-函館市 元町郊外-
北海道には梅雨がない。と言われるが、暑いのは変わらない。落し物を探してほしいとの依頼を受け街中をうろうろしている。
スーツ姿では不審者にでも思われるので、白のパーカーに下はスカート・ハイソックスに運動靴だ。スカートはとても走りやすく運動性がいいため機動性を求められる状況に持ってこいだ。ただし怪我はしやすいのがネックだ。
しかし、見つからない。手元のタブレットには目標の写真や特徴を描いたものを表示し、バックに仕込んであるアンテナを繋いで発信機からの電波を写す。
「こんな住宅街に落ちてるものなの?」
無線にぼやく。
「クライアントからリークされた発信機の位置は大体その辺」
その辺か
「GPS測位とかもっと正確なのもじゃないの?」
「GPS機能付いたのは高いんだよ。それに発信側もそれなりの電力を使うから一般的に使われるのは電波を出して探す側のアンテナに探知させる」
コウはそのまま話をすすめる。
「まだ発信機のないペットより簡単だよ。早く終わらせて私は緊急クエ行きたい」
「もう3時間は歩きまわってるが、それらしきものなんて」
目標はどこにでもありそうな黒いビジネスバッグのようなもの。中身は私たちが知る必要はない。この業界では当たり前の事。
「ない どこにもなぁぁぁぁぁぁい!!」
とりあえず冷たいお茶でも買って一息つこう 近くに自販機は。
「コウ周囲を検索、半径100m以内の自販機の場所をこっちに転送して」
「断固拒否する。自分で探せ」
まぁ、そうなるな。
ぐるっと見渡し公園を発見 そこに自販機もあったので午後の天然水を買ってベンチで休む。
落とし物なんて昨今交番へ届けられてるのでは?そっちを当たってみるか。
と タブレットから警告音が聞こえる。
『周囲に目標』
どこ、 移動してる?
スーツ姿の男性たちが目の前を通る。 それを抱えながら。
「あの、待って下さい」
後先考えず声をかけてしまった。
「なにか?」
無表情で鞄を持った男性が答える。
「あ、っと、その、そのバッグ私の物なんです。先日落としてから探してて」
無理な言い訳をしてみる。
「残念だがこれは私のバッグでね、仕事に使ってる。たぶん似ているのだろう。失礼するよ」
ああまずい、目標を逃がしてしまう。
「バッグには『立教大学』のマークと拓也と名前が刻まれているはず。それを問いただせ」
開きっぱなしの無線で聞いていたのかコウがアドバイスをくれる。
「そのマークと名前、貴方のじゃないですよね?証明できますか?」
「ふむ お嬢ちゃんのだと証明もできるのか?」
まぁ、そうなるな。
「できます。その人から頼まれて探していますから」
「奇遇だな。私もそいつから奪ったとこなのに」
他二人が私の腕をしっかり掴み拘束する。
「どうやらお嬢ちゃんはいけない世界をみてしまったようだ。いろいろとゆっくり、話を聞こうじゃないか?なに、時間はあるさ・・・他の事も交えつつじっくりとな」
男の手が頬を撫でる。
その手はゆっくりと身体を添わせるように下へ。
腰も撫でまわしながら男は笑みを浮かべる。
「大丈夫 痛い事や傷を残すようなことはしない。むしろ楽しいぞ?」
その手は衣服を遊ばせながらさらに下へと伸び、スカートの中へ入れようと
「うぐっ、このガキぃぃぃぃぃ!!!!」
男の股間を靴で思いっきり蹴りあげた。一応先端には安全靴と同じように鉄板のプレートを仕込んである。
「ザッケンナコラー!」
右の男が手を緩め髪の毛を掴む。
「ありがとねっ」
袖の仕込みナイフを下腹部へと突き立てる。悲鳴にならない声を上げながら唸り、腹を抱え込みながら倒れる。
「イヤッー!!」
もう一人拘束している男が私の顔に拳をいれる。 いったいなぁ。
「よくも貴様あぁぁぁぁぁ」
バッグを持った男が拳銃を取り出し頭に突きつけてくる。
「撃てるの? あんたに」
「舐めてんのか!?」
残念ながら私はすでにSP2022を抜いて安全装置を外していた。 まず自由を確保するために拘束してる奴に一発。
すぐに離され男は悶えながら倒れこむ。
少女が発砲したのが衝撃的だったのか驚いたバッグの男は驚いた顔を見せていた。
隙に後ろへ回り込み脚を蹴りこんでから体制を崩し、銃を持った腕をねじり武装解除。そしてこちらが頭に銃を突きつけ
「そのバッグ、渡してもらえますか?発砲は目撃者を増やし、警察がくるので控えていたのに」
「命令されて渡す奴がいるとでも」
この男強情。
「だよね、命まで奪うのは主義じゃないから」
銃を下ろす。
「ここで命と引き換えに渡すのも悪くないが、後が怖いぞ?」
男がバッグを地面に置く。
「大丈夫です。目撃者はいませんから」
男の頭を撃ちぬく。
「貴方達もです」
他二名も急所にしっかり弾を撃ち込み絶命したのを確認して目標物を拾う。なんかずっしりとして重いが、任務完了ってとこか。
「コウ?任務完了。そっち系の奴ら数人にからまれたけど発砲、排除したから安心して」
「撃った!?ウソだろこのバカ者が!!すぐに警察くるから早く逃げろ!もう地域住民が通報して警察が出動してる頃だぞ・・・」
コウが呆れ半分で無線を寄こす。
「だってあのまま汚い手で撫でまわされろとでも?観てるだけなら興奮するかもしれないけど酷く頭にキタのよ」
「だからと言って消音機もない銃を撃つのはダメだろ!しかも住宅街!!ナイフで対処しとけよ」
その通りである。
「つい血が上って、あと何分?」
「5分25秒で巡回してたパトカーが着く。後は1分置きに数台増える。警察無線では機動隊も今出た。特殊強襲部隊へも待機命令が出てるから早く」
コウが警察内のネットに潜り込みリアルタイムで状況を伝える。
「いいけど、市電で逃げ切れると思う?」
残念ながら車はイベリコが使っているためバスと市電でここまで来ていた。これはまずい。
「車はすぐに検問張られるからこっちのが好都合かも。着替えは?」
「ちゃんとありますよ。どうせ返り血浴びてるしこのままじゃ目立つ」
「西50mにトイレがあるからそこで着替えろ」
「りょーかい」
近くのトイレに駆け込み赤くなったパーカーを脱いで自分の鞄からグレーのカーディガンを取りだす。遠くからサイレンの音が聞こえ人も増えてきた感じがする。
「コウ、目立たず逃げる最短のルートは?」
「旧公会堂から教会へ抜けて、そのまま弥生坂通りを北へ進み大町駅から市電に乗り込んで。規制線が張られる前に」
ルート表示が手元に送信されてくる。
これ私有地通るのか。たしかに目撃者いたら青髪ロングの少女を追いかけるだろうから振り切るのが先決だが。
あきらかに人さまの庭を抜け教会前に出る。人混みがざわついている気がする。
スマホで拡散されたのか人々が公園へ走る中そそくさと駅へ向かう。
湯の川行きの路面電車を数分待つが普段はあっという間なのにこんな時は長く感じる。
「もう電車がくるから乗りこめば勝ちだ」
コウが安堵のため息をつく。
「そんなうまくいかないようだね」
私は通りの反対側を見ながら答えた。
いかにも怪しい黒スーツの男が何人もなにかを探すようにこちらへ近づく。
「つけられたか?」
「いや、背後には誰もいなかった。あいつらも鞄を探してここまで来たんじゃない?警察とか嘘の身分で目撃情報聞いて」
冷静に状況を把握して伝える。
「まいったね。その鞄を隠せるなにかない?」
コウが高速タイプ音を響かせながら聞いてくる。
「ないな。血がついたパーカーならあるが」
「他の乗客とかの陰にかくれてやりすごせ。90秒で電車がくる」
「あいよ」
時刻表とサラリーマンの陰に入りながら電車を待つ。一人こっちきたか。
が、もう電車はきてるからさよならだ。
整理券を取り乗りこむ。端の席で鞄を奥にして座る。
無事出発 と思ったがさっきのが乗りこんできた。 携帯でなにか通話している。
出口近くの席に座ったようだ。
市電は進む。サイレンを鳴らしたパトカーとすれ違いながら。
道路は簡易の検問所を設営しているようだが私は車じゃないから安心して目的地の駅まで揺られる。
五稜郭前のアナウンスが流れたのでボタンを押してプリペイドカードを出す。電車が止まり整理券とカードを精算機へ投入。
する前に腕を掴まれた。
「お嬢ちゃん いいバッグ持ってるね」
しまった。追手の一人が乗っているのを忘れていた。もう着替えもなければ他にも乗客はいるので武器は使えない。使うと不利になるのはお互い様なはずだが。
「自慢のバッグです。貴方にはもったいないほどにね」
腕を払って出口へ走る。男が 「待てゴラァ」 と叫んで追いかけてくるが精算機に乱暴にカードを入れて運賃を支払ってから思いっきり走る。
「コウ、ここから逃げるのにいいルートはない?」
「とにかく走れ、一人なら逃げ切れるだろ」
なんとまぁ脳筋な。
普段から鍛えているものの、あっちも必死に追いかけてくるから早い。五稜郭時計通りから大通へ出て北へ向かう。 しつこいな
「次の交差点手前を右!!このまま行くと警察本部がある」
コウの怒鳴り声と共にすぐに右折。
いくら鍛えてるとはいえ重いバッグを不安定に持ったままではこっちもつらい。
男も疲れ顔だが後ろを走っている。
消耗戦で逃げきろうかと考えていた矢先、目の前の横断歩道に数台のセダンが停まり本日は見慣れた姿の男が降りてくる。
ああ、応援を呼ばれたのか。
囲もうとする相手に思いっきり突撃。
「グワッー!!」
肘で体当たりをしながら一人どかして車を飛び越える。
車に追われたのは分が悪いなぁ。二つの高校脇を走り抜けるも背後にはなにか感じる。
「お、あれは」
バイクを駐輪場に停め降りる男性の姿が目の前に飛び込んできた。
「お兄さん良いバイク乗ってるねぇ!ちょっと貸してくんない?」
タンデムシートに置いてあるヘルメットをかぶりながら勝手に跨りエンジンをかける。
「おい、ちょっと 待て!」
必死に止めようとするも乗るときに振りまわした例のバッグが彼を直撃した。
「ごめん、後で警察に聞けば却ってくるようにはしとくから」
クラッチを握りギアをローへ蹴り込んでスロットルを吹かす。
「リッターSS、GSX-R1000か」
エンジン音と伝わってくるパワーから判断する。
クラッチを繋ぎ力強い加速で発進する。
スロトルのレスポンスとシフトを上げながらギア比を確かめ、一般車両を縫うように走り抜ける。
「あんた民間人を巻き込んで車両盗難とかイベリコ絶対おこるよ?」
コウの呆れ声が無線越しに聞こえる。
「あのままじゃ街中で銃撃戦とかおこりそうだったし、ちょうどいい脚みつけたと思ってるよ?」
バイクのエキゾーストと風切り音の中でも咽頭マイクなのでしっかりと相手に伝わる。
「とにかく盗難車両は目立つから違反事故起こさないように走って。あと近所に放置するんじゃないぞ」
「わかってますよ。汗かいたから風呂沸かしといて」
「へいへい」
そっけない返事で無線を切られた。
ギアを4速へ入れてシフトフォーリングを感じながら走らせる。
「たまには二輪もいいねぇ。 このまま旅したい」
抱えるようにしてタンクと挟んで固定しているこのビジネスバッグはどんな価値があるのだろうか 少なくとも人が命を落としてでもほしいモノではありそうだ。
エンジン音を響かせながら帰路へ就く