雪の旧都って呼ばれるように、この季節、旧都ではしょっちゅう雪が降っている。私がさっき通ってきたときだって、視界には白い粒がちらちらと入ってきた。屋台から聞こえてくる宴の声、それに合わせるように、雪たちも空中で、楽しそうに舞っていた。
でも、そんな旧都でもここまで雪が積もることはない。
私が地上に出るのはこれで2回目。地底の穴を出ると、地面が昨日より白くなっている。守矢の神社に行ったときもびっくりしたけど、今日はそれ以上に積もっている。雪はもう止んでいて、まだ朝も早いのに太陽の光が眩しい。地底に住む私に、容赦なくその光の槍を向けてくる。
今日も行きたいところがあって地上に出てきた。でもそれが具体的にどこにあるのか分からない。事前に調べなかった私が悪いんだけど。こうして地底の穴の前に立ってても仕方ないから、それっぽい方向に進んでみよう。
それにしてもすごい雪。足を踏み入れると、さくりと雪が沈んで、私の靴がすっぽりと隠れる。次の1歩に移るのが大変。飛べば楽だけど、こうして平らな雪に自分の軌跡を残していくなんて、地底ではなかなかできないからついつい長くやってしまう。振り返ると、私の足跡で何かが描かれている。上から見たら、何かの絵になってるかもしれない。
いつの間にか森に入ってしまった。日光があんまり届かないから、一段と寒い。魔理沙の家はこの森の中だって聞いたけど、見つかる気がしない。いちおう人が使っているらしい道を歩いてるけど、このままだと森の向こう側に出てしまいそう。雪に足跡を残すのにもそろそろ飽きてきたし、飛んで捜そうかな。
「あら?」
前の方に誰かがいる。2人で木の下に立って、上を向いてそのままほとんど動かない。森に住んでる妖怪かな。もしかしたら魔理沙の家がどこか聞けるかも知れない。ちょっと様子を見てみよう。気配を消しながら、そっと近づいてみる。
私にはまったく気が付かず、2人はそのまま。なるほど、妖精だったのね。口を開けて、上を向いている。上では雪が木の枝で押さえられている。
「ねぇチルノちゃん、きっと無理だよ」
緑色の髪の方があきらめたように言うと、水色の方もいったん謎の行動をやめる。
「なにいってんの、ここであきらめたらまけだよ」
「でも木から落ちてきたしずくを飲むなんて難しいよ。まだ朝で雪もあんまり溶けてないし」
なるほど、口を開けてしずくが落ちてくるのを待ってたのね。所詮妖精か。
「くやしいじゃん! あのしろくろに『私がお前らに負けるなんて、二階から目薬ができる確率くらいだぜ』っていわれてさ」
「だからってそれを実践しなくても。魔理沙のその言葉の使い方もなんか違う気がするけど」
魔理沙のことを知ってるみたい。でも家を聞くとなると、ちょっと頼りない。
「きのうはできなかったから、きょうこそは!」
そう言うと、チルノというらしいその妖精はまた上を向いた。いくら森の中とは言え寒すぎる。私がしゃがみ込んで、下を向いているときだった。
「ああっ!?」
その声にびっくりして声をあげてしまったけど、2人は私に気付いてない。チルノはその場に座り込む。
「どうしたの!?」
「やった……やったー!」
チルノが顔を上げると、右目の周りで水滴が凍っている。この寒さの正体はこいつかしら。
「いま、はいってきた。めに! よーし、これであいつにかてるわね。さっそく魔理沙のいえにとつげきだー!」
彼女は誇らしげに、人差し指を自分の瞼に添える。
「すごーい! やったねチルノちゃん」
「……あれ、魔理沙のいえってどっちだっけ?」
「もう忘れちゃったの? こっち」
チルノの手を引いて、サイドテールの妖精がふわりと浮く。チルノがそれに続いて、そして私もついて行く。高度を上げていくと、煙が立ち上っているのが見えた。きっとあれが魔理沙の家。最初から飛べばよかった。妖精たちの話を聞くまでもなかったかも。
「あっ」
チルノが森を指差す。その先には、何かを連れた金髪の人。連れられているあれも妖精かしら。
「あいつをひとじちにすれば、ぜったいに魔理沙がでてくるはず」
「えっ? 魔理沙の家に行くんじゃないの?」
「あとでー」
「ちょっと待ってー」
こだまを残しながら、2人は森の中に消えていった。気まぐれなのか、ただ単にバカなのか。
妖精たちは放っておいて、煙の立っている場所を目指す。予想どおりそこには家が建っていて、周りが少し開けている。降り立って家の周りを見ると、箱や……これは斧かな、とにかく色んなものが散乱している。お姉ちゃんから魔理沙の心を読んだときのことを聞いたことがあるけど、そのイメージどおりね。
でも間違ってたら恥ずかしいから、窓から中を覗いてみる。家の中も外と同じで散らかっている。向こうを見ると、魔理沙が食器を洗っているのが見えた。ここが魔理沙の家だと確信して、家の周りで唯一何もない入口に立って、ドアをノックする。しばらくするとドアが開いて、パジャマ姿の魔理沙が出てきた。
「あれ?」
「おはよう、魔理沙」
魔理沙は半分驚いた様子で私を見ている。
「こいしか。よくここが分かったな。寒いだろ、とりあえず入れよ」
家に入ると、恐らくチルノのせいで冷えた体に再び熱が戻ってきた。リビングに入ると、大きめの暖炉で大きめの炎が燃えていた。見ているだけで、熱さが伝わってきそう。魔理沙に取られる前に、暖炉の前を陣取る。
「ほら、これ使うか?」
魔理沙が1枚の毛布を持ってきた。畳んで持ってこないあたり魔理沙らしい。
「ありがと」
比較的厚手で、2人は包まれる大きさ。すぐにそれを広げて暖炉に当てて、適温になったそれに包まった。
「ちょっと早かったかな?」
壁に掛かった時計が目に入る。捜すのにかなり時間がかかると思ってたけど、すぐに見つかったせいで、相手によっては失礼な時間に来てしまったことを今更反省する。
「いや、今日はいつもより早かったけど、いつもこの時間には起きてるから大丈夫だぜ」
魔理沙はキッチンでお茶を淹れている。それが恐らく歓迎の合図だと考えて、少し安心する。
部屋を見渡してみる。暖炉の周り以外は、外と同じように、道具や本が無造作に置かれている。決してきれいな部屋だとは言えないけど、手を伸ばしたところに何かがあるというのは意外と便利かもしれない。魔理沙らしさが、そのまま部屋に出ている、そんな気がした。
「ほら、温まったら、こっちに来い」
紅茶の香りが暖炉の前にまで手を伸ばす。毛布を暖炉から少し離して、魔理沙がティーカップを置いているテーブルから椅子を引く。
「あれ?」
私の隣の椅子に、1冊の本を目の前にした、1体の人形が座っている。細かなところはこだわって作ってあるようだけど、それ以外は、大きさも見た目もふつうの人形。
「この人形……」
でも、どこかで見たことがある。それも、ごく最近に。
「あぁ、昨日お前と会ったときにも持ってたぜ」
昨日、魔理沙の周りを飛んでいた人形だった。魔理沙と勝負してるときは無意識だったからあまり記憶にない。
「かなり細かく作ってあるね」
人形の髪を指で梳いてみる。本物の人間のそれのように、ゆるやかな金髪は指の間をするすると流れていく。
「人形作りでアリスに勝てるやつはいないぜ」
「アリス?」
「私の友達。よくここに来るんだ。昨日はここに泊まって、さっき帰ったところだ。その本はあいつの忘れもの。ここに来る途中ですれ違わなかったか?」
さっきチルノたちが向かっていった人かな。よく見えなかったけど。
「もしかしたら見たかも。妖精か何かを連れてる?」
「たぶんそいつだ。あれも妖精じゃなくて人形だぜ」
ティーカップに口をつける。話をした時間のおかげで、お茶はちょうどいい温度になっていた。魔理沙もお茶を飲んで、ふぅ、と一息つく。
「その人、人形が好きなんだね」
「いや、好きってもんじゃない。はっきり言ってあれは異常だ」
魔理沙のティーカップが再びソーサーに戻される。
「初めてあいつの家に行ったときはびっくりしたぜ。人形が所狭しと座ってる部屋があって。あいつとは長い付き合いだが、未だにあれを見ると怖くなるぜ」
無意識のうちに、魔理沙はその光景を思い出しているみたいだった。それをかき消そうとしてか、残ったお茶を一気に飲み干した。
「最初は人形を黙々と作り続けてるような暗いイメージしかなかったけど、話してみるとけっこう良いやつだったりするもんだぜ。最近は料理も作ってくれるしな」
それからも魔理沙はアリスの話を楽しそうに進めた。私との勝負で生き残った唯一の人間である魔理沙は、すでに私にとっては特別な存在になりつつある。昨日出会って、そのあと家の前で別れてからも、魔理沙への興味はひとときも忘れなかった。魔理沙についてもっと知って、もっと深い仲になりたいと思う。もっと仲良くなれば、私もこんなふうに、楽しそうに話されるのかな。そうなるとしたらまだ先は長いかもしれないけど、いずれはそうしてもらいたい。
「さて」
魔理沙がひと通り話し終える頃には、私のティーカップの底も白くなっていた。
「ちょっと着替えてくるから、待っててくれ」
テーブルの上にティーカップを残したまま、魔理沙は奥の階段を上っていく。
私が来てからもう1時間が過ぎている。さらに高度を増した太陽を、雲が時々隠すようになる。そんなぱっとしない空を窓から眺めて、昨日みたいにまた雪が降るのかなと、少し憂鬱になる。
「お待たせ」
昨日とはちょっと違うけど、魔女の姿の魔理沙が下りてきた。ゆるくウェーブのかかった金髪に、その服装はよく似合う。
「あれ、さっきまで晴れてたのに、曇ってきちゃったな」
そう呟きながら空を見つめる魔理沙の手には、箱のような物体が握られている。見た感じだと、かなり使い込まれているみたい。
「何、それ?」
私が指を差して尋ねると、目で、よくぞ聞いてくれた、でもそのうち分かる、と返された。
「話をしてたら、結構な時間が経ってたぜ。雪が降らないうちにやっておかないと」
魔理沙は椅子に座っていた人形を抱きかかえて、私に昨日見せた、勝負をしてさえいないのに勝ち誇ったような表情をする。
「まさかこんなにすぐにこいしが来るとは思ってなくて、準備は100パーセントとは言えないが、今度こいしが来たときって決めてたから」
何を? そう問わずとも、魔理沙がこれからしようとしていることはすぐに分かった。魔理沙の顔は、昨日は自信一色だったけど、今日は確信の色も混ざっている。それを人差指に込めて、まっすぐに私に向ける。
「突然だが、こいし、昨日のようにはいかないぜ。勝負だ!」
最終更新:2009年09月16日 04:40