──生まれてきてから、今までたくさんの曲を耳にしてきた。

そして、いつしか自分も舞台の上で演奏をする立場になった。

それでも、自分が追い求めている音楽にはたどり着けていない。

いや、遠い昔に一度だけ耳にしたことがある。

ベルリンでの、ジュニアバイオリンコンクール。

小さい頃から音楽の英才教育を受けていた私にとって、このコンクールは優勝して当然だった。

結果は優勝。完璧な演奏を求められるクラシック音楽では、私は負けるはずはなかった。

それでも負けた。その時に準優勝した女の子の演奏を聞いて、結果では見えない敗北感を味わった。

演奏としては完璧なはずなのに、自由で、気ままで、どこか不安定な旋律。

訓練を積めば積むほど、その曲を理解すればするほど画一化する音楽の世界。それなのに、彼女の音楽の世界は広がっていた。

幼かったけれど、これからの人生が決まっていることを理解していた私には到底表現できない世界。

大人になるにつれて、少しずつ忘れていく感覚。

それでも私はいまだに覚えている。

あのときの女の子の演奏を。
最終更新:2009年06月12日 21:14