

(あいつ帰ったか? 帰ってるかな? 帰っていろ!)

 だが、

 シャーーーー

「なんだ。シャワーか」

 風呂場から水の流れる音がしたのは神のいたずらだろうか。

 ここから去っていったことを期待していた俺はがっかりして、拳銃をまた懐にしまう。そして、リビングのソファに座り、先ほどコンビニで買ってきた映画雑誌を読む。

 なんで俺がこんな007ごっこをしていたかって?

 明美が荷物を取りに行った後、俺は自分の身を守るためいやいやバスルームの向かいの部屋から自分の荷物を撤去していた。

 昔、俺がめちゃくちゃハマってた、車やらどこぞの機動戦士のプラモデルとか道端で拾ってきた不可解なエンジンとかがそこらじゅうに転がっていた部屋だったから、掃除するのに一苦労だった。

 ただ、他の部屋はまた別の目的で開けられなかったので(危険物が大量に散らばっていて、下手に触るとまずいことになる部屋とかがたくさんあるのだ)、そこしか開けられなかったのだから仕方がない。

 もちろん部屋は隅もピカピカになるまでに掃除した。

 たった十分で部屋における二人の上下関係が逆転したことについては何かコメントした方がいいんだろうか。

 いや、やめよう。一日中泣いていられる自信がある。

 そんな風に必死に片づけをしていたというのに荷物を持って帰って来たとたん、あの捕食者は「準備をするからどっかに行け」というもんだがら、ここは俺の家だぞふざけんなと思いながら、でも反論してまた追いかけられるのが嫌だったのでおとなしくこの家を出て行った。

 我ながら情けねぇ…

 そのあと、近くのコンビニに立ち寄ってマンガを立ち読みして時間をつぶし、毎週買っている映画の情報誌を買ってから戻って、今に至る。

 見つかった時の莫大なリスクを背負ってまでちらっと部屋をのぞかせていただいたが、まだ荷物を持ってきただけでどうやらセッティングまではしていないようだった。

 それにしてもあいつ荷物多かったな。

 これから住みつくと言っているといっても、ボストンバッグが5個以上って相当な量だぜ。

 ……

 何が入っているのかなあ? 気になるなぁ…

 後で聞いてみよう。

 いや、でも変なものだったら聞いた瞬間にぼこぼこにされそう…

 なんてことを頭の隅で考えつつ、映画雑誌のページをめくっていく。

 今年の十月に公開されるハリウッドの新作映画の特集に目を通したところで、喉が渇いたので台所に行った。

 俺は、昔から紅茶という飲み物に異常なまでの好意を寄せている。

 というのも、マフィアのボスでもあるあの無愛想な親父がはじめて俺に作ってくれたものがアップルティーだった。

 ちょうどその時の俺は物心がつく年頃だったみたいで、それがすごく印象的だったのだろう。その時の記憶はうっすらとしか残ってはいないが、それ以来喉が渇けば紅茶というのが俺の中のルールになるような生活を送って来た。

 ただ、紅茶をよく飲むからあまり夜は寝ない、というわけでもなくて毎日しっかり寝ている。

 カテキンに対する自分の体の免疫が高いのだろうか。よくわからん。

 そして、その異常なまでの紅茶コンプレックスの具合は台所にもはっきり表れている。

 普通、貴族の家にしかないようなものすごく高性能且つ美麗な紅茶淹れがいくつも台所には並び、茶葉だってジョヴァンニの幹部が「若頭の為っすから!」といって産地直送の最高級の茶葉を送ってくれる。

 こういうのを権力の濫用っていうんだよな。

 別に俺が頼んでるわけじゃないんだけど。

 味にもいろいろと種類があり、定番なアップルティー、ピーチティーからある地域でしか飲まれないような紅茶まで、ざっと五十種類が用意されている。

 因みに俺が一番好きなのは、アップルティーに少しハーブティーを淹れて香りをつけたブレンドの物だ。

 台所でボーっとそのブレンドの紅茶(俺はそれをエクセレントブレンドと呼んでいる)が湯に出るのを待っていると、

「ん?」

 ふとあるものに目がとまった。

 洗面所の上の棚にシャンプーが放置されていた。

 パッケージに大きく桃の絵が描かれている。当然俺の物ではなく、そうなると必然的に持ち主が分かり…

「はぁ…」

 一つだけその場でため息をついた。

「面倒だなあ」

 俺はそのシャンプーを手に取ってみる。

 パッケージに大きく桃の絵が描いてあるということは、このシャンプーで洗えば髪に桃の香りがつくのだろうか。

 それなりにガサツな男人生を歩んでいた俺はこういうことには疎い。

 だが、その入れ物から僅かばかり香りがするのでなんとなく予想がついた。

 ふいにさっきのごたごたを回想する。

 あの時、ベッドに俺を引っ張り倒したときにちょうど髪から香ったにおいと同じだなとふと思った。

 その瞬間恥ずかしさが一気に込み上がってきてしまい…

(何を考えているんだ俺は…)

 誰も見ていないというのに目を手で覆った。

 もともと整った顔だなと思ってはいたが、いざあそこまでの距離にあの顔が近づいてきたとなると…

 いかんいかん。自分でも顔が赤くなってきたのがわかるぞ。

 首を左右に振り、天井を見上げてため息をついた。

「所詮、俺も男か…」

 こんなことで少なからず動揺した自分に幻滅した。

 一応若頭やってるから、他の暴力団から美女が来て結構俺に仕組んで来てたたんだけど…。

 比べ物にならなかったな。

 あのまま夢中にされて殺されるとかいうシチュだったら、絶対終わってたな。

「まあ、監視程度ならいいか…」

 それよりも、シャンプーがここにあるのは入浴中の明美にとっては困ることなのは容易に予想がつく。

 ただ、確か明美は入浴中だったはずだから、脱衣所から声をかけて置いていけばいいか

 と思い、シャンプーを持って脱衣所へ向かった。

 幸い、脱衣所のドアは元気に残っていた。

 ガチャ

「おーい、お前のシャンプーがあったから置いとくぞー」

 脱衣所に入り、明美を呼ぶ。

 ザ――――ッ

 風呂場からはシャワーが出ている音が響く。

「明美ー!」

 もう一度声をかける。

 ザ――――ッ

「聞こえてないのか?」

 風呂場からは規則正しいシャワーの音が響くのみだ。

 明美からの返事がない。何かあったのか。聞こえてないだけなのか。

 しっかりしている明美に限ってそんなことはないだろうと不安になっていると、

『♪~』

 シャワーの音からかすかに鼻歌が聞こえた。

 ホッと一息つく。

 どうやら、俺の声が聞こえなかっただけの様だ。

 もしぶっ倒れてたらどうしようかと思ったぜ…

「やれやれ…」

 武者口調で話す生真面目な明美、ベッドで詰め寄った時のやけに女っぽい明美、風呂場で鼻歌を歌う無邪気な明美。

 あんたは一体どれだけの顔を持ってんだ。

 とはいえ、鼻歌を歌うほどご機嫌なバスタイムを邪魔するのも気が引ける。

 ここにシャンプーは置いておくか。

 いずれ使う時に気付くだろ。

 と予測して、洗面台の横のスペースにボトルを置いた。

「さて、紅茶でも淹れっか」

 と、脱衣所から出ようとしたところで…

 なにかが足に引っ掛かった。

 なんか布の感触がある。

 足の指と指の間に挟まったようだ。

(なんだ?)

 下を見てみると、俺の脚の指には黒い布地の物が絡まっていた。

 それを手に取って、広げてみる。

 何やら紐みたいなものがついていて、それぞれの紐は二つの三角の布につながっている。

 暫く、これは何だろうとあれこれ、考え…

「っ!」

 硬直した。

 これ、あいつのブラじゃねぇか…

 急いで洗濯かごに目をやると、そこには女物の制服がきれいに畳んで置いてあった。


 そこには、同じく黒の下につける方もある。

 どうやら、こいつを入れるのを忘れてしまったらしい。

(ちょ…どうすんだよ、これ)

 今日から同居する女の下着を手にとって、完全にパニクってしまった。

 すぐさま脳内会議だ。

『いや、まあ落ちつけよ俺。ちょっと気を使って洗濯かごに入れちまえば、何もなかったことになるぜ。明美だってそんなくだらないことで詮索しねぇよ。』

 と俺1。

『いや、わからん。明美は俺達を破廉恥男を呼んでいる。もしかしたら、これは罠かもしれないぞ。』

 と俺2。

『じゃどうするんだよ?』

 と俺1。

『でも、ここは洗濯かごに入れておいて、気が利く紳士ってところを…』

 と俺3。

「まずいな、シャンプーをどこに置いただろうか」

 と明美。

 …

 ……

 明美?

「へ?」

「あ…」

 明美が脱衣所に入って来た。

 どうやら、ようやくシャンプーを持っていき忘れたことを思い出したようだ。

 そして、俺は脱衣所で明美の下着を持っている。

「き…貴様…」

 それを見てガクガクと体を震わせるのも無理はないよな。

「いや、これは違…」

 本当は、俺の脚にブラが引っ掛かってそれを洗濯かごに入れようとしたのだ。

 でも、今この状況でそれを言って、どれだけの説得力を持たせられうかなぁ。

「ぁ……」

 かくいう俺も、途中で言葉を失った。

 明美は風呂場から出てきた。

 それは、明美が何も身にまとっていない状態で出てきたのを意味し…

 一つ一つの水滴が、全てをさらした明美の白く透き通るような肌を艶めかしく流れ落ちるのをじっと見ていた。

 見てはいけないと思うことも許されなかった。

 ただ、その妖艶な姿から目が離せなく…

「ヤ…」

 明美が下を向いてぽつりと何かをつぶやいた。

「ヤ?」

「ヤァ――――ッ!」

 金縛りから解放された明美が、右手で胸を隠し、左手で俺の頬を本気で殴って来た。

 俺は、されるがままに頬を殴られ、床にぶっ倒れた。

 脳震盪で意識が消える前にふと思った。

 あれ、Dはあるだろ。









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最終更新:2010年12月28日 16:36