赤紅緋朱赫

imageプラグインエラー : ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (titleこんなに月が紅いから)



暗闇。
無。虚。何も、無い。
其処には、何も無い。
俺の意識の他は、何も。
死。死。死。其処に在るのは、ただ、無。
死にたく無い。
まだ生きていたい。
やりたい事はいくらでもあるし、やらないといけないことも沢山ある。
俺にだって夢くらいあるし、俺にだって目標くらいある。
まだ親孝行だってしていない。
嫌だ。
生きたい。
どんな結果になったとしても。
こんなところで死にたくは無い。
生きていたい。
――生きて、いたい。

或る日、次の日、亦昨日

目が覚める。
目に映るのは、くすんだ黄色の布。正確に言えば、簡易テントの天井だ。
寝袋から這い出し、朝食を取る為にテントから出る。
「ん、起きたか、郷流」
「おはようございます、紅桜さん」
今俺は、この紅桜という女性と旅をしている。
突然意識を失ったらしい俺が気づくと、この女性に介抱されていた。
そして目覚めたのは、知らない場所。
訊くと、ここは俺が暮らしているのとは別のセカイ(分かりやすく言えば平行世界、らしい)であり、俺は何らかのアクシデントにより別世界に飛ばされてしまったらしい。
そんな非現実的な、と言いたいところであるが、事実俺は全く見覚えのない場所に倒れていたわけで、少なくとも俺の家の近くにこんな場所は無い。
そして、紅桜さんの格好。これもまた、俺の住んでいる町、というより国としてあり得ない。
髪型は長めの黒い髪を後ろで軽く結っており、服装は真紅と漆黒の二色で彩られた和服に似た服。肩の辺りには、桜の文様が浮かんでいる。それはいい。目立ちこそせよ、問題は無い。
問題は――腰に差した、白鞘入りの刀。こんなものを持ち歩いていたら捕まるだろうし、こんなに堂々と持っていたら誤魔化す事も出来ない。
そういう所からも、ここが自分のいた世界とは違うことがわかる。
ところで、それはそれとして、学校の方は大丈夫だろうか。とりあえず、今まで欠席は殆ど無かったし、比較的緩い学校なので少し位はなんとかなるだろうけども。
「ほれ、焼けたぞ。食え」
そんな事を考えていると、紅桜さんが焚き火で炙った干物を差し出してくる。魚の焼けた良い香りがし、非常に旨そうだ。
「あ、いただきます――はむっ」
受け取り、一口齧ると、干物の旨味が口一杯に広がる。味付けは薄めだが、それが上手く魚本来の味を引き出している。
「どうだ?俺特製の干物だ」
紅桜さんは、ふふん、とでも言いたげな顔をしている。
「美味しいです。今まで食べた事のある干物の中で、多分、一番」
自信たっぷりな顔をするだけあり、かなり美味い。
「そうだろうそうだろう。なにせ、俺秘伝のレシピだからな」
俺の答えに満足したのか、とても得意げな顔になっている。
――因みに。紅桜さんは『俺』という一人称を好んで使う。
「さて、食い終わったら片付けて出発するぞ。今から歩けば、昼頃には街に着く筈だ」
そう言って、紅桜さんはテントへと入っていった。恐らく、出発する準備をする為だろう。
紅桜さんと旅をしている。その理由は、俺が元居たセカイへ帰るためである。
紅桜さんは、様々なセカイを行き来できる能力があるらしい。その能力で、元のセカイに連れて行ってもらう、という訳だ。
しかし、紅桜さんは俺が元々居たセカイを知らないし、そもそも『近いセカイ』にしか飛べないのとの事で、ここからすぐに帰れる保証も無い。
よって、紅桜さんの旅に同行し、俺の居たセカイに辿り着いたときに帰る、という事になった。
当ても無く旅をしても、一向に俺の居たセカイに辿り着かないかもしれない、とも考えた。
しかしどうやら、別のセカイに飛んでしまったものは元のセカイへと戻ろうとする性質があるとかで、
『いつかは辿り着く』らしい。その『いつか』が、いつになるかは、分からないのだが。
――まあ、つまり。これでも結構深刻な状況だったりする。当分家に帰れないことは確実だし、旅の途中で危険な目に遭う可能性もあるし。
しかしながら持ち前の楽観性により、さして危機感を感じていない。良いのか悪いのかはさておき。
「……ふう。御馳走様」
そんな事を考えている間に、干物を食べ終わった。若干物足りないが、旅をしているわけで、贅沢を言える状況じゃない。それに、街に着けば食事の出来る店くらい在るだろう。
「ん、食い終わったか。じゃ、出発するぞ……っと、ほれ」
「あ、どうも――――って、え?」
いつの間にかテントやらを片付けた紅桜さんに、俺の分の荷物を手渡された、が。
「あの、これ……刀?」
荷物を入れたバックと共に渡されたのは、若干小さめの刀。
「ああ、それか、お前用の刀だ」
「へ?」
俺の刀、だって?
「待って下さい、俺は、そんな――」
そんな物は要らないし、戦うつもりなんてない、と、言おうとした。が、俺の言葉を遮る様に、紅桜さんが話し始めた。
「……お前んとこのセカイは平和だったんだろうが、ここではそうは行かねぇ。そりゃ、俺だって出来る限りお前を助けてやろうとは思うが、最後に自分の身を護るのは自分だからな。武器の一つくらい持ってろ」
「――――――――――」
――――ああ、そうか。そうなんだな。
俺は、あまりにも、楽観し過ぎていた。
ここは、文字通り、自分の知る世界とは違う。だから、俺にとっての日常が、非日常で。ここでは非日常が日常的に起こっている。
――――それくらい、考えれば分かった筈だ。俺は、この非日常を今迄の日常と混同していた。
今までの日常は非日常と化し、この非日常が日常と化す。何の変哲も無い高校生である筈の俺が、戦う必要が出て来るような非日常が。
「そりゃ、まあ、要らないってなら無理に持ってろとは言わんが」
紅桜さんは、そう言う。
確かに、俺としては、こんな物騒な物は持っていたくないし、自分の身を護る為といえ、戦ったりしたくなんてない。
しかし、あの時、俺は、誓った筈だ。闘う、と。
――――いつ、誰に誓ったかは、もう思い出せない。
「……いや、分かりました。確かに、自分の身位、自分で護る、それが当たり前です」
覚悟は決めた。いや、とっくに、決まっていた筈なのだ。
「…………くく、く」
その言葉を聞いた紅桜さんは、一瞬きょとん、とした顔をした後に、今度は顔を押えて笑い始めた。
「…………何か、おかしいですか?」
「く、く……否、何、あまりにも、吹っ切れた顔をしていてな、つい笑っちまった。お前ほど早く、しかも完全に適応した奴は初めてだな」
そんなに、笑われるような顔をしていただろうか――――ん?
「お前ほど早く適応した奴は初めて、って、それは、どういう――」
その言い方は、つまり、俺より前にも似た状況にある人がいた、という事で――
「……ああ、そうだ。実の所、ここ最近お前みたいな奴が多くてな」
少し迷ったような顔をした後、紅桜さんは言った。
「今迄に、俺が拾ったのは、十数人……お前みたいに元のセカイに帰る為に俺と一緒に旅を続けた奴も居れば、適当なそこそこ平穏な街なんかに留まる事にした奴も居るが」
「その、一緒に旅をした人達は、どうなったんです?」
大方、予想は出来る。
「……運がいい奴は、帰れた。が、殆どは、死んだよ」
そして、ほぼ想像通りの答え。
「お前だって、元のセカイに帰る前に、死んじまうかも知れん。それでも、帰りたいか?」
帰りたいか、だって?
そんなもの、訊くまでも無く、分かっているだろうに。
「勿論、帰ります、元の、セカイに」
あの日常に、帰る為に。
ただ、それだけが、俺の望み。
「……覚悟は、決まったみたいだな。じゃあ、出発するぞ」
そして、俺達は、その場を後にした。
――そこからは、森の中を、ひたすら、歩く。
今まで歩いたことも無いような距離を、歩く。
そうして、暫く経った後。
森の中、ふと、視界が開けた。
「……こいつは、村か?」
それは、村のように見えた。
――否、村だったように見えた。
其処には、動くものの気配は無く。
ただ、物言わぬ屍達が、散乱していた。
「……白骨化してる分、まだ、なんとか――マシだ」
マシ、というのは、主に俺の精神に対してである。もっと生々しい死体だったら、恐らくは朝食べた干物を残らずリバースしていただろう。
「俺は、こんなもんくらい、見慣れちまってるがな。と、折角だし、何か使えそうなもんが無いか探してみるか」
紅桜さんは死体を気にする風も無く、村へと入っていく。
「おい、お前も手伝えよ。掘出物があるかもしれないぜ」
「いや、俺は、ちょっと」
流石に死体が散乱している場所に足を踏み入れるような勇気は俺に備わっていない。覚悟を決めたとはいえ、あくまで中身は普通の高校生に過ぎないわけで。
「なんだよ、情けねえな。ま、いいけどよ、少しずつ慣れれば」
「慣れれば、って、慣れる事前提なんですか」
俺の突っ込みを気にした風も無く、紅桜さんは家だったと思しき瓦礫の山へと歩いていった。
そして俺は、紅桜さんが宝探しを終える――もとい、飽きるまで、只管見守るしかない。
それにしても、この村で何が起こったのだろうか。見たところ、かなり長い間放置されているようだが――――
「……そうか、この村も、か」
「はい?」
紅桜さんが、何か、意味深な風に呟いた。
「いや、何でもない。それと、特に役に立ちそうな物は無かった。待たせて悪かった、出発するぞ」
結局、何の収穫も無かったらしく、ただ、時間が経っただけだったが。
しかし、これが、此度の噺の始まりとも言える。
「吸血鬼、か――――」
紅桜さんが何か言ったが、風でよく聞えなかった。




初期の構想と大分変わりすぎだよ!



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最終更新:2012年07月09日 22:20
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