「マスター、暇してんのん?」 「ああ、何も見たいものがないのにテレビをつける程度にはな」 トキワジムのリビング。俺が適当にニュースを眺めていると、エプロン姿のフライゴンが声をかけてきた。 「ほんなら、ちょっとホットプレート出してくれへん?」 「ん、分かった。もう生地できたのか?」 「後は混ぜるだけやな。先に温めといて」 「はいはいっと」 今日は珍しく、フライゴンが夕食を担当している。 彼女の料理の腕前は、フシギバナやシャワーズには敵わないものの、かなり上の部類に入る。 特にジョウトの郷土料理なんかはかなり得意だ。今も、お好み焼きの生地を作り終えたところだった。 「よ…っと。…やっぱ、鉄板がないとイマイチしまらへんな…ま、ええけど」 「さすがに鉄板なんて置けねぇだろ、うちには」 「そりゃそうやけどなぁ…とととっ!」 生地を焼こうとしていると、油が飛んだらしく慌てて顔を引くフライゴン。 …その姿を見ていると、ふと疑問がわきあがった。 「なぁ、フライゴン」 「ん、どしたん?」 「そのサングラス…いや、メガネか?外したとこ見たことねーんだけど」 「え?」 そう。料理の時も、バトル中も、寝ている時も。コイツはあの赤いメガネを外していない。 確か、シャワーズの証言だと入浴中も一度も外していないらしい。 「外したところとか見たいんだけど・・・ダメか?」 「うー…悪いけど、それはちょっと勘弁してほしいなぁ…」 「そっか…なら、いいや」 …ホントはよくはない。だから俺は、フライゴンが布巾を取るためにこちらに背中を向けた瞬間に、 その後ろに立っていた。 「ちょっと、何しとん、マスター…って、ひゃあっ!?」 「なんだ、壁に押し付けたくらいで大げさな」 「だ、だって…」 「…フライゴン…」 「ぅ、あ……」 壁に手をついて逃げ場をなくし、体ごとこちらを向かせて顔を近づける。 フライゴンは顔を真っ赤にして首をあらぬ方向へ動かしていたが…やがて、抵抗をやめて目を閉じた。 …チョロいな。 「それっ」 「あっ!」 目をつぶっているフライゴンから、メガネ(?)を奪うのは至極簡単だった。 即座に体を引いて、数歩分の距離を取る。 「…ふふ、まだまだ甘いな、フライゴン。…メガネないと、なかなか新鮮だな」 普段半端に隠れていた目があらわになると、今までなかった可愛らしさが見えた気がした。 そして、数秒間茫然としていたフライゴンが我に返り、怒って抗議してくる。 「もぉ、何するんですかぁ、御主人様!」 「………ゑ?」 …何いまの。なんか、ジョウト弁じゃない…ってか、それ以前になんかおかしいぞ!? フライゴンがそのイメージに似合わないぱたぱたという足音を立てて、こちらに走ってくる。 「かえしてくださいよぅ!……うひゃあっ!?」 「うわぉっ!?」 な、何もない所で転びやがった!? 顔面を強打したらしく、両手をついて床から体を離すが、震えて立ち上がらない。 「だ、大丈夫か……?」 「大丈夫、です…い、いたくないもん…ぅ…」 …なんだこのギャップ。…だがそれがいい、とか以前の問題じゃないか!? なんか可愛らしいけど、でも危ないぞこれ!? 「…………えい」 「あっ…」 とりあえず、顔をあげたフライゴンの顔に、さっきから左手に持っていたメガネを返す。 「……マスター、何すんの…はひゃっ!……う、うぅ、酷いですよぉ…」 「お、おぉー…」 面白い…。 メガネを取り上げ、ポケットにしまって逃げ回る。 「ほら、返してほしかったら捕まえてみな」 「あぅぅ、待って下さい~」 「う…ひっく…ぐす…」 (…やりすぎたな…) あれからしばらく逃げ回りながらからかって楽しんでいたのだが、 最終的にフライゴンは(メガネなしのまま)うずくまって泣き出してしまった。 そっと近寄り、メガネをフライゴンの顔に返した。 「うぅ…ひぅ…うぇえ…」 「…フライゴン…」 怒って殴りかかってくるかとも思ったが、元に戻っても泣いたまま。 「もう…ぅ…あんなとこ見られたら…はぅ……生きていけへん…ぐすっ…」 「…悪かったよ、フライゴン」 とりあえず俺も膝をつき、抱き締めて軽く背中をぽんぽんと叩いてやる。 「別に、メガネ外したら性格が変わってドジになるくらい気にしないって。 むしろあっちも可愛くていいじゃないか」 「うぅ…うぇぇぇぇぇ…」 「よしよし…」 泣きながらしがみついてくるフライゴンを受け止める。 …思えば、コイツの泣いてる所を見るのは初めてかもしれないな。 「よし…じゃ、機嫌なおして、夕飯の用意しようぜ」 「ん…せやな」 涙をぬぐって立ち上がると、フライゴンは自分でメガネを押し上げた。 「行きましょう、御主人様♪」 「あ、あぁ…」 ホント、別人だよな… 俺はフライゴンに引っ張られ、リビングへ連れられて行った。 「ほな、マスター。女を泣かせた責任、とってもらおか?」 「ちょっと待て!何だよそれ、聞いてないぞ!?」 「(すちゃ)…ご主人様の…いじわるぅ…ぐすっ」 「あー、もぉ、分かった!何でもしてやるからそれはやめろ、卑怯だ!」 「(かちゃ)分かればよろしい。ほな、明日は朝から付き合ってもらうで?」 「…全く…まずいものを呼び起こした気がするぜ…」