決勝(2)


「……そうか、そうなんだね」
生き残りの名前を聞き、プチヒーローガブモンが成し遂げたことを理解した。
ガブモンは命を犠牲にしてでもハムライガーを救ったのだ。きっと、そうだと信じている。
プチヒーローはガブモンのことを、そしてハムライガーのことも、信じていたのだから。
それでも、沸々と湧き上がる悲しみの感情は抑えきれない。
当然だ、ハムライガーは彼ら二匹共が揃って戻ってくることを願っていたのだから。

「……死んだのだな」
「うん」
ルカリオの目から見ても、プチヒーローの消沈は明らかであった
己のように、元より奪われて来た者も、あるいは平穏無事に暮らしてきた者でも、
誰もが誰も平等に、この場所では何かを奪われずにはいられない。
「ベホマ」
プチヒーローが唱えた治癒呪文は、ルカリオの失った体力を満たしていく。
体を動かすのにも、あるいは波導を多用しなければ戦闘行為にも問題はない。
「私は、お前に何度この呪文をもらったんだろうな」
「わかりません、でも何度でも唱えます」
数えきれぬほどのこの呪文が、ルカリオを支配から救い出した。
そして再び、ルカリオは救われている。
そうか、と呟いてルカリオは敵を見据えた。
「……私は戦うぞプチヒーロー」
全力で戦おうとも勝ち目は薄い、先程のような渾身の波導を練れぬ身では尚更だろう。
それでも、引く理由にはならない。
「殺したくてしょうがない相手が目の前にいる、きっと勝てない……それでも、私は私を止めることは出来ない。
すまない、プチヒーロー……お前にもらった命、捨てさせてもらう」
敵だけを見据え、ルカリオは振り返らない。
振り返ればきっと、ルカリオは戦えなくなる。

恩人の顔を見て、己の命を捨てることは出来ない。
今、戦わなくていい。休息を挟み、体力が全快したところで、確実にモリーを仕留める。
救われた命に報い、理性的な正しい行動を取ろうとするだろう。
今、戦わない理由を幾らでも用意するだろう。

違う。戦うのは今この時だ。そうでなければならない。
今、戦いを求めているのはルカリオだ。他の誰でもない、ルカリオ自身だ。
もし、今戦いに向かわなければ、ルカリオはルカリオではいられない。

奪われた仲間、ジャックフロスト、キノガッサボナコン、クー・フーリン、己が殺した名も解らぬ魔物のために、
今、己を構成する要素のために今、ここで、戦わなければならない。

プチヒーローから返事の声はない。
納得したのだろうか、あるいは己に掛ける言葉を考えあぐねているのだろうか。
プチヒーローが行った無謀と、己が行うであろう無謀、その行動原理は似通っている。
ならばこそ、プチヒーローは己を止めることは出来ない。
それでも、プチヒーローは止めようとするのだろう。
己が戦うように、突き動かすのは常に論理では無い部分なのだから。

ドン――軽く、そして重い音がルカリオの背後から聞こえた。
振り返ってはいけない、それは決意を鈍らせる。己が己ではいられなくなる。

「……私は行く」

返事は無い。迷わずに敵の元へと歩を進めていく。
後ろから何の音もしない。
プチヒーローが敵に襲われたわけではない、だから大丈夫だ。
何の躊躇もなく、己はモリーの元へと行ける。

「行くんだからな!」
プチヒーローが己の言葉を聞き逃したか、そのようなわけがない。
それでも、ルカリオは叫ばざるを得なかった。
叫べば、プチヒーローに言葉が届くはずと、
そしてプチヒーローは言葉を返してくれると、信じて。
鼓動が加速する。じっとりと焦りが全身を包み込んでいく。
振り向いてはいけない。絶対に、何があろうとも。

自分の足音しか聞こえない。
自分の呼吸音しか聞こえない。
自分の汗が滴り落ちる音しか聞こえない。

何も聞こえない。

「畜生……」
ルカリオは後ろを振り向いた。


プチヒーローが地に臥せっている。
何も言わず、息すら荒らげず、ただ死んだように倒れている。
己と出会う前から戦い続け、極限まで己にベホマを注ぎ、流星を斬り、そしてまた己に力を与え――そこで限界を迎えた。
死んではいない、ただ力を使い果たしただけだ。そうルカリオは判断する。
放っては置けない。
振り返らなければ、結末はどうであれ真っ直ぐにモリーと戦うことが出来た。
だが、ルカリオは振り返った。
そして、プチヒーローの今を見てしまった。
もう、ルカリオはプチヒーローを見捨てることは出来ない。

「すまない」
誰に届くわけでもない謝罪の言葉を、ルカリオは呟いた。
誰も、命を捨ててまでモリーを殺しに行くことは、望まなかっただろう。
それでも、死んだ者のために、己が生きていることが、否――戦わないことが、
死んだものの憤怒を、嘆きを、憎悪を、誰もモリーに伝えられないことが、我慢ならなかった。

死んだ者よりも、生きている者を大切にするべきだと、理屈の上では解りきっている。
それでも、プチヒーローよりも仲間を選びたかった。
そして、選べなかったことが――己の弱さであり、捨てきれなかったものなのだろう。

「プチヒーロー……」
ルカリオはプチヒーローを背負い上げた。
己の四分の一にも満たぬ重さ――その体に、どれほどの重圧を背負ってきたのだろうか。
この闘技場に安全地帯は無い、それでも彼を――休める場所へと運ばなければならない。

「休め……寝ている間に、何もかも終わらせてやる」


――刺。刺。刺。刺。
降り注ぐ雨のように、刺突は止まない。
名もわからぬ観客――否、彼は闘技場の戦士に戦いを挑んだ。故に、彼もまた乱入者と言うべきだろう。
乱入者が、チャッキーに対して繰り出す違法暗黒改造を施したポケモンの群れは、
驚くほどあっさりと、チャッキーに一匹、一匹、と心臓を貫かれ生命活動を停止させている。
理由は簡単だ、本職であるポケモントレーナーですら、ポケモンに対し同時に指示を出せるのは三匹が限界。
感情のままに闇雲にポケモンを繰り出せば、どれ程に単体の力が凄まじかろうと、それらはただの烏合の衆に過ぎない。
それに加え、各々のポケモンも暗黒バイオ技術によって、人工的に作られたクローンであり、
ただ、能力値だけが鍛えられていく彼らに実戦経験を積む機会は与えられなかった。
――振音【ブオン】。バトルレックスの骨に腹を貫かれたポケモンが、旋転の後に他のポケモンを巻き込んで観客席に叩き込まれた。
何のために彼らは生まれたか、その答えを出せるものは誰も居ない。
ただ、彼らのうちの一匹がただの質量兵器として散ったことだけは確かであった。

「な、何故だあああああああああ!!何故、勝てん」
カタ、カタ、カタ、カタ。
乱入者が恥も外聞もなく取り乱す様に、チャッキーが笑いを噛み殺すことなど不可能だった。
いい加減にトドメを刺しても良さそうなものだが、とにかく乱入者は数だけは持っている。
今までに殺せなかった分、乱入者の繰り出すモンスターを殺す。
そして、己を守るモンスターを失った乱入者を、嬲り殺す。
足の指先から、頭の天辺まで、余すところ無く殺し尽くす。
周りの観客達は乱入者とチャッキーの戦いに介入する様子はない。
今、世界一危険とも言っても過言ではないこの会場へと来たのだ。
殺されるのは自己責任であるし――何よりも、目の前で繰り広げられる戦いとも言いがたい虐殺は見ていて楽しい。
力が拮抗する実力者同士のどちらが勝つともわからぬ戦いを観戦するのが闘技場の妙ならば、圧倒的な実力者が弱者を粉砕するのを観戦するのもまた闘技場の妙。
乱入者が殺された後に、己が殺されることなど――実際の苦痛が己に与えられるまでは、どうでも良い。
今はただ、この虐殺を特等席で見ていたい。それだけだ。

「コンブール!ノーチラス!クモルル!ラグナロス!メタロード!ヤマイロチ!グリドラス!バトルオー!ヒドラ!イカテン!行けェ!殺せぇ!!奴を止めろォ!!」
存在するはずのないポケモン――遺伝子操作により生み出された一代限りの新種達、完全なるコレクション用として保持していたそれらすら、乱入者は繰り出さざるを得なかった。
当然、数だけ増やそうが何の意味もない、彼らはただ何も残せずに散っていった。何が原因で滅んでいったのか、乱入者もそして彼ら自身もその理由を知ることはなく。

「役立たず共があああああああああああ!!!!!」
「どうした、もう終わりか?」
死体の山を積み上げて、チャッキーは観客席まで上り詰めた。
殺そうと思えば、今直ぐに殺せる距離。
とうとう、真の意味で、観客席は、無くなった。

「どうした?モンスターを出さないのか?」
乱入者とチャッキーは、同じ高さに立っている。
だというのに、乱入者は最後に残ったモンスターボールを放つ気配はない。
この距離に来てもなお、乱入者はこの一匹を解き放つか考えあぐねていた。
最後に残った一匹、彼は乱入者の命令を聞かない。
チャッキーを狙うかどうかわからない、己の命を狙う――場合によっては、周囲の人間を殺す可能性もある。
当然、乱入者は博愛主義者では無いため、周りの人間のことなどどうでもいいが、
自分が生きて帰った後の、社会的な死の可能性――場合によっては命よりも大事な、己が築き上げた財産の消失。
何よりも、それを恐れ――躊躇してしまった。その意味では、彼の観客的な思考は抜け切れておらず――そのことを死ぬほどに後悔することとなる。

「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
チャッキーが構えたグラディウスの刃が、彼の履く高級な靴ごと彼の指を切り裂いた。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
当然、一本では済まされない。
乱入者が覚悟を決める間もなく、二本目が。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
三。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
四。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
五。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
六。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
七。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
八。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
九。
「どうした?モンスターを出さないのか?」
「グワーッ!」
最後に残った指まで、あっさりと彼を離れた。
ポケモンを失い、片目を失い、足の指を全て失い、そして今、はっきりと己の認識が甘すぎた事を乱入者は知った。

――金よりも命のほうが大事だ。

「だ、出……」
決意を決め、解き放たんとする乱入者。
だが、封印されし一匹は結論から言えば、彼の意思で解き放たれることはなかった。
手に握られたモンスターボールは、チャッキーの攻撃によって、手首ごと地に落ちた。
その衝撃によって、彼は解き放たれた。
彼の決意は全くの無駄となったのである。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
黒き竜――そう、チャッキーが認識する刹那、既に竜はチャッキーへと体当たりを仕掛けていた。
「がっ……」
竜の全体重は、その人形の体で受け止めることは叶わず。木の葉のように宙を舞う。だか攻撃はそこで終わらない。
――突。
竜の持つ二本の腕、その片腕がドリルの様に回転し――チャッキーの腹を貫いた。
「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
チャッキーを貫いたままに、黒き竜は飛んだ。
目指す先は戦場。

身長1.7m、体重90.5kg。封印されしポケモン、それは外見だけの話をすれば、カントー原産の炎竜リザードンのものと一致する。
ただ、その配色は通常種のものと違い、いや突然変異によって発生する黒色のリザードンよりもなお、暗黒に染められている。
通常では誕生し得ない、都市伝説的に語られるリザードンによく似たポケモン――裏技を駆使しなければ、遭遇すら叶わぬ世界をも破壊する可能性のある竜。
世界に対する異物。

世界中の如何なる生物であろうとも、その名を呼ぶことは不可能。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
彼自身にも己の名を呼ぶことは出来ない。



「ルカリオか」
ベヒーモス!」
数時間ぶりの再会は劇的とはとても言えはしない。
ただ、互いが互いの理由のために駆ける中、見知った姿を確認し、そして再会を果たしただけのことである。

「背負っているのは……仲間だな?」
「ああ」
数時間前に遭遇した時もまた、ルカリオは背にモンスターを背負っていた。
一瞬、ボナコンかと思ったが、背を見れば当然ボナコンではない。
もちろん、モリーの言葉でその死を確認している以上、わかりきっていることはあるが、
しかし、あまりにも似通った状況が、ベヒーモスに有り得ない考えを抱かせてしまったのである。

「ボナコンは…………どうなった」
協力してモリーを倒そうというのだ、地雷と成り得る事柄に首を突っ込むのは賢い行いではない。
だが、他愛無い感傷がその最期を知ることを望ませた。

「アイツは…………アイツは、最高に格好良く、死んだ」
「そうか」
どう死んだのか、何を思って死んだのか、何もかも伝えたかった。
だが、言葉が出せなかった。もし出せても、きっと言葉を止めることは出来なかった。
ボナコンの死は、どれ程の時間があろうとも、きっとその語りを終えることは出来ない。
ならば、ただボナコンの遺言に従い、格好良く死んだと、今はただそれだけを伝えればいいように思えた。
そして、ベヒーモスもそれ以上追求することはしなかった。

「これより、モリーを殺しに行くつもりだが、お前はどうだ?」
一切飾り気のない言葉は、オブラートに包まれぬ殺意そのものの顕在だ。
モリーへの純粋な殺意という点では、ベヒーモスとルカリオは共通するものがある、余計なオブラートに包む必要はない。
「悪いが、今すぐに行く訳にはいかない」
果たせるかな、ルカリオはその申し出を拒否した。
背負った仲間のためだろう、そういうことならば仕方あるまい。

「いいだろう、お前の背負った者……名前は何だ?」
「プチヒーローだ」
「プチヒーローの回復の後、それならどうだ」
「問題ない」
「よし」

この時、ベヒーモスには2つの選択肢が与えられていた。
ルカリオ達に同行しプチヒーローの回復後にモリーへと挑む道。
ルカリオ達と別れ、他の生存者を探した後にルカリオ達と合流しモリーへと挑む道。

この三匹でモリーに勝てるかどうか、それを言えば非常に危ういところがある。
だが、プチヒーローを背負ったルカリオだけでは、何かがあった場合に、呆気無く殺される可能性が高い。

「我もついていく、問題はないな?」
残り七匹の生存者と合流できる可能性、今の戦力でモリーに勝てる可能性、別れた後のルカリオとプチヒーローが生存している可能性。
様々なものを天秤にかけ、ベヒーモスはルカリオと共に行くことを決断した。

「良いのか?」
「気にするな、お前達に死なれた方がモリーを討てる可能性が低下する」
「……ありがとう
ルカリオは深々と頭を下げた。
ベヒーモスと共にいれば、背のプチヒーローをむざむざと殺させる可能性は大分低下する。
ベヒーモスにも思惑はあろう、だがプチヒーローの命を守ろうとしてくれることが何よりも嬉しかった。

「では……む?」
この三匹の合流、それは新たなる戦いの呼び水に過ぎなかった。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
耳をつんざく怒轟は、竜の叫びでありながらどこか植物的な響きを窺わせた。
音の出処は――上だ。
上空を旋回する黒き竜――その姿は二匹の目にもはっきりと映っている。

「リザー……ドン……?」
黒き竜の姿は、己の知識にある火竜とよく似ている。
しかし、本能的にそれがそもそもポケモンであるかどうかも疑わしい異種であることを察した。
カタ、カタ、カタ、カタ。
黒き竜の右手に貫かれたままのチャッキーが笑う。
チャッキーは人形であるが故に、刺突では致命傷に至らしめることは出来ない。
完全なる破壊、それを以て彼は死に至る。
ならば、何故黒き竜に大人しく貫かれるままになっていたのか。

「楽しい空の旅をありがとう……運賃だ」
グラディウスの刃が黒き竜の手首を、己を貫く腕ごと切り裂いた。
身体の一部が欠けた、というのに黒き竜は呻き声一つ上げはしない。
元より痛覚など存在していないのかもしれない。
一方で、高所からの落下によるダメージをチャッキーは受けていなかった。
五点着地――衝撃を五つに分散することで、落下のダメージを限りなく縮小する技術である。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
「かた、かた、かた、かた、かた、かた」
降り立った二匹の怪物に対し、ベヒーモスとルカリオは瞬時に構えた。
様々な異世界よりモンスターが集められたこの闘技場であるが、
この二匹は、今生き残っているモンスターの中では特に――住む世界が違う。
会話は勿論、モリーに対しての共闘も不可能。
後続の憂いを断つ意味でも、ここで仕留めるべきだろう。

初めに仕掛けたのは、黒き竜だった。
「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
雄叫びと共に、吐き出すは虹を思わせる冷気の光線――オーロラビーム。
己の属性を象徴する、尾に青々と燃える炎。
それを考えれば、その黒き竜が冷気の技を使えるはずはない。
だが、使えるはずのない技を使うからこそ、彼は世界にとっての異物なのだ。
直線上のその光線をチャッキーは易易と避けるも、その先にはルカリオがいる。
プチヒーローを背負っているために、両腕は使えない。

「グオオオオオオオオオオ!!」
「ベヒーモス!?」
咄嗟の判断により、ベヒーモスは己の体躯をルカリオとプチヒーローの盾とした。
直撃した冷気の光線は、生半可なダメージでは済まされない。
だが、それは――敵にも同じことが言えた。

「うおおおおおおおおお!メ・テ・オ……!」
目には目を、歯には歯を、復讐法の原則である。
なれば黒き竜の放つ光線には、何を以て応報するべきか。

氷には火の星を。

ベヒーモスの体に備わりしメテオカウンターは、
攻撃の威力の大小に関係なく、降り注ぐ星が攻撃者に相応の報いを与える。
その超にして絶の威力、先制攻撃に対する誰しもか逃れ得ぬ究極の天罰と言える。
迫らんとする星の音を聞き、黒き竜は敢えて――ベヒーモスへと追撃を仕掛けた。

その追撃を予想していなかったのか、その手刀はあっさりとベヒーモスに突き刺さった。
「ドゥドド……?」
もちろん、絶大な体力を誇るベヒーモスにしてみれば、その手刀の威力は大したものではない。
だが、問題は――メテオが黒き竜を討たなかったことである。

「クッ……」
何故だ、そんな台詞をベヒーモスは吐いたりしない。
理由は解りきっている、今黒き竜とベヒーモスは限りなく接近している。
今、メテオが落ちれば、ベヒーモスも巻き込まれる。
メテオは隕石を落とす魔法ではあるが、隕石を召喚する魔法ではない。
自然現象としての隕石ではなく、魔法としての隕石なのである。
つまり、魔法である以上、隕石でありながら術者に都合の良い数々の調整が行わている。
そして術者を守る術式であるメテオカウンターが、ベヒーモスを殺す真似はしない。

では、このメテオカウンターが融通の効かない術式なのか――?
答えは否。
「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
急に襲来した小型隕石が黒き竜の背骨を粉砕させた。
威力は大幅に縮小されているが、この一撃もメテオである。
ベヒーモスを巻き込むのならば、巻き込まないようなサイズの隕石を落とせばいい。
簡単な解決策である。

「ヌルいわッ!」
黒き竜の体躯が宙を舞った。ベヒーモスのしゃくり上げである。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
明らかな致命傷を負いながらも不敵な雄叫びを上げてみせるのは、
彼の闘争心が痛みをも上回ったからであると想像するのは難くないことである。
誰も、気づいてはいないが――雄叫びと共に蒔かれた種がある。
だが、今はそれについて記載する暇はない。

「キル」
グラディウスの刃が、ルカリオの眼前を舞う。
黒き竜とチャッキーは敵対しているが、黒き竜が作った隙に任せてチャッキーはルカリオを襲った。
周り全てが敵である、ならばより仕留めやすい獲物から――すなわち、
荷物を抱えたルカリオと意識のないプチヒーローを襲うことは判断として間違ってはいない。
連撃――グラディウスの刃が、ルカリオの心臓を貫かんとする。
「回るぞ!吐くな!」
これをルカリオは背負ったプチヒーローごとバク転で回避。
両腕が使えない状況では、反撃することが出来ない。
だが、回避するだけならば今のルカリオでもそう難しいことではない。
投突。投突。投突。投突。
距離を取った、ルカリオに向けてチャッキーは竜の骨を投擲した。
狙われしは両足、心臓、頭。

「プチヒーローを離せ!」
「ああ!」
ルカリオという支えを失った、プチヒーローが地に落ちる。
と同時に、ルカリオの蹴りが足を狙う骨を打ち砕く。
更に、両手による突きが同タイミングで頭と心臓を狙う骨を打ち砕いた。

「プチヒーローを中心に円になるぞ!」
ベヒーモスが叫ぶと同時に駆ける。
この戦い、ただ敵を打ち倒すだけでは追われない。
プチヒーローを殺させるのもまた、モリーを倒すという最大目標の達成を危うくさせる。
ここで、ベヒーモスとルカリオが繰り出したる陣形が、インペリアルサークルである。

守りたい人物を中心に置いて互いに背中合わせになり、円の移動で防御する。
こちらから打って出ることは出来ないが、守りの陣形としては高く評価されている。

「我は……この場所で、誰かに背を預けられるとは思っていなかった」
「ああ、私も同じだ」
結局、出会った仲間達と共に戦えたことはなかったと――ルカリオは思い返す。
仲間が死地に赴くのをただ見守り、仲間だった者を殺し、仲間になれた者を殺した。
そして今、仲間を守るために、仲間に背を預けることが出来る。

沸々と心の底から沸き上がる罪悪感は否定出来ない。
だが、それと同様に――とうとうここまで来れたという喜びもあった。

「頼む」
「任せろ」


―――決勝(3)

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最終更新:2015年07月30日 07:48