-オーストラリア ブリスベン州 豪軍南クイーンズランド本部-

 船がモートン湾に入ると皆安堵のため息をついた。ここはオーストラリア海軍の基地、任務の重要性から盛大な歓迎はないものの、前半戦が終わり短くとも休息につけるのだ。港には着岸せず湾内に鋲を降ろして船を休ませる。

 

 「さてと、我々は行きますか」

 重い腰を上げ、書類などが入ったケースを手に 内火艇へ向かう。

 「夕食はあちらで振る舞っていただけるらしいですよ?」

 七咲艦長も正装で後に続く

 「偉い人との食事ってフランス料理とかでしょ?硬いのは嫌なんだよね~わいわい食べる方が好き」

 「それには同感です。しかしこれも仕事に含まれます」

 「ありがたく労働に勤しまなきゃね」

 普段このような仕事はイベリコの役割だが、手続きなど難しいことは専用の人間が、雇われ警備員なので護衛ができる私が陸へ上がる。他二名は艦内で待機だ。

  外に出るとタラップが降ろされ内火艇が側に付けられていた。副長と停泊作業に就いていた砲雷科が敬礼する。

 「ターニャ、戻るまでお願いね」

 艦長の優しい一声

 「艦長こそ毒でも盛られないよう」

 お堅い見た目とは裏腹にジョークも出せるようだ。

 「その時は毒見する私が先に倒れてるさ、イベリコ先生によろしく」

 「艦隊司令並びに艦長に敬礼!」

 答礼はせず手をひらひら振ってその場を離れた。挨拶して飯くったらすぐに戻って出発だ、なんてことはない。

 

-モートン湾 メイジCIC-

 「交代します、食事をどうぞ」

 うす暗いCICに入ると全員が背筋を伸ばして空気が張り詰める。雑談をしていた雰囲気だったが、私が一番階級上でしたっけ?

 「鬼のドS教官イベリコ先生に皆怖がってるんだy……ごふっ」

 コウがなにか言ったみたいだが、腹部へ拳を叩きこんで黙らせる。

 「兎に角、食事まだの人は休憩しましょう」

 「……今夜は地元食材を使った料理だ…ロブスターとかあったぞ…」

 御馳走と聞いて皆に笑顔と活気がついたとこで、お腹を押さえながら彼女はふらふらと自分の席へ向かう。自分の席と言えど、座るのは絶対不可侵領域の艦長席だが。

 「じゃあ、私は休憩いてくるよ」

 コウは私物のノートPCを片手にCICから退室した。

 「私が引き継ぎます」

艦長席に座り、情報端末を立ち上げていく。

 

 

 「……ソナーに感あり、これは…?スクリュー音…?」

 ソナー担当から無線が入る。

 「どうしたの?報告ははっきりとしなさい」

 「魚雷です!!数は10、いえ、もっとです!!」

 「副長!!」

 上の艦橋にいる副長へ無線越しに叫ぶ

 「鋲上げ!軸ブレーキ脱、機関両舷最大、ヘルムライトフル!かわせ!」

 副長の指示で艦内にブザーが鳴り響き先ほど休憩に出た者や非番だったクルーが慌ただしく配置へ向かう。

 「僚艦へ連絡してください、魚雷が見えない船には戦術データリンクへ魚雷の位置を投影して!」

 通信員に指示を出していると

 「「遅くなりました!!」」

 CIC要員はすべて揃った。

 「すぐに席へ CIC戦闘モード」

 パスカルメイジの特徴は特殊なCICだろう。従来と違って上下左右に動く座席と外の状況を映し出す全周囲モニター、床の上に大きく投影される海図には自艦の位置や敵の位置などが表示され、リアルタイムでそのアイコンが動く。キーボードやマウス、個人のモニターが座席に備え付け、バイザーを装着すればより細かな情報が投影される。

 「魚雷4、本艦への直撃コースです!!」

 観測員がメイジに向かって走る魚雷を捉える。

 「ヘルムレフト20、機関そのまま」

 制止状態から巨体をなんとか動かし、ゆっくりと回頭を始める。

 「副長、かわせますか?」

 「向誘導ならばこの程度は大丈夫です。ソナー、探信音は出てないな?」

 「はい、探信音は確認できず。向誘導かワイヤーです」

 WW2以降、魚雷は目標の音をセットして追尾する誘導魚雷が主流であるが、自信から大きな音波を発して探すために早期に発見されて対処されやすい。

 「避けれるか……はっ、他の船は?」

 そう、自分の安全だけ追及してはならない。ソナーを装備していない巡視船など格好の的だ。

 「各自回避行動に移っていますが、巡視船は遅れています!」

 間に合わない。

 大きな爆発音が響き、夜のモートン湾を一瞬照らした。水しぶきの水柱が立ち、鉄の塊が悲鳴を上げた。

 「巡視船おくしりに2発直撃、傾斜していきます。駆逐艦こんそめも艦尾に被弾した模様!」

 CICと無線には悲鳴ともとれる叫び声が次々を響く。

 「他の魚雷は湾内を直進、軍港へ向かいます!」

 あっちには貨物船と豪海軍が…まさか

 「レーダーに感、ミサイル飛来!!」

 「この状況で!?」

 誰もが思ったことを副長が口走る

 「副長迎撃を」

 「あ、えっ、はいアイショーティ。短SAM装填、主砲・副砲用意!」

 「目標の数は!?」

 「数は16、本艦にレーダー照射は2 他不明!」

 獲物は護衛艦ではない…?

 「僚艦へ打電、このミサイルは陸を狙っていると」

 「副司令?」

 「副長、こいつは護衛艦じゃなく湾内の施設破壊が目的です。全力迎撃してください。」

 「しかし、他艦と目標が被る可能性が」

 「なんのためのデータリンクか!時間がないぞ」

 「フェルメール撃て!!副砲は自立管制で迎撃、本艦への目標はCIWSで対応、陸への攻撃を防げ!」

 「目標の後方からさらに飛来物あり、ミサイルさらに20です!」

 こんな数相手には

 「第一波迎撃中!!」

 弾幕を張る曳航弾で空はオレンジに光る。ミサイルの爆発が花火のように彩り、それは綺麗に見えた。回避行動と迎撃で手いっぱいの護衛艦群は奇襲も相まって撃ち漏らしが多かった。それは自分たちの頭上を越え、無防備な陸の施設へ向かっていく。陸での爆発を聞く前に

 「ミサイル1、本艦へ向かってます!」

CICの報告が先だった。

 「迎撃、早く」

 「CIWSも間に合いません!」

 「ニードルマイン発射、衝撃に備えろ!!」

※ニードルマイン 近接防御兵器。投射器はチャフ/フレア散布装置と併設されている。他の防御手段では対応困難な超至近距離に侵入した敵ミサイルに対して用いられ、発射されると弾頭が無数の小型弾として拡散、弾幕となって敵ミサイルを撃墜する。敵ミサイルの破壊そのものよりも軌道を変更させることにより艦の重 要部分への直撃を防ぐことを目的とするため、迎撃に成功しても破片などによる損傷は免れない。

 マイクに叫んだ数秒後に激しい揺れに襲われCICでも何名かが座席から飛ばされた。背中から叩かれるような衝撃が与えられて少し思考が止まって、その後は

 「う…ぐっ…被害は!?」

 「艦橋左にて迎撃に成功、ですが至近弾により被弾しました」

 「機関室、報告を」

 「左舷マストのレーダー類は使用不能、SPYレーダー三番もダメです!」

 機関長の深水三佐が叫ぶ

 「艦橋で火災を確認、副長との通信途絶です!!」

 モニターがダメージコントロール表示に代わり、艦橋が火災を示す赤マークが灯る。

 「ダメコン急いでください。コウ近くでしょ?一緒に見てきて」

 「はっ!?なんで 今食堂で椅子と一緒に飛ばされたとこだよ?」

 無線越しに文句が返ってくる

 「あなた暇でしょう?それに上の状況を知りたいんです」

 「わーった すぐ行く」

 

 「落ちついて…今は自分の安全と…」

 

 

-パスカルメイジ 第二甲板-

 こう軍艦とはなんとも動きにくいのか。狭いし梯子で上り下りも大変だし。いくつのラッタルを駆け上がり、艦橋への水密扉がある区画までたどり着くと応急班が立ち往生していた。

 「どうした?」

 「爆発の衝撃か扉が変形して開かないんです。何人かで叩いているのですが…」

 「だとさ、副司令どの」

 インカムに話しかけ指示を斯う。

 「今から指示を出すところをバーナーとプラズマカッターで焼いて下さい」

 パットに扉の図面とマーカーが映りすぐに火花を散らしながら作業が始まる。あちい

 「応援です!」

 別の応急班も到着したとこで

 「今焼いてるとこだから終わったら力貸してくれ、こじ開ける」

 ガシャンと鉄の落下する音がして

 「終わりました!」

 「せーのっ」

 女でも10人集まれば鉄の扉も蹴り飛ばされる。

 すぐに艦橋へ飛び込むもそこは炎と熱が立ち込めた地獄だった。明りは夜間戦闘なので灯されてはいないが、火災の炎で十分に明るい。よほど近くで爆発したのか窓はすべて割れ、扉も変形していた。そこに倒れる人影が複数ある。

 「副長!」

 駆け寄るも意識はなく、飛ばされた衝撃か破片で酷く出血していた。抱えるもその身体は熱く、力が帰ってこない。急ぎ傷口を抑え止血し、手持ちの衣服で縛り付ける。

 「すぐに救護を!あと消火作業急げ!」

 スプリンクラーの弁を手動で開け、天井から水が降り注ぎ、応急班の二酸化炭素消火器で火を消していく。

 「こちら意識あります!」

 艦橋三人娘の一人が無事?のようだが、この衝撃では……副長を担架に載せて駆け寄ると切り傷程度ではっきりと受け答えする少女があった。

 「名前言えるか?」

 「虹浦 鈴音一等海尉、操舵手です…他のみんなは…」

 ちょっと気が動転しているのか?仕方ないか。名簿と照らし合わせ確認っと 

 「すぐ救護班がくるから大丈夫だ。まずここかr…」

 「まだ、戦えます。私は…まだ!」

 「満身創痍だろう?」

 「かすり傷です。それに…水萌が庇ってくれたから私は平気です!」

 鮎原 水萌・速力伝達員か

 「だがな…」

 「私がこの艦を一番上手く操縦できます。私がいなければこの先の戦闘はできません」

 「気持ちはわかるが……あ~」

 自信を持った発言に圧倒されてしまった。どう返せばいいのかわからない。

 「一尉、操舵の続行を許可します。ただし、医官に手当してもらい、許可をもらうまでは待機だ」

 艦橋スピーカーからイベリコの声

 「感謝します」

 フラフラと立ち上がり敬礼をしてみせた。

 「副長は?」

 「意識なし、重傷です」

 駆け付けた船医が容体を確かめる

 「なら指揮官は砲雷長に委任…」

 「いえ、階級的に副司令かと」

 砲雷長にはっきりと意見を具申される。

 「私ですか…確かに司令官も艦長もいない今、ここで指揮を取るのは副司令官の肩書をもつ私でしょうね…」 

 「イベリコ?」

 「……全艦に通達、司令官の安否不明によりこれより艦隊の指揮は私が取ります!パスカルメイジも副長の負傷により操艦を頂きます。異論のある者は?」

 その張り上げた声は、迷いもなく、覚悟を決めたイベリコだ。

 「艦橋、異論なし」

 「砲雷科も」

 「機関室も同じく」

 「その他まとめてオールオッケー!!」

 「よかった」

 なぜか私が安心してしまった。

 「では、パスカルメイジの操舵を一時操縦室に移乗、ダメージコントロールが終わり次第戦列に復帰します。武器管制、ソナー、レーダー、各部署準備はいいか!?」

 「アイ、ショーティ!!」

 「CIWS、短SAM再装填急げ!ソナー、敵の潜水艦を探せ。次は誘導がくるぞ。デコイ用意、全戦闘艦とのデータリンク密に」

 イベリコの指示が絶えることなく出される。

 「あかつき丸に打電、これより湾内から脱出する、ワレに続け。巡視船あきつしまとコールマン、モンゴメリは直衛に回れ、駆逐艦こんそめとまろにーは本艦と共に潜伏する脅威を発見、排除する」

 坦々とイベリコが指示を出し、艦内スピーカーで嫌というほど耳に響く。私は焦げたにおいのする艦橋を見渡し、…これからどうしたものか

 「コウ、操舵手が復帰するまで例のアレを使いましょう」

 「マジ?」

 「マジです。操縦を操舵室に委ねても一緒ですからね」

 アレとは、自動化の進むこの艦とシステムの中で生み出された制御用AIだ。指示する人間の放った命令を読み取り正しく実行する。つまりマイクに右向けとかミサイル撃てとか喋るだけで実行する優れ物。乗艦してから技研と海里 美晴三佐が開発中の物を見つけ私が息を吹き込んだが、まだ実践テストもない。

 「情報統括長、テストなしにいきなり起動するぞ」

 「…たぶん大丈夫です。CICから常時サポートはします」

 「少し待ってくれ、艦橋の生きてる機械を探してPCを繋ぐ」

 爆発と火災の後で無事に動く機材はあるのか?

 「レーダーは画面も使えないか…」

 艦橋には5つの座席があり、前二つは艦長とオブザーバー用で端末も座席と一緒にあるがどれも電源すら入らない。後ろ三席は左から速力伝達・操舵・レーダーの並びだが、レーダーは画面に大きな破片が刺さっており使用できない。操舵ハンドルなどは触った事がないので不明だ。速力や方位を示す数字が点灯しているのでおそらく使える。

 「このあたりに……誰か、メンテ用のUSBとか外部接続できる部分しらないか?」

 潜って探すもよくわからないので応急員に助けを求める。

 「メインコンソールでしたら…ここを開けると」

 「あった」

 専用コネクタと変換ケーブルまでセットに置いてある。火災で燃えてないが救いだな。

 「情報統括長、やるぞ」

 「いつでも」

 自分のPCと接続、同期が終わり、アプリケーションを起動させる。

 「シークエンス、スタート。非常事態のため、プロセスC-30からL-21まで省略。
主動力、オンライン。再始動」

 パスカルメイジのすべての動力が(CICやシステムはバッテリーで別電源)落ち、照明と機関が停止した事で一瞬静寂が訪れる。そしてエンジンが再始動の準備で唸りを上げ、海里が手順よくシーケンスをクリアする。

 「出力上昇、異常なし。定格まで、450秒!」

 「長すぎる!メインバッテリーとのコンジットの状況!

 「はっ!…生きてます!

 「そこからパワーを貰え!コンジット、オンライン!パワーをアキュムレーターに接続!

 「接続を確認、フロー正常!定格まで20秒。生命維持装置異常なし!

 「CICオンライン。

 「武器システム、オンライン。FCS、コンタクト。磁場チェンバー及びペレットディスペンサー、アイドリング、正常。」

 「主動力、コンタクト。

 エンジンを再始動させ、ゴウンっと低い音と衝撃が艦内を包む。PCや制御盤以外の明りがまぶしく灯る。

 「エンジン、異常なし。パスカルメイジ全システム、オンライン。AI起動準備完了

 「イベリコ!!」

 キーを激しく叩きながら叫ぶ

 「B....起動!!」

 『おはようございます。メインシステム起動、艦長名をどうぞ』

 「ID114514 イベリコ」

 『そのIDの権限では命令は受け付けられません』

 「ちょっとコウ」

 「入力されてる権限は七咲艦長か司令官殿だな、書き換える」

 『上位権限よりの更新を確認、キャプテン・イベリコの命令を受諾します』

 「機関最大、方位0-1-1、兵装は手動にて操作、間に合わない部分をサポートして迎撃回避をAI任せつつ湾外へ脱出します」

 『アイ、マム』

 「アクティブソナーを一度撃つ。対潜水艦を想定して微弱な音も聞き逃すな。続いてスティガンテ装填、水上艦用安全深度解除、自立誘導に切り替えて指示するポイントに投下、湾口の2ポイントへ。」

 CICの乗員が不思議な顔をする。

 「そんな明後日な方向になぜ?」

 「後でわかる。駆逐艦へアスロック発射を要請、座標はスティガンテ投下位置より東へ20 数は5でいい。地上の様子と対潜哨戒が欲しい。艦載機発艦、指示を待て。進路修正取り舵20、速力35で固定、先頭に立つぞ!!」

 「アイ、ショーティ」

 『アイ、マム』

 

 頭に包帯を巻いた少女が艦橋に駆け上がってくる。

 「遅くなりました、復帰します」

 「大丈夫か?」

 「かすり傷です。大きな爆風からは同僚が身を呈して守ってくれました」

 「よし、舵を取れ。艦長代理の指示は厳しいぞ~?」

 「私なら操艦できます」

 その顔は少女の顔は自信で満ちていた。

 

 「アスロック爆発します!」

 「思ったより小さい、避けられたか」

 「艦載機は?」

 「発艦を完了、現在上昇中」

 「ドロップワンへ、湾口部にソナーを投下後反転、陸へ向かえ」

 「アイ、ショーティ ソノブイ投下、データをカレントアルファへ送信します」

※ドロップワン=艦載機のコールサイン カレントアルファ=パスカルメイジ

 「ソナー、アクティブ撃て」

 「アスロックの爆発でまだ雑音が…いえ、感あり」

 「微弱ですがスクリュー音、潜水艦です!」

 「エンジン切って大人しくしてたが攻撃されたらビビって動いたか 素人め」

 「座標を駆逐艦へ送信、今度こそ仕留めろ」

 逃がしませんよ…しかし

 座席に深く腰掛け、少しため息をつく。

 陸は大丈夫なのだろうか

 

最終更新:2017年01月27日 22:49