-札幌 郊外 雑居ビル-
そこに私たちはいた。
季節も春になり、雪より花粉が多くなる頃、北海道は雪が徐々に解け始め、ここにも春が訪れようとしていた。
「ですから、今日、ここで、払って頂かないと」
「だからできない話だ」
一歩も進展しない話し合いが続いていた。
ここはとある雑居ビルの一室。ある団体に借金+いろいろの取り立てにきている。出された紅茶はロシアンティー 焼き菓子はクッキーだ。うまい。
「請求の日時は過ぎているのに、金利も延滞料金も請求しないのは神様だと思いませんか?」
「じゃあ最初からシャバ代でこの金額はおかしいと思うぜ?」
「それは取り立ての代行である私共に言われても困ります」
そう、今日は借金取りのお仕事だ。何でも屋みたいな事してる我々からすればお茶飲む程度の日常である。この大地では、ロシア資本と移住者が多く、ロシアンマフィアも非常に多い。治安の悪化も一時は懸念されたが、彼らのボスは一般人への暴力などはもちろん、治安を害すことを禁じた。(バレないとこでやって証拠をのこさず、巻き込むなってこと)
「期限までに支払いができなければ相応の手段に踏み切らねばなりません。それは私達も得がないのです」
「わかってる。わかってるけど、ないものはないんだ」
THEマフィアって顔立ちの男は顔色を一切変えず、ソファで寛ぐ。シワ一つないスーツがお似合いですね。 そう考えながらひたすらクッキーを口に入れる。
「はぁ、しかたない。アレ貸して」
「むぐ、なんだっけ」
「クッキー食べ過ぎです!アレは貰ったスマホ!あ、ちょま」
「ナイスキャーッチ」
乱暴に投げたエクスペディアZ(スマホ)をイベリコは簡単にキャッチした。何かを起動してスーツの男に見せつける。
「この画面に1から9までの数字がありますね?」
「テンキー?電話かける画面じゃねーか」
「好きな数字を選んでください」
「何を言って・・・」
「選んで下さい」
少しドスの効いた声 一瞬にして部屋の空気が凍る。
「じゃ、じゃあラッキーSevenの7を・・・」
男がスマホをタッチすると
プー ピポパポパピピポピポ ピーピーピーピーヒョロロロ ピーブピブーピーガーーーーーーーーーー
懐かしい電子音の後に鈍い轟音と地響き
ティーカップがカタカタ揺れる。
「どんな爆発をしようとも、我が家の戦士は一滴たりとも紅茶をこぼしたりはしないわ」
「イベリコ先生?」
「言ってみたかっただけです。さて、今貴方が経営する近所のレストランを爆破しました」
「ば、く・・・は?」
状況が飲みこめない男に坦々と説明を始める。
「この数字は ”この事務所を含めた” 9か所に仕掛けた爆弾と繋がっています」
「・・・・・・」
「ちなみにこの事務所の爆薬はサービスしてまして・・・」
チラッ合図の目線が来たので手はず通りに手持ちのアタッシュケースを開けて机の上に置く。中身は粘土みたいな物にピカピカ光る電球とケーブルに携帯電話だ。そう、みんな大好きC4と起爆装置を兼ねたケータイである。
「さぁ、払いますか?」
悪魔だ。
「で、でも、ない袖は・・・」
「そこの本棚に隠してある金庫」
男がびくっとする
「中に現金ありますよね?」
「嫌だ!俺にだって意地がある!」
「じゃあ私がこの番号押しちゃう」
「わかりました」
男がしぶしぶと金庫を開錠し、大量の紙幣を取り出す。
「じゃあこのカバンの中に・・・・・・」
「全部入れてください♪」
鬼!悪魔!ち○ろ!
不思議なことに紙幣は全部ドル札だった。ここ北海道では独立後も市民や企業の混乱を避けるために、日本円を採用している。もちろんロシアの影響が強いのでデパートや大手チェーン店はルーブルも使用可能である。
なのになぜドルなのだろうか…その辺の事情はイベリコ先生がよく知っていると思う。
「では、私たちはこれで」
席を立ち、バッグを私に持つよう指示すると、彼女は笑顔でお辞儀をして部屋から退場した。もちろん私もそこそこに重いカバンを抱えて後に続く。
スーツのお兄さんたちに睨まれながらも、雑居ビルの階段を下り、すぐ目の前に路肩に停めてある車に向かう。我々の唯一の移動手段である車。91年式ミニクーパー(赤)にお金の入ったカバンを投げ込み、私は助手席に乗り込む。
「さて、準備はいいですか?」
「もち」
彼女は先ほど脅迫に使ったスマホを取り出しパスワードを打ち込んだ。
ドーン っと頭上で爆発音が響いた後、事務所が炎に包まれる。
そう、C4の入ったケースはソファの下に置いてきたのだ。依頼主からは「あそこは用済みだからお金を回収したら吹き飛ばせ」と依頼されていた。
「ずらかるぞ!!」
「りょーかいです!」
イベリコがエンジンをかけ、ギアを入れると一気に加速して逃走を開始した。
「追ってくるかなー?」
「きます。必ず」
ミラーに黒塗りの車が勢いよく接近するのが見えた。
「もうきたよ!!飛ばして!!」
「無理です!この非力な車に何を求めるのですか!?」
「なら、大通りだ!」
交通量の多い通りに出て映画のワンシーンのように車をすり抜け走る。いくら向こうが速くてもこれならばなかなか追いつけまい。
カンカンカンカン 乾いた鉄の音が後部から聞こえる。
「撃ってきやがった!」
「応戦してください!」
身を乗り出してSP2022を構えるが
「ダメ、車や歩行者多いから流れ弾で一般人に犠牲出すかも」
「貴方天才ガンマンでしょう?なんとかなりません?」
「この状況ではむり!!!!」
そう、蛇行運転をする中、拳銃で狙うなど無茶にもほどがある。
カカカカン
どんどん車に被弾する音が聞こえる。もちろん防弾装甲などない。イベリコが重くなるし、見た目が悪いからと採用しなかった。代わりに防弾繊維を張ってはいるが、気休めだろうか。
「ああ、これはマズイですね・・・」
「どうした?」
車内に身を戻して前方を見ると、北海道特有の開けた直線の道路。そして交通量は少ない。
「このストレートで追いつかれるかも…」
「黒塗りの高級車に追突されるのか」
無駄撃ちになるが撃ち返すか・・・しかし・・・
「ふふふ・・・ですけど、こんなこともあろうかと準備はしてましたよ」
怖い笑みを浮かべ彼女はNOSと書かれたボタンのカバーを開けた。
「いきます!!」
ボタンを押した瞬間ありえないほどのGが体にかかる。そう、NOSとはカーアクション映画では切り札として使わることが多いあのボンベだ。ナイトラス・オキサイド・システムは亜酸化窒素をエンジン内に噴射すると、エンジンの燃焼に伴う高温により乖離して、遊離した酸素がガソリンの燃焼を助ける。必殺技みたいなものだ。レースゲームなどでニトロやブーストなどで使われるアレだ。
さらにこの車は魔改造されており、排気量アップ、ターボ化などにより1300ccで100ps以上を絞り出せる。軽自動車並みの軽さなので、高級スポーツカーと同じぐらいの加速力を得られるのだ。
そんな殺人的加速により後続の車は見えなくなった。イベリコ先生は笑顔・・・いや、凶器に満ちた顔で楽しんでいる様に見える。200km/hほどの速度で他車をよけながら走っているのだ。頭のネジが飛んでなきゃこんなことはできない。
これでこの仕事も終わり、依頼主にお金を届けたら帰って食事にありつきたいものだ。
ガタガタ車体が震えだし、触媒が燃え尽きてマフラーから火が噴き出すこの旧車は千歳へ向かう。