儚く思え
「……魔王、ねえ」
「そ、魔王だ」
魔王。
それは所謂あれか。RPGとかでよくラスボスやってるアレか。
やはり至極非現実的な話ではあるが、まあ今更である。
「要するに、さしずめお前は勇者様って事か」
「ま、生憎と誕生日に王様に挨拶とかはしてないがな」
「しかも一人パーティと来た。酒場はどうした?」
「私の故郷は寂れた村でね。そういうのは無いのさ」
何の話だ。
「……まあ、それはともかくよ。お前はその魔王とやらに勝てるのか?」
紅桜さんの疑問は尤もだ。魔王と呼ばれるからには、まあかなりの力を持っているのだろう。
しかしまあ、挑むからにはそれなりに勝算がある筈で――
「まあ、無理だろうな」
「即答っ!?」
俺の予想は儚くも二秒で散った。南無。
「おいおい、勝てもしないのに挑むってのか?そりゃあちょっと無謀じゃあないのか」
半ば呆れた様な顔をしながら紅桜さんは言う。
確かに、俺もその通りだと思う。勝算がまったく無いにも関わらずに強敵に挑むなど、それは唯の自殺行為だ。
――と。
「……勝てるかどうかじゃ、ないんだ」
未天の目が、変わった。
唯の少女の目から、何かを覚悟した目に。
「私は、あいつに挑むしかないんだよ」
それは、何を覚悟した目だろうか。
――運命を。或いは、死を。
「ああ、心配しなくても、一緒に戦ってもらうつもりは無いさ。これは私の問題だからな」
「……そうかい」
紅桜さんは、どこか諦めたような表情をして、応える。
これは確かに、彼女の問題だろう――――しかし。
死ぬとわかっている者を、果たして放っておいて良いのだろうか。
俺とは何の関係も無い。紅桜さんとも、勿論リリミィとだって関係が無い。
ついさっき出会ったばかり。唯の、旅の道連れ。
それでも。
――俺は、馬鹿だから。
「……いや、駄目だ。俺も一緒に、その魔王とやらと戦うぜ」
そう言わずには、居られなかった。
「……お前」
紅桜さんが険しい表情で此方を睨む。
それはそうだ。俺の勝手な都合でそんな事を決められては、たまったものでは無いだろう。
――でも。それでも、何もせずには、居られないから。
「大丈夫です。これは、俺の勝手です。だから、紅桜さんは関わらなくていい」
ここからは、俺の勝手だ。
「……あのなあ。そういう訳にもいかねえだろうが」
紅桜さんは頭を掻きながら、応える。
「仮にも俺は、お前の命を預かってる身だ。言わば保護者だ。それなのによ、勝手な行動を許すわけにゃいかねえだろ」
「……それは、そうです。でも、どうしても、放っておけないんです」
例え愚かな行為でも。
例え間違った行為でも。
例え死に繋がる行為でも。
例え自分に利益の無い行為でも。
例え世界にさえ利益の無い行為でも。
自分が決めたことは、死んだってやり遂げる。
――いつだったか、誰かと、そう、約束、したから。
「あーあー。分かったよ。やりたいようにやりゃいい」
「……すいません。迷惑かけて」
酷く自分勝手な行動であることは、解っている。
それでも、そうしない事には――俺は、俺で在れない。
それは君が決めたこと。
でも、そう君を『決めた』のは、本当に君かい?
――なんてね。戯言だよ。
戯言って言いたかっただけ。
最終更新:2012年07月19日 19:10