メンバ-の一部の意見文を雑誌「メディカルバイオ」に掲載していただけました! 皆さんからのご意見・ご感想をよろしくお願いいたします!
注)これはあくまで、一部のメンバーの考えを表現したもので、 有志の会全体の考え・意見ではありません。
株式会社オーム社 雑誌『メディカルバイオ』 医療・医科学政策,ここが焦点第18 回
深刻化する医師不足とメディカルスクール
~メディカルスクールは医師不足の解決策になるのか~(後編)
NPO 法人 サイエンス・コミュニケーション
現実化する医学部新設
前号発売直前の昨年(2009年)12月,鈴木寛・文部科学副大臣はシンポジウムにおいて,「(医学部を)新設するかどうか,来年から議論を深めていく場を設けることが決まっている」と発言した(1)。
鈴木氏は別の講演会では私見と断ったうえで「新設医学部は立派な病院を持つ所に」と述べるなど,踏み込んだ発言をした(2)。
これは,現在の医学部が定員100~120名を想定して設計されているために,これ以上定員を増やすことができないからだという。鈴木氏自身は言及していないが,医学部新設となった場合,MSが議題に上ることになるだろう。臨床研修病院としても名高い聖路加国際病院は,MSを設立する構想があることを明らかにしている(3)。
同院理事長の日野原重明氏は,政府の会議のなかでも,医師不足対策としてMSを提案している(4)。MSの設立が,いよいよ現実味を帯びてきたといえる。
世界的に増えつつあるメディカルスクール
はたして諸外国ではどうなっているのだろうか。以下、各国の状況をみていきたい。
MSは欧米では比較的歴史が長いが*1,2,1990年代からその他の地域でも新しく設置されはじめた。1990年代初頭にはオーストラリアがMSを導入,韓国では2002年から11校でMS制度が開始され,2007年にはシンガポールでMSが開設された*3。もちろん日本でも一部で検討が始まっている。東京都では2007年からMSを検討する有識者会議をおこなっており,第8回となる2009年8月には報告書が提出されている(5)。
メディカルスクールの利点①
―モチベーションの高い学生が集まる
前号でも簡単に触れたが,ここでMSを先行導入した諸外国の状況を踏まえ考察する。
まず挙げられるのが,成熟度・モチベーションの高い医学生が集まりやすいということだ。日本では,本人の動機ではなく,単に成績がよいからという理由で親や高校の教師に勧められて18歳で医学部に入学する人が多くいるといわれている(6)。医学部に在席する筆者の実感としても,医師として働くことに対する動機が低い学生が多いように感じる。
それに対しMSでは,(医学部以外の)4年生大学卒業後に医学部入学を決定するため,モチベーションの高い学生が集まりやすいと考えられている。たとえば日本の医学部では,多くの学生が運動部やアルバイトといった課外活動にたくさんの時間を費やし(7),授業の出席率も平均半数程度であるが,アメリカの医学生では部活動などはなく,授業出席率が約95%を超えている。
メディカルスクールの利点②
―医学を専門的かつ実践的に学ぶカリキュラムの存在
日本の大学の低学年でおこなわれるいわゆる教養科目は,医学との関連性が低いものが多い。入学時モチベーションが高かった学生の多くが,この時期にやる気を失っているのが現状だ。しかしMSではすでに他学部を卒業しており,教養教育を改めておこなう必要がない。このためカリキュラムのほとんどの時間が「医師養成に何が必要か」という観点から組み立てられている。
アメリカのMSでは「カリキュラムには,基礎科学および臨床医学に加えて行動学・社会経済学的な側面も入っていなければならない(ED-10)」という基準があり,LCME推奨科目*4として「コミュニケーションスキル,地域の健康,終末期のケア,健康保険経済,医療倫理,患者の安全,医学研究の手法」などを学んでいるが,これらは日本の医学部では十分に学ぶことができない。
メディカルスクールの利点③
―短期間で医師を養成できる
諸外国のMSでは,すでに大学を卒業した社会人に対し,医師として必要な知識・技術を4年間徹底的に教える。単純に考えても2年間早く医師が誕生する。しかも教育内容が実践的なため,卒業後比較的短期間で医師として戦力になることができる*5。
しかし現行の日本の医学部では臨床医現場で必要な知識技術をほとんど学んでいないため,卒業時は何もできないのが現状だ。そのため2年間の研修期間を義務づけている。こうした知識重視の教育に批判も多い(8)。現在の医学教育のままでは,医学部定員を大幅に増やしたとしても,一人前の医師が誕生するまで8年もかかってしまう。この点からも,MSは短期間で医師を養成するために適しているといえる。
声を上げ始めた医学生たち
MS導入が議論されるのは,現行の医学教育に問題があるからだとも考えられる。日本の大学病院にいる医師の半分は「教員」だが,医学教育専任の教員はほぼ皆無である。現状では大学病院での診療が忙しすぎて,学生を教えるのは「片手間」にならざるをえない(8)。そのため国家試験に合格することが目的とされ,実践的な内容が二の次にされている。MSが導入されたとしても,質のよい教育をMS,現行の医学部ともにおこなわなければ,日本の医療の危機は解消しない。
こうした状況をみて,医学生たちも医学教育の改善を訴える声を上げ始めた。「
医師のキャリアパスを考える医学生の会」では,「必修はテストのみ,必修授業は撤廃。講義・実習はすべて自由参加」という大胆な提案をおこなった(9)。これは,授業に出席している学生が半分しかいない現状に警告を発するとともに,日本の多くの医学生の本音を代弁しているとして話題をよんだ。筆者らも「医学教育・臨床実習の充実化を求める全国医学生有志の会」を立ち上げ,医学教育・臨床実習の充実化を求める活動をおこなっている*6。
本気で医師不足対策の議論を
現在の日本の医師不足は危機的状態であり,8年も待てるほどの猶予はない。現在の医師不足対策の議論に,現場との温度差を感じるのはわれわれだけだろうか。医師不足の議論には,医学生,現場の声もぜひ取り入れてほしい。
以上,2回にわたってMS制度を医師不足対策の視点から述べた。これを機に,医療関係者だけでなく国民一人ひとりが,医師を育てる制度や医学部の教育について,生命に密接にかかわる重大な問題として議論できるようになることを願っている。
(文責:柴田綾子、中西)
★サイエンス・サポート・アソシエーション(SSA)
NPO 法人サイエンス・コミュニケーションのメンバーを中心に新たに結成された任意団体
(法人化準備中)。科学技術政策の濃厚をウォッチし,知が生かされる社会の在り方を提言することを目指している。
最終更新:2010年03月20日 11:03