-八戸市自宅 6/7 14:00-
「真剣なお話があります」とイベリコにリビングへ呼び出され、正座をして待機をしている。ソファもあるのだが、何か怒られそうな雰囲気があったので床に直接座っているのである。
まだかな……
扉を開ける音と共にイベリコとコウが入室した。
「あら、かしこまってどうしましたか?」
「説教されると思ってるんだよ。わかる」
手には分厚い封筒と何かのパンフレットが伺えるが
「お待ちしておりました」
三つ指をついて深く頭を下げる。
「とりあえずソファに座ってください?」
「いいの?」
「いいですよ」
怒った様子もなく優しい口調なので少し安心して腰を下ろす。しかし気は抜かず浅めに腰掛ける。
「コウ、椅子持ってきて」
「あい」
二人は私の対面に椅子を持ち出し腰を据えた。若干空気が硬い。
「さて、リルさん?」
「ごめんなさい」
「何を謝るのですか?」
「そんな気がして」
「別に怒ってもいませんし、そんな事をしていませんよ」
「じゃあ要件は?」
「学校に通ってもらいます」
「はい?」
ちょっと何言ってるかわからない。
「この学校に通ってください」
「はいいいいいいいいいい!!!?」
「そらそうだわな」
いつの間にかお茶を持ってきて飲むコウ
「今更がっこ行ってどうするの?私働けるよ?」
この間までコンビニでバイトだってできたのだから一般教養は問題ないと自負している。
「だってあなた最終学歴は?」
「あっと…その…幼年学校中退ですかね…」
「そこです。就職する時には履歴書にせめて高卒の学歴がなければ話になりません。この日本と北方という国では学歴を重視されますよ?」
「でもバイトは補助であってメインの収入はいつものお仕事で……」
「ここ数か月大きなお仕事ありましたか?」
「ないです」
「だから定職に就かねばなりません。そのためにもまず教育からです」
「でも、高校ってぽんっと入れるとこじゃないでしょ?義務教育だっけ?あれも私は未履修な訳だし」
「そこはご安心ください。裏口入g……推薦を使います」
「推薦?」
「国から一般高校への推薦状を頂きました。母国で履修済みにして留学生とか色々とごまかして入学します」
「でも高校って17歳ぐらいが通うとこじゃ……」
「そこは通信制高校なので大丈夫です」
「通信?情報系なの」
「説明しますと、通信制高校とは通信による教育を行う課程のことで、実際に通う必要はありません。定期的にレポートを提出するだけでOKです。家庭の事情で働きながら学ぶ人、学校に病気で通えない身体の人、あなたの様に高卒資格を大人になってから取りたい人が通うとこです」
「通信教育ってことはチ〇レンジとかユ〇キャンみたいな?」
「はい、しかし教科書を独学で学びレポートを解くのは困難なので教えてくれるサポート校と呼ばれる場所へ毎日足を運びます。学校が公式で運営する塾みたいなものですね」
「はい、この歳で制服着るのは恥ずかしいです」
「つくばで中学生の制服着てませんでした?」
「し、仕事だし……」
「指定制服は一応ありますが、服装自由です」
「へぇ?」
「個性を優先したりいろいろあるのです。でも」
「でも?」
「あなたのサイズの制服買っちゃいました!!テヘッ」
「はい?」
「買っちゃいました!!!」
「着ろよ。勿体ないからさ」
「えええええええ」

 

 


-八戸市 高等学校 12/22 15:00-
午後の授業も終わり、今日は帰るだけだがポニーテールが似合う同級生の佐藤 由香から声を掛けられる。由香は3人の友人を連れており、これから遊びにでもいく様子であった。
「リルちゃんこの後カラオケ行かない?」
「いいけど、あまり遅くなるとうちの人うるさいからなぁ」
イベリコから門限を19時と設定されており、それを超えるときつーいお説教が待っている。
「大丈夫だって、3時間だけ」
彼女の言葉を信じ
「わかった」
私はカバンに教科書を詰め込み、スマホで家主へとメッセを送った。するとショートカットで元気の申し子山本 祐子がスマホで写真を撮りながら
「それにしてもリルちゃんって制服似合うよね。やっぱ出身が違うから?あと視線こっちに頂戴」
「私はもう20歳超えてるし……そんな似合うとは思わないけど」
「「またまた」」
全員から否定をされた。
「やっぱヨーロッパ出身は違うよね」
「年を感じさせない」
「美人」
そんなに褒められると鼻が高くなってしまう。
「もう、そんな誉めても何も出ないし驕りもしないよ」
「本音だってー」
そう、私は今女子高生……JKをやっている。毎日学校へ通って退屈な授業を受けては放課後に遊びに行くのを繰り返す。心配だった友達も沢山でき、充実した毎日を送る。
入学当初から由香は私に話しかけてくれたフレンドリーな女の子だ。そしてその友人の裕子は異国少女が大好きで私をほぼ毎日写メっている。話しかける理由も「裕子がリルさんの写真撮りたいと言ってるけど」が始まりだった。
「毎日写真撮ってどうするのさー」
「えー?毎日眺めてるー」
「楽しいの?」
「すっごく楽しいよ!!今度リルちゃんのベストショットまとめたアルバム渡すね!!!!」
「あ、ありがとう」
裕子のまぶしい笑顔に圧倒される。


-八戸市 カラオケ店 12/22 18:00-
入店から何時間たっただろうか。腕時計に目をやると一時間で門限がきてしまう。
「時間が……」
「まだまだ歌えるぅぅぅぅぅ!!!」
マイクを離さない裕子はテンションが最高に上がっていた。
「ダメよ裕子」
由香が演奏停止のボタンを押し荷物をまとめる。ああ、助かる。
「みんなゲーセン寄っていかない?」
「いいねぇ、プリクラ撮ろうよ」
ちょっと待った
「じかんんんん」
「ちょっとだけ、みんなでプリクラだけでも」
「一昨日撮ったじゃん!!」
「何枚でもいいものだよ」
私は皆に腕を掴まれゲーセンへ連れていかれるのであった。

-八戸市市街地 12/22 19:00-
急いで帰路につく。遅くなってしまった。皆はまだ遊ぶらしいが門限とかどうなってるんだ?我が家は「高校生なんだから夜遊びは許しません!」とか言われてるのに。
ふとスマホを取り出し先ほど撮ったプリクラに目をやる。
学生生活が楽しいのは事実だ。イベリコに門限とか設けられなければ無限に遊んでしまいそうだ。
「悪くないな、学生ってもの」


ふと目の前を歩いていた老婆が倒れこむ。急いで駆け寄り救護する。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、ちょっと足がね……」
「肩を貸しますので」
「大丈夫だよ、ああ、大丈夫」
「でも、うぐ!?」
突然口を何かで塞がれる。振りほどかないと
力が抜け、意識が……これはくすりか……

 

 

-八戸市 自宅 12/22 20:30-
「クーリスマスが今年もやってくるー♪」
猫柄のエプロンを身にまとい夕食の支度をしていた。クリスマスが近いからか時より歌いながら鍋をかき回す。スマホにはリルちゃんから「遅くなりまぁす」のメッセが通知されている。
「今日も遅くまで遊んでいるのかー。青春だなぁ」
私も高校の時は……遊んでいたっけ?いつも誰かさんを追いかけてた記憶しか


突然バタバタと家の中を走る音が聞こえる
「イベリコ、大変!!!!たいへん!!!」
コウがスマホ片手にリビングダイニングへ飛び込んできた。
「何を慌ててるの?」
「テレビつけて、はやく!!」
リモコンを手に取り電源を入れると臨時ニュースが流れていた。
『繰り返しお伝えします。先ほどネット上に「救国連絡会議」を名乗る組織が北方国籍の少女を誘拐したと動画を投稿しました。内容は次の通りです。
「我々、救国連絡会議は強い日本を取り戻すべく行動を起こした。北方独立行政府愚かにも我が国の領土を奪い、国の樹立を宣言した。その野蛮な行為は決して許さる事ではない!!手始めにこの北方国籍の娘は人質にする。
この少女を無事に返してほしくば次の項を北方政府が実行しろ!
1.北方独立行政府の解体、北海道の返還
2.身代金として指定の手順で5億円相当を払う事
以上が守られなければこの娘の命の保証はなく、そして貴様らの極秘にしている機密事項を全世界に公開する。我々のただちに北海道を返還せよ!!」
誘拐された少女は青森県八戸市の高等学校に通う学生とみられ、警察は身元の確認を急ぐとともに犯人の行方を追っています。繰り返し……』
映像には長い青髪に赤いリボン、高校の制服と見慣れた姿の少女が写っており、目隠しと猿ぐつわをかませられているが、間違いなくリルだった。
「なぜ、あの子が……?」
短時間で多くの情報を見せられ頭の中がグラグラする。足の力も抜け気づくと冷たい床に叩きつけられた。
「大きな音がしたよ!?なにがあったんだい!?」
スマホ越しから聞き覚えのある男性の声が聞こえる。
「イベリコ、大丈夫か!!返事して!!」
なぜ……誘拐?あの子をさらう事なんてできるのか?いやこの組織はなんだ。
「すまん佐久間、イベリコが倒れた少し待っててくれ。イベリコ?落ち着いて深呼吸して?ほら吸ってー、はいてー」
息を整える。コウがコップに水を入れてくれたので少し飲み精神を落ち着かせる。頭が動いてきた
「コウ、」
「わからない。ただの通り魔とは思えない」
「スマホかして、佐久間さんですよね?状況を説明してください」
「わかった。テレビ映像の通りだが、19時過ぎにリルちゃんが「救国連絡会議」を名乗る連中に拉致された。程なくして先ほどの動画をネット上に公開し、名指しで北方を非難している」
「要求に即効性がみられませんね」
「同感だ。金はともかく国の解体と領土返還とは数日でできることではない」
そして気になるのが
「なぜあの子が北方国籍だと知っていたのでしょう?」
「君らは慣れているかもしれないが、日本で彼女の容姿は目立つからね。目を引いたかもしれない。それより「あの彼女」をどうやって拉致したんだ?武装はなかったのか?」
「一般の学校に通うのに武装はいらないので素手になります。しかし体術も堪能なあの子を簡単に……」
「ここで考え込んでも何も起きない。政府は1秒でも早く君らを招いて対策会議を開きたいそうだ。専用ジェットを近くにある海自の八戸航空基地へ派遣するそうだから、2時間後に合流してくれ」
「情報と中継ぎに感謝します。コウこれ返す」
スマホをコウに投げ、煮えたぎった鍋の火をとめ、エプロンを脱ぎ捨てる。
「準備しましょう」

ピンポーン
「コウ、銃を」
このタイミングでの訪問者は例の集団の可能性もある。インターホン越しに確認をすると
「どちら様でしょうか?」
カメラ越しだが背広姿の男性数人と警察官が多数いる。
「警視庁です。身分証この通り、怪しまないでください」
「本当、ですね?信じますよ?」
「お気持ちはわかります。警視庁捜査一課と警備課です」
窓から確認するとパトカーも視認できるので本物だろう。玄関を開ける。
「夜分遅くに失礼します。リルさんのご家族の方ですね?」
「はい、確かに」
「我々はこの家とあなた方の警護・事件捜査の命を受けてまいりました」
「ご苦労様です。ただ、私たちはすぐに札幌に飛び立つので…」
「そちらも聞いております。飛行場まででお送りしますのでご安心下さい」
「感謝します。準備ができたら声を掛けます」
とりあえず玄関を閉める。機動隊らしき集団が家の周りに展開を始めた。
「武器はいるかね?」
コウはひとまず拳銃を下ろす。
「札幌でしたら不要でしょう。警護もありますし」
「了解」

 

-札幌市 北方独立行政府首相官邸 ヘリポート 12/22 23:00-
八戸から政府専用機のガルフストリームG650に乗り込むと1時間程度で札幌に到着し、ヘリに乗り換えた。
「ご苦労!」
佐久間さんが出迎えたのは意外だった。首相でも外交官でもなくスパイだからだ。
「なぜおまえが?」
コウよ、ヘリの風圧で髪の毛がボサボサになって怖いぞ
「都合がいいからってお願いされてさ」
「さいか」
「先は急ぎますので案内をお願いします。トリプルぐらいスパイやってる貴方なら知ってると思いますが、他国の動向は?」
「っはは、偏見ひどいなぁ。まず米国は非難声明を出しているものの、直接関与はしない構えだ。対してロシアは全面的に協力の姿勢ですぐにでもFSB(ロシア連邦保安庁)の職員と特殊部隊を派遣すると言っている」
「我が国は?」
「それはこれから考えるのさ」
佐久間さんは会議室を扉を開けた。

 

-首相官邸 代表執務室 12/22 23:10-
「失礼します」
会議室ほど広くはないが、この国の重鎮が集っている。首相兼代表はじめ、大臣閣僚級から警察・軍関係者まで揃っている。私の入室と同時に静まり返り視線が痛い。重い空気の中、近江代表が切り出した。
「お待ちしておりました。この度は……」
「私達なら大丈夫ですのでご安心ください。それより情報が少ないです」
「私共の情報機関が調べました。それでは対策会議を始めましょう」
「これより国民誘拐事件に関する臨時の会合を開始します」
国務長官が進行を務め、私の手元にも資料が届く。
「まず犯行集団「救国連絡会議」は日本の極右集団です。大日本帝国の復刻を思想に掲げており、公安マーク対象の過激派組織です。」
「右翼でも飛び切りの過激派ですか」
「やっばい集団に目をつけられたな……」
「活動拠点は不明、デモ等の運動も行いますが時代に合わせてSNSに動画を投稿などネットを使った活動の方が盛んです」
「アカウントから拠点の特定は?」
「目下調べさせていますが、個人情報なので時間がかかる上に登録住所が正しいかわかりません」
「拉致から動画投稿までの時間を考えると八戸周辺にも拠点があると考えています」
「犯行の手口は?あの子を拉致するとなると力づくではいきません」
「民間人じゃ無理だ。普通の自衛官でも無理だな。特殊部隊クラスでな……まさかな?」
「経験者がいると考えています」
「なるほどなぁ」
「今後国としてはどう動かれるのですか?」
「もちろん要求には譲歩せず、救出を試みます。我が国民を見捨てません」
「まず警察を中心に監禁場所を捜索中です。同時に諜報機関にも情報収集をお願いしています」
「佐久間さん、ロシアとしての対応は?」
なぜかこの場に座り、ロシア代表となるスパイとはこれいかに……彼はいつも以上に真面目な顔つきで資料を読み上げる。
「ロシアは全面的な協力を申し出ます。特殊部隊の投入も即応で可能です」
「部隊の運用は場所が日本となれば派遣は難しいですね。まず日本の警察に任せるか、協力を申し出て我が国が介入する程度です」
「ではFSBに情報を探らせましょう」
「感謝です」
すると側近が代表に駆け寄る。
「失礼します。代表宛てに、そのお電話が……」
「今は取り込み中だぞ、誰からだ?」
「それが……救国連絡会議を名乗っています。テレビ電話での交渉を望んでいます」
場がざわついた。
「モニターに出してくれ」
「聞こえているか?売国奴並びに裏切り者の諸君よ、私は救国連絡会議のリーダーだ。要求の件で話をしたい」
モニターに映ったのは全身黒の服装に覆面を被ったいかにも怪しい武装勢力の人物だった。
「聞こえている。北方独立行政府首相兼代表の近江だ。先に人質の無事を確認したい」
「ほら、この通り無事だ。だから交渉をしないか?」
映し出されるは椅子に縛られたリルの姿だ。薬でも打たれたのかグッタリした様子で抵抗を見せない。その瞳は涙をこぼしながらただカメラを見続けていた。なんと心苦しい映像か。
「交渉ですか」
「この娘と引き換えに我々救国連絡会議は北海道の返還を要求する!」
「すぐにできると思うのか?」
「できないと言うのであれば警告通り貴様らの秘密を世界にバラそう」
「秘密ですか?」
「この娘はただの学生じゃないんだろう?少年兵なんだろ?」
「なっ」
再び部屋がザワつく。
「しかも我が国の総理を撃った実行犯と国民が知ったらどう思うのだろうな」
そんな事をすれば政府としての信用がガタ落ちだろう。しかしあの件の依頼主は非公表であり北方政府もあくまで被害者なのだ。
「何のことだがわからない」
「とぼけるな!!札幌の平和式典で狙撃をしただろ!貴様らの指示で!!」
「実行犯は逃走中で判明していない」
「あくまで白を切るならこの事実を公表するまでだ。あと身代金も忘れるな」
「5億ともなるとすぐには用意ができない、それに持ち運びも大変だ」
「用意できるだろ?そこにいるイワンよぉ、セルゲイ・オルガコフさん。いるんだろ!?」
リーダーは息を荒げ、怒鳴りつける。もっともその名の人物は部屋の一番奥に座っており、静観を保っていたが
「ワシを呼んだかね?」
「やっぱりいるじゃねーか……情報通りだ。お前の愛娘を無事に返して欲しくば5億円用意しろ」
相当な情報盛れが確認できる。これは内通者探しも課題の一つだろうか。
「金は用意しよう。受け渡しは?現金となると相当な量だぞ」
「数人で渡せばよかろう。偽札等仕込んだと判明したらこの娘は殺す」
「いいだろう。金は必ず渡すからその子だけは無事にかえして欲しい」
全く表情を変えないオルガコフさんは淡々と交渉を進めている。
「国土の返還次第だがな。どうなんだ首相よ?」
「一晩で答えは出せない。時間をくれないか?」
「いいだろう。次の電話で金の受け渡し方法について説明する。それまでに国土返還の準備をしておけ」
電話はここで切られた。
「皆さん、この通りだ。時間を稼いだがあの子の命が危ない。各部署は全力を尽くしてくれ」
代表たちは再び国としてどうするか会議に入り、私たちはオルガコフさんに呼ばれた。
「イベリコくん、すまないね。巻き込んで」
自分の孫並みに愛でていた娘が誘拐され、あのような姿を見てもなお動じない。これがロシア裏社会のトップの風格か……。
「それはこちらのセリフです。私が学校へ行かせたばかりに…」
「その件は私から感謝を言いたい。報告では聞いていたがあの子が楽しそうに学校に通って友達と遊ぶのは夢のような光景だった。定期的に送られる友達との写真は本当にうれしくてな…」
「学歴のためと言いつつ、私も普通の女の子として生活してほしいと願っていました。そのためにオルガコフさんにも推薦状の斡旋していただいて」
「安いものだよ。しかし、その生活を奪い、壊す奴らは絶対に許されない」
だが彼も堪忍袋の緒が切れたのか杖を持つ手がフルフルと震える。
「同感です」
「佐久間君っ!!」
「はい、ここに」
「政府とは別にワシらで動くぞ」
「しかし先ほど申し上げた通り部隊は…」
「君とイベリコ君らで動くのだ。よろしいかな?」
「はっ、仰せのままに」
「よろしい、ではワシより個人的な依頼を命ずる。手段は問わぬからリルを無事に連れ帰れ、金も人員も弾薬もすべて負担しよう。あの虫けら以下の連中に鉄槌を下し、我らに手を出したことを後悔させてやれ!!」
「はいっ!!」
代表に軽く挨拶をして私たちは自宅へ戻ることにした。

-千歳上空 政府専用機 12/23 4:30-
「少し眠るといい。この先はもっと過酷な日々になる」
佐久間さんが私に声をかける。続けてコウも
「こいつの言う通りだ。1時間だけでも寝た方がいい」
「でも、心配で眠れるか……」
「なに、ホットミルクを準備するからゆっくり息をして目を閉じればいい」
「到着して起きなくても担いでいくよ」
「そうですか…」
温かいミルクを受け取りすぐに飲み干すと、毛布をかぶりすぐに眠りへ落ちていった。

 

-八戸市 自宅 12/23 9:00-
起きたのは寝坊と呼べる時間だった。日はすっかり上っており、窓からまぶしい日差しが差し込んでいた。何時間寝ていたか覚えてないが、飛行機の中で寝たはずなのになぜ私はパジャマ姿で自宅のベッドで寝ているのだろう。途中の記憶がないだけかもしれないが、とりあえず着替えてリビングへ出ることにした。
リビングからはコーヒーの良い香りが漂っており、誰かが朝食を作っているようだ。ひとまずパジャマを脱ぎ捨て、下着は昨日のままだったので白のレースショーツとブラへ交換し、白のワンピースに袖を通した。
「おはようございます」
「おはよう、よく眠れたかい?」
どこから持ち出したかわからない「fish」と書かれたシンプルなエプロンに身を包んだ男性がキッチンで料理に勤しんでいた。良い香りの原因は佐久間さんだったのか。
「おかげ様で……昨日飛行機からどうやって?」
「僕が自宅まで運び、コウ君が君の部屋へと入れたから安心してくれ」
ほっとした。部屋の中と私の裸を見られたかと思っていたからだ。
「ゆっくり眠れた様で僕も安心したよ。朝ごはんはパンでよかったかな?あとは簡単に目玉焼きとベーコンを焼いたぐらいだけど」
「なにから何までありがとうございます」
椅子に座ると朝食とコーヒーを出された。

ピンポーンと呼び鈴がなる。
「おはようございます、リルさんの同級生が面会を申し出ておりますが、如何なさいますか?」
今は警察の管理下にあるこの家は宅配便も来客もすべて警察を通さねばならない。
「同級生であればお会いしましょう」
「かしこまりました」
玄関を開けると制服姿の少女が二人不安そうに立っていた。
「あの、同級生の佐藤由香と言います!」「同じく山本裕子です」
「私はあの子の保護者?をしているイベリコです」
「お母さんではないんですよね…?とてもお若く……」
「美人だ……」
二人は驚いた様子で片方はスマホで写真を撮りたそうにしていた。
「同居人で私が代表ってだけで母とかではありません」
「そうなんですね。いつもリルちゃんから母の様な存在だと聞いていたものですから」
「あの子なんて説明を……」
「それより、リルちゃん……無事なんですか?」
これが本題でしょう。私も起きてからリラックスしていたが、つい色々な感情がこみ上げそうになる。
「とりあえず寒いから上がってください。佐久間さん、お茶を二人分お願いします」
「お、お邪魔します」
「お邪魔します……わぁ、広い」
二人をとりあえずリビングへ通すとお茶と茶菓子を用意した佐久間さんが出迎えた。
「いらっしゃい、と言っても僕は雇われ家政婦みたいなもんだから気にしないで。もっとも彼氏とかそんな身分でもない。」
「いけめんだ」「いい男だ。メアドください」
「二人ともこの人は召使いだから気にしなくていいですよ。ささ、座ってください」
二人はソファに腰かけ、お茶を手にする。
「いい香りの紅茶ですね……」
「ハーブティーだ。心が落ち着くよ」
お菓子を出しながら佐久間さんは微笑む。
「イケメンで家事ができる男がいるなんて羨ましい生活だ」
山本さんがすっかりほれ込んでしまっている。いけない。
「さて、リルちゃんですがお二人ともテレビは見ましたか?」
「はい」「ネットですが」
「あの通りです。私達もそれ以上の事は知りません。ただ、国や警察が頑張って捜索をしてくれています」
「そうなんですか……私達もあの映像見たときからすごく不安で、クラスのSNSでもみんな心配してて、もう会えないかもとか思って」
佐藤さんが少し泣いてしまう。
「私も映像観て一発でリルちゃんだってわかりました。写真をいつも撮ってたので……みんなが心配してます」
「今は時間がかかるかもしれないけど、きっとまた会えますよ?私が約束します」
そっと二人を抱き込んだ。少女たちは私以上に不安な一夜を過ごし、勇気を振り絞りここへ来たのだろう。ただ今は慰めることしかできない自分に少し腹が立った。

「あのこれ、リルちゃんの写真をまとめたアルバムです」
山本さんがカバンから一本のUSBメモリを取り出した。
「この子いつも写真撮っててその中から厳選したのを渡したいって」
「今見ても良いですか?」
「はい、ぜひ見てください」
リビングのテレビにUSBメモリを挿すと画面いっぱいにリルちゃんの写真が流れ出す。
友人と笑い合い、勉強で悩む顔までも写されていた。そして一番多く写っている笑顔はとてもまぶしく、一緒にいた何年も見たことがないものだった。
「素敵な写真ですね。全部山本さんが?」
「はい、リルちゃんが転入してから美しさに惚れ込んで、その写真ばっか撮っていました。それまで暇な日々だったんですが、今は毎日リルちゃん追いかけて写真撮るのが楽しくって」
「そう」
ふと自分の学生時代が脳内をよぎる。
「美人でスタイルも良くて、性格も良いし、語学は堪能なので学校の人気者で私たちの憧れの存在なんです!!……っ」
今度は山本さんが泣き出してしまった。
そうか、あの子はこの子たちの……
「今は約束できないけどきっとまた会えるよ」
いつの間にかキッチンにいたコウが約束をした。
「僕も微力ながら手伝っているから約束しよう。必ずあの子を連れて帰るってね」
「私からも、絶対会えるって約束します。だから涙を拭いて?」
二人にハンカチを渡し、笑顔を見せた。
「素敵な写真ありがとう。きっとあの子も喜んで受け取るわ」
「素直じゃないから「じ、自分の写真とか見ないしいらないし」とかいうと思うけどな」
コウのモノマネが絶妙に上手い。
「今のリルちゃんにそっくりです」
佐藤さんが笑った。
「たしかに言いそうですね」
山本さんが頷いた。
テレビにはあの子の写真が流れ続けている。この笑顔を取り戻さないと。

二人は警察に送ってもらうことにした。あの子の友人なので誘拐の対象になる可能性があるからで、聞けば学校もしばらくは閉鎖して生徒を自宅にとどめる措置を取っているらしい。二人は自宅待機を無視してここに来たのだ。
「二人とも事件が解決するまでは自宅にいるんですよ?決して出歩かないように」
「わかりました」
「あ、あとこれ、返すものあったんでした」
手渡されたのは赤いリボンで、あの子がいつも髪留めに使っているものだった。
「以前、体育でケガしたときにすぐにこれを巻いてくれました。きれいに洗濯してお返ししようと思って」
あの子らしい行動に少し誇らしさを覚える。
「ありがとう、必ず渡すわ」

自宅を出るパトカーを三人で見送りリビングへ戻ると時間はお昼前だった。
「あんなかわいい女の子まで泣かせるとは」
「あの集団絶対に許せないね」
「オルガコフ様が知ったら核でも落とすとか言いかねない」
二人が私の代わりに後片付けをしながら話している。私はただテレビを見続けていた。
「イベリコ片付け終わったよ?」
「……えして、大切な家族を返して!!!」
そう叫ぶと私はリルちゃんの部屋へ走りこんだ。
今は誰もいない部屋、かつては物が何も置かれていないぐらい質素な部屋の時期もあったが、今では壁に友達とのプリクラや写真、机の上は教科書と勉強道具が置かれている。ベッドの上にはゲーセンのUFOキャッチャーで取ったと思わしきぬいぐるみの数々が置かれ、クローゼットもかわいい服でいっぱいだった。
銃とナイフを振り回すのを得意とした少女とはだれも思わない生活ぶりだ。だからこそ、この生活を奪い、かつての彼女に戻そうとする奴らを許せない。
サイドテールのヘアゴムを外し彼女の部屋にあった赤いリボンで髪を結び直した。そのリボンは彼女のトレードマークだ。そして決意する。
「絶対に取り戻してやる」

 

最終更新:2019年03月18日 21:17