コグ姉とパンダ

格好良いお話ですね


名無しオンライン sage 2006/06/17(土) 00:03:39.53 ID:U00eqssh

『刀売ってくださいもにぃぃぃぃ!』
 耳障りな甲高い叫び声に、俺は顔をしかめた。
 鍛冶を極めた俺は、自分で打った銘入りの刀を広げて、露店を開いていた。
 鍛冶で食っているのだがら、気に入った客にしか武器を売らないなどとは言わない。だが、エルモニーに関わればロクなことにならないと、俺の経験が告げていた。
 ビスク西はいつものように混雑していて、鍛冶屋の集まるこのあたりにも人通りが多い。そのうち、俺の抱えた商品にも買い手が付くだろう。
 俺は金床で何か造っているパンデモスの男をぼんやりと見つめていた。どうやらミスリルのアクセサリーを強化しているらしく、じっと金床に眼を注いでいる。
 そこへひとりのもに子が全速力で駆け込んできた。鍛冶に集中していたパンデモスが突き飛ばされる。パンデモスはちらりともに子に眼をやったが、あきらめたように首を振って元の作業に戻った。
 もに子はそれを意に介さず、露店の品々を次々と覗きこんでいる。
「見つけたもにぃ!」
 もに子は俺の広げた商品を見て、うれしそうな声を上げた。運の悪いことに、そのとき刀を扱っていたのは俺だけだった。
 もに子は綻びたクロースシャツに、裸足だった。ただ、造りのしっかりとしたミニスカートを穿いている。
「これはそこで裁縫をやってたお姉ちゃんにもらったもによ」
 俺の視線に気づいたもに子が、聞いてもいないのに説明する。自分で縫ったわけでもないだろうに、もに子は得意げな顔をしていた。
 俺は瞬時に、そのもに子が旅人と呼ばれる存在であることを見抜いていた。
「それよりこの刀売って欲しいもにぃ」
「これはまだお嬢ちゃんにはまだ扱えないんじゃないか?」
「別にいいもに。持ってるだけでかっこいいもに」
 このもに子からすれば、俺の自信作もただのアクセサリーに過ぎないようだ。さすがにいい気はしない。
「だいたい金持ってんのかよ?」
「ここに全財産700ゴールドあるもに」
「たった700で売れってのか?」
「違うもに。全部持ってかれたら困るもに。100ゴールドくらいで売って欲しいもに」
「悪いがこっちも商売なんだ。そんな金じゃ売れないな」
「あのお姉ちゃんはただでスカートくれたもによ」
「じゃあそのお姉ちゃんに刀ももらってこいよ」
「欲しいもに欲しいもに欲しいもにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 もに子が駄々っ子のように暴れ回る。
 たとえばこのもに子から、いつか刀を使いたいから、腕を磨くためにナイフを売ってくれと頼まれたのであれば、刀のひと振りくらいはくれてやったかもしれない。
 末端肥大の気味が悪い外見であっても、まともにひとと付き合える程度の常識をもったもに子がいないわけではない。そんな都市伝説を聞いたことがある。
 だが、目の前にいるのは、ただのわがままな子供だった。俺が今まで関わってきたもに子のすべてが、こんな感じだった。しょせん噂は噂でしかないと言うことなのだろう。


名無しオンライン sage 2006/06/17(土) 00:04:45.80 ID:Vw3puU0b

「ほらほら、そんなに騒がないの」
「あっ、スカートくれたお姉ちゃん!」
 いつの間にかもにこの横に、コグニートの女性が立っていた。
「あなたの鍛冶師としての誇りをないがしろにするつもりはないのですが、その刀を適正なお値段で譲っていただけますか?」
 あんたが甘やかすから、ガキが調子に乗るんだ。思ったが口にしなかった。俺はただ、わずらわしさから逃れるように、刀を手渡した。

「お姉ちゃん、ありがともにぐへぇぇぇ!」
 明るく輝いたもに子の顔に、何かが叩きつけられていた。
「ぎゃああああああああ、痛いもにぃぃぃぃぃぃ!」
「まだ峰打ちだから安心なさいな」

 満面の笑みを浮かべて、コグニートの女性がもに子に近づく。
「お姉ちゃん、なにするもにか…? それはあたしの刀もに…」
 もに子は何が起きたか理解できないというほど、驚愕していた。それでも刀に執着する物欲は猛々しい。
「私がスキル上げの気まぐれでミニスカートなんてあげちゃったばかりに、勘違いしちゃったのね、もに子ちゃん」
 女性はなおも、もに子に向かって刀の背を叩きつける。
「ぎひぃ! ごめんなさいもにぃ! 許してもにぃ!」
 もに子の顔は、涙と鼻血でグシャグシャになっていた。峰打ちとはいえ、鉄の塊を顔面にぶつけられたのだ。鼻がつぶれたもに子の顔は、ダーインオークと見分けが付かない。
「鍛冶屋さんの言葉も理解できないサルが、口先だけで許してもらえると思ったら大間違いよ」
「ごめんなさいもにぃ!  許してくださいもにぃ! あなたの靴だって舐めますもにぃ!」
 もに子が/dogezaを繰り返し、コグニートの女性の足元に擦り寄ろうとする。。
「靴が汚れるからやめて」
「ぐひぃ!}
 またも刀の峰が、もに子に叩きつけられる。
「別にあなたに対して怒ってるわけじゃないのよ。あなたはただ、恐怖に怯えて命乞いしているだけ。それは下等生物だから仕方のないことよね。もに子ごときの脳みそで、自分の過ちに気づけと言うのも理不尽な話だってことはよくわかってるつもり。
 私は自分の作ったもので、糞もに子が増長してしまったことが許せない。自分の未熟な腕が引き起こしたことを自分の手で始末したいだけ」
 カチャリ。コグニートの女性が刀を裏返す。
「いやもにぃ…たすけてもにぃ…たすけっ!」
 刀が鮮やかに一閃した。断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、もに子の体が真っ二つになった。彼女は刀剣使いとしても一流の腕を持っているようだ。
 コグニートの女性が、もに子の死骸を堀の中に投げ捨てた。あとは魚が始末してくれるだろう。街中に生ゴミを残さない彼女の配慮は立派だった。
「あなたの刀でつまらないものを斬ってしまって申し訳ありません」
 彼女が俺に頭を下げる。
「そんな刀は破棄して欲しい」
 俺の言葉に彼女は悲しそうに眼を伏せた。
「すまない、責めているわけではないんだ。あなたが斬ったのはゴミくずではなく、職人としての駄目な自分。そうだろう?」
 俺はそれなりに腕を極めたつもりでいた。だが、それはただの驕りでしかなかったのだ。驕った心でただ売れ筋の武器を量産していただけだ。その刀もそんな駄作のひとつに過ぎない。
「俺はあなたの行動で、自らの過ちを悟った。気づかせてくれたあなたのために、一度初心に帰り、心をこめて打った刀を送りたい。だから、その刀は破棄して欲しい」
 以前の俺なら、一度売った物で何を斬ろうと自由だなどと言って済ましてしまったのだろう。
 だが、彼女に教えられた。俺はまだ、スタートラインに立ったばかりなのだと。



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最終更新:2007年07月28日 21:38