大日本帝國の政党一覧

わが国は政党が複数存在しており、このなかでも国政に参与している政党を紹介している。

保守党




1.自由民政党
歴史は古く、立憲政友会吉田派に反旗を翻した鳩山派が創設した自由党と、立憲民政党との歴史的大合併にその端を発する。初代総裁を鳩山一郎としたこの政党はその後ながく政権党として、内閣を組織している。現時点において、衆議院の51パーセントの371議席を獲得し、貴族院においても26パーセントの92議席を占有する名実ともの第一党である。派閥は、総裁派閥の清和会(小坂徳三郎会長)、最大派閥の七日会(田中栄三郎前会長、西村進司会長)、宏池会(大原正芳会長)の三大派閥があり、政策科学研究所(大曽根康彦会長)、新政策研究会(三木武彦会長)の中規模派閥がある。政策は、政治的には自由主義であり、外交的には国際協調主義を基調とする全方位外交、福祉には現状維持であり、経済的には政府の介入権を認めつつも市場主義である。
第一次大原内閣時の党執行部の体制
総裁 大原正芳(宏池会・大原派) 香川一区
副総裁 山本一太郎(新政策研究会・三木派) 青森一区
幹事長 脇光太郎(七日会・田中派) 京城三区
筆頭副幹事長 李慈聖(政策科学研究所・大曽根派) 京城三区 
総務会長 二階堂進司(七日会・田中派) 鹿児島二区
政調会長 田中六輔(宏池会・大原派) 福岡五区
帝國議会対策委員長  天童嘉美(桜嵐会・加治派) 岐阜一区
衆議院議員会長 矢沢恵子(政策科学研究所・大曽根派) 大阪一区
貴族院議員会長 佐川昭夫(清和会・小坂派) 勅撰議員
貴族院幹事長 浅本安江(七日会・田中派) 北部区


小坂内閣時の党執行部の体制
総裁 小坂徳三郎(清和会・小坂派) 兵庫二区
幹事長 二階堂進司(七日会・田中派) 鹿児島二区
総務会長 李慈聖(政策科学研究所・大曽根派) 京城三区 
政調会長 大原正芳(宏池会・大原派) 香川一区
帝國議会対策委員長 田中六輔(宏池会・大原派) 福岡五区
衆議院議員会長 紫藤麻子(七日会・田中派) 台中一区
貴族院議員会長 福田赳夫(清和会・小坂派) 勅撰議員
貴族院幹事長 佐藤栄作(無派閥) 勅撰議員



2.立憲政友会
公爵伊藤博文を初代総裁とする歴史の古い政党であるが、自由民政党の結成、また吉田茂内閣の退陣以降は低迷し、自由民政党の興隆とともにかつての議席を維持することなく減少し、衆議院では100名前後の議席にとどまることとなった。現在も徐々にではあるが議席を減らしている。衆議院83議席、貴族院14議席の陣容である。政策的には、政治的にはやや介入主義であり、外交的には自民党と立場は近いが、帰化や難民政策には消極的であり、福祉には軽福祉であり、経済的には政府介入権の行使に積極的である。

鄭総裁時代
総裁 鄭慈将
副総裁 小宮山重之
幹事長 井上正道
総務会長 安柔紺
政調会長  田沢新
帝國議会対策委員長 高山みのり

横田時代
総裁 横田喜重郎
幹事長 瀬古正志
総務会長 古沢忍蔵
政調会長  鄭慈将
帝國議会対策委員長 韓正元



3.公明党
福祉重視の政策と日蓮宗創価学会を支持母体とする政党であり、設立当初は、大日本帝國憲法第三一條違反(「日本臣民は安寧秩序を妨げざる限り信教に関する自由を侵さるることなし。」)を理由として、枢密院違憲審査員会や監察委員会の審議に付されたこともあったが、時の経過とともに認められていった。政策は、重福祉の政策を掲げており、その他の政策は立憲政友会に近い。
党首 竹入吉勝
幹事長 沢湯子
政調会長 陳汀
国会対策委員長 大沼義人



4.徳川会
徳川幕府時代から大名であった元老院議員を中心として結成された。総裁は代々徳川本家の当主が就任する。貴族院のみに議席があるときは、単なる一会派であったが、衆議院選挙に出馬する際に、政党として再編成された。自民党と考え方は近いが、外交は、抑制主義(≒鎖国主義)である。
総裁 徳川家祐 大公 徳川宗家 貴族院議長
幹事長 井上安彦 伯爵 
総務会長 徳川親義 侯爵 紀伊徳川家
議会対策委員長 山内文定 伯爵 旧土佐藩
貴族院議員会長 徳川忠近 侯爵 水戸徳川家 地方中部 
衆議院議員会長 徳川家房 前侯爵 駿河徳川家 静岡一区





〇革新党
5.日本社会党
野党第一党であり、大正の中期に設立されるなど、歴史は古い。革新党のなかでは、一番保守的な傾向を示すが、重福祉、計画経済主義等、福祉国家の傾向を有する。右派と左派の派閥がある。
委員長 飛鳥田一雄
幹事長 大池隆
政調会長 韓朝雲
国会対策委員長 山口宰



6.日本共産党
共産主義を掲げる政党であり、アルビオン共産党とも接見がある。一部の強烈な支持者以外に、どの年齢層でも支持者は少ない。国内だけで共産革命を実施しようとする国内派と国際共産主義勢力を結集して共産革命を起こそうとする国際派の二つの派閥があり、党は国内派の勢力で固められている。国際派の勢力のなかには、スティルウェル共産党とも連携しているグループもあり、党本部が東京地検に捜査されたこともある。
委員長 宮元健二
書記長 浅田文人
国会対策委員長 飯沼隆人



7.立憲帝政党
皇室中心主義を掲げ、憲法改正と天皇親政を掲げる政党である。一部国粋主義的右翼には人気があり、住民票を細工して、一選挙区に票を集中させて当選者を出す。一部の在郷軍人会や宗教関係者に支持を持つ。派閥は、原則として存在しないが、あるグループには憲法停止を掲げるまでの急進派が存在する。共産党との仲はすこぶる悪い。
総裁 仁木次郎
幹事長 大木正孝
帝國議会対策委員長 里中道義
臣民運動本部長 朝香富次郎



8.自由民主連合
自由拡大、市場への政府介入権の抑制、国営企業の民営化を主張するなど古典派経済学者の重鎮を巻き込んだ比較的新政党である。その性格ゆえに、経済問題に関しては強いが、外交問題や国内政治問題には弱く、福祉政策にはあまり興味関心がなく、議会では少数派である。
党首 納富源次郎
幹事長 福本義信
国会対策委員長 来栖種臣



9.朝鮮労働党
昭和24年に発生した朝鮮動乱の際に朝鮮独立を掲げて、武装蜂起を行い共産革命を行おうとした同名の政党を起源にもつ。朝鮮動乱は、地元民衆の支持を得られず、そして軍隊による制圧を以って終了したが、その際に革命家たちは内乱罪で起訴された。このときの中心人物である李日成総書記も内乱罪により、平壌地方裁判所に起訴され、死刑を求刑された。大審院まで争い、再審請求まで行ったが、死刑の判決は変わらなかった。だが、昭和34年の皇太子明仁親王ご成婚の恩赦により、無期禁固の罪に軽減された。21年後、皇孫徳仁殿下の成年式、加冠の儀に際して、恩赦を願い出て仮出獄し、北鮮地方に戻り、朝鮮労働党を再結党。同年に行われた、衆議院選挙に平壌1区で出馬し、当選した。平成6年死去。現在の総書記は、李日成の息子の李正日。
総書記 李正日
副総書記 朴帝元


10.琉球自由党

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最終更新:2008年10月09日 01:37
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