-青森県八戸市 自宅 22:00-
「ではコウ、頼みましたよ?」
猫柄のエプロンを着た赤いモフモフの髪の毛の持ち主はいそいそと料理に追われていた。
「任せロッテ明治ブルガリアヨーグルト」
でっかい荷物を抱えた黒髪ロングの巨乳はドヤ顔で答える。
「そのネタはマズい」
すぐに透き通る青髪ロングの少女が突っ込みを入れる。
「いくら春とはいえ、日の上がってないうちはとても寒くなりますから、防寒対策はしっかりね?」
「大量の充電器は持ったし、徹夜でゲームやってるよ。んじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
「いってらー」
コウはこの夜も遅くなるころに家を出た。そう、花見の場所取りのために終電で目的地に乗り込むのだ。
4月も下旬に差し掛かった頃、この青森県では桜が満開を迎えるので花見をしようと言うのだ。事の発端は1週間前に遡るのだが……
-八戸市 自宅 19:00-
それは引っ越して間もないある日のこと、借家での荷物整理も終わり、バイト先を探そうと求人雑誌を片手にリビングでくつろいでた時だった。
「花見をします!!!」
イベリコ先生が地域の旅情報誌片手にドヤ顔でそう言った。
「え、まじ?」
同じく最新ゲーム機片手にゴロゴロしていたコウも顔を上げた。
「雑誌のここ見てください」
付箋の張られたページを広げると桜の名所特集の中で一際大きく取り上げられている場所があった。青森県弘前市の弘前公園である。
「春には約50種、2,600本の桜が咲く名所としても知られ、日本一の名所としても名高い場所なんです」
「すっごい綺麗だな」
「函館で見てた桜とは段違いだ」
イベリコは丁寧な説明を続ける。
「せっかく同じ日本の青森県に引っ越したのですから、花見へ行きましょうよ!」
ここまで楽しそうな笑みを浮かべるイベリコは久しぶりに見た気がする。
「せんせー、そもそも花見ってなんですか?TVとかでは聞くけど」
私は一応東欧出身、桜だって数年前に初めてみたのだ。
「そうくると思ってました」
どこから出したかわからない眼鏡(おそらく伊達)をかけ、説明モードになる。
花見は、主に桜の花を鑑賞し、春の訪れを寿ぐ日本古来の風習である。梅や桃の花でも行われる。花見の席では持参の花見弁当を愉しむのが伝統的である。花を見ながら飲む酒は花見酒と呼ばれ風流なものではあるが、団体などの場合、乱痴気騒ぎとなることも珍しくない。
「日本人は正月・バレンタイン・ひな祭り・お盆・月見・ハロウィン・クリスマスと季節の行事大好きだね」
和洋折衷のこの文化はいまだに慣れないとこがある。
「お祭りごとが大好きなんですよ。そんな訳で来週の木曜日にやります」
「急だな」
「急だね」
「弁当は……私が作りますので、場所取りと荷物運びをどちらかに決めてもらいます」
「場所取りって……そういった文化を知らないのだが」
私の出身は(ry
「じゃあ私がやるよ。スマホと携帯ゲーム機ありゃ何時間でも耐えれる。それに重い物は持ちたくない」
おそらく後者が嫌なので買って出たのだろう。
「では場所取りはコウにお願いします。場所は激戦区なので前日に乗り込んで一晩明かしてください」
「あいあいさー」
「私は?」
花見初心者はなにしていいかわからない。
「当日に私が作ったお弁当と共に一緒に公園へ向かいましょう。コウには防寒対策の衣類や毛布はリストアップして渡しておきますね。まぁ、引っ越したばかりで私たち暇なので」
そう、肝心なことを説明してなかったのだが、仕事の関係から函館の家はそのまま空けて、日本国青森県八戸市へ移住したのだ。住居は北方政府が借り上げた一軒家で、アパートからグレードアップだ。
「さぁ、準備しますよ!」
-八戸市 自宅 7:00-
春になっても朝晩は寒い。やはりここは北国だと感じさせる気候だ。
「あと…5分」
二度寝しそうになるも、台所からとてもいい香りがするので身体が自然と動き出した。
「おはようございます。てっきり二度寝してあと5分はかかると思っていましたが」
「おいしい香りにつられてつい…ねむい」
「まだパジャマのままですから、着替えて身支度してください」
今着てるのはイベリコが買ってきたミ○キーマウス柄のもふもふパジャマで、以前の私なら何があっても着ないものだが、意外にいける気がして愛用している。
自室へ戻りパジャマを脱ぎ捨て、ない胸にブラを付けたが、ここで着る服を悩みだす。
「寒いよな?でも日中は日差しの下は暖かいし……こんな服大量にあったかな?」
函館の自室のクローゼットにはここまで服は入ってなかった。とりあえず、
トップスはバレリーナピンクのボーダーカットソーは背中に大きなリボンつき、プリーツスカートのふんわりとしたやわらかな素材のスカートにしてみよう。
「女々しいかな…でも、たまには」
姿見鏡の前でくるっと回ってポーズをキメてみると
パシャ
とシャッター音 部屋のドアが少し開いており、イベリコがスマホを構えていた。
「見ちゃった♪」
「きっ、さまあああああああああああ」
追いかけようとするも先ほど脱ぎ捨てたパジャマで滑って盛大に転んでしまった。
「にゃああああああああ」
-弘前市 弘前公園 7:00-
「んあ、明るくなってきたな」
寒いので毛布にくるまり、モノハンXXをプレイしていたら夜が明けてしまった。でも寒いのでもう少しこのままでいよう。
-八戸市 自宅 8:00-
「お弁当完成しました!」
お節と思わせる重箱のお弁当が風呂敷に包まれた。
「なんだこの量は……」
「ちょっと気合が入りすぎて」
思い重箱を持ち
「さて、我々も出ますか」
「行きましょう!!」
家を後にし、最寄り駅へ歩きで向かう。
「徒歩で移動は久しぶりですね」
「だなぁ」
我が家には二台車があり、この地方都市での移動では欠かせないのだが、今日はお花見なのでお酒を飲む予定なのだ。二名ほど酒癖悪いのでほどほどにしたいが。飲み物は重いから現地で調達予定だ。
-JR奥羽本線 9:00-
「コウは大丈夫ですかね?」
「ゲームとスマホあればあいつは大丈夫だろ」
「一応ラインしてみますね」
「……」
「……既読もつかないネ」
「たぶん大丈夫でしょう」
「今考えると女性一人が夜通し場所取りとかあぶねぇな」
「え?訓練されてない暴漢なんて”自主規制”でしょ?」
「ああ、うん…」
春の風が気持ちいい
-弘前公園 9:00-
「あ、粉使うね」
「私回復薬あるよ」
「お前ロマン砲ミスってるんじゃないよ」
「ガンス最強」
同じ場所取りで出会った少年たちと協力プレイをする。スマホが震えてる気がするが、役割は果たしてる。
-弘前駅 サトーココノカドー-
私が買い物かごを持ち飲み物コーナーを回る。
「お茶は何にします?」
「麦茶がいい!」
「ジュースは?」
「麦酒かな」
「ジュース(半ギレ)
「なっさんとかクォーでいいでしょ、ノンアルは君らだけじゃない?」
「え」
「え」
「今日ぐらい私達も飲みますよ?なんのために電車で来たんですか」
「またまた御冗談を(AA略」
「よいしょっと」
「…」
買い物カゴにずしっとビールが箱で追加された。
「発泡酒でもない本物のビールじゃん。弾むね」
「たまにはいいんです。あとは缶チューハイでも入れましょう」
イベリコはpoipoiとカゴに放り込んでいき、とても重い。
「イベリコ、重い……」
「我が家一番の力持ちがなにを」
「弁当とかもあるんだよ!!?」
「会計済ませて公園へ向かいましょう」
-弘前公園 9:30-
弘前公園は桜の名所でもあるが、江戸時代に建てられた弘前城も見どころの一つである。津軽氏が居城し、弘前藩が置かれた。現在は重要文化財であーる。
見渡す限りの桜が眼前に広がり、ピンクの世界の中に立派なお城が聳え立つ。おそらくこれがワビサビってやつだろう。しかし、視線を落とすと花見客でいっぱいだ。
「コウはどこでしょう?」
「電話しよう。そうしよう」
呼び出し5回にして
『あい』
やっと出た。
「どこで場所取ってるの?」
『グーグルマップで現在地スクショして送るわ』
「よろしく」
程なくしてラインに地図の画像が送られてきた。
「行きましょう」
イベリコ先生に続くも、観光客に花見客でごった返しており、重量物を抱えた私は歩くので精一杯だ。だが、横目においしそうな屋台がズラッと並び、空腹の私はどれを食べようかとても迷う。
「あ、いた」
コウを発見すると、彼女は毛布に包まりながら、高校生から大学生ぐらいの男子3人とゲームをしていた。
「うーっす。ミラボレ倒すまで待って」
「この方々は?」
「狩り仲間」
「そう…」
ただひたすらにゲーム機を操作する彼らは不動ともしない。場所取りにはちょうどいいのか?
「私はシートを引いて準備しますので、貴女は屋台で好きな物買ってきていいですよ」
「mjd!?ありがとうイベリコ先生!愛してる!!!」
先ほどまでの疲れが吹き飛び足取りは次第とスキップになる。
彼女はスキップしながら屋台通りへとむかった。
「扱いがうまいね」
「重い荷物持たせたのですから、あと日本のお祭りを堪能してほしいですし」
「イベリコ手伝うよ」
「ゲームは?」
「もう攻略した」
彼女はドヤ顔と共に私の手伝いを始める。
「たこ焼き!お好み焼き!フランクフルトに、おおおおおおここは天国か!?これが日本のお祭りか」
気分が高まりルンルンで物色をしていると
「お、そこの外人のねーちゃん、おまけするからうちで買っていかない?」
「いいのお兄さん!?」
「日本語達者だな。おじさんだよ、お兄さんだなんて嬉しいな、サービスしちゃおう。お連れはいるかい?」
「女二人ほど」
「なら2パックつけてあげるよ」
「お兄さん大好き!!」
それを観ていた周りの屋台も黙ってない。
「おねーちゃんうちもサービスするよ!!」
「日本のお祭りとか初めて?ならうちも!」
大量の食材を抱えていた。
「出来立てだから少しあついなー」
「さて、お弁当も開けて準備はできたのですが……」
「遅いな」
「迷子でしょうか?もしくはナンパの類」
「後者なら救急車呼んで謝罪の練習だ」
「あ、戻ってきましたよ」
「あー、うん、うん?」
信じて送り出した少女は両手からパンパンのビニール袋を下げ、口にはイカ焼きを咥え、腕には大きな綿あめの袋もぶら下がっている。なんと言うか、お祭りをエンジョイしていたのだ。
「ただいまー」
「イベリコのお弁当でも食べきれるかわからんのに……食べ物を増やすな」
「出費は500円もないぞ。ガイジン珍しいってたくさんくれた……モゴッ」
「立ちながら食べながらの会話はお行儀が悪いですよ?」
「ふぁい」
ストンッっと冷たい敷物に大きなお尻を下ろした。
「おい地の文殺すぞ」
「誰と会話してるのですか?はやく飲み物を」
「ああ、うん、あ…そうだな…とりあえずビール」
「はい」
「コウ、それは泡立たない麦の液体だ」
「そこは気合でしゅわしゅわじゃ」
「しかもお前らちゃっかりアルコール注いでんな!!」
こいつらの酒癖の悪さはつくば行くフェリーを参照してくれ。
「まぁいいや乾杯しよ?」
「では、今後の繁栄とご多忙を祈念し」
「先生長い。かんぱーい!」
コウが無理やり割り込み満開の桜の元で乾杯をする。心地よい風が桜を散らせ、髪に乗る。
「桜の花びらがついてますよ」
イベリコが顔を急接近して私の髪についた花びらを取る。
「お前もな。でも暖色にピンクはなぁ」
「色被るな」
「コウ、お前の頭に積もってるぞ」
「ほんとだ」
「でも花見って感じですね」
「ほんとな」
桜を見ながらの飲食がこんなに楽しい物だったとは思わなかった。
すぐに散ってしまうのだが、それもまた良きかな。
そんな気持ちになりながらお酒でいい気分になり始めた。