656 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:09:56.94 ID:DSeWe+fJo
[2/18]
無事に朝食を終え、ヘレンたちはハンテーンたちの回収準備を始めた。
帰還命令を出し、指定した場所へと来るのを待つ。
たどり着きさえすれば、一瞬にして船内へと引き込めるように。
労う意味での食事。ケガがあればそこを修復できるよう、さらに強化の準備も進めている。
直接彼らの元へと向かうことをしないのは、その自信の表れか。
ヘレン「準備は?」
マシン「順調です、マム。彼らには帰還命令を出しました……アバクーゾは追われているようですね」
アバクーゾからの返信は救難信号のようだ。
視界データをリンクしてみれば秘密を暴かれたらしき女が憤怒の表情を浮かべて空を駆け、アバクーゾを追いかけている。
表示ディスプレイを拡大し、ヘレンにも分かるようにとマシンが操作すると画面が目の前へと移動する。
しばらくその光景を眺めていたヘレンだったが毛を刈られつつも攻撃を避けられているのを確認すると、ディスプレイを閉じた。
ヘレン「ふむ……問題ないわ」
マシン「かしこまりました、マム」
657 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:10:27.83 ID:DSeWe+fJo
[3/18]
ヘレンが「問題ない」と判断したのにはいくつか理由がある。
ひとつは既に回収の準備ができていて、目的の地点へ到着さえできればいいということ。
致命傷を受けるほどの強烈なダメージはなく、毛を刈られてこそいるがそれは新たなサンプルを集める程度の意味しかない。
アバクーゾ自身の速度もあり、ギリギリではあるが間に合うだろうという判断が下された。
ふたつめは追いかけている女の能力が強力とは言えないこと。
どうやら物質を操作する能力のようだが、アバクーゾとてヘレン特性の怪人。
あの程度の破壊力ならば完全に破壊されてしまうことはない。
転送するときに追いすがっている人間を連れてきてしまう可能性も無きにしも非ずであっても、
どうとでも始末できる荷物がついてこようと問題はないというのも、理由の一つだ。
――だが、その判断は謎の乱入者によって崩される。
658 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:10:57.96 ID:DSeWe+fJo
[4/18]
ヘレンがハンテーンの確認のために画面を切り替えようとしたとき。
アバクーゾの視界カメラに黒い『なにか』が降って来た。
それは黒く、まるで呪いの泥にそっくりで。
それは暗く、まるで夜の闇にそっくりで。
それは昏く、まるで――
何も知らないまま、何も見ようとしないまま。
――目を塞いだ風景にそっくりだった。
659 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:11:39.01 ID:DSeWe+fJo [5/18]
その泥の中から『なにか』が生えてくる。
少女のようだが、シルエットは不自然で。
目は不自然に赤く光り、笑う口は左右に裂けて恐怖を煽る。
黒く暗い泥の表面には次々に様々な生物の瞳が、口が、腕が、脚が生えていく。
見ているだけで恐怖を掻き立てられるようなおぞましい姿へと姿が変わる。
その『なにか』はアバクーゾを追いかけていた女へとわざとおどけた声をかけ、消えるように促した。
マシン「マム、想定外の事態です。これは……マム?」
ヘレン「……」
アバクーゾが捕らえられ、ズルズルとその巨大な口へと引きずりこまれていく。
マシンがヘレンの指示を仰ごうとするも、ヘレンはただ無表情でそれを見つめているだけだった。
660 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:12:11.75 ID:DSeWe+fJo
[6/18]
噛み砕かれ、啜られる音。
『拒絶しないで』
アバクーゾの反応が急速に消失していく。
『受け入れて』
たとえアバクーゾ自身が破壊されつくそうと、データを送り続けるはずの計器がエラーを吐く。
『認めて』
視界データは完全に消え、真っ黒な暗闇だけが送られる。
『あいして』
音声データが劣化し、嘆きの声がかすれていく。
『つ…いよ』
ヘレンの表情は変わらない。
『くるし…よ』
ただ、減っていくデータを1つとして見逃さないように目を通している。
『しに………』
そして、送られてくるデータも、アバクーゾの反応も。
『……から……たしを………』
――完全に、消失した。
661 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:12:46.15 ID:DSeWe+fJo
[7/18]
ヘレン「……この星に、こんなテクノロジーが? ありえない」
マシン「………」
残されたデータすべてにバックアップを取り、ヘレンが忌々しげにつぶやく。
マシンはただそのそばに立ち、彼女の次の言葉を待った。
話す必要があるのならば、話すのだろう。
そう彼は知っていたから。
しばらくの沈黙が流れる。ハンテーンへの帰還命令は無事届いたようで、リターンがあった。
ヘレン「……ねぇ、あなた」
マシン「イエス、マム」
その反応を受けて、ヘレンが口を開く。
ぽつりと、つぶやくように。彼へと投げかけるように。
ヘレン「あれが何か……理解はできた?」
662 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:13:26.34 ID:DSeWe+fJo
[8/18]
マシン「……データに一致するものはありませんでした。カースに近い性質かと思いましたが、しかし生物的すぎます」
ヘレン「そう……流石に賢いわ。あれは別物……生物の範疇を越えた、ね」
ヘレンがこめかみを指で叩く。
大きくため息をつき、いらだちを隠さない。
主人のあまりにも珍しい行動に、マシンも困惑する。
彼女はいつも堂々と、そして楽しげに生きているはずだと思ったからだ。
ヘレン「ベースはこの星の生物……地球人かしら。美しくないわ」
だから、彼は聞くことに徹した。主人の全てを受け止めるのが自身の役割であると理解していたから。
ヘレン「私は、私自身の手でもって創造した存在しか信用しない」
マシン「……」
ヘレン「あなたも、そう。そして、私が生み出したものへ枷をつけることはしない」
663 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:14:11.06 ID:DSeWe+fJo
[9/18]
ヘレン「私の命令だけを聞く、機械人」
彼女が作ったものは、決して従うことを無理強いされるわけではない。
そして、行動に対して一切の制限は設けられない。
たとえば、音声でもって動く『コワスーゾ』がヘレンを殴れたように。
コワスーゾ自身は完全に機械で作られた体と簡易なプログラムで動いていたため自我はなかったが。
ヘレン「彼らだって、進化するのならば。私は喜んで反逆を受け入れる」
その想定を超えることをいつでもヘレンは望んでいる。
彼女自身の手で、彼女を越えることが可能な存在が生まれることを。
ヘレン「生物を。この手でゼロから作り上げる……それもまた、面白い」
機械の素体と思考プログラム。タンパク質で肉付けされた二匹。
可愛らしい見た目と、単純な使命。それを果たそうとするのはプログラムからか、それとも。
ヘレン「でも……アレは違う」
664 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:14:41.84 ID:DSeWe+fJo
[10/18]
マシン「……違う、とは?」
ヘレンがまた、大きなため息を吐いたのを見てマシンが聞く。
それを望んでいるように見え、そうすべきだと『思考』したからだ。
ヘレン「あれに込められた望みは、生き物の範疇を超えている。私であろうと、生み出さないモノ」
マシン「マムに不可能があるとは思えません」
ヘレンらしからぬ言葉にマシンは即座に反論する。
それを受けてヘレンは微笑み、そのボディを一撫でした。
ヘレン「落ち着きなさい……生み出すのは、私であってはならないの。終わらない存在、永遠ということはね……」
マシン「永遠……とは、なんでしょう」
ヘレン「……永遠とは、不変であるということ……それほどつまらないものは存在しない」
飲み込まれる直前に必死に送ったのであろうデータ。
消えてしまった『いのち』の遺したもの。
それを見つめ、ヘレンがまたひとつため息を吐く。
665 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:15:11.17 ID:DSeWe+fJo
[11/18]
マシン「マム……?」
ヘレン「……あれは、もともとあるものを繋げて作ったメビウスの輪」
理解させるための言葉か、それとも整理のための独り言か。
判断しかねるトーンでヘレンが呟く。
ヘレン「そんな歪なものを。なんの意味もなく生み出す……本当に、美しくない」
マシン「……」
ヘレン「奪い、繋ぐ。積み木遊びと同じね。いずれ崩れて滅びる」
ヘレン「……既に、生み出したもの達は滅んだはず。『制御』に失敗でもしてね」
ヘレン「永遠など、そんなもの。私が望むのは――」
そこまでヘレンが言ったところで、ハンテーンからの救難信号が届く。
ディスプレイに映し出されたのは、一度撃退し引き分けたはずの少女からの一撃で装甲を抉られる映像だった。
666 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:15:51.83 ID:DSeWe+fJo
[12/18]
マシン「これは……刺突。斬撃ではなく、抉ることにより機動力と防御力を下げることを目的としているようです」
状況を分析し、マシンが言う。ヘレンはただディスプレイを見つめている。
マシン「いかがしましょうか、マム。どうやら逃走経路を予測されているようです」
ヘレン「……いいえ。このままでいいわ」
逃走ルートの変更、提案。強制回収などの手段をあえて選ばず、ヘレンは静観を決めた。
その指示にマシンはただ従い、追い詰められていくハンテーンの様子とデータを計測し続ける。
何度目かのやり取りがすぎ、ハンテーンの左腕はもげる寸前。
胴体へと手痛い一撃を受けて動きはさらに鈍り、それでも必死に逃げようとあがいている。
ヘレン「……私の望むもの。それは決して永遠であってはならない」
速度も落ち、逃げ場はない。
終わりだろうか、とマシンが判断し今回のデータのまとめに入ろうとしたときヘレンが呟いた。
ハンテーンは自らの外れかけた腕を逆立て、外して――
――その胸へと突き立てた。
667 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:17:15.08 ID:DSeWe+fJo
[13/18]
マシン「これは……?」
送られてくるデータがことごとく反転していく。
色調も、音声も、正常なものとは言えない。データ内容にエラーが交じる
ヘレン「それがあなたの感情。いいわ、ハンテーン……いきなさい」
本来存在しないはずの凶暴性。本来ありえないはずの勇猛さ。
目的を同じくしていた友の『死』を受け止め、悲しみ、怒り、自ら思考してたどり着いた『戦う』という選択肢。
ヘレン「私が望むものは……永遠などではないわ。そうでなくては、面白くない」
ヘレンが楽しそうに笑う。
子供のように無邪気で、狂ったように恐ろしく。
ヘレン「生み出したもの自身の進化。それこそが私の望むもの……永遠などでは、決してない」
その声を聴きながら、エラーを受けるデータのバグをとりマシンはハンテーンの最期の戦いをすべて記録し始めた。
毛の鎧も想定していたものよりも遥かに早く再生し、鋼よりも硬く体を守っている。
パワーはその体に見合ったものではなく、長く運用すればそのまま滅びてしまうだろう。
それでも、ハンテーンは戦う。自己生存の命令を無視し、帰還の命令に背いて。
668 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:18:29.37 ID:DSeWe+fJo [14/18]
――結果から言えば、ハンテーンは負けた。
進化し、強化し、狂化し。そのパワーと能力では圧倒的に有利であったはずの相手に。
油断ではない。確実にしとめようとしたうえで、負けたのだ。
感情をエネルギーにする刀と少女に。街に渦巻く嘆きを束ねた一撃でもって、怒りを受けて。
ヘレン「……そう。やはりこの星は面白い」
データをまとめ、ヘレンが呟く。
ハンテーンは想定されていた能力以上を発揮した。
その力を引き出した少女は、さらにそれ以上の能力でもってハンテーンを撃退した。
想定外に想定外が重なるということ。それこそが彼女が望むこと。
何もかもが変わらない永遠ではなく、何もかもが変わり続けること。
先へと進む、進化の奇跡。
その可能性をこの星に見たヘレンは、ハンテーンの生体反応が完全に消失するのを確認してからモニタを切った。
669 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:19:16.29 ID:DSeWe+fJo [15/18]
――気まぐれで訪れた星だが、面白い。
彼女自身の指示とはいえ、彼女への忠誠を誓う機械人による支配者への殴打。
彼女が作り上げた、非戦闘用の生物型怪人自身の自己進化。
自身の作り上げた宇宙レベルの存在が、さらに上の高みへと昇る感覚。
この星ならば、あるいは生み出せるのかもしれない、と彼女は思った。
ヘレン「そう……永遠ではなく、完全。永久ではなく、完璧。全てを超え続ける存在……」
そのつぶやきを、マシンはただ聞いていた。
彼の創造主が望むものが生み出されることがどういう意味なのか。
それを思考しながら。
670 名前: ◆IRWVB8Juyg[saga] 投稿日:2013/08/11(日) 15:22:38.92 ID:DSeWe+fJo
[16/18]
!イベント情報
『嘘つきと本音』の全行程が終了しました。
ハンテーンとアバクーゾは完全にロストし、ヘレンには確認できなくなっています。
ヘレンが究極生命体である『なにか』の存在を知りました。
その存在のあり方と生み出したものへ嫌悪を向けているようです。
ハンテーンの自己進化によって新しいデータが生み出されました。
地上へとさらに興味を持ち、適当な怪人や機械人を送り込んだりもするようになるようです。