Moving Coffin

「いやいや、ご苦労。今回も素晴らしい戦果だった。」

パトロール中の不定期遭遇による戦闘を終え帰還した第10小隊の労をねぎらうダーツ艦長。
営倉を脱走したエイヴァールが指示を無視してハッチを破壊して出撃した一件、
さすがに全員が厳罰も覚悟していたのだがお咎めは無し、それどころか最近では何の心変わりかずっとこの調子である。
いつも不機嫌そうに艦長席に座っているイメージしか無いので、正直クルーも皆気味悪がっている。
「そうだ、聞くところによると中尉はどんな機体でもすぐに扱えるとか」
「え、俺ってそんな天才なイメージある~?それどこ情報?どこ情報よ~?」
そのおかげですっかり増長しきったエイヴァールはドヤ顔も絶好調、正直クルーも皆ウザがっている。
また同時に、何とかと鋏は使いようと言うがように歴戦の艦長流の人心掌握術なのだろうかとも噂されていた。
「素晴らしい、それでこそティターンズ軍人だ!」
大げさな身振りで驚いてみせたダーツだが目は笑っていない、そしてそのままの顔をグレン・ローランの方へ向ける。
「実は近々特殊な機体が新たに我が艦に配備されるのだが、その試験運用を中尉に任せたいと思う。構わんね、大尉」
グレンは小隊の運用を上層部から一任されているが、ブラッディホースに乗艦している以上は艦長命令にも従う義務がある。
当然ダーツはこの大尉が命令に対して異を唱えない事も把握していた。
「…任務であれば構いませんが」
「うむ、今後とも期待しておるよ第10小隊の諸君っ!」


「くそぉ、何で僕じゃなくてお前に新型機なんだよっ!」
「わはははっ、艦長命令なんでな。つぅかお前いつまでうちの隊に居るんだよ。」
ブリッジから居住スペースへ戻る通路でエイヴァールに食ってかかるミッシェルの身体がいなされて無重力空間を回転し、
それを慣れた様子でアロイスとホクトが受け止める。
ミッシェルの所属は不確定なままだがもはや第10小隊の戦闘後の風物詩としてすっかり定着した感すらある。
「しっかし本当に気味が悪いよな、あの艦長どうかしちまったんじゃないのか」
「同感」
戦闘の緊張感から解放された一同の表情は明るい、隊長のグレンを除いて。
「ふむ、パイロットは足りていないせいでMSの不足は無い。新型が届くなんて話も聞いてないのだがな」
「じゃぁ、よほど特殊な重度機密機体かもしれませんね。一体どんな機体なんでしょう?」
トップシークレットな自分の機体以外にはあまり興味を示さないカルサも珍しく気になる様子だった。
「そりゃぁ連邦最強エースの俺様が乗るんだ、きっと新型のガンダムタイプに決まってんだろ」
「また妄想が始まった、いい加減お前も中尉なんだから自覚持てよな」
「…宙二病」
エイヴァールのビックマウス含みの妄想癖は俗にそう呼ばれ、連邦宇宙軍幼年学校2年生の頃から治っていない。
その年代は宇宙空間での訓練が始まる時期であり、
生徒たちの中には「キュルルルリィ~~ン」という妙な頭痛を感じるのに始まり、
通信していない人間の声が聞こえる幻聴や見えないはずのものが見える幻覚に襲われる者がいる事が知られている。
慣れない環境と過度のプレッシャーからくる宇宙酔いや空間喪失症と同じような一過性の宇宙病とも言われ、
いずれ克服するか空間適応不可として他学科に転科していく事になるのだが
稀にこれをこじらせる者が居て幼年学校では「ニュータイプ(笑)」とイジメの原因となる事も多い。
「うっせぇな、俺の勝手だろっ!」
一同に笑われ不貞腐れて床で反動を付けて先に行ってしまったこの男はまさにこの病気をこじらせてしまったクチだが、
彼には彼の後ろで肩をすくめる二人の良き理解者が居たおかげで比較的マトモな学生生活を送る事が出来た。
普段尊大な態度を取り口には出さないが、その事をエイヴァールは常に感謝し続けていた。


そして数日後―。

格納庫には搬入されたばかりの機体を唖然と見つめる第10小隊の面々の姿があった。
「新型?」
「いや、確かに特殊な機体には違いないけどさ…」
「私実物は始めて見ました…あ、博物館で見たことがあるような記憶が…でも思い出せない。」
そこにあったのは一年戦争時にMSの不足を補う為に量産され現在ではほぼ現役を退いている特殊な機体
型式番号PX-79 戦闘用ポッド『ボール』の姿であった。
「や、やられた・・・あんのジジィっ!!俺を殺す気かぁっ!?」
謀られたことに気付いたエイヴァールの絶叫が格納庫内に反響する。
冷静に考えれてみればダーツ艦長は新型という言葉は一度も使っていない、
いやそもそもここ数日の不審な態度を疑ってかかるべきだったのだ。
ティターンズの権限であれば僻地の部隊の倉庫で眠っていたであろうコイツを徴発する事は容易い、
しかし嫌味たっぷりにわざわざ濃紺と黒のティターンズカラーに塗り替えてあるあたり
歴戦の艦長の執念と根回しの細かさたるや恐るべしである。
「…これはまた懐かしいな、私でもコイツを扱った事はないぞ」
あまりの事に全員の口から次々と感嘆ともため息ともつかない声が漏れる。
「おい、ミッシェル。お前乗りたがってたよな、コレ、お前に譲るよ」
「ざ、残念だけど『カンチョーメーレー』だから僕は諦めるよ…ていうか『動く棺桶』なんて御免被るね」
「うむ、軍人たるもの命令には忠実でなければならんな。モビルポッドでの現代戦、確かに貴重なデータかもしれん」
死刑宣告を受けた戦争犯罪人のような顔で恨みがましく周囲を見渡すエイヴァールを見て、
このままではまた無茶をやらかしかねないと考え慌てたアロイスが親友らしくフォローを入れる。
「まぁまぁ、普段とフォーメーションを変えて俺が前衛に出るからエイヴァールは後衛から援護に徹すれば何とか…」
「…武装」
ホクトの声を聞き全員の視線が一斉に機体の頭頂部(?)に注がれる。
遠距離支援機体であるボールの本来のメインウェポン180mmキャノンはそこには無く、
代わりに近接戦闘で威力を発揮する75mmガトリング砲がこれでもかという存在感を放ち鎮座していた。
「…大丈夫だって、お前ならやれるさ。ハハハッ!」
「そ、そうですよ。ガトリングも良いものですって、頑張って!」
無言のまま「orz」の見本のように崩れ落ちたエイヴァールの耳には仲間達の乾いた慰めの声は届かなかった。

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最終更新:2011年02月11日 04:37
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