妖かしめいた玩具箱
がちゃり、玄関の戸がひらく。誰かが、入ってくる。
「相変わらず無用心だな、焔は。鍵くらい掛けておけよ」
――そう思うなら、おまえがかけろ。
「それはおかしいって。君の家だろ、ここは」
――ぼくの家じゃない。ここは、アパートだ。
「そういう事を言ってるんじゃないよ、おれは」
――とにかく。鍵なんていらない。
「……まあ、焔がそう思うなら、いいけど」
――ところで、おまえ、随分とずぶぬれだな。
「ああ、急に雨が降りだしてさ。天気予報をちゃんと見ておくべきだった」
――てっきり、川にでも落ちたのかと思った。
「いや、そこまでおっちょこちょいじゃないぞ、おれは」
――どうだかな。
「むー。……というか、雨の音が聞こえるし、想像くらいつくだろう、普通」
――ぼくは、ふつうじゃないから。
「そんな事、無いと思うけどな」
――勝手に、思ってろ。
「冷たいなぁ。それこそ、今外で降っている雨みたいだ」
――雨なんかといっしょにするな。ぼくは、雨はきらいだ。
「へえ。なんでだい?」
――べつに、理由なんてない。
「そう。おれは、好きだけどな。なんというか、心が洗われる気がして」
――なんだ。おまえは、だから雨に打たれながら来たのか?
「いや、そう云う意味じゃなくてさ。気持ちの問題だよ、気持ちの」
――そういう、もんなのか?
「ああ、そういうもんさ」
――わからないな。
「分からなくてもいいんだよ。感じ方なんて、人それぞれなんだから」
――ぼくは、なにも感じない。
「そんな事無いさ。ついさっき、雨を嫌いって言ったばかりじゃないか」
――それは、それ。
「……おれは、焔の事の方がわからないよ」
――わからなくて、いい。
「ありゃ、嫌われたかな」
――さいしょから、きらいだ。
「こりゃ参った。どうやら、本当に嫌われたらしい」
――ああ、きらいだよ。きらいだから、とっとと用事をすませて、帰ってくれ。
「わかったよ。まず、一つ。毎度の事だけど、たまには学校に来なよ」
――いいだろ、べつに。うちの学校は、試験さえよければ、ちゃんと単位が出る。
「そうだけどさ。正式に登校義務が免除されてるわけじゃないんだし、進路にかかわるだろ」
――なんども聞いた。
「興味ない、か。全く。確かに焔みたいな珍しいスキルの持ち主なら、何とでもなるんだろうけど
ね」
――こんなの、なんの役にもたたないだろ。
「役に立つかどうかも重要だけど、珍しいスキル持ちってのは、それだけで高待遇なんだよ、今の
世界は」
――じゃあ、おまえはこのままだと低待遇なわけだな。
「……結構気にしてるんだけど、この歳でまだスキルが使えないこと」
――やっかいなスキルをもつよりは、いいんじゃないか。
「そうかもしれないけどさ。それでも、気になるんだよ」
――で、つぎ。
「ああはい、おれの身の上にも興味ない、と。悪かったね」
――ああ、おまえはわるかった。だから、つぎ。
「はいはい……お待ちかねの比平木ニュースの時間だ」
――前置きは、いらない。
「文句があるなら、新聞をとるか、ラジオでも買いなよ。テレビでもいいけど」
――おまえはたまに、そういうのには載らないこともしってる。
「まあ、うわさ話の範疇だけどね。じゃ、まず最初のニュース。隣町の三丁目の角で車両同士の交
通事故」
――原因は?
「ただの不注意だよ。車が二台オシャカになって、運転手は両方軽傷。ほかに怪我人は無し」
――なんだ、つまらない。
「楽しい事故なんてあってたまるもんか。……次。銀行強盗が、銀行員にスキルで返り討ちにあう
」
――終わった事件なんて、どうでもいい。
「ああ、そう。じゃあ、最後の事件」
――なんだ、平和なんだな、最近は。
「確かに、事件数自体は減ったけど、ぜんぜん、平和なんかじゃないよ。……最後の事件は、君の
好きな、うわさ話からの情報だ」
珍しく、比平木の顔が真面目だ。なるほど、どうやら。
「……通り魔殺人事件の大量発生。詳しくは分からないけど、何十人、或いは何百人と殺されてい
るらしい」
それは、たしかに、平和じゃない。
ガラクタボックス・ファンタズマ
スキルと呼ばれる特殊技能が一般的になってどの位経つだろうか。
その影響はとてつもなく、一気に世界の勢力バランスを塗り替えてしまった程だ。
はるか昔には、スキルを持つものが極少数だったこともあり、その存在を信じる者も極少数だった
が、今では十八歳までにスキルに覚醒する確率がほぼ100%であり、視力とか、聴力とか、そうい
う物と同じくらいにあって当然の物と化している。
スキルと一口に言っても、共通点と言えるのは、本来人体に無い機能である、という事くらいであ
る。
触れること無く物を動かす、思い浮かべた場所に瞬時に移動するといったポピュラーなものから、
特定の物質を生み出す能力、何かを操る能力、自身を変化させる能力等、実に多種多様である。
基本的に、能力は一人に一つで、後から変化することもなく、スキルが無くなったりする事も滅多
にない。
この、スキルというものは、人の暮らしを劇的に進化させる事になった。
例えば、自分以外も転送する事ができる能力を持つ者は、誰かを一瞬で何処かに送り届けたり、大
量の荷物を一瞬で遠くに送り届けたりすることが出来る。
他には、金属を生み出すことが出来る者は、その力によって資源不足を解消したり、今までに無い
特徴を持つ素材を生み出したりと。
例を挙げれば限が無い。それほど、スキルは人の暮らしに貢献した。
しかし、勿論、良いことばかりではない。当然の如く、スキルを犯罪に使おうとする者も居る。
だが、その数は年々減っている。
そういった者達に対抗するために組織された、戦闘に特化したスキルを使用できる者で構成された
特殊部隊が存在するのだ。
その戦闘能力は国によって様々だが、優秀なスキルを持つ物が多いこの国では、並の国ならば数時
間で攻め落とせるとさえ言われている。
そんな超集団により、仮にスキルを使える犯罪者が居たとして、一瞬で取り押さえられるか、最悪
殺されるだろう。
そして、犯罪を犯したものは、例外なくスキルを抑制剤によって封印される。
スキルを消滅させることは基本的に不可能だが、近年開発された抑制剤は、しばらくの間スキルを
使用不可能にさせる。
勿論、定期的な投与が必要だが、スキルを封印された者に逃げ延びる手段がそうそう存在するわけ
もない。
これにより、スキルによる犯罪は劇的に減った。
――しかし。あくまでも、減った、というだけで。
スキルを用いた犯罪は、今でも、幾つも存在する。
そしてそれらは、大概はテレビでの報道も無く、新聞に載る事も無い。
なぜなら、それらの犯罪は、特殊部隊でもどうしようも無いほどのスキルを持った者か、そういっ
た者の仲間が起こしている。
そして、特殊部隊でも対抗できない者が居ることが知れれば、犯罪が増える。そういう考えらしい
。
結果として、治安が良いのは表面上だけで、実際は、日々何人もがスキルにより犠牲になっている
と言っていい。
――そして、それを知ったとき、ぼくは、どうも、許せなかった。
それから、だ。ぼくが、夜な夜な、地下街を徘徊するようになったのは。
地下街。そこは、犯罪者のたまり場である。
元は、土地不足を解消するために建設が進められていたのだが、様々な問題が発生したらしく、計
画は中止された。
しかし、それに目をつけた者達――殆どが、ならず者――開発を進めていき、今では独自の文化を
形成している。
勿論、極一部の者しか存在を知らず、仮に存在を知ったとして、そう簡単に入り口を見つけられる
ものではない。
結果、都市伝説と化しており、その実在を疑うものも多いが、ぼくは、その入口を、偶然見つけた
。
そこに住む者のほとんどは、スキルを封印された者で、治安は確かに悪いが、スキルを用いた犯罪
が行われることは滅多にない。
しかし、先程説明したような、強力なスキルを持った犯罪者も、そこを根城にしている場合が多い
のだ。
勿論、国は地下街への強制捜査を行おうとしたことが何度もある。
しかし、一人でも対処できないほどのレベルのスキルの持ち主が、何人も居るのだ。当然、失敗す
る。
単独潜入をしたところで、集団で敵わない相手に、単独で敵うわけもない。
それ故、放置されている。そんな、場所。
そこまで詳しい理由は、謎の情報網を持つ、ぼくの友人を自称する、比平木の所為だったりする。
ぼくは、ただ、とんでもない犯罪を為出かしておいて、悠々と生活しているそいつらが許せなかっ
た。
そして、奴らは、放っておけば、また、何かを為出かす。それが、許せなかった。
今思えば、あの時のぼくは、どうかしていた。
当時は、ぼくは、まだスキルを使えなかった。それに、使えるようになったとして、そいつらに対
抗出来るようなスキルなんてそうそう無い。
しかし、今のぼくは、とあるスキルを使えるようになっている。
それは、珍しく。そして、くだらない。そんな、スキル。
◆◆◆
からん、ころん。扉をひらくとともに、ぶらさげられた鈴が音を出す。
「やあ、いらっしゃい――おや、久しぶりだね、焔くん」
――久しぶりと言っても、最後に来てから、ひと月くらいしか経ってませんよ。
「ひと月くらい、じゃない。ひと月も、だ。一時期、毎日の様に来てたじゃないか」
――それはそれ、です。
「そうかい。それで、ご注文は?」
――コーヒーと、ガトーショコラ。
「いつもの、だね。ちょっと待ってね」
マスターがカウンターの奥の厨房へと入る。しばらくして、手にコーヒーとケーキを持って戻って
きた。
「お待たせ致しました。コーヒーとガトーショコラになります」
――ありがとう。いただきます。
カップを手に取り、一口、こくりと、コーヒーを口に含む。瞬間、深みのある、心地いい苦味が広
がる。
二口、三口と飲んだ後、一旦カップを置き、ガトーショコラの皿に添えられたフォークを手に取る
。
三角形のケーキの先端をフォークで切り落として突き刺し、口に運ぶ。ほろ苦い。
「しかし、飽きないのかい?何時も同じ物ばかり」
――ここのコーヒーとガトーショコラは、すごくおいしいから。
「はは、嬉しいね。そんな事を言ってくれるのは、君だけだよ」
――そもそも、ぼく以外の客が居るのを、見たことがない。
「そうだね。確かに君以外の客が来る事は、滅多にない」
――宣伝でも、すればいい。
「生憎、経営するだけで精一杯でね。そういうのに回すお金が無い」
――そのくらい、ぼくが出してあげるよ。
「いや、いい。そんな事までしてもらう義理は無いし、宣伝しても、場所が場所だしね」
――地下街なんかじゃなく、地上の街中に店を出せばよかったのに。
「確かにそうかもしれない。でも、こんなんでも、ここが気に入ってるんだ」
――変わってる。
「そうかもしれないね。でも、ここに店を出してよかったと思える事が、少なくとも一つある」
――へえ。何?
「勿論、君が常連として店に来てくれることだよ」
――そりゃ、どうも。
「礼を言うのはこっちの方さ。こんな店に、何度も来てくれて」
――そりゃ、コーヒーとケーキはおいしいし、このへんの事にも、くわしいし。
「まあ、喫茶店なんてやってると、いろんな話が入ってくるからね」
――客が来ないのに?
「客が来ないのに。色々あるんだよ、喫茶店には」
――ふしぎだ。
「ああ、不思議さ。で、ここに来たってことは、また、何か知りたいんだろう?」
――うん、知りたいことがある。
「今回はなんだい?私が知っている事なら、大抵の事は教えるよ」
――連続通り魔殺人事件って、しってる?
「ああ、あれか。となると、犯人の事についてかい?」
――うん。何か、しってる?
「確証はないけど、そんな事をやらかしそうな奴で、ここ最近上に行った奴は、私の知る限り、一
人しか居ない」
――そいつの居場所、おしえてほしい。
「会いに行くつもりかい?」
――もちろん。
「やめといた方がいいぞ。あいつは、かなり危険だ」
――今までだって、そういう奴には会ってきた。
「あいつをそこら辺の奴と一緒にしない方がいい。剥奪者どころか、スキル持ちにすら恐れられて
いる奴だ」
――いいから、おしえて。
「聞く耳無し、かい。仕方ない。忠告はしたから、何があっても君の責任だよ」
――わかってる。
「それじゃあ、教えるよ――」
◆◆◆
地下街は、文字通りにアンダーグラウンドと化している。
道端には大量の屋台があり、その殆どは盗品や非合法品を売る店、簡単にいえば、闇市。
日用雑貨品に食料等の生活必需品は勿論、怪しげな薬物やら、或いは武器やら。
その様子は実に賑やかであり、売り物こそ問題のあるものだが、その雰囲気はなんとなく好きだ。
いつの間にか、ぼくはこの地下街の事を気に入っていた。
勿論、雰囲気だけではなく、あの喫茶店とマスターの影響も大きいのだが。
この地下街には、屋台ではないちゃんとした店というものは少ない。
特に、喫茶店なんてものは彼処以外には存在しない。というか、食事を出す店すらマトモに存在し
ないのだ。
あの店に最初に入ったのは、地下へ入り始めてから数日経った頃だったか。
本当は、情報収集の出来そうな酒場を探していたのだが、そもそもぼくは未成年であって、そうい
った場所に、それも一人で行くのはどうなのか、と考えるほどの常識はぼくにもある。
それに、ただでさえ治安が悪いのに、酒場となると更に危険であろう。
と、そんな事を考えている時に、偶然見つけたのがあの喫茶店。
地下街にあるというのに、かなり建物の状態が良く、外装も綺麗で、そのまま地上にあっても違和
感が無いような店。
その雰囲気に惹かれ、なんとなく店に入り、そこで頼んだのが、コーヒーとガトーショコラ。
そもそも、コーヒーやチョコレート系の菓子は好きだったのだが、あの店程美味しいのは初めてだ
。
その味にすっかり虜となり、何度か店に通った後、何の気なしにマスターにこの辺の事を訪ねてみ
ると、恐ろしく詳しかったのだ。
以来、コーヒーとケーキと情報の為に、よく足を運んでいる。
――うん、今度は、他の物も頼んでみようかな。きっと他のも、とっても美味しいんだと思う。
◆◆◆
マスターから教えてもらった場所に辿り着くと、そこにはビルがあった。
かなりの高さだが、ボロボロであり、今にも崩れそう。
地震が起きれば、まず耐えれそうにない。
尤も、そう云う類の物を操るスキルによって、地震は起きないことになっているのだが。
まあ何にせよ、大きな衝撃があれば崩れそうなことにはかわりない。
「おい、お前。ここに何の用だ」
と、見張り。
手には、恐らくはそこら辺の闇市で手に入れたであろう剣。
それなりに体格はいいが――まあ、こいつは剥奪者だな。
「用が無いならば、今すぐ立ち去れ」
――用なら、ありますよ。
とてもシンプルで、尚且つ重要な用事が。
「なんだ、言ってみろ。要件次第では通してやる」
莫迦だな、こいつは。少しは、怪しめ。
――あんたの、ボス。
そんな莫迦を、雇った奴を。
「うちのボスが、どうした」
それは、一瞬。
「ぶっ飛ばしに来た」
見張りの脇腹を、左手で勢い良く殴りつける。
がす、という鈍い音がして、そいつは何処かへ吹っ飛んだ。
「弱いな、全く」
剥奪者とはいえ、流石に鈍すぎる。
剥奪者や、戦闘向きのスキルを持っていない者でも、それなりに出来る奴が居たりするのだが――
階段の方に、足元に転がっていたコンクリート片を投げる。
「おい、なんだ今の音は――へぶっ」
――とまあ、こんな風に、ここの奴らは突然飛んでくる石一つ避けられないような無能らしい。
仮にこいつらに戦闘向きのスキルが有ったとして、間違いなく見張りには向いていないだろう。
とりあえず、顔面に直撃を喰らってのびている見張りを蹴飛ばして退かしつつ、階段を上る。
偉い奴は高いところに居る、というのは最早お約束だ。まあ、地下街なので地上から見ればどっち
にしろ低いのだが。
こんな奴らを見張りに使っている様じゃ、大したことが無い奴にも思えるが――しかし、あのマス
ターの言う事はいつも正しいのだ。
スキル持ちにすら恐れられるという、能力者。一体どんな奴なのか、とは思わない。どんな奴でも
、そんなことは、関係ない。
そいつがどんな奴だろうと、ぶっ飛ばすだけだ。
◆◆◆
最上階には、誰も居なかった。
予想が外れたか、或いは留守か。とまで思い、ビルには、最上階より上の階が有ることを思い出し
た。
――屋上。
そして、予想のとおり、そこに、そいつはいた。
「なんだよ。侵入者って聞いて楽しみに待ってみれば、唯の餓鬼かよ」
なんというか、一言でそいつを言い表すなら、不良がそのまま大人になった様。
まあ、ぼくも、不良には違いないのだが。
「しかし彼奴等も、こんな餓鬼に負けるようじゃあ――流石に弱すぎたか?ある程度弱い方が、そ
れなりの奴が俺のとこまでたどり着くから、楽しいんだが」
成程、見張りが弱いことには一応理由があるらしい。
それにしても、些か弱すぎると思うが。数だけは多かったが、進むのが面倒だということ以外に特
に被害は無かった。
まあ、そんな事には、興味がない。
「通り魔、事件」
「は?」
興味が有るのは、最初から一つだけ。
「地上でここ最近起こった通り魔事件、やったのはお前か?」
勿論、こいつがやったに違いないので、質問にさしたる意味は無いのだが。
それで、コイツは。
「あぁ――は、そんなモン、覚えてねぇや。殺しすぎて」
――こいつは、嗤いながらそんな事をほざいている。
「なんだ、お前の知り合いでも殺されたか?は、敵討ちにでも来たってか?」
ああ、決めた。
「それとも、あれか?今時珍しい警察機関の単独捜査かなんかか?まあ、お前みてぇな餓鬼が特殊
部隊なわけがないか」
こいつ――ぶっ飛ばす。
刹那、右足で思い切り床を蹴って跳び、蹴りをかませ――られなかった。
「っ――!?」
靄のような物に阻まれ、そいつに体が届かない。
「はっ、成程、餓鬼にしてはなかなかやるらしい。身体強化系のスキルか?まあ、関係ないけどな
っ!」
霞のようなものが爆ぜ、吹き飛ばされる――って、まずいな、ここはビルの屋上じゃなかったか。
落ちるぞ、これ。
――しかし、まあ、運良く吹き飛ばされたのが壁のある方向だったので、落ちずに済んだ。相変わ
らず、僕は悪運が強いらしい。
「は、運のイイヤツだ。だが、次はねぇさ。お前も、『こいつら』の一部にしてやる」
――霞。大量殺人。一部。ああ、そうか。
「――そうか、お前、死霊能力者か」
「ほ、こりゃびっくりだな。一応希少能力なんだが、な。まあ、流行りに準えて通り名で言うなら
、『死霊術鬼(ネクロマーダー)』って所だ」
死霊能力。死者の魂を操る力。
ゾンビやらを操る能力なんかも含まれるが、こいつの場合純粋な死霊を操る能力らしい。
「殺人も、それが理由か」
「――まあ、自分で殺した奴の魂が一番操りやすいしな。だが、そんなもんはさして関係ない」
そいつは、嗤っている。
何故、笑っている。
何故、笑える。
「『殺したいから殺した』、そんだけだ」
――何故そんな事言いながら、笑えるんだ、コイツは。
「――二つほど、教えることがある」
「は?なんだよ」
相変わらず、嗤っている。
――虫酸が走る。
「一つ、僕はただ個人的にお前みたいなのを許せないだけで、敵討ちでも、ましてや特殊部隊でも
ない」
「は、それは随分、酔狂な野郎だ。正義感がある、っていうべきか?へっ」
相変わらず、そいつはさも可笑しそうな笑い声をあげている。
――愚かだ。
それは、余裕から来る物。相手が自分より格下という、根拠のない自信から来る物。
「そして、二つ目――」
再び、跳びかかる。
勿論そいつは、死霊を使ったと思われし防壁で、防ごうとする。
――愚か、だ。
自分の能力を過信し、相手の能力を推し測ろうともしない。
「――は?」
そいつの顔から、余裕が消えた。
それは当然だ。なにせ、死霊の防壁が、僕の蹴りで消滅したのだ。
「――僕の能力は、『能力消去(アンチスキル)』、またの名を、『破戒者(ルールブレイカー)
』」
そう、能力消去。それが僕のスキル。
戦闘以外に使い道がさっぱり無い、くだらないスキルだ。
通り名は、どっかの自称僕の友人が考えたものだ。何処で使うのか、と思っていたが、案外と使い
所はあるもんだ。
「あ、アンチスキルって、お前、あんなの、都市伝説に、決まって――」
「しかし僕は現にお前のスキルによる効果を打ち消した。違うか?」
さっきの余裕に満ちた表情と笑いは何処へやら、すっかり顔が青ざめている。
「だ、だからなんだってんだよ、別に、それくらいなら――」
「――それと、だ」
刹那。
殴りかかる。
ソイツは、反応できなかった。
勿論、殺すつもりなんて無いので、落ちないようにふっ飛ばしたが。
「あ、がっ――」
「僕のアンチスキルは、唯のアンチスキルじゃない」
そう。
一般的な能力消去――能力消去自体恐ろしく珍しいスキルなのだが――それにはない能力が、僕に
は、ある。
「何、をっ――――――は?」
反撃に移ろうとしたであろう、ソイツ。
最初は吹き飛ばせたことから考えて、隙さえつけば攻撃できると思ったのだろう。
確かに、正しい。
僕の反応できる範囲を超えたり、或いは不意打ちだったりすれば、僕はスキルを打ち消す前に喰ら
ってしまうだろう。
――が。
「なん、で、なん、で――てめえ、何を、した……何を、何をしやがった!?」
そいつは、スキルを使うことをしなかった――否、出来なかった。
そう。
僕のスキルの、唯一点。
「――僕のスキルはね。能力そのものを、消せるんだよ」
その事実を告げると、ソイツの顔は、これ以上無い程絶望に満ち溢れた顔になり、そのまま倒れた
。
◆◆◆
がちゃり。玄関の戸がひらく。毎度のことなので、ほおっておく。
「……やっぱり掛けないんだね、鍵」
――必要ないからな。
「そうかい。まあ、いいけどね」
――で、なんの用だ。
「ああ、うん。この間教えた連続通り魔事件、ぱったりと止んだってさ」
――そうか。そりゃよかったな。
「しかし、焔に教えた事件は大体途端に止むんだけどさ。何なんだろうね?」
――ぐうぜんだろ。それとも、ぼくが犯人をどうにかしたとでも言うのか?
「いや、そうじゃないけどさ。そもそも、一般人一人でどうこうできる相手じゃないだろう」
――さあて、ね。
「なんだよ、何か知ってそうな言い振りだな」
――どうだか、な。で、それだけか?
「いや、今の話は、ついで。用事は別にあるんだ」
――なんだ、また、なにか事件でもあったか?
「いや、そうじゃなくて、その――これ」
比平木が渡してきたのは――紙袋?
――なんのつもりだ。
「プレゼント、みたいなもんかな」
――めずらしい。
「否定はしないけど。まあ、開けてみてよ」
紙袋を開けてみる。中身は――服?
「ほら、焔っていつも同じ服じゃないか。たまには、そういうのも着たらどうかって」
――こういうのは、趣味じゃないんだが。それに、なんでまた。
「だってさ――君は、女の子だろう。たまにはさ、そういう可愛い服も来てみろよ、焔(ほむら)
」
――うるさい。よけいなお世話だ。
「そう。いやでも、似合うと思うんだけどな、可愛いし、焔」
――ああもううるさい話しかけるなばか。
「はいはい……別に、気に入らないっていうなら捨てようが構わないけど。じゃ、おれは帰るよ」
比平木が立ち上がり、背をむける。
――ああ、そうだ。
「うん?なんだい?」
――別に感謝しているわけじゃないが、仮にも物をもらったわけで、礼くらいはいっておく。あり
がとな。
「……ああ、どういたしまして」
がちゃ、ばたん。
ひとりになる。
――うれしいんだよ、なあ。
素直じゃない、とあいつに言われたことがある。
まったく、その通りだ。
ぼくは――私は、比平木のことが、好きなのに。
「ほんと、どうにかしてる、本当に」
馬鹿なのは、私の方だ。
今思えば、まともに完成してるのこれだけじゃね?
最終更新:2011年08月19日 18:35