……歌いたい。 それが私の、生まれて以来持ち続けた願いだった。 リズムに合わせて言葉を放つ、ということはできる。 それが人に褒められるほどのものであることも知っている。 ……彼も、褒めてくれました。 ただそれが、私の望みを満たすようなものではなかった。 歌うこととは違った。 私にとってそれは、ただの朗読だった。 ……なぜ。 この世に生を受けてから今に至るまで、歌えたと感じたことは一度とてない。 詞の意を汲み取り、共感し、反感を抱き、私なりの解釈をもって上で言葉を放つ。 音楽の流れに乗り、同調し、逸脱し、自然と体が動き出さんほどに没頭する。 ……けれど、違いました。 これも私にとっての歌う、ということではなかった。 そうやって空回りしているうちに諦めが心を満たしていった。 『歌えなくてもいい』 そんな時の、彼の一言が、私の歌うことへの執着をより一層強くした。 『お前の価値は歌うことだけじゃない』 そんなことは分かっていた。 己の価値が歌うことだけで決まるだなんて思ってはいなかった。 でも、だからこそ、 ……歌えたのなら、素敵でしょう? 『なら、いつでも聞いてやる。歌えるようになるまで』 だったら、 ……目を、覚ましてください……。もっと、聞いてください……。 重い瞼を開くと、目の前には違いようもなく現実が横たわっている。 小さな病院の一室で、彼はベッドに寝かされていた。 交通事故。 彼の体には目立った外傷は見当たらない。 本当は昼寝の最中で、今にもおはようと言って微笑んでくれるのではないかと思えるほどに綺麗なままだった。 だが、そんな期待が叶うほど甘くはない。 彼は静かに眠っている。 ……私のせいで。 どうすれば歌うことができるのかを考えてぼんやりとしていた私を、彼は庇った。 ……貴方がいなければ。 意味がないのに。 歌う意味が。 ……なのに、どうして。 「ぁ……」 感情の堰が決壊する。 負の感情が心の中を入り乱れ、飛び交い、交錯し、思考を滅茶苦茶にしていく。 そこに残るのは感情。 「あああああ」 口から出でるのはただの一音。 力強く、純粋な音は濁流と化した感情の表現だった。 そんな負の流れの中に、私は僅かながら異質なものを感じる。 真っ直ぐな想い。 それは願いだった。 ……とどいて。 ……めをさまして。 ……こえをきいて。 「ああああああああ!」 心から溢れ出る叫びが、私の願いを、叶えた。