暮れる樹 (by レフィ)

樹の香(にお)いがする……。

「暮れる樹」

外は雪。
まるで金平糖みたいな雪、といつきは思う。

季節:冬
時:終戦末期

息絶えた荒野の中で、不思議な林を視つけた。
いや、林というよりはその広さから視るに小さな公園ともいうべきか。
雪の中でなおも葉を広げる樹々に囲まれて、その小屋がある。
男は其処へバイクを向けた。

処:或る林
人物:いつき(精霊) 男(軍人)

「暖炉の炎か。あぁ、あったかくていいな」
「冬だから、あったかく思うのは当たり前」
「それもそうか。そうだ、ホットミルクはあるかな。とても懐かしい味がするんだ」
「ううん。飴ならあるけど、いる?」

しとしと、雪が降っている。
空に浮くさまは幻のように儚く映り、土に舞い落ちるさまは羽をなくした妖精のよう。
小屋の窓辺からは、そんな風景が視えている。
……そろそろ、夕暮れだ。樹々の緑が日の赤にうつろいはじめた。



最高でも原稿用紙十枚以内に終える予定。
完全に無計画なんだぜ。 行き当たりばったり万歳! foo!!



(飴玉談義 Ⅱ)

「雪が、降るね」

いつきは、灰色と橙色が入り混じった空を見上げながら云った。
白い雪は飽きずに落ちてくる。

「あぁ、それはね。私の祖母が云ってたが、もくもくとした雲の傘には雪がたくさん積もっていて、そしてその傘が雪の重さを受け止められないから、こうして雪が降るんだってさ」
「へぇ。おじさんはいまの人なのに、非科学的なのね」
「そうかな。夢を視るのは誰だって好きさ」

小屋の外でその二人は話していた。
男は樹に寄りかかり、ぐたり、と坐っている。
肩には小さな葉っぱと雪。身に着けている軍服はぼろぼろで、曰く砂と埃にやられてしまったそうな。

「うん、眠るのは私も好き。夢も必ず視てる」
どことなく外れたことを云いつつ、少女は雪の降り積もる土の上をてくてく歩く。
着ているのは薄手のスリップドレスのみだが、特に寒そうな素振りをいつきは見せていない。

「でも、起きてる方がもっと好き」

いつきの髪はショート、色は白銀と緑が混じりあっており、両(ふた)つの瞳は黒く透き通っている。


■ ■ ■


(いつき)飴が好きな、友達がいるの。
(男)……。
(いつき)聴いてる?

(男)(ぴくん、と男は動く)ん、ああ。何かな。
(いつき)眠りそうよ、おじさん。眠っちゃだめ。私の話くらいは聴いてね。人と話すの、楽しいから。しばらくしたら会えなくなるから。いい?

(男)分ったよ。えっと、飴が好きな友達がいるって?
(いつき)うん。甘くておいしいから好きなんだって。丸くて透明なのもいい、って云ってた。私は、ころころってお口の中で転がしてると溶けていっちゃうのがちょっとさみしいと思うけど。
(男)はは。ずっと口の中にあったら困るよ。他の美味しいご飯が食べられなくなる。

(いつき)でもね、その子の飴は溶けないの。


■ ■ ■


小さく風が吹く。
夕闇の雰囲気を孕んだその風は、冷たくも暖かく肌に触れる。

「飴をね。飴が溶けないからってずっと舐めてるんだけど、たぶん途中で飽きちゃうんだろうね。そのうちにね、口から飴をびゅん、って飛ばすの。ぼん、って音がして飴玉が火を纏って飛んでいく。おじさん達が使ってるブレットみたいに」

いつきは立ち並ぶ樹を視ている。
……ブレットとは、銃弾のことであろう。

「面白いな。もしかすると、その子も精霊なのか?」
「うん。とても仲良し」

うなずいて、いつきは笑った。



飴玉はウォンカ印。



(小屋)

「世界をね、回って来たんだ」
ぱちぱち……。
小屋の中、木の爆ぜる音を聴きながら男は呟いた。
暖炉の炎があたたかい。

「外のバイクで?」
いつきは、窓から外を指差した。
視ると、すっかり錆びついたバイクが雪に倣って土に横たわっている。
空から降る雪は熄まない。ほろほろと降って林を覆う。

「うん。永い旅行だったな」
「そう。飴玉、いる?」

少女は唐突に切り出した。
そして手のひらをぱっと開き、果たしてそこには飴玉がある。

「ん。ありがとう。また、口に入れてくれるかい?」
「うん。いいよ」

色褪せたベッドの端に腰掛けている男に向かって、いつきはそっと屈み、
「はい」
その小さな飴玉を男の口に入れてやる。
男はぎこちなく、ゆっくりと口を開いて、
「ありがとう。……あぁ、甘い」
眼を閉じたまま、顔をほう、とほころばせた。

「味、分かるの? 眼だってもう視えないのに」
「分からない。でも、甘いということは分かるよ」

外は雪。雪に混じって、はらりと葉っぱが落ちてきた。


(飴玉談義 Ⅰ)

(いつき)私、すこしびっくりした。

(男)私に?
(いつき)そう。満身創痍なのに、どうやって此処までバイクを運転してきたんだろうって。
(男)云われてみればなんでだろう。特に意志があったわけではないんだが。体だって思うとおりに動かないしね。ほら。(男の右腕がわずかに震える)はは、やっぱり上がらない。

(いつき)でも口は動くんだ。
(男)うん。飴がおいしいからね。あぁ、もしかしたら私はこの飴を食べるために此処まで来たのかも知れないな。そうだな、(小さくうなずいて)それは素敵な考えだ。

(いつき)へぇ。じゃあ、飴が溶けないようにしてね。無くならない間は、おじさんは生きてると思う。
(男)なるほど。なら、できるだけ時間をかけて食べるよ。


(暮れる樹 Ⅰ)

雪の降る林の小径(こみち)。
いつきは、男の軍服の裾をつかみそのまま、ずずず、と引きずって歩いている。
男は横たわったままである。
小屋から離れてしばらく歩くと、チョコレート・バーみたいなたくさんの墓標が視えてきた。


(飴玉談義 Ⅰ)

「……うん。それがいい。ゆっくり食べてね」

スリップドレスを纏い、黒く澄んだ瞳で私をみつめるこの少女は、白い一輪草のようにも視える。
もし眼が視えていたのなら、そんなことを考えていただろう。

「そろそろ、外に行こう。連れていって上げる」

そう云うと少女は私の服の襟をつかみ、そのままずるずると引きずって私を小屋の外へ連れ出した。

「うん。ありがとう」

すこし暖炉の炎が名残惜しかったが、
(とても暖かかったし、まぁいいか)
そんなことを私は思った。口の中には飴がある。
味覚はもうないが、ころころとしていて甘いということは簡単に幻想できた。
こんなに甘い飴なら、きっと娘も喜ぶんじゃないだろうか。毎日だって食べていそうだ。

懐かしい記憶を思い出して、私は夢見るようにまどろんだ。
さて――、娘の名はなんだったか。



チョコレート・バーという単語にピンときたあなたは俺のマブダチ。



(暮れる樹 Ⅱ)

「死ぬんだな、私は」

男はそう呟いた。

「戦のせいね。飴玉、いる?」

いつきは云った。
スリップドレスのポケットから、袋に入った飴玉を取り出す。

「飴って、今も食べてるけど? あれ、くれなかったっけ」
「それはただの雪。飴じゃない」

雪の中、いつきと男は話していた。
男は樹にゆったりと寄りかかっており、いつきはというと何やら穴を掘っていた。
積もる雪を分け土を分け、スコップも使わずにせっせとその手だけで掘っている。

「なんだ、勘違いだったか。昔食べた雪は甘かったし、そのせいかな」
「金平糖みたいに?」
「うん。子供の頃の話だけどね」


空は赤い夕暮れ模様。
白い雪たちは儚く降り続く。周りの林は凝(じっ)、としずかに佇んでいる。


■ ■ ■


(男)…… 、…………。
(いつき)起きてる?
(男)…ん、(ぴくりとも体は動かさず)起きてる。すこし疲れただけさ。
(いつき)ふうん。まだ、起きててね。
(男)って云われてもな。油断すると眠ってしまいそうだ。夢を視るのは駄目かい?
(いつき)(小さく首を振って)駄目。はい、飴あげる。ちゃんと口開けて。
(男)まだ中に入ってるよ。あ、もちろん雪じゃなくてね。
(いつき)いいから。私がここ掘る間、おじさんは退屈だと思う。だから飴を食べたらいい。はい、食べて。
(男)はは、まったく。仕方がない、じゃあ食べよう。
(いつき)うん。上出来。おじさんはいい人。じゃ、すこし待っててね。


(数刻後……)


――いつきは穴を掘り終えたようである。

冷たい雪を掻き分けて、いつきは穴を掘った。
風はないため樹の鳴らす音もなく、樹は雪の中でじっとしている。
寒さに身を震わせているかのようである。
出来上がったその墓を、いつきは両(ふた)つの瞳で視ていた。



雪はしょうゆぶっかけてトロを乗せて食べるもの。
いや、サーモンでも美味しいかも。ネタでいうならサーモンの方が好きだぜ。



(いつき)飴、まだ残ってる?
(おじさん)あるよ。

(いつき)そう。美味しいよね、それ。甘くて。ころころしてる。じわり、って口の中に甘い蜜が広がっていい気分になる。視てても綺麗。透明で光ってるから。お日様を浴びるともっと綺麗になる。
(おじさん)形もいいな、丸いから。星みたいだ。もしくは月かな。
(いつき)原子とかも丸いね。他には時計とか。
(おじさん)時計は丸だけじゃなくて四角とかいろいろあるけどね。うん、でも時計っていうのもいいかもしれない。時間だってちゃんと刻んでいるし。

(いつき)時間?
(おじさん)飴が溶けて無くなるまでの時間かな。大きさにもよるけど、大体同じくらいじゃないか? ……まぁ、噛み砕いたりする時もあるけどね。
(いつき)噛み砕くのはあんまりよくない。ゆっくり味わうのがいい。甘くて美味しいから。
(つい、と雪の降る空を仰ぐ。はたはたと髪に雪が落ちる。いつきの眉はすこし下がる。それから髪の房をふっと指で撫でて、男の方を向いた)
でも、おじさんはしたことなさそう。……なんとなくだけど。

(おじさん)うーん、(樹にぐたりと寄り掛かり坐ったまま)飴自体そんなに食べたことは無いからな。よく憶えてないよ。ん、でも多分無いんじゃないかな。なんとなくだけどね。
(いつき)ふうん。ちゃんと味わったんだね、おじさん。

(おじさん)そりゃあ、美味しいからね。いつまでだって食べていたいからゆっくり時間をかけるのさ。たまに、あんまりに舐め過ぎて飽きてしまうこともあったけどね。あぁ、そういえばこんな風に沢山ほおばったことはなかったな。うん、未知なる経験だ。……そうだ。いいことを思いついた。

(いつき)――何?
(おじさん)ためしに噛み砕いてみようかな。まだやったことがないから。

(いつき)面白くない冗談ね。駄目。面白くない。
(おじさん)うん、冗談だよ。
(いつき)なら云わないで。

(おじさん)まぁまぁ。そもそも噛み砕く力なんてないしね。舌を動かすのがやっとだ。喉だって冷たいし、こんなんじゃ誰かと話すこともできないな。
(いつき)私なら大丈夫。おじさんの心と話してるから。
(おじさん)はは、さすが精霊さんだ。
(いつき)驚かないんだ。

(おじさん)夢を視るのは好きだからね。多分、これは夢なんだろう。夢の中で起きる事ならなんだって驚かないよ。うん、この飴だって夢みたいに美味しい。
(いつき)よかった。美味しいなら。それは、特別な飴玉だから。おじさんのためだけに作ってた飴玉なの。口に合わなかったらどうしようって思った。

(おじさん) ――――― 。

(いつき)まだあるよ、あとひとつだけ。いる? いらない、って云っても私は口に入れるけど。はい、どうぞ。
(男)(肩に雪が降り積もっている。一寸も男は動かない)
(いつき)……眠っちゃったんだ。おやすみ。飴玉、いる?


小さな林の中で、たくさんの墓標をいつきは視ていた。
中にはすっかり褪せてしまっている墓標もある。
先の小屋の傍らにはくたびれた軍服やバイク、ピストルや帽子、果ては古びた写真や可愛らしいぬいぐるみなど色々なものが溢れている。

「生きてたんだ、みんな」

雪は、林や墓標を包み込むかのように天(そら)から変わらず降っている。
雪の白い色が、夕暮れの赤から夜の闇に染まり始めた。そろそろ夜のとばりが降りてくる……。
雪は暮れる。墓も暮れる。樹(いつき)は暮れる。

(閉)



いつきの元ネタはこちら
7daysの世界観で何か書いてみたい! ということで始めたお話でした。
後は↓の曲に触発されて。飴玉といえばやっぱりこれ。
ちなみに文字数は4809文字でした。原稿用紙十枚分こえてるけど気にしない。

♪Ending 飴玉の唄 (BUMP OF CHICKEN)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9995049



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最終更新:2011年03月13日 15:24