あとの祭り

文化祭に投稿しようとしたけど締め切りに間に合わなかった作品です。
登場する剣士は、三代目リレー小説に出した自分の名前のキャラがモチーフになっています。

レフィ



 エルフの村の宿屋に珍妙な男が訪れた。宿屋の小間使いである少年が云うには、
「三十代後半くらいのおじさんなんだけど、格好が変なんだ。魔女の帽子をちょっと深めに被ってるから目が隠れてて、どこを見ているのか分からなかった。それくらいならともかく、変なのは服装さ。あれは一種のバスローブなのかな、一枚の灰色の織物を、一本の紫色の帯で縛って着てるんだ。恥ずかしい格好だよ、寝間着みたいじゃないか! それに腰には、あれはたぶん剣なんだろうけど(やけに細い剣だったな、ぼくの知ってるサーベルとかと違って……)、その鞘がおかしいんだ。真っ白な拵えはまだ普通なんだけど、その上から蛇のような、あるいは炎のような赤い模様がたくさん施されてて、なんだか不気味だったな」
とのことだった。また、珍妙なのは風采だけではなかった。食堂で飯を食べている際に彼は、決して酒は入っていなかったが、その場を宴会のように思ったのか、いきなり自分の冒険たんらしきものを周りの客たちに語り出して、これがとても信じられないような大げさな話ばかりだったから、客たちからはほら吹き呼ばわりされて、小間使いの少年を含む宿屋のいくばくかの使用人たちも彼を変人扱いし、宿屋にいる者たち皆が、彼とはやや距離を置くようになった。
 然し、珍妙な剣士の訪れたその日の晩の宿屋は彼の話で持ちきりになった。
「おかしな旅人がやってきたな」
「あの鞘の変な模様はなんだ? 魔法でもかけているのだろうか」
「じつはすさまじい剣の達人だったりして」
「あいつどこの国からやってきたんだろうな。服装を見るに、この辺の人間じゃあないだろう」
「旅の途中に立ち寄っただけかな? それとも観光目的か?」
「観光はないでしょう。観光するったって、今のこの村のどこを観光するのよ……」
 ――ところで、この宿屋は温泉旅館である。そのため客の中には泊まりはせずとも温泉目当てで訪れる者が多い。じっさい、今ここにいる客は剣士を除けば日帰りのエルフたちばかりであった。


 小間使いの少年が剣士の部屋を訪れた。剣士が食堂に忘れ物をしていたからだ。
「すみません。財布を届けにきました」
「ああ、すまない」
 剣士は仰向けになって沈静していた。一言だけ発すると彼はすぐに瞑想を再開した。
 少年は部屋を去って廊下を歩きながら考えた。
(瞑想しているなんて、じつはあいつすごいやつなのか? そういえば風呂でちらっと見かけたときも、やけに筋肉がついていたような……。
 いや、そんなことはどうでもいい。明日は納税の日だぞ、父さんと母さんはどこにいる? 一言言ってやらないと……)
 少年は険しい顔をしながら廊下を足早に通り過ぎた。少年に限らず、村人たちの目下の悩みはこの納税だった。この村には毎週この村が属する**領の役員が納税と称して食料を徴収に来るのだ。かつ、徴収する量は日に日に増しているのだった。このままでは村がすっかり搾取されるのも時間の問題だったし、このエルフの村が国に目を付けられているという噂は巷に広まっていたから、村を訪れようとする者はほとんどおらず、剣士が珍妙がられた事にはこの一件も関連していた。
(納税するのはいいさ。ぼくらだって国の一員なんだから。でも最近のは限度を超えているってことくらい猿でも分かるだろう! なんなんだ、ぼくらは国の奴隷だっていうのか? 違うのは自明さ、それなのに父さんも母さんも、ほかの村人もどうかしている! どうしてだ、このままでは村が終わるのに、どうして納税するのをやめないんだ。奴隷であることを彼らは望むのか? そんなばかなことがあってたまるか! きっと彼らだって知っている、圧政には立ち向かう必要があるし、ぼくらは反旗を翻すべきだ)
 少年の両親は一階の部屋に居た。ここの宿屋を経営しているのが彼らで、少年は彼らの一人息子であった。両親の手伝いとして少年は小間使いをやっているのだ。
 少年が部屋に着いたときには、ちょうど彼らは明日の納税のための麦や芋やらを袋につめようとしているところだった。そのさまに頭がきた少年は両親の手から袋をもぎとり、床にたたきつけて、「国に立ち向かえ!」と廊下で考えていたことをまくし立てた。少年の母は、
「でもねルフ(少年の名である)、私たちはこうしないと生きていけなくなるのよ」
「ばかを言うな! 今すでに死んでいるような状態じゃないか、意志も持たずにただあいつらの搾取を許してさ! それにそもそもだ、母さんだって知っているだろ、あいつらは本来ぼくらから食料を奪う必要なんてないんだ。だって国なんだぞ、食料くらいたんまり持っているだろ!」
 これに対し父がルフの目をじっと見て反論した。
「いや、たぶん持ってないんだ、うちの国は最近貧しいから。それに国の権威を示すためにはある程度の税を集める必要があるんだよ……」
「権威を示すだって? こんなのはあいつらの道楽だ、あいつらは税に苦しむぼくらを見てあざ笑っているに違いない! それに向こうには"豊作の魔法使い"だっている! そうだ、そんなやつがいるんだから食料に困ることはぜったいにない。なのにわざわざぼくらから食料を奪うんだ、ほかのものならまだしもわざわざ食料をだぞ、どう考えてもばかにしているとしか思えない、なあ、そうだろ父さん、母さん!?」
「……駄目だ、領主に逆らうわけにはいかない」
 ルフの父はそう言うと、母を連れて寝間へと引き取った。
 納税は次の日の正午きっかりに行われた。ルフは昨晩長々と考え込んでいたからなかなか眠れず、睡魔に襲われたのは深夜二時を回った頃だったから、村内に役員が訪れたときもまだ眠っていたのだが、部屋の外から聞こえる馬蹄の音と宿屋の戸を叩く音ではっと目を覚ました。
 ノックの主は若い青年の役員で体つきは細かったものの、後ろに手を回して巌のように立っているさまからは人を見下す才能に長けていることをうかがわせた。
 ルフの父と母は玄関口に置いていた食料を詰めた袋を手にすると、「お納めください」と役員に手渡した。ルフはその様子を番台の後ろから見ていた。
(なんて間抜けな姿なんだ、父さん、母さん! ぼくだったらそんな従順な犬っころのように振る舞ったりしない。考えてもみろ、そんな若い男にぼくらが尻尾を振る価値があるのか? よく見てみるんだ、さっきまでの立ち姿こそ立派なもんだったが、袋の中身を確認しているおぼつかない手なんざどうだ、まるで赤子のようじゃないか……)
 ルフは仕事が不慣れそうな役員にがんを飛ばしてやろうと彼の顔を見ようとした。すると狙っていたかのように役員はルフの方を見た。そのまますぐに視線を袋の方へと戻したが、ルフは立ち姿同様の、巌のような重い眼差しにすっかり萎縮し、俯いたまま顔を上げることができなくなった。
(ばかな、ぼくは怯えているのか? 悪いのはどう考えてもあちらだというのに? おい、どうかしているぞ! ぼくにはやつを憎む権利がある、それは当然のことじゃないか。なのになんで怯えるんだ、くそが! 言い聞かせるんだぼく、ぼくは国を憎んでいる、こう考えるぼくは決して悪くはない。こんなことを考えるからといって、いったいどうして罪に問われることがあろう? ああでももし、これほどの憎しみを抱いていることをこの役員に知られたら……はっ、考えるまでもなく死罪だろうな。
 くそ、おいさっさと帰れよこの男! いつまで袋の中身を確認すれば気が済むんだ)
 まもなくして男は帰ったが、ルフは落ち着かなかった。
「ちょっと歩いてくる」
と父に言い残し、村内をせかせかと歩き回った。先の男以外の役員とすれ違うこともあったが、やはり目を合わせることはできなかった。


 腹立たしさを覚えながら、街道沿いの麦畑にたどり着いたとき(麦畑は納税のためきれいに刈り取られていた)、ある一つの漠とした考えがわいてきた。今までにも何度か考えたことはあったが、ルフの眼前にここまで明確な形を帯び、押し寄せてきたのは初めてだった。
 ルフは近くの村人に頼んで、弓矢を一式持ってきてもらった。エルフは弓の扱いに長けている種であり、この村では誰でも弓を常備しているのだ。
 それからルフは領主の城へと続く林道に向かった。昨晩雨が降っていたためか、鬱蒼と茂る木々に染み着いた湿気が肌にからみついた。
 林道に至るまでルフは憑かれたように行動していたが、木に上り枝に座ったところで今まで押さえていた考えがどっとわいてきた。この行動は失敗が許されないため、ルフの手は汗でびっしょりになっていた。
(殺す、殺す、ぼくはあいつらを殺す! ここならば奴らはよほど目を凝らさない限り、ぼくの姿を見つけることはできないだろう。ははっ、人相手の狩りなんて初めてだ。殺人なんてふつうはいけないことだからな……いやでもぼくは後悔しない。これでたとえ死罪になったところで、ぼくは奴らに一矢を報いて死ぬんだ、それはむしろ誉れじゃないか)
 林道に馬車を引く役員の姿が見えた。ルフは弓をきりりと引いて矢を放った。矢は役員の肩に命中したが、致命傷ではなかった。「もう一度」とルフは意気込んだ、然し矢が放たれることはなかった。木の下から怒声が響いたのである。激情しやすいこの少年は、少し前から自分を監視していた男たちに気づかなかった。彼らはこの林道を見張っていた役員である。納税を行うと、ときにルフのような者が現れることから彼らは配置されていたのであった。
 三人の男は槍を構えてルフを脅していた。
(まずい……死ぬ?!)
「なにをしているんだ、君たち。人殺しかい? 人殺しなのかい?」
 ルフは驚きを隠せなかったが、現れたのは件の剣士だった。
「なんだお前は……うわ」
 役員がすかさず槍を向けると、剣士はむささびのように颯と懐に入り両腕を切り落とした。
「危ないな。君は礼儀がなっていないよ、いきなり人に凶器を向けるとは。恥を知るんだな。おい残りの二人、君たちはどうする?」
「くそ、構わん、やるぞ!」
「そうか」
 男たちは突きを放った。剣士は槍の先端を払う形で剣を横なぎに振るった、すると"魔法"のように槍の先端が斬れた。
「なに?!」
 叫んだ男は剣士に首を斬り払われた。そのさまに怯えたもう一人の男は悲鳴を上げて逃げ出そうとした、然し剣士に足を斬られてその場に転げ落ちた。
 戦意のある男はもういなかった。両腕を斬られた男は出血のあまり気を失っていたし、足を斬られた男は必死に命乞いを始めた。
 この男たちにとどめを刺したのは、意外にも木の上のルフだった。予想だにせぬ出来事に気が動転していたが、戦いが終わったのを見ていくらか正気を取り戻すと、反射的に矢を放ったのだった。
 ルフは木の上から飛び降りると、
「くそ、なんで助けた!? ぼくは一人でもやれたし、それに死ぬ覚悟だってできていたんだ!」
 叫ぶとルフは林道の方に駆けていった。
「なに、そうだったのか。すまない、ぼくは君の力を見くびっていたらしい……」
 剣士は呟いたが、ルフの耳には届いていなかった。男たちの死体を林に埋め終わると彼は宿屋に戻った。


 ルフは息も絶え絶えに林の中を駆け回った。はじめのうちはとどめを刺し損ねた馬車を引いていた役員を探そうとしていたが、やがてそれも諦めて、今は曖昧な焦燥にかられてあてもなく走っていた。
(なんで助けたんだあの男! ふざけるな、あいつはぼくをばかにしていたのか? ぼくにはやつらに対する力がないと言いたいのか? ふざけるな、ふざけるな! ぼくは家に来たあの役員にだって傷を与えたんだ。今だってあいつを殺そうと走っているじゃないか。くそ、でも見つからない……。どこだ、どこにいる? ひょっとしてもう逃げたのか? そういえばさっき、馬の高い鳴き声が聞こえたぞ、もしかしたらやつはそいつに乗って……)
 役員が逃げたということは、ルフにとっては恐ろしい仮定だった。なんとかしてルフはそれを否定しようとしたが、走るのに疲れて歩き始めた頃に、馬の繋がれていない馬車の荷物を発見した。
(まずい、まずい! 逃げたあの男は領主になんと報告するだろう? 「あの村には反乱分子がいる、そいつを裁くべきだ」か? いや、それくらいだったら構わない。たしかあの領主、とんでもない人間至上主義だったはずだ。そんな男の部下にぼくは傷を負わせたのだ、そしたらどうなる?)
 村への報復という不吉な単語がルフの頭に浮かんだ。
(ああ、なんてことをしたんだぼくは! いやでもまさか、まさか! 領主だって人の子なんだ、そんなことはぜったいにない、起きるわけがない……。
 ――駄目だ、もう家に帰ろう。それがいい。どうやらぼくの考えはかなり極端になっているみたいだ)
 家に帰っても、ルフの焦燥はやまなかった。廊下を歩き回って不吉な妄想にふけったり、あるいは台所に行って水を何杯も飲んだりしていた。
 ちなみに剣士は宿にいなかった。ルフは気になって一度部屋を訪れたのだが、部屋の中は空だった。



文化祭の締め切りまでにちゃんと書けたのはここまで。
ルフが輝くのもこの辺まで(
この先はあんまり出番ないんですよね…


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年11月21日 19:10