-八戸市 自宅 12/23 13:00-
取り返すと、決意したものの情報がなくては動けないので。
「コウ?なにか情報ある?」
「報道されてることしかわからなーい」
んー、
「佐久間さん何か情報は入ってないですか?」
さっきからずーっとスマホを眺める彼に聞いてみる。
「僕に入ってるだけなら少しは……昨日あの動画を撮影したのはやはり市内のアパートだったよ。警察が突入するも中は空っぽだったとさ」
「どう割り出したのです?」
「電話を逆探知してだ。動画の投稿自体はネットカフェでアップロードされている」
「他には?」
「また先ほど官邸に電話があり、身代金の受け渡し場所が指定されたそうだ。んで渡すのは僕らに託したらしい。場所は名古屋だ」
「ど う し て 重要な事を先に言わないのですか!?」
「今入った情報だからさー 専用機を回すそうだ。さぁ、準備しようかね」
「コウ、急いで準備して!!」
「おーらい。何をもっていけばいい?」
「とりあえず武器です」
「戦うの?」
「護衛用にPDRを、あとはグロック26を携帯します」
倉庫の奥に厳重に保管されているガンケースから武器を取り出す。
「僕にも何か使える銃はないかな?この通りでして」
佐久間さんは片手のグラッチMP-443一丁を私たちに見せ、手をプラプラさせる。
「PDRなら予備が数本あります」
「これは?」
ACRを持ち出しながら
「それはあの子の銃です」
「じゃあこれで、長物の取り回しは得意だよ。それに救出した後に渡せるからね」
「弾倉は同じなので問題はありません。予備にPDR持っていきましょう。佐久間さんも拳銃はグロックを携帯してください」
「なんで?」
「弾の統一をして緊急時に相互でカバー出来るようにします」
「じゃあ腰にでも付けていくかな」
「他に持ち物は?」
「着替えと財布にスマホ、タブレット等情報収集に使うものは全部カバンに詰め込んでください」
「おーらい」
「ぼくは準備オーケー」
どこから出したかわからないスーツケース片手に佐久間さんは微笑んだ。
「あと二人ともですね」
私は溜息交じりに二人をみた。
「武器はなるべく隠してください。ここ日本です」
「「あっ」」
玄関に出る前に気づいて本当に良かった。

 

-長野県上空 政府専用機 12/23 14:30-
道中眠ろうかとも考えたが昨日十分な睡眠を取っていたので今は情勢を考えることにする。まずは
「で、佐久間さんは今回どこの味方なんですか?」
プライベートジェットなのでCAさんもいなく、自分でコーヒーを入れる彼に尋ねた。
「もちろん君たちだが?」
「そうではなくて、国、勢力としてです」
実のところ彼がどこ所属の諜報員なのか私は知らない。
「そりゃ北方第一さ」
「本当に?」
「本当に」
「だいたい、貴方の所属ってどこなんですか」
「FSB(ロシア)」
「うそつけ、NSA(アメリカ)だろ」
同じくコーヒーを飲むコウが横やりを入れる。彼女に届く荷物はNSAの所在地の住所だからだ。
「あと北方政府の会議にしれっと混ざっていましたよね?」
「まぁ、いろいろありまして」
「ふーん」
「そういえばセルゲイさんから今回名指しで指名されてるよな。そっちにもパイプが?」
「そこに気づくとはさすがコウ君だ。僕はセルゲイ様にも仕えてたりもするのさ」
「お前が情報漏らしたんじゃなかろうな」
「それはない。利益もないし、日本の犯罪集団と取引する意味もない。今はリル君を助けたい、その心には変わりないから安心していいよ」
「なら、いいのですが」
機内のシートベルトサインが点灯し、飛行機は着陸態勢に入った。


-愛知県 県営名古屋空港 12/23 15:00-
かつては中部を代表する空の玄関口であったが、騒音と安全の観点から今は海上空港の中部国際空港へ機能は移設された。現在は小型ジェットしか乗り入れが許されておらず、国内のローカル線と航空自衛隊と三菱重工の拠点となっている。また名古屋中心部へ近いためビジネスジェットの拠点としても活躍している。
そんな空港に降りると馴染みの武器商人が待っていた。
「遠路はるばるお疲れ様です」
黒髪ロングの美人、シワひとつないスーツを着こなし、深くお辞儀をする。
「どうしてあなたが?」
「セルゲイより貴方たちに車に武器弾薬等、手配するように頼まれてね。この車を使いなさい」
鍵を渡され、彼女の横にある黒塗りの高級車を見つめる。
「あまり車に詳しくないですが、BMWの高そうな車だってのはわかります」
「ハイエンドクラスの760LIよ。V12気筒ツインターボから610馬力のひねり出し、高度なコンピュータで四輪駆動制御されているわ。特別仕様の防弾プレートと防弾ガラス加工済み、銃撃を受けてもすぐにパンクしない特別性ランフラットタイヤも装備してるから安心して使えると思うけど」
価格にしたらいくらするのだろうか?しかしこんなモンスターマシン
「私に扱えますかね?」
「貴方に扱えなかったら他に誰が運転するの?」
「それは確かに」
「いつも使う弾薬はトランクに入れてある。ホテルは名古屋駅隣接の名古屋マリオットアソシアホテルのスイートを取ってるわ。もちろん男女別で」
良かった。本当に良かった。
「いい、今回は危険な橋を渡るだろうけど私も全力でバックアップするから安心して。危なくなったらすぐ私の部下を向かわせるから」
彼女もまたあの子を心配している様だった。硬い握手を交わし車に荷物を載せようとすると
「おお、後部座席にリクライニングついてるよ。モニターもあるしすげぇなこれ」
「快適だねぇ」
二人はすでに後部座席でくつろいでいた。
「え、私が運転するんですか?」
「そら運転の名手だし」
「ぼく日本の免許持ってないんだ」
嘘くさい……
「仕方ないですね……」
運転席に乗り込みエンジンスタートボタンを押すとV12気筒の豪快で時に優しいエンジン音が聞こえる。ギアをドライブに入れアクセルを軽く踏むと背中を押される加速感に身を包まれた。

 

-名古屋市中村区名駅 名古屋マリオットアソシアホテル スイートルーム 12/23 16:00-
捜査は北日合同で行われているが、土地柄と実行犯が日本人であることから、日本警察が主導権を握っている。救出も合同で行われるが、誘拐等の事件で経験豊富なSATがメインで動き、軍事が得意な北方の特殊部隊は後方待機だ。
「捜査の拠点は愛知県警本部におかれているが、警察関係者がこちらに出向いてくれるらしいよ」
なぜか私の部屋にいる佐久間さんがタブレット片手に情報をくれる。
「それはありがたいですね」
「犯人は同居人がお金を持ってくるように指名した。つまり君たち2人だね」
「他に渡すときは丸腰で?ちょっと怖いな」
コウは不安そうにする。それもそのはず、「あの」リルちゃんを拉致った犯人に接触しろと言うのだ。
「念のため武装はしましょうか」
と言っても気休めにグロック26を一丁だけ。
「僕も近くに待機はするが、街中では長物の銃は持てないし突発的な状況下での判断は君たち次第だ」
そうは言っても体術などの心得はない。周囲に彼や警察関係者がいると言っても犯人だってそれくらいわかっているはずだ。
「あの子はその時に引き換えで?」
「いや、向こうがお金を確認し、政府が国を解体する意思を世界に発表したら解放するそうだ」
「不公平だ!」
お金とあの子を持ち逃げされるのでは?
「ふむ、ところで情報の洩れ口はわかりませんか?」
「まだ不明だ」
「どの部署も疑心暗鬼でね。互いに探られないかハラハラドキドキだよ」
程なくして警察関係者とカバンに詰められた5億円が届いた。犯人からは偽札、特殊インク等の細工をしたら人質の命はないとの付け加えに、受け渡し場所の指名が入った。
場所は名古屋市中区栄オアシス21の展望台だ。

 

-名古屋市中区栄 オアシス21 12/23 20:50-
オアシス21は宇宙船をモチーフに設計されており、ガラス張りの天井には水が流れライトアップされるととても綺麗であるためにこのクリスマスシーズンはカップルで大賑わいだ。さらにその天井には登ることができ、周囲のテレビ塔であったりを見渡すことができる。
「よいしょ……、こちら指定の場所に着きました」
服の袖に仕込んだマイクで無線連絡をする。お金が重い。5億円は約50kgもあるので4つのバッグに別けてあるが、1つあたり12.5kgもあるので腕が疲れる。
「そのまま待機していてください。周囲は私服警官も多く配備していますので落ち着いて行動をしてください」
周囲を見渡すもクリスマス前日とありカップルしかいない。どこに警官がまぎれているのか……全く怖いものだ。
「イベリコっ、時間だ」
不安なのかコウに腕を組まれた。私だって怖い、あの子を簡単に誘拐してしまう連中なんだから。
するとフードを被りマスクをしたTHE不審者2人が近づいてきた。
「お前らが同居人か」
「はい」
「お金は?」
足元に置いたバッグに目線を落とす。
「このバッグ4つです」
「たしかに受け取った。深追いはするな、あの娘のためにもな」
あの重いバッグを軽々と持ち上げると二人はすぐ人込みへ消え去る。
「渡しました。追いますか?」
すぐに無線に問いかけるが
「捜査員に負わせていますし、カバンに発信機を仕込んでいるので不要です」
「でしたら車に戻ります」

車に戻り一呼吸をする。
「お疲れ様。いや、いつ銃を抜くか冷や冷やしたよ。これ飲むといい」
佐久間さんから労いの言葉と缶コーヒーをもらう。するとコウが不満げに
「私のは?」
「もちろんここに。今は警察の追跡待ちだね」
「ええ、私達は顔が知られてるから迂闊に動けません。悔しいですが待ちましょう」
何もできないのは本当にやるせない思いでいっぱいになる。せめて捜査の手伝いぐらいはしたいものだが。
「こちら追跡班、全員犯人を見失いました。発信機を電波を追います」
警察無線に敵を見失ったとの一報が入り、先行き不透明感が車内を漂う。
「待つしかないね。悔しいけど今はそれしか方法がない」
彼は缶コーヒーを片手に落ち着いた表情だ。
珈琲を飲み終えた頃に捜査に進展が見られた。
「発信機の電波が先ほどから動きありません。場所は中区新栄のマンション」
「そこが犯人の拠点と推測します」
無線上で場所の特定がなされた。すぐにマイクを取り
「私達も現場に向かっても?」
「構いませんが、部屋への突入は捜査員が行いますので路上で待機していてください」
許可は下りた。急ぎ車を転がし現場マンションの前に車を停め、コウが機動隊員のヘルメットカメラに繋ぎ、リアルタイム映像を車内モニターに映し出した。
「A班突入準備完了」
「周辺住民の避難誘導完了しました」
「突入せよ」
「突入!!」
鍵をマスターキーで解錠し、勢いよく扉を開けて中に突入する。室内をくまなくクリアリングして進む。1LDKぐらいのアパートだ。
「誰もいない」
先頭の隊員が報告をする。
「気を抜くな、どこに潜んでいるかわからないぞ」
リビングの扉を開けるとそこにはカバンだけが置かれていた。
「カバンだけしかない」
機動隊員がライトでカバンの中を照らすと粘土状のものと小さな基盤と見えた瞬間
直上での大きな爆発音と共に映像は途切れた。
「爆弾か!?」
カンカンとガラスやコンクリートの破片が車に降り注ぎ、現場周囲は炎で照らされた。防弾仕様の車に損害はなく、ただ呆然と爆発現場を見守るしかなかった。

 

-名古屋市愛知県警本部 12/24 0:00-
捜査は振り出しに戻った。追跡は失敗に終わり、捜査員に犠牲者を出してしまい、警察は屈辱的な敗北に終わった。犯人の「深追いするな」との警告は本当だった。
そして捜査本部は名古屋市内の防犯カメラを徹底的に洗い出す作戦にでた。
「全国の警察を動員してカメラを解析します。必ず見つけ出してます」
責任者は私たちにそう息巻いた。そうして全国の警察官と情報機関を巻き込んでの防犯カメラ解析が始まる。受け渡し時の犯人の服装と使用された車のナンバーを頼りに路上が映るカメラから動きを追っていく。もちろん映像はコンビニなど店舗から貸していただいたものが中心となり、画質はとても粗い。しかし、この方法でやるしかないのだ。
「私も手伝うよ。自宅のPCにあるAIで識別させる」
コウがノートPCを片手に捜査員の机に交じっていった。こういったマメな情報戦は彼女の得意分野だから私はまたも任せるしかなかった。
ふと時計に目をやると時間は日付が変わり、クリスマスイブになっていた。
「世間はクリスマスなのに働き者はいるもんだ。ホテルに戻ろう、疲れただろ?」
「私はまだ、大丈夫です」
「強がらないでいい……今は待つんだ」
彼は私の頭に手を置いて撫でてくれた。
「でも、」
「でもじゃない、君は大役を終えた。十分だよ」
捜査員と彼の勧めで私はホテルに戻ることにした。佐久間さんはコウを手伝うので残るというのでSPに送ってもらい、県警本部を後にする。


-名古屋市名駅名古屋マリオットアソシアホテル スイートルーム 12/24 1:00-
広い部屋に一人だたソファに座っている。サイドテールを解き、彼女のリボンを手にしてただ見つめている。本来は寝るべきなのだろうが、いつ状況が進展するかわからない状況で体が落ち着かない。
「私では力不足なのでしょうか……」
ふとテーブルに目をやると「疲れたときに呑むように」とメモと共にブランデーが置いてあった。
「ん?コウの直筆……ではない。佐久間さんかな」
レシピも一緒に書かれており、ブランデー入り紅茶の作り方だった。
この状況下でお酒も如何かと思うが、この状況下だから落ち着けってことなのか。
「まずは試すだけ…」
ブランデーを軽くグラスに注ぎ、グイっと一杯飲んだとこで記憶が途絶えている。

 

-名古屋市愛知県警本部 12/25 21:00-
「全国の捜査員を動員した甲斐があった。犯人の車と自宅が判明したぞ」
ぐっすり寝込んでいたところ佐久間さんから朗報との電話を受け取り急ぎ出向いた。
「よく寝れたみたいでなにより」
「一日寝てました……」
「それだけ疲れたんだ場所は千種区星が丘の一等地にある、お屋敷だな」
コウも疲れ切った様子だった。

「犯人は土浦 純也30歳、無職、救国連絡会議の幹部だ」
「皆さんお疲れ様です。しかし、まだ終わってません」
「その通りだ。本部長、突入部隊は?」
佐久間さんも相当に疲れてるだろうが、そんな素振りは見せなかった。
「先の爆発事件から犯行グループは相当の武装と考え警察では対応が難しいと判断し、自衛隊の特殊作戦群に出動要請をした。それにロシアのスペツナズと北方の部隊、アメリカからFBI SWATと
SEALsによる合同作戦部隊だ」
「戦争でも始めるのかな?」
たしかに大部隊だ。しかし気になるのは関与しない構えだった米国だ。
「米を動かしたのはセルゲイさん……?いや」
「今回の事件はネット上でも民間人の学生を人質に取る非道な行為だと世界中で話題になっている。彼女の救助のための署名が集められホワイトハウスに提出されたり、有名人が呼びかけたりね。だから国も動かざる得ないのさ」
「しかし手痛い失敗の前例があります」
「質と数はSATに比べたらどちらも上さ、きっと大丈夫」
「だといいのですが」
関係者が慌ただしく移動を始める中、私達も車を出して現場に向かった。


-名古屋市千種区星が丘 12/25 23:00-
覆面車両で屋敷を取り囲み突入に備える。合同作戦チームは玄関とヘリからの降下での突入となる。私たちは路駐した車から特殊作戦群のカメラをモニターしていた。
「コウ、一応トランクから銃を出しておいて、予備の弾も」
「なんで?世界相手にしたくない特殊部隊トップ3がいるんだよ?必要なくない?」
「女の勘です。なにかあったら私達も動きたい」
「おーらい、じゃあトランクから銃と弾薬を大量に出しておくよ」
佐久間さんがウキウキしながらトランクを開けてボディアーマーを着込み、無線を繋いだヘッドセットを装着する。
「やる気十分ですね」
「僕もやるときはやるからね。二人もボディアーマーぐらい着た方がいいよ」
スリングにACRを装備し彼だけ準備万端、いつでも戦闘できますって状態になる。コウがもぞもぞ準備始める中、突入が始まるので私はモニターに貼りついた。
まず私服の捜査員がインターホンを鳴らし家族を呼び出す。
「夜分遅くにすみません、愛知県警の者ですが」
「……はい」
インターホンで答えたのは女性だ。
「土浦 純也さんいますか?」
「いないです」
「いるんでしょう?」
「いません!!あの子は何も悪くないんです!」
この言葉を皮切りに
「突入!」
陸自が門を破り、広い中庭から玄関へと一気に距離を詰める。その間にも米露の部隊がヘリで屋根の上に降下を開始した。
玄関はもちろん施錠されているため
「爆薬用意」
爆破して突破された。その先には
「あの子は、純也は悪くないの!!!」
包丁をこちらに向け、必死に叫ぶ母親の姿が
「奥さん落ち着いて下さい。それを下ろしてください」
「やめてこないで!!」
包丁を振り回す。正面の部隊は足止めを食らってしまった。
モニターを別の隊員に切り替えると2階の部屋をくまなく捜索している。子供部屋らしき場所に踏み込んだ。周りを見渡すと無造作に捨てられたインスタント食品のごみ、ビデオカメラにパソコンが散らばっており、真ん中に置かれた椅子には手錠が繋がれ誰かが監禁されていたであろう場所があった。だが誰もいない。
「本部、こちら07監禁部屋らしき場所を発見するも中は無人、指示を」
「07、こちら本部、母親からの聴取でその部屋で間違いはない。近くに脱出した痕跡はないか?」
「了解、捜索します」
「地下への階段があるぞ!!」
一階から声がするのでそちらにモニターを切り替えると、地下の倉庫からまた道が続いていた。
夢中でモニターを観ていたが近くのガレージから甲高いエンジン始動音が聞こえ、唸りを上げながら一台の車が飛び出していった。屋敷から数件離れており、警察も抑えてはいなかった。
「イベリコ今の」
「わかってます!捕まって!!!!」
エンジンをかけアクセルをベタ踏みにすると760は殺人的な加速で飛び出した。ハンドルを回しドリフとターンを決めるとパドルシフトを低いギアに叩き込み急いでそちらの方向へ走り出した。周囲の警察も慌てて後に続こうとする様子も見えるが今はあの逃走車だ。
すると住宅街だからかさほどスピードは出ておらずすぐに追いついた。
「見えた、後部座席に青髪の少女がいる。間違いなく彼女だ」
犯人の車だと確定した。相手はメルセデスベンツSクラスS600、この760LIと同クラスの高級車でこれまた速い。とりあえず無線で報告だけする。
「本部へ、私たちはこのまま追いかけます。私の位置情報を頼りに追いかけてきてください」
『危ない、今すぐ引き返して!!』
「ご安心を、必ず取り戻します」
『そういう意味では』
無線を切り必死で追いかける。
車は片側4車線の国道へと出た。ベンツはより加速し、時速は120㌔を超えており、全部の信号を無視しながら進むので一般車を避けて付いていくのが精一杯だ。ふとバックミラーをみると衝撃で斜めに倒れこんでいるコウの後ろに赤いパトライトが見えるのでしっかり警察も追跡しているのだと安心した。
「発砲を許可します!!」
私は大声で叫んだ。
「まー?日本で撃ってしまっていいの?」
「ここで逃げられると後が面倒です。タイヤを狙ってください」
サンルーフを開けると暴れる風が車内を舞う。
「安全装置解除!」
「解除」
佐久間さんが身を乗り出しACRを構える。
「解除かくにーん」
コウもサンルーフから身を出しPDRをベンツに向ける。
「撃てええええ」
パパパパと乾いた音と共に空薬きょうが宙を舞う。ベンツの左後輪付近を集中して狙うも
「当たらない」
弾倉交換しながら佐久間さんが
「イベリコもっと車を安定させてくれ」
コウも当たらなかった様だ。
「無理です。一般車避けて追跡してるだけでも神業だと思ってください!!!」
「おい、あれ」
佐久間さんがベンツを指さす。後部座背が窓を開けマイクロUZIをこちらに向けていた。
「窓閉めて!!!伏せて!!!!」
咄嗟にハンドルと切り車間を開けるも、バララララっと連続した発射音とそれをはじく金属音が車内に響く。
「そうか、この車防弾だった」
すっかり忘れていた。向こうのけん制により間合いが開いてしまったがアクセルをベタ踏みにして再び距離を詰める。すると上空をヘリが飛んでいるのに気が付いた。陸自のUH-60J多目的ヘリコプター(通称ロクマル)が数機追従している。
「これで逃げ場はないだろ!!」
幅寄せして後部を軽くつつくも反応はなし。
「撃ってください!!ここで終わりにします!」
「あいよ」
「了解です」
二人が撃とうとした時相手は急に右手に方向を変えた。急いで追従するもどうやら高速道路に上がるらしい。
「二人とも中に入って!」
相手に続きETCレーンを突破して高速へ侵入する。するとあちらは鬼の様な加速を始めた。
こちらもギアを2つ落としアクセルをベタ踏みして追い付くがメーターは200の数字を振り切ってもなおも加速を続ける。サンルーフから暴風が吹き荒れるも
「撃って!とにかくタイヤを撃って止めてください!!!」
「車をなるべく直進させて!」
「わかってる!!」
高速なので交差点もなければ、直線が多いので一般道に比べれば車体を安定させるのは楽であった。
時速200キロの風圧に耐えながらも二人は撃ち続けた。そして
「当たった!」
佐久間さんのが数発当てるもタイヤはバーストしない。
「相手もランフラットタイヤか」
パンクしてもしばらくは走れるタイヤだ。しかしこの高速で走ってる状態では長くは持つまい。
「撃ち続けてください」
ばばばっと銃声が数分にもわたり鳴り響く。そして相手のタイヤが限界を迎えたのが一気に減速し、後輪がひどくうねっている。
「撃ち方やめ、このまま減速して停まります」
ベンツはついにコントロールを失いスピンしながら中央分離帯に突っ込んで停止をした。車内でエアバッグが展開されているのが良く見える。私も急いで車を停車させ腰のグロック26を引き抜きベンツに駆け寄ると勢いよく扉が開いた。
「どけ!」
男はリルちゃんを抱きかかえ、片手の拳銃をあの子の頭に突き付けている。
「動くな!」
佐久間さんとコウが銃を構えるもあの子に当たる可能性があるので撃てない。しかし、ヘリから特殊作戦群が降下を始めたほか、後続のパトカーが集まり周囲を関係車両で固めていく。
「もう囲まれているぞ、抵抗はやめるんだ!」
佐久間さんがACRを構ながら投降を呼びかける。
「俺たちは救国連絡会議!!たとえここで俺が滅びようとも意思を継ぐ者が組織を引っ張るだろう!だが、我が国の総理を撃ったこいつだけは殺す!!絶対だ!!!!」
男は引き金に指をかけた
「やめ、やめろぉぉぉ!!!」
撃つか悩んだ。
けど撃てなかった。
あの子がそこにいるから。
男の構えた拳銃とその「手」が吹き飛んだ。
数秒遅れてターンッっと銃声が後ろより聞こえる。
男も、私達も何が起きたのか理解するのに時間がかかった。
「味方の狙撃だ!」
佐久間さんが叫んで私は理解した。後方に待機している誰かの狙撃で犯人の手を吹き飛ばしたのだと、そして
「いでぇぇぇぇぇ」
手を吹き飛ばされた男は暴れ出しリルちゃんを離して後ろに倒れ暴れ出した。
「確保だ」
その場にいた多くの人が駆け寄り男を抑える中、私はわきに倒れる彼女に駆け寄り抱きかかえた。制服は汚れ、ボロボロで見るも無残な姿だが若干意識はあり会話はできる様だ。
「イベリコ……?帰りがおそくなってごめんね……」
「何をいいだすかと思えば、そんなことどうだっていいじゃない!」
「だって……まだ学校から帰る途中だから………」
「頑張った、貴方は頑張ったよ、そしてごめんね」
「なに、謝ってるの……らしくないな……」
「救急車を!!早く!!!」
佐久間さんの怒鳴り声が後ろから聞こえる。たぶん薬物と疲労の影響だろう、彼女の意識は曖昧だ。
「あいつもきてたんだ……コウも……」
「私はオマケじゃないやい!」
PDRを肩に担ぐコウ
「みんなあなたのために動いてくれました。私を助けてくれて、なにもできない私を」
「なにを言ってるのさ……ここにいて抱きしめてくれてるじゃない」
「そうだね……ありがとう……」
涙を堪えれなかった。この子が無事だった。ただそれだけでもうれしいのに
「イベリコそのリボン……」
「貴方のです。予備を借りました」
「赤髪に赤いリボンは似合ってない……」
この感動を台無しにするレベルのツッコミだった。むしろ今まで誰も触れなかったのがすごいくらいだ。
「もう、どうだっていいいの!!」
「帰ろう、私らの家へ」
コウが佐久間さんに毛布を投げた
「僕らがきっちりお送りするよ。まずは病院だ」
その毛布を優しくリルちゃんにかけ、お姫様抱っこをする。
「佐久間さんずるいでず!わたしがしだいのに!!」
「君はまず涙を拭きなさい。美人が勿体ないよ」
「ぐずっ、だって……」
「ほら」
コウに抱き寄せられる。その豊満な胸に顔を埋め呼吸が苦しい。
「ほがほg」
「このままでいいんだよ」
「……」
「なっ、お前も疲れたろ」
「…はい」
朝日が差し込んだ。今日はクリスマス、特別な朝を迎えたのだった。

 

最終更新:2019年03月12日 21:21