136. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:32:07.05 0

今日も気がつくと昼休みに給水塔の上に来ている
学校で一番高いところから見える空、梅雨時にしては珍しい澄んだ青空

もう誰も来ないかもしれない、いやおそらく来ないその場所で昼食のサンドイッチをとる
天気もいいし、風も心地いいのにあんまりおいしくない

もし隣であまり面白くない話題を一方的にまくしたてる誰かさんがいたのなら
おいしくないと感じることもなく喉を通るだろうに

梯子を上りきって顔をヒョコッと出すと、「やっほー」という挨拶をする誰かさん
うちの隣からいなくなってもう1年近く

それなりの満腹感が眠気を呼ぶ
壁に寄りかかって目を閉じると、あの頃に戻れそうな気がする


137. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:33:14.88 0

「みやさぁ、こうやって寝ころがってるとさぁ」

「……」

「お空に浮かんでる感じがしない?  なぁんにも遮るものがないし」

「……」

「ねー、みやってばぁー。聞いてるのー」

「別に……」

「聞いてくれないと、ここで大声で歌っちゃうぞぉ」

「やめてよ恥ずかしい」


桃子はちょっと残念そうに鼻歌を歌い始めた
お昼休み、うちと桃子は屋上の給水塔の上で大の字になっている

下には制服が汚れちゃいけないと、桃子が持ち込んだレジャーシート
転がっている古びたバスケットボール
桃子のお気に入りの場所だった

この付属中学もある私立高校に来るきっかけは、『制服がメチャかわいいんですよぉ』という理由でここを選んだ桃子
また一緒にバスケやろうよと言われた

138. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:33:59.37 0
桃子は中学校時代バスケ部のひとつ上の先輩
バスケに適していない身長で、あまり上手くもないのに、いや一番下手だったのに生来の目立ちたがりで3年次には部長をした
校則でどこかの部活に所属していなければならず、新入生への部活紹介で一番印象にのこったバスケ部を選んだ
だって、背の小さい上級生がバスケットボールを持ってクネクネ歌って踊ってたんだから
入部してからわかったが、それは桃子だった

うちは部活にほとんど顔をださなかった
3年生が抜けた秋、部長を引き継いだ上級生の桃子から呼び出しを食らった
てっきり説教をくらうものかと思っていたら、第一声は『マジお願い、怪我人出て人足らないんだ』だった
最初はもちろん断ったのだが、小柄な桃子からは想像できないほど手をがっちり握られて頼まれた

別に握手で落とされたわけではない

139. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:34:56.95 0
「あれ……もしかして夏焼ちゃんて、すごく人見知り?」

「……っ」

うちが一番秘密にしていたこと、極度の人見知りですぐに緊張してしまい、手に汗をかいてしまうこと
無口なのはクールぶってるからではなくて、人と話すのが苦手だから
人よりちょっとは目を引く外見、生まれつきだからどうしようもない
ちょっと茶色い髪、これも生まれつきだと服装検査のたびに先生にいつも説明している
たいてい信じてもらえない
部活をさぼってばかりなの、一度体調を崩して休んだら気まずくて行きづらくなってただけ

ちょいワルに見られるけれど、本当はただの小心者
秘密にしておいて、とぶっきらぼうに頼んだら、「そのかわりに……」と満面の笑みを浮かべられた

140. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:36:24.80 0
それから夏はサウナ、冬は冷凍化ばりの体育館でバスケ部員、
そして桃子とたくさんの時間を過ごすこととなった
桃子には公私に渡ってつきまとわれ、いつのまにか「みや」って呼ばれるようになり、
うちは「桃」と呼んでいた
練習は無駄にきついし、試合は全然勝てないしで散々だった
桃子たちが引退し、うちが無理やり部長をやらせられるころにはボチボチ勝てるようになって、その後は強豪校に仲間入りをしたとか

桃子が高校に進学し、うちも進路に悩んでいたら同じ高校に誘われた
学力が足りないから無理と言ったら、部活が終わったあと毎日家に押しかけられて勉強を教えられた

教えられた、というとちょっと違う
教えには来るんだけれど、桃子の教え方があまりにも要領悪くて、だったらこうしたほうが、
それよりこのほうが、と桃子に逆に教えていたらいつの間にか成績がよくなっていた
桃子がいうには、みやはやればできる子なのに、勉強の時間が足りなかっただけだって

141. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:37:20.16 0
晴れて、かどうかはわからないけれど桃子と一緒の高校に進学することとなった
手を取り合って、というか手を取られて桃子は喜んでくれた
もう手に汗はかかなかった
このころには人見知りもだいぶましになり、普通に友達もできて、会話も大丈夫

4月中旬、桃子に案内されたのは、お気に入りのこの学校で一番高い給水塔
馬鹿と煙はなんとやら、といったらデコピンされた

それ以来、桃子とはよくお昼はこの給水塔でとることとなった
ここに来ると機嫌がよくなるのか、屋上のほかの生徒に気づかれない程度の声量で歌っていた

142. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:38:04.37 0
6月の下旬、珍しく晴れ渡ったある日
お腹が満たされ、つい給水塔の上で昼寝をしてしまった
目を覚ますと、真上に桃子の顔があった

「みやってさ」

「……なに」

なぜか緊張した
桃子といっしょにいて緊張することなんて久しくなかったのに

「よく見るとあご、長いね」

「……うるさい、桃だって」

人が気にしてることを言った罰に、桃子の長い顎を掴む
お返しにとばかりに笑いながら顎を掴み返された

ふと桃子が珍しく真顔になったと思ったら
顎を掴まれたまま唇を奪われた

どのくらいの時間唇を重ねていたかわからない
チャイムがなり、桃子がちいさく「ごめん」とあやまり、駆け足で去っていった

それ以来、桃子は給水塔の上にくることはなくなった

143. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:38:55.06 0
部活で顔をあわせても、挨拶程度で話はしない
そんな関係のまま1学期が終わった

夏休みに入り、桃子は部活に来なかった
顧問に聞いてみたところ、1学期が終わると同時に親の仕事の都合で海外に引っ越したとのこと
部員の誰も知らされておらず、ひそかに一番仲がいいと思っていたうちは大変ショックを受けた

バスケをする理由がなくなったうちは幽霊部員となり、籍は残したままほとんど行かなくなった


そして友達に誘われるまま、気がつくとバンドのボーカルをしていた
あれだけ人見知りだった自分だったのに、不思議と人前で歌うのはすごく気持ちいい
喪失感を埋めるようにどっぷりとはまり込んだ

歌っているとき脳裏に浮かぶのは、隣で鼻歌を楽しそうに歌っている桃子の横顔

たぶん、うちは桃子のこと――

失ってから気がついた、とても楽しかった時間
隣にはいつも桃子がいた
なのにずっと素直になれなかった

いろいろな気持ちを歌詞にのせ、ひたすら歌い続けた

144. 名無し募集中。。。 2009/06/23(火) 00:40:54.52 0
………。

気がつくと、壁によりかかったまま夢を見ていたようだ

あれ、誰かいる
もしかして……


「んぅ……」


まぶしい日差しの中、瞼を開けると
そこには桃子ではなく、見たことのない女の子が目の前にいた

最終更新:2009年07月03日 01:19