ザザ――――ン…… 外はとても静かだった。 街灯が無いせいか、人の姿が見えない。 ただ、波の音がこの世界を支配している。 その世界と同調するように、今まで熱かった私の感情は、一気に冷めていった。 「……約束、か」 さっき、私が感情に任せてラプラスに言った言葉を思い出す。 ――――約束。 それは私がシオンタワーでマスターにゲットされたとき、マスターと交わしたものだった。 シオンタワー。 寿命などで世を去った萌えもんたちを供養するために建てられた塔。 沢山のお墓があって、また、多くの幽霊が目撃されていることから、 カントー地方一の心霊スポットとしても知られている。 私はその塔で産まれた。 産まれたのだから、当然親がいた。 それと、私には姉がいた。 何歳年上だったか……少なくても私が見上げるほどの身長だったということは覚えているから、 大体7、8歳は年上だったと思う。 その姉は産まれつき体が弱く、よく風邪などの病気にかかりやすくて、 親はいつも姉に付きっ切りで看病していた。 それに、姉の言うことはなんでも聞いてあげた。 遊ぼう、と言えば遊んでくれたし、 これが食べたいと言えば、作ってあげるし。 そんな、いつも親にちやほやされてる姉を、私は羨ましいと思っていた。 逆に私が遊んで、と親の腕を引っ張っても、 蚊を追い払うかのように私の手を払いのける。 食事は与えてくれたけど、それは質素なものだった。 何か頼みごとをしても、忙しいから手が離せないの、とか言って、 私は全く相手にもされなかった。 いつしか私は存在すら、親にも、姉にも、忘れ去られていた。 親は私に食事も出さなくなった。 何か食べ物を食べなければ死んでしまうから、私は時々塔から出ては、 シオンタウンのフレンドリィショップで食べ物を盗んで、飢えをしのいでいた。 何回か捕まった事はある。 その時はひどくやられたものだ。捕まった時はいつも体中に傷やあざが出来る。 そういう体の弱さは、姉から譲り受けてしまったのだと思う。 でも傷だらけで帰ってきても、親は私の事を気にもかけなかった。 その時が何より一番、悲しかった。 そんな日々が数年続いた、ある日のこと。 とうとう、親は、姉を連れて、私だけを残して、姿を消した―――― そのことを知った私は、泣いていた。……親がいないことに。 何故なのかは分からない、でも、自然と涙がこぼれていた。 いなくなって、せいせいしたはずなのに、涙が止まらなかった。 そんな矢先、私はマスターに見つけられた。 訳も分からないまま、ねむりごなで眠らされて、ボールの中に入れられて。 マスターは泣いている私を見て困惑しているようだった。 『おいおい、泣くなって。そんなに俺に捕まえられたのが嫌だったか?』 私が抱いていた人間のイメージは、とても良いものではなく、 盗みを働いた時のように、痛めつけられるのかと、 怖くて私は余計に大声をあげて泣いた。 『うーん……参ったなあ』 マスターはそう言って、頭を掻いた。 そして、私の目線と同じぐらいにしゃがんで、私の方を見た。 『なんで泣いてるんだ? 何かあったのか?』 『パパとママがいないの……おねぇちゃんも……』 嗚咽を漏らしながら、私はマスターの問いかけに答えた。 『そっか……そりゃあ、辛いよな…… ……そうだ! いいこと思いついた!』 『?』 何度も流れる涙を拭いながら、私はマスターの方を見た。 あのときの笑った表情は、今も覚えている。 『俺が――――――』 「寝るとか言って寝てないんじゃないか」 「!?」 過去の思い出に耽っていた私の心が、 突如背後からした声によって現実に引き戻される。 慌てて振り返ると、そこにはマスターの姿。 「マスター……もう、いきなり話しかけて……驚かさないでよ」 「驚かしたつもりはなかったんだけどな。 ところで、眠れないのか? つーか、疲れてるんだろ? だったら寝とけよ。 まあ、とか言う俺も眠れないんだけどさ」 マスターはそう言うと、近くにあった小石を拾い、 海へと投げる。 石は水を切って跳ねることも無く、チャポン、と音を立てて、深い海の底へと沈んでいった。 「……水切りのつもり?」 「そうだけど?」 「ヘタクソ」 「あんまやったことないんだよ……仕方ないだろ」 そう言いながらマスターは私の隣に立った。 思えば、ここにいるのって、私とマスターの2人だけじゃないか。 2人だけ、二人きり…… そんな言葉が頭を駆け巡り、頬を赤く染める。 「ガラガラ? 顔が赤いが」 「へっ? あ、ああ! ちょっと暑いのよねここ! さすがグレン島だよね! 活火山の力ってホント偉大だって思う!」 マスターに顔が赤くなってることを指摘され、慌てて誤魔化す。 何を言ってるのかは自分でもよく分からない。 「おい……大丈夫か? もしかして熱とか……」 ――ぴと。 マスターは自分の右手を私の額に当てた。 手が余りにも冷たいものだから、思わず声を上げてしまう。 「ひゃ……」 「熱は無いみたいだな……あ、もしかして!」 右手を私の額から離し、両手を叩くマスター。 「もしかして?」 「俺に惚れたか?」 「……ッ!」 マスターの頭に一発を浴びせる。 今は骨を持ってきていないので、鉄拳だが。 「いてて……突っ込みの鋭さは疲れても衰えないようだな」 「うるさいっ! マスターが一言余計なだけでしょ!」 いつものやり取り。 マスターが余計なことを言って、それに私が突っ込んで。 「はは、悪い悪い」 「反省して無いくせに……」 いつものやり取り。なのに何だか今回だけは妙に照れくさくなって、 照れ隠しに私はそっぽを向く。 「ホント悪かったって。 今日はお前に心配かけっぱなしだったし、沢山迷惑をかけたからさ」 「……別に。迷惑じゃないけど」 「そうか……? それならいいんだけど……」 そう言ってマスターは黙ってしまった。 私もそれきり口を閉じた。 沈黙が流れる。 なんだか気まずい。 この状況をなんとかしないと、と、 何か話題を振ろうと頭の中で考えてみるけど、思いつくのは一つしかない。 ――――約束の、こと。 切り出すなら今しか無いんじゃないか? だって二人きりになれる機会なんか滅多にないだろう。 今、この瞬間を逃したら、きっと後悔することになる。 そうは思っていても、なかなか口に出すことが出来ない。 ……何をためらってるんだ。今まで自分が一番、マスターに聞きたいことじゃなかったのか? 心にそう言い聞かせ、意を決した。 「マスター」 「ん?」 「あのさ……約束……覚えてる?」 「約束? ――――えーと」 腕組みをして考え込むマスター。 まさか忘れてしまったのだろうか。不安が頭をよぎる。 「――――ああ。シオンタワーでお前を捕まえたときに言ったことか? それなら覚えてるけど……それがどうかしたのか?」 「えっとさ……もし本当に覚えているなら……言って、欲しいなって」 「言うって……今ここでか?」 「うん」 「……何か、あったのか?」 「え? どうして?」 「いきなりこの話を持ちかけてくるなんて、何も無いとは思えないだろ」 そうだ。 何も理由無しにこんなことを言ってるわけではない。 ホントに……マスターは気づいていないのか? 「とにかく、言って。理由とかは後で言うから」 「そうか、……じゃあ、言うぞ?」 「うん」 「ガラガラ」 マスターは一呼吸入れた。 そして、 「今日から俺が――――お前の親になってやる」 「……」 「ど、どうだ? 少なくとも俺の記憶ではこう言ったはずだけど」 「うん、一言一句、変わってない」 「さて、何故この話を持ってきたのか聞かせてもらおうか。 何かあったのか? 誰かともめたか?」 「違う」 「じゃあ、何……」 「マスターは、私の親なんだよね」 「ああ、俺はそう思ってる」 「なのに、私が辛いときとか、不安なときとか、マスターは私を気にもかけなかった」 「え……?」 「いつもイワークばっかり見てた。どんなに私が頑張っても、マスターはねぎらいの言葉を一つも言ってくれなかった」 「……」 「いつも褒めるのはイワークばかり。それで? 親になったつもりでいたの? 今までずっと?」 マスターは返す言葉が無いのか、ずっと黙ったままだ。 そんなマスターに一方的に言葉を浴びせる。 「どんなにあの時の約束を覚えてたとしても……行動に表してくれないと忘れたんじゃないかって心配になるじゃない! 結局は変わりないじゃない! かつて私を捨てた親と! マスターは何ら変わりはしない! ……私だって、辛い時とか、不安な時だってあるのに。マスターに助けてもらいたいときだってあるのに!」 今まで心の内に隠していた思いを、放つ。 私が欲しかったものは――――マスターの愛、むしろ、家族の愛なのかもしれない。 時々、マスターは自分のお母さんの話をしてくれるのだが、 その話は、もう、心が温かくなるような話ばかりで、 それに凄く憧れていたのだ。受けたことが無いから。 でも、マスターがいつもイワークを気にかけるようになって、 マスターの姿が親の姿と重なって、 イワークが姉の姿と重なって。 その結果、私はイワークを恨むようになっていたのだ。 そして、心の隅でも……マスターを恨んでいたのかもしれない。 「あの約束は……嘘だったの……?」 目頭が熱くなった。今にも涙がこぼれそうだった。 マスターは相変わらず黙ったままだ。 私は待つ。マスターの一言を。じっと。 やがて、マスターは一歩、私に近づいた。 一歩、また一歩と、徐々に私たちの距離は近くなる。 そして、間がとうとう目と鼻の先までの距離になった時、突如、 暖かい温もりに、体全体が包まれた。 「マスター……?」 「あのさ…… 悪かった。俺、まだまだ未熟だったわ。 トレーナーとして、皆をまとめなきゃいけないのに、一人ばっかり気にかけてしまって。 それに、お前との約束……放っておいたままだった。 覚えていたのにさ……馬鹿だよな、俺」 マスターの声が、微かに震えていた。 そして更に強く、私を抱きしめる。 ちょっと苦しいけど、少しだけ嬉しかった。 「俺、もっと強くなる。 皆から慕われるような……皆の支えになるような。 お前の約束もしっかり守れるような、そんなトレーナーになってみせる。 だからさ、ガラガラ、もう一度言わせてくれ 一回、破ったっていうのに、また信じろなんて言うのは無理があるかもしれないけど、今度は約束する、本当に、絶対に忘れない」 そう言ってマスターは手を離し、私の方を見た。 真剣な表情で、目には強い決意が感じられる。 「今日から俺が――――お前の親になる」 きっと、マスターは決別したかったんだ。 今まで約束も守れずに、皆をまとめることすらも出来なかった過去の自分と。 だからもう一度この約束を、言ったのかもしれない。 この時、自分の心にまとわりついていた、親と姉に対する憎悪が崩れ去った。 頭について離れなかった、親と姉の存在。 それが、ふっ、と、消えてなくなってしまったような気がした。 嬉しいの、だろうか? 胸が温かい。 「な……何よ……」 気づけば私は泣いていた。 「こんなので……許してもらったつもり……?」 涙が、頬を伝う。 「約束……破ったくせに……ずっと、気づかなかったくせに……」 止めたくても、その意に反して涙はどんどん溢れ出してくる。 「それなのに、もう一度言わせてくれって……何のつもりなわけ?」 地面に何滴もの涙が、落ちて、染み込んでいく。 「嬉しく……なっ、んか……ないんっ、だから」 嗚咽が言葉の邪魔をする。 「分かったから、何も言わないから……、本当、お前には辛い思いをさせたな……」 一気に嬉しさや悲しさが入り混じった複雑な感情が、ぶわっ、と押し寄せてくる 「う……うわあああああああああああっ!」 マスターの胸に飛び込んだ私を、マスターは優しく包んでくれた。 私は大声で泣いた。近所迷惑だとか、そういうのは気にしなかった。 今まで私は、親に抱きしめられたことはないけれども。 親の温もりってのは、きっと、マスターみたいに、 暖かくて、 頼もしくて、 安心できるような……そんなものなんだろう。 そんなことを思いながら、徐々に私の意識はまどろんでいく。 ・ ・ ・ ・ 「……ガラガラ? って、泣きつかれて寝やがった……まあ、いいか。 進化しても、まだまだ親が恋しいお年頃ってことか……まったく。 ……ガラガラ、これからも……よろしくな。 しつこいようだけど、今度は約束、絶対に守るから」 まどろみの中で、微かにマスターの声がした気がした。 「にしても……結構可愛い寝顔してるじゃん」 「……イワーク、本当に怪我はもう大丈夫なのか? たしか2日はかかるってセンターの人が言ってたけど」 翌日。 イワークがいきなり、「出発しましょう!」と元気よく部屋に入ってくるから、 マスターも皆も驚いた。 まだ体中にあざが残っているのだけれど、本当に大丈夫なのだろうか? と、 心配になる。 「はい。センターの人にも断りを入れておきました。私のせいで皆に迷惑をかけるわけにはいきませんから」 「そうか? だったらいいけど……あまり無茶はするなよ?」 「分かりました、マスター」 たいした根性だ。 その根性には何度も敬服する。私も見習わないといけないかな。 今まで私にあった、イワークへの憎しみなどの感情は、すっかり消え去っていた。 かつての姉の姿も重なることは無くなったからだろう。 認められるような、そんな存在へと変わっていった。 それはきっと―――― マスターが私の中に渦巻いていたかつての親の姿を、打ち消してくれたからだと思う。 昨日、再び交わした、あの約束と共に。 「あ」 マスターと目が合った。 私を見てマスターは、微笑んでくれた。 マスターの微笑みに対して、私も微笑む。 それに気づいたラプラス、すかさず突っ込む。 「あら? 今マスターとガラガラの間で意味深なアイコンタクトがあったけど…… 二人とも、昨日の夜、何かあったの?」 「べ、別に、ラプラスの見間違いじゃないの? ね、マスター」 「ああ、アイコンタクトとか……俺とガラガラがいつやったっていうんだ」 慌ててる時点で嘘確定である。 「ふふ……別に追求はしないけど」 私とマスターの様子を面白がってるラプラス。 「ほ、ほら! もう行くか! トキワジムが俺たちを待ってる!」 誤魔化すように慌てて部屋を飛び出すマスター。 「あ、マスター! バッグ忘れてますよ~!」 置かれたままのマスターのバッグを持って、リザードンが追いかける。 「ほら、エレブー、いつまでも寝てないで……出発するわよ」 「んー……? しゅっぱつ……? 分かった……」 まだ寝ぼけているエレブーの腕を引っ張っていくラプラス。 「さて、私たちも行こうか……ってイワーク、何してるの?」 イワークは窓を見ていた。 視線の先にはグレンジム。 「もし、またカツラと戦うことになったら……今度は絶対に負けないって、 そう思ってた」 「そう……」 きっとイワークならやれるよ、と言いたかったが、なんだか恥かしくて言えなかった。 「おーい、ガラガラ、イワーク、置いてくぞ!」 マスターの声がする。 「さあ、行くよ! イワーク!」 「わ、そんな、手を引っ張らなくても……」 イワークの手を引いて、私は部屋のドアを開ける。 窓から見える、雲ひとつ無い青空は、まるで今の私の心を映し出しているようだった。 おしまい ―――――――――――――――――――― ふう、終わった。 やっぱ構想を文章に(ry 「ガラガラはイワークが嫌いなんだけど、その理由は過去の境遇と、 マスターが約束を破っていたからであって、 再びお互いに約束を再確認したことによって、ガラガラは過去の境遇を振り切り、 イワークのことを認めるようになりましたー」なお話になるんだと思う…… 後半部分、なんだかまとまってないような気がするんですけど、どうでしょうか。 成り立ってるだろうか……眺めてみたけど心配。 また何か思いついたら、投下してしまうかもしれませんが、 その時はよろしくお願いいたします。 やっぱさ、構想を(ry