-函館市 郊外 コンビニ 12/22 9:00-
 

早くも師走は20日を過ぎ、年末に向けて世間は騒がしくなると共にテレビやネット上ではクリスマス一色に飾られる。新年を神社で祝って、お盆にお寺でお参りをし、年末にはクリスマスを祝うこの島国だけの信仰詰め合わせには私も驚いた。だが今は目の前の物に驚きを隠せない。
「なんです…これ」
「サンタの服だね」
 バイト先の店長も困った表情でソレを前にして私に説明する。
「なぜミニスカ?」
「発注者の趣味…?」
 事務所の机の上に置かれたのはサンタクロースの衣装…なのだが女性用にサイズが仕上がっており、もちろんスカート。ミニスカート。そして添付された紙には「リル君が着るように」とプリントされ、なにか綿密なスケジュールも添えられている。
「なぜ、私が?」
「ほら、適任者他にいないし…」
 他の従業員は朝昼は叔母様中心で、夜は社員か大学生がメインなので同年代の女の子はいない。
「学生バイトに普通のサンタ服でいいじゃないですか!!てかなんでコンビニでサンタなんです?宅配ピザやケーキ屋じゃあるまいし…」
「いや、うん、順を追って説明するよ。まずなぜサンタ服なのか、これ着て何するかはここに書かれている通りうちのクリスマスケーキの予約ノルマが達成していないから、これ着て客引きや売り込みをしろってことなんだ。」
「売れてないですね、うちのケーキ」
 壁に貼られた【目指せ目標達成!!】と書いてあるケーキの予約数ポスターは寂しいものだ。
「年々コンビニのケーキは売り上げが厳しくなってる。理由としてはネットの普及により人気ケーキ屋や大手百貨店の商品を気軽に買えること、そしてこの住宅街もコンビニが飽和状態であり、どの店も同じ事したらそりゃ売れないよね」
 そりゃ工場で作られて各店舗に送られるのより、有名パティシェのケーキをネットで頼んだ方がいいよなぁ。
「だから危機を感じたエリアマネージャーはサンタの恰好をして売り込めと言ってこの衣装とプラカードを発注した、リル君指名で…」
 ロッカーに立てかけられてる『ケーキ予約中!当日分もあります!』のプラカードが目に入る。
「なぜ私指名…?」
「私が聞いた限りではシフト時間がちょうどいいのと、褐色っ娘にサンタ服は超かわいいからとか」
「うっわぁ…(ドン引き」
 マネージャーに失望した瞬間である。
「ほら、女性が呼び込む方が印象いいからさ」
「人種差別とセクハラで本部に訴えますよ?」
「あー、笑顔でそんな事言わないで!!ちゃんと手当が出るらしいからさ」
「私お金で釣られるほど安くないです」
 ツーンと突き放す。
「期間中の食事は食べ放題の費用こっち持ちd…」
「やります。ノルマなんてK点超えて売り上げNo.1にしてみせます」

 この娘ちょろい
「なんか言った?」
 なんでもないです。
 

 早速着替えるもドンキや通販で販売されてるエロ目的の衣装とは違い、生地はしっかりしており、裏地もふわふわで温かく、なによりインナーはウニョクロのヒートテックなので結構お金がかかっているのか?露出はミニスカート下から専用ブーツまでぐらいで、もちろん白タイツ着用するので生足ではない。
「あら、リルちゃんかわいい!!写真撮らせて!」
 噂を聞きつけたのか昼シフトの叔母様たちが押し寄せる。
「下谷さん顔は…」
「大丈夫、スタンプで隠すから」
「あらあら、本当に外国の方が着ると似合うのね」
「新垣さん!?今日休みでは?」
「貴方が売り子で店内を離れるから頼まれちゃってね。いや、こんなかわいい子みられるならおばさん頑張っちゃうわ♪」
 昼シフトの叔母様方に写メを撮られながら着替えも済ませ、いざ外へ向かう。

 

こうしてサンタコスで売り子が決定したのだが、重要なことを忘れていた。
季節は冬、そしてここは雪国だ。

 

その事実に気づいたのは外に出た瞬間であった。


-函館市 自宅 同時刻-


「これより模様替えをします!!」
「うぇーい」
なんともやる気のない声が黒髪ロングの豊満なバストの持ち主から発せられる。
「まぁ、コタツを出すだけなんですけどね」
「なんで今更コタツなの?」
「コホン、説明しましょう!」
 このアパートに引っ越してきてからリビングの暖房はエアコンに頼り切りであった。石油ストーブは満場一致(当時二人)で給油がめんどいとの意見で却下したのでこの家にはなく、特に不自由なく数年過ごしていた。が、住人が一人増え電気代も増してきたために、リビングの暖房を見直し、エアコンの代わりになるストーブとコタツを導入することにしたので現在の模様替えに至る。
「なるほど、じゃあはじめるか」
「まず邪魔になるのでソファを後ろにやってから、テーブルの天板外しますよ」
「あい」

 少し埃が舞ったのでイベリコは掃除機をかけ始める。
「この箱の中にコタツ布団入ってるの?」
「そうです。出して梱包解いたら、そこのテーブルにぶわさぁっとかけてくださいね?」
「え?このテーブル電熱線…てか電源もなにもついてないよ?」
「いいんです、お願いします」
 掃除機を慣れた手つきでかけながら指示される。
「よいしょっと……これでいい?」
「OKです♪では天板を戻しましょう」
 壁に立てかけたテーブルの天板を戻し、電源のないコタツが完成した。コウがさっそく入るも
「電源ないとヒヤッとするなぁ……ケチりすぎじゃない?」
「ふっふっふ……実はまだ完成じゃないんですよ。秘密兵器はこれ!!」
 イベリコが取り出したのはアルミダクト?銀色のパイプのような筒だ。
「これをこう!!」
「ほう」
 こたつ布団に差し込まれる。以上だ。
「え」
「え?」
 可愛く首をかしげるイベリコ
「いや、わからない」
 コウは深刻な面持ちで彼女を見つめる。
「さーらーに、併用するのがこのファンヒーターなんです!!」
 赤髪の少女はまた箱からごく普通の見た目をしたファンヒーターを取り出した。
「薄くて軽そうだね」
「そうなんですよ奥様!これは軽いのが売りなんです」
「タンク容量小さいのでは?」
 石油ストーブにしては薄すぎる。
「このホースを~ こうじゃ!!」
 ヒーターから伸びたホースを壁に差し込むとイベリコは電源を入れる。
「うおっ」
 なんとスイッチ入れて数秒で点火して暖かい風が送られる。普通の石油ストーブならば点火まで数分はかかる。
「これはガスファンヒーターです。壁にガスのコンセントがあるのでそこから供給され、数秒点火、匂わない、乾燥しにくいのが利点です!そして送風口にこのダクトを近づけると…」
「おおおお、コタツの中が暖かいぃぃぃぃぃ」
「昔からある節約アイテムの一つで、ファンヒーターの送風をコタツに送ることで部屋とコタツを同時に温めるエコアイテム!エアコンも電熱線も使わないので電気代の節約です。そしてガスなので灯油の補充も不要」
「完璧じゃないか!!でもどうして今まで気づかなかった?」
「いや、各部屋にガスのコンセントあるまでは物件情報で知ってたんですが、ガス屋さんに教えてもらうまでガスファンヒーターの存在を知らなかったのです」
 ガス会社のチラシに赤ペンで丸印、おそらく営業マンの上手い話に乗せられたのか乗せたのか、安く手に入れてたのだろう。

「いやぁしかし暖かいねぇ……」
「コウ、まだソファの位置戻しとかありますからね?」
 イベリコはダンボールや梱包のビニールを引き続き片付ける。
 コウはスマホ片手にコタツの奥深くへ潜っていった。
「ほう、あいつ面白い事してんな」
 画面のSNSにはトレンドにサンタ服の褐色少女が取り上げられていた。

「そいえばあの子ってコタツは…」

 

-函館市 郊外コンビニ 11:00-

「あー、帽子に雪積もってる」
 降りやまない雪がせっかくの赤い帽子に積もっていく。オートクチュールの頑丈な作りだけあって寒くはなく、顔以外は暖かいものだ。
いざ呼び込みの売り子をするといっても繁華街や商店街ではなく、ただの閑静な住宅街では人通りも少なく、客入りはまばらだ。テスト帰りか冬休みか学生たちの姿は多く見受けれるが、女子生徒は「外人かな、かわいい!!」「写真撮れせてもらってもいいですか!?」と写メを撮り、男子生徒は顔を赤くして前かがみになってそそくさと立ち去る奴らばかりだ。
 だがしかし、その学生達も温かい飲み物などを求めてコンビニへ立ち寄っていくので、客寄せパンダの効果が出ているのは確かだろう。企画したエリアマネージャーもバカではない。むしろ優秀な部類であり、彼はバイトから成り上がった実力者だ。これまでもその経営戦略と手腕で数字を出してきたのでこのサンタ服にもなにか意味はあると私は信じてみる。

 『Xmasケーキ予約受付中!』の看板を持ちながら雪の降る中灰色の空を見つめる。時間はまもなく正午、お昼休憩の人がジワジワ集まり始めた。近所に住んでると思わしき若い主婦も見られ、皆私を見つめてはかわいい、きれい、女神と声を上げてはスマホで写真を撮る。
「キャンギャルとかコスプレイヤーってこんな気分なのかな…」
精一杯の笑顔で群衆に応えつつもお腹の虫は声を上げた。

 

-函館市 自宅 13:00-

 簡単な昼食も終え、イベリコが後片付けをしているとコタツで新作ポケモンをプレイしているコウから質問があった。
「なぁイベリコ先生や。最近大きな仕事もなく、細かい仕事もない様だが家計は大丈夫なのかね」
 洗い物中のイベリコは蛇口を閉めて手を拭くと冴えた声で返した。
「正直仕事がないです。細かい雑務のような物を私がこなしていますが、学生バイトレベルの給料ですから収支つけてるとぞっとします」
「デカイ仕事は皆の命も危険もあるから無理に引き受けてくる必要もないが、以前からの報酬での貯金もある事だし、しばらくは安全に暮らさないか?いつも後方から指示する私が言うのもなんだがさ」
 いつもにまして真面目なコウの意見にイベリコも少し表情が暗くなる。
「わかってるつもりなんだけど、できればあの子が日常バイトしたりせず、専門学校とか大学にでも行ければって思うけど、私たちの仕事って当たり外れ・報酬の上下が大きいから安定できない」
 珍しく敬語を使わないイベリコはネコの刺繍が入ったエプロン姿のままコタツに入った。
「そうだねぇ、せめてあいつが銃を置いて一般の女の子として生きれる道は作りたいが、本人はドンパチやるのが結構楽しいてか生きがいにしちゃってるのが悲しい」
「私があの子を引き取ったときに定職に付けばよかったのかな……」
「いや、少なくとも今の暮らしのが楽しいからそんな事考えなくていいと思うぞ。定職就かれたら料理も作れない私らは死ぬからな」
「そう言ってくれると助かるよ、コウ」
「お前ひとりで抱え込む問題じゃないよ。あいつを引き取るのに私も賛成したんだから責任は果たすつもりさ」
「ありがとう、でも少しいい仕事の話はありますよ」
「どんな?」
「もしかしたら日本国の青森県は八戸に一時的に住むことになるかもしれません。確定ではありませんが……」
「青森か…りんごかな」

ベランダに積もった雪が落ちた。まもなくおやつの時間だ。

 

-函館市 郊外 コンビニ 18:00-
 夕方になり今日の業務を終えるとすぐに着替えてロッカーにサンタ服を入れる。
「シンプルだけどかわいいデザインだな……」
 ハンガーにかけた服を改めて眺めると意外とアリなんじゃないかと思い始める自分がいた。
 タイムカード押して事務所を飛び出した。店内も仕事帰りの客で賑わってる様でなによりだがケーキを予約してほしい。

「ただいま」
 玄関を開けるといつもと違う暖かな空気が全身を包み込んだ。
「おかえりなさい」
 リビングから大天使の声がするので廊下をパタパタと歩き扉を開けると見たことない家具が鎮座している。いや、正確にはTVや雑誌で見たことはあるのだが、生で見るのは初めてだった。
「このテーブルにかけられた布団is何?」
 テレビの前はカーペットが敷かれ、リモコンや新聞の置かれるテーブルには布団がかかっている。なんと言うか、トーチカみたいだ……
「ああ、今日炬燵を出したのですよ。足元から温まっていいですよ」
「足元からって、ソファに座って足先だけこれに突っ込むの?」
「違います。床に…座布団もありますが座って下半身を入れるのです。ソファは少し後ろに下げたのでまぁ使いたいときに」
「床に……確かに土足ではないから綺麗かもしれないが、座るのか……。テレビとかで見るコタツは床が畳だったはずだが」
「そうですね、たしかに畳のが風情もあり、座り心地良いです。が、近年はフローリングも多くなりこの様なコタツスタイルも珍しくないです。兎に角体験してみてください」
「ええ、脚だけ入れるって怖い……」
 異国文化ほど怖いものはない。
「歴戦の戦士が何を怖がって」
 イベリコのあきれ顔。
「だってこの熱を発する空間に足だけ突っ込むってバラエティー番組の箱に手だけ入れて中身当てるのみたいなもんじゃん!!」
「やはり欧州出身には無理かな」
イベリコ先生に背中を押されコタツ布団をめくり恐る恐る右足を入れる。
 ぷにゅ っと弾力のある感触が返ってくる。
「いやあああああああ!!やっぱなんかいるううううううう!!!うぐぁっ」
 全力で壁際まで後ずさりするもこけて後頭部から打ち付ける羽目に
「人の胸蹴とばしといてうるさいぞ」
 コタツからコウがにゅっと頭だけ出し、まるで蝸牛だ。
「コココココ、コウなにしてんの」
「なにってコタツをエンジョイしてる」
「中真っ暗じゃん。熱いじゃん」
「それがいいんだよ、東欧人」
「全身入れるのはよくないとあれほど言ったのに」
「これも楽しみ方の一つだよ」
「あっあっあっ」
 軽くパニック
「ほら、こっちにきてゆっくり入りましょう?」
 天使のほほ笑み
「こわくない?」
「怖くない」
「中に野獣とかいない?」
「いないから」

 

東欧の異端児にして最強の
『リル』
vs
日本の生み出した究極の暖房器具
『炬燵』

 

突然の実況が始まる
「負けられない戦いがそこにある…」
「コウ楽しそうね」
「だって外人がこーゆー私達しか知らない文化に触れる瞬間って気持ちいい」
 まず片足からゆっくり入れ
「おお?」
 両足とも入る。
「おおお?」
 そして深く体を入れると
「あっ、」
 気持ちいい。こんなの体験したことない。
「あぁ^~」
 仕事終わりで芯から冷えていた身体だが、足先から優しく熱に包み込まれ、ソレは体全体を暖めていくのを実感する。
「これが……炬燵っ!!」

「堕ちたな」
「堕ちましたね」

 

 夕食はコタツの上にカセットコンロを置いてキムチ鍋だ。
 イベコウは後ろにずらしたソファを背もたれにするらしいが、床に座ったことのない私には座椅子なるL字型の椅子が支給された。コウが言うには
「炬燵と座椅子の組み合わせは鉄板」
らしい。正座ができない私には助かる代物だ。

「そういえばクリスマスって皆さん予定は?」
 イベリコが鍋に具材を投入しながら。
「ネトゲでぱーりー」
 肉を光の速さで奪うコウ。
「シフトかな」
 負け時と肉をとる。
「寂しいですね……」
「夜は帰ってくるよ。ちゃんと一緒に過ごしたいからさ」
「本場のクリスマスの過ごし方って?」
 肉をほおばりながらコウが質問をする。
「基本家で家族と過ごすが当たり前だよ。こっちみたいに恋人と出かけてイルミネーションなんて邪道だよ」
「へぇ、映画とかみたいに友達とわいわいパーティかと思った」
「クリスマスまでの約4週間を、イエス・キリストの降誕を待ちのぞむ期間として、この期間にはツリーのオーナメントや食材が立ち並ぶ「クリスマスマーケット」が毎晩開催されるから、仕事帰りにホットワインを呑んだり家族へのおみやげにツリーのグッズを購入したりするんだ。ちなみに子供へのプレゼントはツリーの下に置くんだぞ?」
「なるほど」
「そいや、まだキリスト教だっけ?」
 そう、私は東欧出身なので家はキリスト教だ。
「いや、今の神は自分だから」
「イベリコ、この子危ない」
「きっと悲しい過去があるんですよ」
「言い方が悪かった。神がいたら今は本当の家族と過ごせてたと思うよ。でも現実は非情だったから神なんて…だから信じるは自分だけなんだ」
「なんか、すまん」
「別にいいよ。少年兵で手作りの罠で野鳥や鹿を捕獲したり狙撃したり、時には熊とも格闘して、捕らえて基地のみんなでBBQしたりあの頃のクリスマスも楽しかったからさ」
「うわぁ…(ドン引き」
 コウは表情がひきつる。
「さーって野菜を入れましょうか」
 イベリコの話題転換で仕切り直しか?
「具を消化しないと〆のごはんが入らんぞ」
「なんか肉ってかこの赤いのがちょっと」
「じゃあいただきー♪」
「私ってなんてイージーモ-ドーな人生してんだろ……」
「結局、クリスマスはみんなで過ごすことでいいですか?」
「だね」
「じゃあケーキでも」
「うちのコンビニケーキ買って(必死」
「せっかくですから作りますよ。私はお休みですし」
「(´・ω・`)そっかー」
「ちなみに夕食はKFCではなく七面鳥買ってきますよ」
「マジか!!バイト頑張る!!」
「おお、バイトで思い出した。これ見てみ?」

 コウがスマホの画面をこちらにかざす
「SNS?トレンド…『外人美少女のサンタコスがヤバい』『コンビニの売り子が本気をだした?』『この天使と会話できるならケーキいくらでも買う』ってこれ私の写真!!!!!!」
 間違いなくこの服に青髪なんて私しかいない。時間がたつにつれ、まとめサイトや同人作家達がイラストに描き起こしたり勢いが止まらない。
「おうよ、顔立ちとスタイルと衣装がマッチして今や日本含む全国で騒がれてるぜ?Yahoooのトップにもなってた」
「明日恥ずかしくてバイト行きたくない」
「たぶん朝からファンが待ってますよ?期待に応えないと」
「あーい……」


-函館市 コンビニ 12/24 9:00-
 相も変わらず雪がやまないので徒歩で通勤すると朝とは思えないほどにお店は活気づいていた。ニット帽とマフラーに伊達眼鏡で顔を隠して事務所に入ると店長始め普段シフトに入ってないバイトであふれていた。
「おお、来たか。昨日ネットでリル君をが取り上げられて一目見ようと早朝から人が絶えないんだ。シフト時間教えろーとかもうね」
 店長は接客で疲れ気味だ。
「しかし予約分のケーキは完売、先ほど本社へ当日分の追加をお願いしたよ。ついでにチキンとクリスマスに売れそうな物もね」
 その声の主はスーツをしっかり着込み、銀縁メガネに整えられた髪型、エリートオーラ漂う彼こそエリアマネージャーだ。ここまで見通していただろうし、もしかしたら彼が軽くネットに流したかもしれない。
「こちらはキャンギャルか動物園のパンダ気分です」
「そう不機嫌な顔をするな。売り上げは過去最高だから特別報酬は期待してくれ」
「じゃあ始めますか」
 ロッカーから服を取り出し着替えると臨戦態勢に入る。気分は戦闘服に身を通した時のような緊張感に包まれ、やる気が出る。
そして店の外へ出ると地元TV局から野次馬から大量の人だかりが待っていた。
「推してまいる!!」

 

-函館市 自宅 同時刻-
「さて、私は料理を作るのでコウはツリーの設置と飾りつけをお願いします」
「えー、拒否権は?」
「ないです」
「あい」
 イベリコはエプロンを身に着け慣れた手つきで料理とケーキ作りをこなしていく。一方で…
「あれ、このモミの木って本物?」
「そうですよ?譲ってもらいました」
「相変わらず人脈すげーなー」
 コウは以外にも器用なので飾りつけをスイスイ進めていく。
「そいや、プレゼント交換とかするの?」
「あの子に例のアレぐらいですかね?」
「じゃあ箱詰めしてツリーの下に置いておくわ」
「お願いね」
 小さなカギを小箱に積め、ラッピングを施すとちょこんと床に置かれる。
「喜ぶかな?」
「きっと彼女なら」


-函館市 自宅 19:00-
「た、だいま…」
「おかえりなさい」
 イベリコが玄関で出迎えてくれた。
「夕方のニュースで引っ張りだこですよ?」
「スマホにも『お前TVに出てるぞ』ってじゃんじゃか来てた」
「さぁ、クリスマスパーティーの準備はできてますよ」
 リビングに入ると立派なツリーに壁には簡単な装飾、テーブルにはイベリコが作った豪華なディナーずらりと並ぶ。
「おおお、労働の後のこれはうれしい」
「準備で疲れた……炬燵から半身出したコウが倒れている」
「おつかれ、着替えたらすぐ食べようぜ。冷えたら勿体ない」
 着替えも終わり、席に着くとイベリコが冷蔵庫から酒瓶を出した。
「お前、それって」
「わかります?」
 一本10万はくだらない高級シャンパンだ。これで乾杯しようってのか?
「あけますよー」
PONっときれいな音を立て、コルクが飛ぶとほのかな甘い香りが立ち込める。各グラスに注がれると
「では、ささやかではありますがクリスマスを楽しみましょう!メリークリスマス!」


「「メリークリスマス!!!」」


三人のグラスかカチンッっと甲高い音をたて、聖夜の時を刻んでいく。

 

 

「そいえばこの箱は?」
 ツリーの下に置かれた手のひらサイズの小箱
「開けてみるといいですよ」
 梱包をきれいに開けるタイプではないので雑に破ると
「んー?六芒星のカギ?」
「私とコウからのクリスマスプレゼントです。もっと大きなのにしたかったのですが…予算が」
「物は?」
「ミニの隣に」
「あの昨日から置かれてたスバルVIVIO RX-Rか!!」
 軽自動車だが4気筒DOHC スーパーチャージャーと他とは違う。
「そうです、以前から通勤用の車が欲しいって言ってたので、中古ですが探してもらって貴女好みに仕上げました。4WDモデルなのでこの時期はミニより役立つと思います」
 普通車がよかったが貰っておいて文句を言えない。予算と我が家にもう一台はこれが限度なのだろう。むしろ軽自動車でも実用性と遊び方のポテンシャルが高い車なので喜ぶべきだ。
「イベリコ大好き!!」

ふかふかのボディに抱き着いて顔をすりすりさせる。

そのふわふわの赤髪からは落ち着くいい香りがした。

 

最終更新:2016年12月24日 00:59