なんだか難しいお話を始めてしまった三人を置いて、わたしとカブトちゃんは外へと遊びにやってきていました。 とはいえ……南は海岸さえない海、北には野生のもえもんが飛び出す草むら、町の中を見てももえもんセンター――MCはおろかフレンドリィショップさえないこのマサラタウン。遊ぶといっても散歩くらいしかやることはないのです。 だってほら、わたしは水の中入れないですし……。 おじいちゃんが言うには、 『進化してリザードになれば尻尾の炎が消えても時間が経てばまた点るし、リザードンになれば空も飛べる』 とのことですが……如何せん私はまだレベル5。実戦さえ経験したことがないもえもんなのです。野生の本能はそれなりに残っているとは思いますが、自力で隣町のトキワシティへすら行けるかどうか……。 「はぁ……」 と、またもわたしが溜息を零していると、不意にカブトちゃんがわたしの腕を取りました。 「カブトちゃん?」 「…………」 ふるふる、とカブトちゃんが首を振ります。と思えば、こくこくと頷き、自分の胸をどんどんと叩いて、 「――ん!」 ガッツポーズ。 ……えと、これはなんでしょう。ひょっとして慰めてくれてるんでしょうか……? 「あ、ああ……そう、ですね。初対面のカブトちゃんの前なのに、わたしまたアンニュイ入っちゃってました」 全く、我ながら悪い癖です、ホント。 「ごめんなさい。今の、ナシです」 ぺこりと頭を下げるわたしに、カブトちゃんはちかりと目を輝かせて応えてくれました。ちょっと眩しい光の向こうで、カブトちゃんが一瞬だけふ、と微笑んだのが見えた気がしました。 無口で無表情なカブトちゃんですが……これはこれで、目は口ほどに物を言う、なんでしょう。 「では、気を取り直して。何をして遊びましょうか」 わたしがそう言うと、カブトちゃんは小首を傾げて思案顔。ああ、いや、表情は変わりませんが……えぇと、このゆっくりと点滅してる目は……し、思案目? 「――ああ、そういえば」 そこでふと、わたしはあることに思い至りました。今の今まで忘れていたこと自体失礼なことかも知れませんが……それはその、医務室のテーブルに置かれてあった、もう一つのボールのことです。 「あの子――ロコンさんは、置いてきてしまってよかったのでしょうか?」 このままでは仲間外れになってしまいます。気付いてしまった以上、放っておくのも気が引けます。 「ろこん」 同じく今思い出したという様子のカブトちゃん。初めて「……」と「ん」以外の声が聞けました。 「はい。ロコンさんです」 「ねてた」 「……そうでしたっけ?」 はて。わたしが覗いたときは後姿でしたけど……なんとなく特徴的なあの六本のしっぽが寂しげに揺れていたような気がするのは、わたしの気のせいでしょうか。 「きのせい」 「はあ……」 妙に自信ありげにカブトちゃんが言います。まあ、彼女がそう言うからには、そうなんでしょうきっと。 「――ん、あそぶ」 話は終わりだとばかりに、カブトちゃんはわたしの手を引いて歩き出しました。なんだか露骨に話題を変えた気もしないでもないですが。 「まあ……はい、そうですね。何か思いついたんですか?」 「ん」 わたしの問いに答えながら、カブトちゃんはわたしの手を引きずんずん歩きます。研究所の入り口を離れ、脇の花壇を抜けて、その先は――って、え。もしかして……。 「ああのあの、かかっ、カブトちゃん? どこへ向かってるです?」 「…………そこ」 びしりとカブトちゃんが指差した方向はというと、 ――案の定、さぱさぱと小さな波が打ち寄せる海でした。 「は……」 これは……あれですよね? おもむろに腰掛けて一緒に海を眺めるだとか、砂浜でお城を作ったりだとか、そういうつもりじゃないですよね? ……そもそも砂浜、無いですけど。 「……およぐ」 「やっぱり……って、きゃわぁっ!?」 わたしの言葉を待たず、カブトちゃんはぐいっとわたしを引っ張ります。っていうかカブトちゃん、力、強。 「ああぁ、待っ、待ってカブトちゃんすとっぷ! すとっぷですー!」 慌てて引き止めるわたし。運良く近くにあった柵にしがみ付いたところで、ようやくカブトちゃんは足を止めてくれました。 「……んゅ?」 ほにゃ、と首を傾げるカブトちゃん。うぅ、なんと素敵なマイペース……。 「あ、あのですねカブトちゃん。これを見てください」 ひょい、としっぽをカブトちゃんの目の前にかざします。カブトちゃんはそのしっぽと、先端でゆらゆらと揺れる火をじ、と見つめ、 「……しっぽ」 傾げていた首を右に傾け、 「はい」 「……ひ?」 また左に戻し、上目遣いに疑問の視線を向けてきます。 「――はい。あの、わたしヒトカゲですから……この火が消えちゃうと生きられないんです。だから海はちょっと……って、カブトちゃん聞いてます?」 わたしのしっぽに、カブトちゃんは興味津々の様子。右に左に上からと覗き込み、手をかざしたり。 「ん」 一応、話は聞いているようです。って、そんなに手を近づけたらあぶな……あ、引っ込めた。ちょっと熱そうです。 「んー、んふふ♪」 どうやら興味が海からわたしのしっぽへ移った様子。ちょっぴりだけ、表情が柔らかくなったようにも見えます。これはこれで楽しそうなので、まあ、いいんでしょうか。 と、わたしが思ったのも束の間。 「わひゃっ!?」 がしっ、と。何を思ったか突然わたしのしっぽを握るカブトちゃん。そして、 「……ふーっ」 「ひゃうぅっ!」 吹きかけられる、息。ロウソクの火を揺らすようなそれは、間違ってもわたしのしっぽの炎が消えてしまうようなものじゃないですけれど、ゆっくりと空気を揺らす風がちろちろと炎をくすぐって……、 「ぁ、あ、待ってカブトちゃ……それ、はっ、はうぅ……っ!」 なんというか、とてもくすぐった……ああぁ待って手で扇がないでっ、風、風がっ! 弱点ということはそれ即ちそういう意味でも弱いっていう意味なんですよカブトちゃーん! わたしはじたばたと暴れますが、カブトちゃんはしっぽをがっちりホールドして離してくれません。その何やらものっそい楽しそうです。めがっさ笑顔です。わたしがうっかり口調を崩してしまうくらいに。 周囲の人はと言うと……なんだかとても微笑ましいものを見る目を向けていらっしゃるんですけれど。悲しいかな、わたしたちもえもんの言葉は、人間には通じないのです……っ! 逆は通じるのに! ――と、 『…………あにしてんだ、お前ら?』 突然陽の光が何かに遮られたかと思うと、頭上から呆れたような声がかけられました。そのぶっきらぼうな口調は……忘れるはずもありません。ぼっちゃんです。 「!!」 と、カブトちゃんが持ち前の人見知りを発揮して慌ててわたしの背後に隠れました。ちなみにしっぽは持ったまま。 『あれ、誰かと思えばじいさんとこのヒトカゲか。それと……?』 ぼっちゃんはわたしの肩越しにカブトちゃんを眺め、次いでポケットからごそごそと赤い電子手帳のようなものを取り出します。それはもえもん図鑑。おじいちゃんが開発した、捕まえるだけでわたしたちもえもんの詳細なデータが自動的に書き込まれるという優れものです。遭遇するだけでも簡単な情報は得られるんだとか。 『こうらもえもん、カブト? あ~、オムナイトとプテラの間ってこたぁ、また化石でも見つかったのか』 さすがぼっちゃん、鋭い。ビンゴです。 『ふむふむ、なるほどね……っと、ああ、そうそう。なあヒトカゲ、今じじい居る?』 こくり、頷きます。 『そか、サンキュ』 わたしが答えるとぼっちゃんは、にかっと微笑んで手を振りながら研究所の方へ向かいました。ぼっちゃんのあんな素直なお礼……わたし、初めて聞きました。 わたしが呆気に取られていると、そのしっぽをつんつんと引っ張る腕。もちろん、カブトちゃんです。 「…………」 「しってるひと?」 ぼっちゃんの背中を追いながら、恐る恐るわたしの影から出てきます。カブトちゃんの人見知り範囲は4メートルと見ました。 「はい。グリーンぼっちゃんと言いまして、おじいちゃ……オーキド博士のお孫さんですよ」 「おーき……あの、しろいひと?」 白い人……? それは服装が、なんでしょうか。あ、それとも毛が? 「えぇと、多分、そうです」 合ってるっぽいので、わたしはとりあえず頷きます。 「ところで……」 「ん?」 「しっぽ、離してくれませんか?」 「ん~」 ……カブトちゃんは首を横に振りました。