続く2週間は静かに、静かすぎるほどに過ぎ去っていった。まるで、更なる驚異がその先に待ちかまえているかのように。Johnnyの出来ものは完全に消え去ったが、彼は未だ不安を抱えていた。彼に巻かれた包帯の重みが、あるいはそうさせていたのかもしれなかった。5月4日、Johnnyは言った。
「Mount医師に、Putnam医師と同じくらいの量の液体を取り出せたのか、尋ねてみなくてはならない。」
彼は、見舞いに来た人に言った。
「出来ものは本当に消えてくれたんだろうか。とてもそうは思えない。」
Francesは、数日の間休みを取りに出かけていた。その後、私も一週間ほど家を離れ、その間は私の姉にJohnnyの世話を頼んでおいた。
私が家を出る直前、Johnnyは激しく怒り出した。彼は、喚いた。
「はっきりと考えられない!去年も学校ではっきりと考えることができなかったが、誰もそれを知らなかった!誰もが僕を笑い、とても不愉快だった。誰かに笑われるのは嫌だったし、今も嫌だ!」
Mount医師がJohnnyを診察しに来たが、Johnnyは彼に対しても当たり散らした。
「木曜日の朝までにここから出して下さい、さもなければ僕は自分で出ていきます!」
しかし、Johnnyはそうしばしばこのように怒りを露わにしたというわけではなかった。彼にとって幸せな瞬間もまた、多くあったのだ。
5月25日、Boyden先生から電話がかかってきた。
「Johnnyの書類と試験に目を通させてもらっています。」
彼は、言った。
「JohnnyはDeerfieldでの学業を完遂しました。来週学校に来れば、彼のクラスの他の生徒と一緒に、卒業式に参加できます。」
Johnnyは14ヶ月も学校に行っていなかったにもかかわらず、それでもなお、卒業を認可されたのである。
Johnnyは大したことはない、という風を装おうとしたが、私とFrancesは喚起の声を上げた。
私たちは5月27日から6月4日までの間、Deerfieldに滞在した。私は、この数日は、Johnnyの人生の中でもっとも幸せな時間だったのではないかと思う。Johnnyは、何事もなかったかのように、彼のクラスに溶け込んでいた。彼は友人たちと夕食を共にし、Francesは彼らに、必要であればJohnnyの肉を切ってやるように頼んだ。少年たちは、まるで不審者でも見るかのように、目を丸くしてJohnnyを見た。Johnnyの髪は手術を受けた後まだ完全に生えそろっておらず、加えて彼は頭に白い包帯を巻いていたからだ。しかし、少年たちは、取り立てて質問をぶつけることもなくJohnnyの外見を受け入れた。
この週の間、夕食の後、Boyden先生と少年たちは集まって談話をした。少年たちは床に座り、それぞれの名前が呼ばれた。床に座れない人のためには椅子が置かれていて、Johnnyはそこに座った。その後、Johnnyはゆっくりと、誇らしげに、彼がこの1年間に渡って住むはずだった建物に歩いていった。しばらくの間、悲しそうに、彼は自分の部屋になるはずだった空間を見つめていた。その夜は、最善の策として、Johnnyは学校の病室で寝ることになっていた。彼が、よく知って、知りすぎてしまった場所で。
翌日の朝、私たちがJohnnyを迎えに行くと、彼は既にいなくなっていた。Johnnyは朝8時前に一人で建物を出て、最後の化学の試験を受けていたのだ。
その日の昼、私は偶然に、日の当たる広場で、Johnnyが木陰から歩いて出て来るところを見た。彼の左肩は、右肩に比べ低く下がっていた。彼の腕は、ほとんど使い物にならないのではないかと思えるほど、だらりとしていた。彼の目は、どこか遠くを見つめているようだった。しかし彼はまた、幸せそうであった。
「ああ、すみません。」
Johnnyは私にぶつかりそうになった時、言った。私を知らない先生と間違えるほど、Johnnyは考え事に集中し、心ここにあらずの状態だったのだ。
誰もが、Johnnyのやり過ぎを止めようとした。しかし、彼は言った。
「こういう風に歩き回るのは、僕の頭のために良いんだ。」
翌日も素敵な日で、Johnnyは屋外で友人と共に座り、数学の問題に取り組んでいた。FrancesがJohnnyにやり過ぎを咎めると、彼は答えた。
「座っているだけでは、未来は得られないんだ。」
翌日、Deerfieldでの時間は慌ただしく流れた。昼には生徒たちの家族が参加したパーティが開かれ、その後、球技が行われた。Johnnyはこの球技を、とても面白そうに観戦した。Boyden先生が45年間に渡ってDeerfieldに勤めたことなど、いくつかのことを祝う夕食会は、3時間続いた。Johnnyは一瞬の間を惜しんで、会を楽しんだ。
夕食の後、Johnnyは彼の友人たちと共に、Boyden先生の生徒たちへの話を聞くため、広場を横切って歩いた。今や気温の下がった夜空を頭上に、生徒たちは木の下に集まってBoyden夫妻のために歌を歌った。生徒たちの後ろの方に立っていたJohnnyは急に弱り込んでしまったように見え、そこで私は静かに席を離れて彼の真後ろに移動した。Johnnyは普段、学校で誰かに近づかれるのを嫌がったのだが、この時は気にしていないようだった。私は、彼が倒れてしまうのではないかと心配した。しかし、しばらくすると、Johnnyの澄んだ声が周りからの歌声の中に聴こえて来た。
最後の日、そしてDeerfieldでの最も重要な日、生徒たちは朝早くに集まり、白い木造の教会への短い距離を歩き始めた。Johnnyがこの距離を歩くのは無理だろう、と私は思った。しかし彼は私たちの側を離れ、他の生徒に混じって行ってしまった。教会に着くと、生徒たちはこちらに背を向け、列を作って並んだ。名前が呼ばれると、生徒は一人ずつ教会の前方に進み出て、左手で、学業を完遂したことを証明する書類を受け取ることになっていた。私たちは、Johnnyが書類を左手で持つのは不可能だということを説明し、右手で受け取ることできないか、と尋ねた。
生徒たちはゆっくりと行進を始めた。目立つはずのJohnnyの白い包帯が見えなかったことから、私は何か起こったのではないかと心配した。しかしBoyden先生からはJohnnyが見えていたらしく、心配いりませんよ、というようにFrancesに微笑みかけてきた。全て、上手くいっていた。
一人、また一人と名前が読み上げられると、呼ばれた生徒は席を立ち、前に歩いて行った。名前の頭文字がAである生徒がまず呼ばれ、B、C、と続いた。頭文字がGの名前が呼ばれ始めるに至って、私とFrancesは軽く恐慌状態に陥った。私たちにしてみれば、Johnnyが教会にたどり着いたかどうかすら怪しかったからだ。ある生徒が前へ歩いて行く時は特に喝采はなく、また別の生徒の時には少し拍手が起こった。中には、もう少し多くの喝采を受ける生徒もいた。
とうとう、Johnnyの名前が呼ばれた。John Guntherの名前が。
ゆっくりと、とてもゆっくりと、Johnnyは少年たちの中から歩み出た。彼は、私とFrancesの前を通り過ぎて行った。その目は脇目も振らず、ただ前だけを見つめていた。高い窓から明るい太陽の光が差し込み、Johnnyの白い包帯は一層目立った。頭を高く、一歩一歩、Johnnyは教会の奥に向け、中央の通路を歩いていった。彼の歩みは、とても、とても遅かった。教会にいる誰もがJohnnyを見守り、彼は、いったい、歩き続けることができるのか、と固唾を呑んだ。拍手は、ますます大きくなっていった。教会の奥、Flynt先生のもとにJohnnyがたどり着いた時、拍手は割れんばかりになり、木造の教会は音の奔流に満たされた。
Flynt先生は、当初の予定通り、Johnnyの右手に慎重に書類を渡した。しっかりとJohnnyは書類を握り、これも予定通り、左手へと移した。大きさを増す喝采に包まれながら、Johnnyは教会の壁の方に行き、そして彼の友人達が待つ後ろへ戻ってきた。
その夜、私たちはハーバード大学の話をした。何人かの生徒たちは、既に、大学に受け入れられたことを知らせる手紙を受け取っていた。Johnnyは、彼にも手紙が来るか、気を揉んでいた。彼は、落ち着かない様子であった。一瞬一瞬が過ぎ去るのを、彼は、感じていたのだろう。
これまでJohnnyを苛んできた苦しみの全ては、教会で奥まで歩いたあの数分によって報われた。彼自身の勇気がもたらした、彼にとっては喜ばしい、成功を噛みしめる瞬間だった。Johnnyの意思と人格の精悍さを、その日の教会で目にした人は、誰もそれを忘れない、いや、忘れられないだろう。
最終更新:2009年11月28日 23:57