日々刻々と移り行く東京。昨日の未来は今日ではない。今日の未来も明日ではない。だから、今日を、今を繋ぎ止めておきたい。
うーん、このページがサブカルなのかどうかは不明ですが、「昔はよかったなぁ~」状態です。ビール会社が経営していたLive Spot でした。もちろん「佐野元春 with the Heartland」にも引っ掛けてました。確か元春もLiveやったはず。 そうそう、六本木ヒルズ開業以降「幻の地ビール」ということで、ハートランド再開ですね。
1980年オープン。オープニングアクトは矢野顕子氏のLiveでした。もちろん「東風」もやりました。細野さん
は「羅漢定食(\3000円)」がお気に入りでした。でもーこれって毎月第二週目だけだったのよね。今は、竹林の跡形も無く、無残にも「工事現場」と化し
ています。
この工事現場は、17年の歳月と社運を掛けて森ビルが作ったマンモス舞台に呑み込まれてしまったのですね。当時のちょっと隠れ家的な竹林と「酒のみばっか
りだったにも係わらず」存在し続けていた10台近く止められる駐車スペースと…。そんなん全て呑み込んでしまった。まるで星の王子様に出てくるうわばみに
呑み込まれた象みたいな感じだ。いや、象じゃ無いなねずみくらいかな?森御殿の前では。
そのうち、無くなるか別のものに変わってしまうでしょう。でも、いいよね。こういう空間が六本木にあるのって。
堤御殿の一つでしたが、とうとう廃館になってしまいました。寂しいなぁ。当時はTRAマガジンや、水上晴子のオブ ジェが買える貴重な場所だったのに。それに5階以上はスタジオとかあって、そこを利用する人たちが時間潰しに下に降りてきてLP(LPだぞ、CDじゃない んだぞ!)見ていたりしたのだ。
松山勲の第一弾、今でこそ「西麻布」などという地名になってしまいましたが、まだ「霞町」の頃出来たお店です。サカモトが女を口説くところを目撃した人は多いはず。
映画「沙耶のいる透視図」のオープニングシーンで使われたところ。名高と沙耶がテラス風のところで話していました。そうそう、この映画、青山「K's Bar」もロケに使っていましたね。今は××××になっています。
レッドシューズに続き乃木坂進出です。こちらもシュールな内装が好感を持てます。インクが引けた後こっちに流れてくる人も多かった。
ライブも見れるカフェバーですね。YMOの打ち上げ等にも利用されていました。個人的には、土屋さんが浅田君を従えて全編カヴァーの選曲だったLiveが印象的でした。
Ink stickでLiveを見た後、また、Mint Barでお酒を飲んだ後、甘いものが欲しくなったらーここでした。TVKの「×××トマト」に出ていた某女史の仕事場でもありました。
乃木坂は、今や完全にクローズされてしまいましたが、「SHIM
SHIN
PASHU」として青山で細々と生きています。乃木坂のショップ時代は「PASHU/PASHU-DE」がおいてあり、店の奥にはVIP用のドリンキングカウンターがありました。うーん、飲み損ねたのは痛かったな。
今ほど輸入盤を置いてあるショップが無かった頃、渋谷シスコ、タワーレコーズと肩を並べる洋楽屋さんでした。もちろん、日本ものもあり、青学にーちゃんからインディーズねーちゃんまで幅広い層に支持されていました。もちろん業界の方々も良く通っていたようです。
両ブランドとも、'80年代からテンションが落ちていませんね。時が止まっているようで、この空間は好きです(トリコとジュンヤが骨董通りに移ってしまったのは残念)。
Urban Danceもライブをしたし、ハジメちゃんも個展を開いたりした過去がありました。今はよくわからん。
本多三記夫さんの母校(?)です。そこからBIJIN(代官山)を開業。細野さんとテクノカットを考案するわけですね。そして、一番弟子の内田雄二さんが、今では代官山で「PIPPALA」 を開業しています(代官山に戻ってきたなぁ)。でもでも、代官山は随分変わってしまってーびっくりです。ちなみに、BIJIN二代、三代Placeである 代官山の各場所は既にお取り潰しの憂き目にあい、今は影も形もありません。初代Placeである某マンションの602号(?)室はかっこよかった。
ユキヒロが最大級に手を伸ばしたときに開いた東京最大のShop。この頃には既にPARCOは引き払っていまし た。スノッブな人たちが集まる場所にしては、不便なところでしたね。YMOファンの地方人のために、店内には服以外のおみやげGoodsがたくさんあっ て、そっちばっかり売れていました。
知り合いの彼氏の店のデフュージョン版です。本家は王道を行っているので、結構疲れるのですが、こちらはお気楽な なりで行けます。ここの一番良い所は、Wineのグラスが常時10数種類あり「価格統一/量は適当(価格を抑えるため、量で調整している)」となってお り、1杯ずつ違う味が楽しめるところです。自分のデフォルトがあれば、もちろんそれをビンで頼めば良いのですが、そういうデフォルトが無い、または味に飽 きっぽい方は、ソムリエ氏と相談しながらあれやこれや験せるので、ポイント高し。また、うんちくのソムリエ氏は数学の先生なので「分析、実験、回帰曲線、 近似値」など普通のソムリエのような表現がほとんど見られない所にも、特徴がありますーって書いたら、ソムリエ氏に「そんなにバリバリ使ってませんよ」っ て言われてしまった。いやいや、自分で自覚していないだけで、結構使っていますよ。
内田さんのアトリエです。泰山館は、アトリエとしてのロケーションは◎だったのですが、いかんせん駅から遠くて…。こちらは駅徒歩1分です(ウレシイ)。
げげーキースヘリングの家が無くなっている!!
Boutiqueの初代デザイナー'イチコ'さんが、亡くなったとき、1階のショップは黒一色になってしまいました。でもー今のNICOLEは、Max and Co.クリソツで、買う気になれません。
とうとうお取り潰しです。代官山は高層ビルになってしまって、おまけにiDCまで出来ちゃって! びっくりです。原宿もそうなるのかな?
お取り潰し後はただの「駐車場」になってしまいました。詳しくは浅井新平氏著「セントラルアパート物語」をどう ぞ。地階は「原宿プラザ」と称されていて、「東倫」はパンクス御用達の洋服屋さんだったし、隣の「マヤ」は原宿マヤ族の総本山。あとはチープな洋服屋さ ん、アブナイおにーちゃんの溜まり場でしたね。そうそう六本木にある「レストラン一億」の姉妹店「めしや一億」もありました。
ここの地下にあるアンティークショップのうちの一つを浅田猛氏のお姉さんが経営していました。彼もたまに店番をしており、そんな時は「ベース浅田猛!」の猛々しさが抜けていてよかったです。
ドクターマーチンの靴ってここでしか手に入らなかったこともありました。古き良き時代でしたね。
いわずと知れた桑原茂一の居城。店前に形取られた「Pithecanthropus
Electus」の骨をみ~んなが持っていってしまったので、店名は「骨跡」しか残っていなかった。
ライブの内容は、今思い出しただけでも、よだれものが目白押し「MELON(は月1)」「クレスプキュール」などなど。そうそう、「Sunday
Afternoon
Live」は、20才以上お断りの楽しいライブでした。今、こーゆー店って無いよね。
カフェバー全盛期、本格的なバーとして誕生。でもーバーテンさんが「TVチャンピオン」に出ちゃってちょっとがっくり。場所といい、内装といい、隠れ家的な魅力が充満していました。今は赤坂にも「松涛倶楽部赤坂」ってぇ~のがあるそうです。
東急東横店のとなりに、こんなもんがありました。体育館みたいに広くて、キャパの広さじゃ(芝浦インクが出来るまで)東京一のライブハウスでした。確か8階でしたね。ビルラズウェルが初めて来たときはオーディエンスの方が有名人ばかりでした。
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CISCOタワーレコーズ、パイドパイパーハウスと共に洋楽専門店の一つ。一時期隣にCafeを作っており、LP買ったお客さんが試聴していたりしました。 |
エスカレーターを降りるとー そう「Bricks MONO」のお店があった所。PARCO part1に「Yukihiro Takahashi collection」というお店を出していた時期もありますが、やはりユキヒロ=PARCO part 2 の図式は頭から離れません。まぁ、part1の方が、Quatroよりもロケーションはいいわな。
どちらかというと、インティーズ系の方が好んで行かれた場所のようです。プラスチックの内装も、Lightingも、「ブレードランナー」っぽくて良かったですね。そうそう、ちょっと「ブラックレイン」のクラブも似てたかな?
時々Liveもあって、そんなときはどうかすると白いオクスリが買えたりするアブナイ場所でもありました。
北村昌士氏が主催。フールズメイト編集長退任後何をやっているかと思えば、まあこんなところでまたお会いしましたね。って感じですね。
フールズメイトってホント昔はいい雑誌でしたよね。誰が今のような最低いえ体裁になるなんて思っていたでしょうか?<後談>過日、10ウン年ぶりにフールズメイトを買い求めたのですが、ページのほんの一部に昔の面影が残ってて、懐かしかったです。
ここらへんになると、あまり足を運ばなくなりました。菊池武夫氏がよく通っていたということですが、一回も見ませんでしたね。
今でこそ「無国籍料理屋」「自然食屋」が沢山ありますが、そのはしりといえるお 店の一つ。外観の具合や、店内で販売されている東南アジア系のテープ、曜日によっては生演奏ありの豪華メニュー。もちろん食材個々の味があって大変美味 しゅうございました。開店当初はお昼メニューがありましたが、早々に消え去ってしまいました。
粉と卵ここは絶対梅雨の午前中行くべきです。静かな雨に濡れる片側3車線の広い車道。 歩道脇の街路樹と、代々木公園の緑がグレー地に鮮やかに映ります。雲の流れもよく見えるしー。もちろんケーキもお茶も大変美味です。なんて言ってたら、潰 れちまったぜ。2002年12月に閉店だそうです。もう、この不景気、(江戸時代からの)老舗とかもガンガン潰れているそうで、もうどうにかならんか!平 蔵にライオン純一郎!すごく悲しいです。本当に、気持ちの良い店や気持ちの良い場所がどんどん削られて東京は、日本は、文化が無くなってしまいます。こ じゃれたcafeも大切かも知れないけど、年期の入った店の維持も大切です。銀行だけじゃ無い、税金とかできちんと保護して欲しい(大衆)文化財は、至る所に存在しているのです。あぁ、このことが言いたくてこのページ作ったんだ。
インクスティックでは収容出来なくなったので、こっちに移ってきました。今でこそ「Water Front」なんて当たり前ですが、当時はほとんど「辺境地」状態でした。まあ、そのため大きな音を出せたりしたのかな? The Sheena and Rokkets の10Daysは圧巻でしたね。
すごいです。GEO-COSMOSが良いです。なんか久しぶりにわくわくさせられる場所でした。雲のデータもその日のお昼くらいに更新されますし、リアルタイム感と博物館が交差していて、良いです。今度は雨やら台風の時に行きたいです。きっと龍一さんの音楽もすごい形相になっているのだろうなぁ。いやぁ、良いものが出来た。
存在しているだけでTechnoですね。その中に蝋人形館があるというのも、またまたググッときますね。
もちろん、ここから首都圏全域に(アナログ)地上波を送出しているというお仕事も、非常にアナクロ的で言うこと無しです。残念ながら、最近東京タワー近傍
がにわかに騒がしくなり始めてしまいました。デジタル時代を迎えようとしている昨今の前世の異物(誤字じゃないよ)として、永遠にひっそり佇んでいて欲し
いです。
池袋西武の上にありました。文芸座地下で映画を見て、ここでマイナーな方々のライブを見るのがじめじめっと陰鬱な インディーズにーちゃんだったりするわけだ。EP-4がやったときは、床が抜けるんじゃないかと思うくらい人が集まりました(失礼、EP-4は、西武の オープン倉庫で行われました)。佐藤薫はカッコ良かった。
カフェブームにはうんざりだったし、山本宇一氏の業績もなんなんだなーと思っていたのであまり気にしていなかった のですが、開店数日後訪問した際、店内てんてこまい状態であったにも拘わらず山本氏自らショップ内を切り盛りしていた姿に好感が持てました。その後彼が同 年代であること、地方出身者じゃなかったこと(偏見ですが、東京と言う地域性をきちんと持っているという意味です)等から、彼に対する見方が変わった店で す。何も無い所からモノの形を作って、そこでサービスを売って、顧客に満足してもらえるよう努力するって、別に彼等だけの世界じゃ無い、私達だけの世界 じゃ無い。産業の発達とはそういうものなのだ。ということを教えられたようなひとときでした。Thanks!
東京じゃないけれど、大阪でもない異質な空間だったので、入れておきます。
梅田丸ビル地下にあるインド式紅茶(チャイ)のお店。どうやら'86オープン当時に行ってたようです。今回16年振りくらいにお邪魔しました。お店自体は
由緒正しき血筋のようで、トータス松本氏がVery
Famousにした模様。ピンク色のチーズケーキは残念ながら姿を消していましたが、その代わりなんかいろいろケーキの種類があって、ちょっと嬉しかった
です。チャイが500円くらいなのに、ケーキ付きで800円とはリーズナブル。もちろん東京だったらケーキだけで450円は取れるよねって代物。ケーキの
美味具合は昔と変わらずって状態でした。
どうして載せるのって?それは、元Urban
Danceの小山クンとか、松本クンとか「なにわインディーズ」系のひとがバイトしていたところで有名でした。
上記粉と卵と対照的ですよね、ちゃんと残っていたのが本当に嬉しかったです。