-青森沖 フェリーだいせつ-
太平洋の荒波にぶつかろうとも少しの揺れを感じるだけで船は進む。大きな船体に重量、フィンスタビライザーと呼ばれる横揺れ軽減装置にコンピュータ制御の操舵装置により船旅も快適になったものだ。
レストラン横から重い扉を開けてデッキへ出て外の風を浴びる 強烈な潮風に吹かれスカートがめくれそうになるのを必死に抑えながら手すりにつかまり月夜に照らされた水平線を眺める。
20ノット+風速15mほどの風でもう髪の毛までぼさぼさだがこの夏の季節には気持ちよく、なにもない海を眺めていると心が安らぐ気がするのだ。船首が切り裂いた波がしぶきとなり風と共に全身に降り注ぐ。しょっぱい。
風圧で飛ばされそうになるのを踏ん張り、近くのベンチにフラフラと歩いて座りぼーっと景色を眺める こんな気持ちで海を眺めた事はあったか?いつも戦闘艦ばかりで移動もおっくうだと感じていたのに、不思議な気持ちになれる。
髪の毛を直していると消灯30分前の船内放送が入った。私たちの部屋は個室なので関係ないのだが、一部廊下などが暗くなり売店と大浴場が閉まってしまう。
風に飛ばされないようフラフラとデッキの出入り口までたどり着き風圧で重くなった扉をなんとか開けて中に入る。
服も髪の毛もボサボサ、船首がしぶき上げた潮で痛みそう。
「売店寄ってお風呂いこう」
売店でジュースと缶チューハイにスナック菓子、き○この里 たけ○この山などイベコウが食べそうである物をかごに放り込むと会計を済ませ部屋へと向かう。
と、部屋の前で気付く。
「あ、鍵忘れたや」
ポケットに鍵がない。オートロックなので誰か中にいると信じてノックする。
「どなたですかー」
イベリコの声
「私だ」
「お前だったのか」ガチャッ
「暇を持て余した」
「神々の」
「遊び」
ここまでテンプレである。
「髪の毛ボサボサですよ?どこ行ってたんですか?」
「外に出てた」
「夜の海は覗きこむと吸い込まれるように感じて落下する事故多いから気をつけてくださいね」
そう言いながらイベリコは私の持ってるビニール袋に興味を示す。
「売店閉まる前にいろいろ買っておいた お菓子とかジュース」
「お、サンキュー」
パソコン持ってベットで横になってたコウが寄ってくる。
「冷蔵庫に入れとくから 私は風呂行ってくる」
今度こそ部屋の鍵をポケットに入れ、着替えとタオルを持って展望浴場へ向かう。
フェリーで大浴場の営業時間はまちまちだが、この苫小牧-大洗の船は乗船から22時までとなっており、後20分程度しかない。部屋にシャワー程度はあるがやはり大きな湯船につかりたいものだ。
脱衣所に入ると終了間際なので数人いる程度。
服を脱ぎ捨てリボンもほどき、下着もかごに投げ込んで浴場へ入る。他には誰もいない。
「貸切だ」
内心喜びながらシャワーを浴びて潮を落とす。少し髪が傷んだかもしれないが仕方ない。
備え付けのシャンプーでしっかり落とし、コンディショナーを浸していく。
身体も少し磯の香りがするのでボディーソープをこれでもかと泡立て全身の汚れを落としていく。
化粧はしないのでクレンジングはいらない 石鹸の泡だけで洗顔し頭からシャワーを流す。
髪の毛の水分をしぼり、頭に巻きつけるように結んで湯船に向かう。
波で船体が大きく揺れるので手すりなどに捕まりつつ滑らないようにペンギンのようになってしまう。
「ふふふ、、やってみたかったんだよなぁ」
大きな湯船を目の前にして心躍らせ、飛び込む。
お湯が大きな水しぶきを上げ、大量に洗い場へ流れ出る
(マナー違反ですので真似しないでください)
「気持ちいぃぃぃ」
少し泳ぎながら窓際に移動し外の景色を。
観えない。沖は真っ暗で浴場の明りが反射して自分の姿が映るだけ。
鏡に近い状態のガラスと睨めっこするも景色はなにも見えなかったので改めて自分のスタイルを確認してみたり、モデルポーズしてみたり。
これも貸切風呂の特権だ。
改めて湯船に肩までつかる。揺れる船内に合わせてお湯も揺れ、波打ち際のような感じだ。
今日は移動しかしてないがやはり疲れはたまる。重い荷物は私の担当だから汗もかく。
「せめての救いはレンタカーだから広くて楽なとこだなー」
仕事を以来した教授が交通費にレンタカーまで出してくれたので豪華にフェリーで移動しているのだ。部屋もスタンダードルームと呼ばれる4人部屋でプライバシーのない雑魚寝部屋とは雲泥の差だ。
「まもなく終了時間です」
女性の乗務員が脱衣所より声をかけてきた。
物思いに更けて長くつかりすぎたか。
「今でます」
すぐに湯船からあがりタオルを巻いて浴場を後にする。
脱衣所で扇風機を独占しながら涼んでいるとサービスで瓶牛乳をもらった。
針で蓋をとり冷たい牛乳を流し込む。これが最高にたまらない。
脱衣所も清掃と残ってる人がいないかを確認する乗務員しかいないのでタオル一枚で化粧台に座りドライヤーで髪を乾かす。
長い髪の手入れは案外慣れるものだが、やはり億劫である それにこーゆーとこのドライヤーは風量が弱く乾きにくい 使い捨てブラシでときながら毛先まで丁寧に熱を当てて乾かし、備え付けの化粧水をつけてみる。
自分の頬をムニムニともっちり加減を確かめながら満足し、パンツを履いてブラは付けずにTシャツを着る。この後は寝るだけだしノーブラでいい。
衣服をまとめ部屋へ戻る。
船体の揺れで多少身体をとられるも無事辿り着く。
今度は鍵を持っているので解錠して部屋に入・・・
「ほらぁ、もっとチュー、チューしよぉよぉ」
「えい、離れんか!自宅じゃないのにヤル気にはなれんぞ そもそもにこの船の旅はゆっくりを景色を楽しみながら(ry」
「失礼しました」
そっと扉を閉める。
部屋を間違えたか?部屋番号と鍵は合ってるが。
もう一度開けてみよう。
「ほら、キッス!キッス!」
間違いない。イベリコで間違いないのだがこれは…ふと酒臭いことに気が付き、テーブルの上には缶チューハイの空き缶が散乱していた。
なんてこった。私が風呂上がりに飲もうとしていたお酒をジュースと間違えて飲んでしまったのか…。二人にアルコールを飲ませるとこうなるのか…次から気をつけよう。
「ほら、目を覚ませ。 てかそのまま寝ろ」
バシバシ顔を叩く
「あらぁ りるちゃんちゅーしよ!」
「水飲んで、ほら」
冷蔵庫に入ってる水を渡そうとすると。
「口写しで」
顔を赤くしたイベリコがキスを期待する表情で構えている。
一方コウはベッドに引きこもりぶつぶつ何かを語っている。
「…そっとしておこう」
スマホ・読みかけの旅行雑誌・財布に部屋の鍵を持って部屋を出る。
自販機で飲み物を買ってラウンジで寛ごう 朝方になれば二人も酔いつぶれて寝ているのでその時に仮眠すればいい。
自販機コーナーに立ち寄り、少し割高なアルコールを数本購入してから、ソファやテーブルなどがおいてある広いラウンジへと出る。
消灯時間を過ぎているので人も少なく明りも最小限でうす暗い。
テーブルライトのある窓際のソファをみつけそこに深く腰を下ろす。明日の朝は二人はどうなっているのだろうか 二日酔いで大変そうだなぁ 。
缶ビールを開けふわふわと波に揺られながら旅行雑誌のグルメ特集に目を落とす。
-福島沖 フェリーだいせつ-
時計で朝4時を確認した。水平線の向こうから光が差し込む。
そろそろかと思い自室へ歩き始める。船内は時間も時間なのでロビーで乗務員とすれ違っただけで皆就寝しているようだ。
一応警戒しながら扉を開けると散乱した空き缶やお菓子の袋に二人の衣服。
ベッドの上で着衣乱れたイベコウが寝像悪く寝る姿が見える。 平和にはなったが片づけは本人たちにやらせよう。 さすがに眠い。
空いているベッドに倒れ込むように飛び込んでそのまま意識が遠のくのを感じる 朝食まで数時間寝るだけ…
朝食はレストランでバイキングだ。 フェリーの食事はどの会社でも三食バイキングが主流で、大きな船だとカフェなどで簡単な軽食を出す。
4時間ほどの仮眠でスッキリしたのでルンルン気分で歩く私の後ろを顔色悪くフラフラ歩く少女二人の姿。
「これが二日酔いってやつですか」
「お前は悪酔い」
「この船360度回転してんじゃねーの」
「お前は船酔いも混じってる」
「なんで飲ませたんですか」
イベリコの八つ当たり
「なんで人が買ってきて別に入れたはずのお酒飲んでるんですかねぇ!」
思わず逆キレ
「イベリコがここにもジュースがあるからって あとから自販機で買えばいいからうんたらかんたら言いながら二人で飲んで記憶ない。 うぷっ」
缶チューハイをジュースと勘違いしたのか
「別に私は被害ないからいいけど、お二人はお楽しみでしたね?」
「「記憶にない」」
「またまた~」
「変わったジュースだなと飲んでるうちから記憶が」
「これも社会勉強だ」
レストランの受付に部屋の鍵を見せトレーを受け取って各自好きな物をとりに行く。
もっぱら二人はパン一枚程度だが、私は元をとる程度に盛っていく。
先に窓際の席を確保させておいたのでゆっくりと物色していると飲み物コーナーでいいものを見つけた。
「これ 二日酔いに効くから飲め」
トマトジュースを二人に渡す。
「うげぇ」
コウが嫌そうな顔をする。
「それ本当に効くんですか?」
イベリコも不安な表情。
「トマトジュースにはリコピンが含まれていて、そいつが二日酔いの症状となる有害物質アセトアルデヒドの作用を抑える効果がある。さらには解毒作用のあるグルタチオンや利尿作用の高いカリウムを多く含んでいるんだ。水分を摂ってどんどん排出するのが効果的なんだよ。」
「へぇ」
「そうなのかー」
うっすい反応だな
「兎に角水分も取れ」
奥羽山脈を遠くに眺めながら苦いコーヒーを飲む。
「うわっ」
「まずいです」
お子様だなぁ。
-大洗港 フェリーだいせつ-
お昼も船内で軽く済ませたところで船は大洗へと入港する。
接岸作業が行わる中私たちは荷物をまとめる。
「車両甲板への立ち入りは接岸後だからもうすぐです」
ロビーから帰ったイベリコが告げる。
「忘れ物はないな?」
「たぶん」
「行きましょう」
ロビーで待機していると接岸の放送が入ったので乗務員にチケットを見せエレベーターで下層甲板 車両が駐車してある区画へ向かう。
トラックやバス 乗用車が所狭しと並べられている中をかき分けて我々の車へと向かう。
「あったあった」
車に近づき手元のリモコンキーで鍵を開ける。
トランクにキャリーなど大型の荷物も詰め込んで二日酔い二人を後部座席に詰め込む 外から改めて車を眺めてしまう。
BMW M3セダン 色は白 直6ツインターボで生み出されるパワーは431ps 専用7速DCTやブレーキからサスペンションまですべてを走りにチューニングアップされたこの車はとても美しく、官能的な見た目からは想像もできない走りをする。セダン最速を狙うメーカーが作り出した技術の結晶だ。
移動に使う車の要望を私が出したところこのM3が支給された。カローラあたりがくると思っていたが、予想以上の物にびっくりしている。
運転席に乗り込み専用革シートにしっかりとホールドされる 着座位置が低いので前方視界が少し観えづらいがこの程度問題ない。
誘導員が指示を出したのでSTARTボタンを押してエンジンを始動する。重く、深いその鼓動とともに命に火が灯り、周囲とは違う排気音をだす。
前方車両も動き出し、誘導を受けたのでレンジをDに入れてゆっくりとアクセルを吹かす。
出口のある上部甲板へ出るため航行中は閉鎖されてる稼働式スロープを登る 車高が低いため段差でこすらないようゆっくりとハンドルを切り、上部甲板へ出る そのまま出口の光へ進むと大洗のまぶしい日差しと青空が私たちを迎えた。
タラップを降りたところで近くの駐車場に車を停めてナビに目的地を入力する。
「えっと このホテルの電話番号は」
慣れないナビと土地に戸惑いながらも、なんとかセットが完了して再び夏の日差しがまぶしい大洗を走る。
「まぶしい あたまにくる」コウが唸っている
「ホテルまで水飲んで寝てろ 1時間程度だから」
「途中でやばくなったら?」
「そこにコンビニ袋がある」
順調に走らせ東水戸道路水戸大洗ICから高速に上がり車を加速させる。
パドルシフトで3速に叩き込み合流速度に達した後、さらにシフトを上げて加速を続ける。
「さっすがアウトバーンを走る車 100km/hごときでは静かで揺れないや」
つい面白くなり追い越し車線へ入りさらに加速を続ける 拭け上がるエンジン 地を這うタイヤから微細な路面状況を伝えるハンドルとサスペンション 空気抵抗を受け流し風切り音もないこのエアロダイナミクス。
このまま走り続けていたい そんな気持ちになりながらも常磐自動車道へ乗り換えつくばへと向かう。
二人の二日酔いを連れて。