こぐねえ美容室・調髪編



こぐねえ美容室・調髪編 sage 2006/05/12(金) 13:02:21.26 ID:7L+DCB2P

それはある晴れた昼下がりのことだ。
ひどくおどおどとしたエルモニーの女性がわたしの美容室に訪れた。
常時あたりをきょろきょろと見回し、失礼ながら美容室で何らかのサービスを
受けたいという雰囲気にはみえない。だがそのエルモニーは顔も見えないほどひどく
うつむきながら小声で「整形と調髪とシャンプーお願いしますもに…」とつぶやく。その時
初めて彼女とわたしは目が合った。

はたしてその時のわたしはどんな顔をしていたのだろう。あざ笑っているような、
はたまた喜んでいるような、それを後ろめたいと思っているような、実に複雑な顔をしていたと、思う。
と、いうのも彼女は4顔エルモニーだったのだ。愛らしい容姿で有名なエルモニー種族の
中でも珍種とされる、どちらかと言えば強面のエルモニーである。

このわたしもお目にかかるのは初めてであったので、先ほどのような顔をしてはいたが
「わかりました、それでは失礼します。そちらにおかけくださいね」とすぐに平静をとりもどし
つつ、仕事にとりかかるのだった。とはいえ、今の表情は完全に見られていたのだろうな…。
明らかに来たとき以上にどんよりとした呼吸で椅子につくエルモニー――もとい4顔の、
鏡に映された表情は明らかに暗く、怖い。同性ではあるものの残念ながらコグニート種族で
しかも美容を極めているこのわたしには一切縁のない悩みなだけに、実はこういった「整形」
の類の仕事ははっきりいって苦手だ。

こぐねえ美容室・調髪編 sage 2006/05/12(金) 13:02:45.22 ID:7L+DCB2P

わたしは美容師だ。こないだなどは"カリスマ美容師"との称号すら頂いている。
だが美容師に整形手術とはいささか敷居がちがうのではないかと思わないでもない。

とは言え、わたしだって美容のプロだ。来る客がたとえオークであろうと、あの気持ちの悪い
ヴァンパイアクローラーであろうと、頭を洗えといわれれば洗うし、整形しろと言われれば
してやるのが仕事なのである。そうやってお金を稼いで、お客様には喜んで帰っていただく
ことがわたしの喜びなのだから。心の中で「しっかりしよう、私!」と言いながら両の頬を
ピシャリと叩くと、とりあえず相手をリラックスさせるために声をかける。

「珍しいですね。ドワーフ種族のお客様は久しぶりですよ」
「え!?」

空気が凍った。
しまった…肩に力を入れすぎて思わず一緒に飛びだしたわたしの潜在意識が、実にいけない
一言を投げてしまっていた。わたしの頬がそれはマズいだろと言いながら震えている。

ドワーフもといエルモニー女性の小さい体格に似合わぬ大き目の肩が縮こまっている。
もしかして、本当にエルモニーのふりをしたドワーフなんじゃないのかしら。そう思いながら
彼女の首もとにぶらさがっている個人認識票をみれば、エルモニー女・マインロードと書いてある。納得。
個人紹介メモには「歌って踊れる」だとか「堀場のアイドル」とか書いてあったような気がする
のだが、そんな自意識過剰なものは見えなかったことにしておく。わたしは何も見なかった。

こぐねえ美容室・調髪編 sage 2006/05/12(金) 13:04:44.23 ID:7L+DCB2P

しかし…彼女は4顔なだけではなく、頭髪の状態もなかなかにひどい。気持ち悪い、と言っていい。
今おとなしくしているのはあくまで状態で、元来はかなり大雑把な性格をしているのだろう。
しかも、パンデモス男性に多く見られがちな体育会系的な大雑把ではなく、陰鬱で、ジメジメ
した人間にありがちな自己中心的な大雑把さが垣間みえる。長い間美容師をやっていると、
この文明社会での身体的な汚れ具合で、おおよその人物像がつかめてしまうものだ。
というか、シャンプーの前に調髪をするのはもう基本だが、ハエまで飛んでいる髪をいじくる
というのは実に気分が悪い。
そう思いながらわたしは美容ハサミを手にとり、いつもの調子で手際よく…

「……お客さん?」
「はいもに?」

手際よくはいかなかった。
その酷さでもにとか言うか、という言葉が喉まで出かかったが、あれは方言のようなものだ、
気にするまい。それはともかくわたしはなるべく言葉を選んで丁寧に

「…あまり震えられると、ハサミの手元が狂いますので…」
「ごっ、ごごごご、ごめんなさいもにぃ!」

丁寧に

「…なるべく、じっとしていてくださいね?」
「ごめんなさい! ごめんなさいもにぃ! だから虐めないでくださいもにぃ!」

ていねいに

「…何を言ってるのか分かりませんけど、本当にじっとしていてもらわないと…」
「そのハサミで何をするもにですか! 髪切るふりして耳をチョキン、とか絶対許して
くださいもにぃ!」

話を聞け。彼女からは見えなかったが、気づけば美容ハサミが本来持つかたちではなく
まるでナイフのような握り方をしていたことをはっきり覚えている。とりあえず言いくるめて
手持ちのコットンファイバーで彼女の両手と両足を椅子にしばりつけると、リラックス用に
肩を叩くふりをしつつ小声でフリーズブラッドとウェイストエナジーを唱えておいた。
まるで言うことを聞かない子供を軟禁しているようで、雰囲気の悪さは加速するいっぽうだが、
その犠牲によってめでたく調髪は終了したのである。がんばれわたし。



  • 何というか、雰囲気が良い。 一見ほのぼのっぽくも有り、殺伐としてもいる感じw -- 名無しさん (2007-08-17 22:38:50)
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最終更新:2007年08月17日 22:38