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15.Finding the evidence

 金曜日の朝、Simonは上機嫌な様子で朝食の席に姿を現し、Bratに挨拶をした。彼はBratとの『共犯関係』を楽しんでいるようであった。
 Eleanoaも、普段どおりの態度でBratに対していた。彼女は、午後Westoverに足を運んで銀杯に銘を入れてもらうことを提案した。
「銀杯に『Patrick Ashby』の銘が入るなんて、素敵でしょうね。」
「ああ、全くだな。お前もそう思うだろ?」
 Simonは彼の『双子』を、密かに嘲笑っていた。しかし、昨晩は何をしていたのか、とBeeに尋ねられたBratが、George Peckと話していたことを口にすると、俄かに顔色を変えた。
 EleanoaとBratが車でWestoverへと発とうとすると、Simonが来て、彼も同行することになった。3人は銀杯の銘に使う字体を選び、Bratは一人で買い物に行った。
 彼は、既に自分の取るべき行動を決めていた。Simonの人格の弱さを知るGeorge Peckすら、Bratの語ったことを信じようとしなかったのだ。警察が、彼を信じるとは考え難い。証拠を、彼は作り出さなくてはならなかった。
 Bratは海岸沿いに歩き、雑貨屋で丈夫なロープを購入した。彼はロープを木箱に詰めると、車の後部に固定した。
 EleanoaとSimonは車に戻ってくると、Bratの据え付けた箱に気付いた。
「ん、あの箱は何だ?」
「知らない。私が置いたんじゃないわ。」
「僕のだよ。」
SimonはBratに、探るような視線を送った。Eleanoaは箱を見つめて尋ねた。
「何が入っているの?」
「秘密さ。」
Bratは答えながらも、Simonの様子を窺った。Simonは、何としても箱の中身を探り出すつもりに違いなかった。問いただされるようなことになれば、厄介だった。
「どうしても知りたいなら、ただのロープだよ。昔、ロープをつかってちょっとした芸ができたんだけど、また練習してみようと思ってね。」
「芸?どんな?」
Eleanoaは興味を引かれた様子で尋ねた。
「できなかったら恥ずかしいから、練習したら見せるよ。」
Latchettsに戻るまでの間、Bratは誤魔化すことに専念した。
 Bratは車から降りると、ロープの入った箱を玄関に置き、自分は夕食の席に並んだ。玄関の箱を、気に留める者はいなかった。
 その日の夜遅く、12時を回った頃、Bratは足音を忍ばせて下階に向かい、ロープを抱えて屋外に出た。彼は冷たい土の上に座り込み、ロープに等間隔の結び目を作っていった。一連の作業を終えると、Bratはロープを肩に懸け、Tanbitchesに足を運んだ。数分おきに、彼は足を止め、後ろを窺った。しかし、夜の帳の下、動くものは無い様だった。
 丘の上に着くと、Bratは切り立った崖の傍の木に歩み寄った。崖の下を覗き込むと、闇に遮られほとんど何も見えなかった。遠くの家々も寝静まり、人の気配も無く、Bratは一人風に身を任せていた。
 Bratは、若いブナの木の幹にロープを結びつけ、もう片方の端を崖の向こうに落とした。Abel氏から聞いたところによれば、崖の下に水は無いはずだった。Bratはロープを強く引っ張ると、自分の体重を支え切れることを確認した。崖の下を、再度、覗き込む。相変わらず、下の様子を窺い知ることはできそうになかった。
 Bratはロープを掴み、慎重に足を下していった。つま先が結び目に当たり、Bratはそれを足場に姿勢を安定させた。顔の高さに、崖の地面が見えた。空は白みかけ、ロープを結びつけた木がおぼろげに見えた。誰か、こちらに近づいてくる者があった。
「おや、こんなところで会うとは、奇遇だな。」
Simonは、平生の、低くゆっくりとした声で言った。
「崖の下に下りようとするなんて、大した芸じゃないか。」
「お褒めに預かるなんて、光栄だな。」
Bratは心拍数が跳ね上がるのを知覚しながら、答えた。Simonは、片方の眉だけを器用に跳ね上げて見せた。
「本当は有無を言わさずロープを切ろうかと思ったんだが、それじゃあ面白くないだろ?死ぬ間際に考えることが、結び方が良くなかった、なんて趣味が良いとは言えないからな。」
Simonはほとんど崖から身を乗り出すようにして、Bratを見下ろしていた。即ち、Bratの手が届く範囲に、Simonは身を置いていたのだった。
 Bratは、Simonの愚かさに感謝した。Bratを殺す機会を、Simonは自ら捨て去った。彼はまた、Bratの後をつけるのではなく、この場に身を潜めるという選択をした。彼は、何も『機会』をとらえてはいなかったのだ。
「ロープを切ったところで、どうにもならないさ。落ちても、どこかで木に引っかかる。そうしたら、誰かが来るまで叫べばいい。」
Simonは口を笑みの形に歪めて言った。
「木なんてありゃしないさ!俺は、ここの崖のことは8年前から知り尽くしてる。崖の下まで、さぞ楽しい長旅になるだろうな。」
 Simonがロープを切るより速く、滑り降りてしまえないか、と検討する。Simonが事態を把握する前に、崖の底近くまで下りてしまえば・・・。いや、上手くいくはずが無い。Simonがロープを切る前に崖の底近くに到達していたとしても、速度がついていればどうすることもできない。
 一瞬の思考の末、Bratは崖の上に戻ることを決めた。それを実現するためには、何としても、Simonを取り押さえなくてはならなかった。
 Bratはおもむろに上体を持ち上げ、崖の上に片膝をついた。しかし、ロープを触っていたSimonは、Bratの動きを半ば予測していた。
「おい、何をする、止めろ!」
Simonは喚きながらBratの右手を靴の底で踏みつけた。鈍い痛みが走るが、Bratは左手を以ってSimonの足を掴んだ。右手の骨が、軋む。Simonがナイフを取り出し振り下ろしたのと、Bratの右手がSimonの左足の下から引き抜かれたのは同時だった。もとよりBratを殺すつもりで振るわれたのではないナイフは、彼の手を制するという目的すら果たせず空を切る。たたらを踏んだSimonの両足を、Bratはしっかりと握った。崖の下を目にし、足を掴まれた自身の置かれた状況を悟ったSimonは、恐慌状態に陥った。
「死ね!」
Simonはナイフを振り回しながら、Bratから離れようとした。Bratは首を竦め、Simonの足を握る指に力を込めた。
「今すぐ止めないのなら、」
Bratは搾り出した。
「僕と一緒に崖から落ちることになる。」
「死ね!死ね!」
Simonは、最早、ナイフを以ってBratを殺すことも躊躇わなかった。Bratは左手をSimonの足首から離すと、ナイフを持った手を押さえつけた。Simonは何事か喚きながら、後ろへ下がろうとした。結び目にかけた足に鈍い痛みが走ったが、構う余裕は無かった。Bratは両手を以って、Simonの両手首を掴んだ。
「ナイフから手を離せ!」
Bratは叫んだ。
 その時、断崖の地面が少しだけ崩れ__足を取られたSimonはBratの頭越しに落下していった。ロープの結び目に足をかけたBratも、Simonに引きずられる形で足を滑らせ、ロープを掴む間も無く落ちて行き__丘の向こうから、朝日が差した。イギリスの農村は、一日前と同じ朝を迎えようとしていた。


16.The past and the future

 Beeはある小さな喫茶店の一角に陣取り、コーヒーを前に時間を費やすことに専念していた。窓の外に目をやると、最初にこの喫茶店に足を運んで以来何百回と無く目にしてきた看板が見える。
『二輪車に乗っている方へ。警笛を鳴らさないでください。ここは病院です。』
時刻は朝の7時を回ったところだったが、Beeがこの喫茶店に入り浸るのはどのような時刻であろうと、最早常のことであった。
 Beeの生活は、病院と、この喫茶店との間で二分されていた。過去のことを思い出すのは、苦痛でしかなかった。未来のことを考えるのは、甚だ困難であった。ただ、灰色で陰惨な現在があるだけだった。Beeは、昨晩を、病院の一室で過ごした。病状についての、新しい報告を待っていたのである。看護婦は、『特に目立った変化はありません』と言うのを常としていた。そうでなければ、『食事を取られた方が良いでしょう』と憐憫のこもった表情をBeeに向けるのだった。Beeのこの喫茶店に腰を下ろし平坦で無機質な時間を空費していたのは、ただ、病院に留まって『気の毒な患者家族』として扱われるのを嫌ったためであった。
 喫茶店の入り口にかけられた呼び鈴が金属音を立て、Spence医師が入ってきた。Ashby家の人々は、折あれば彼の元を訪れ、診察を受けていた。Beeは座ったまま軽く会釈した。
「おはようございます。容態は、どうでしょうか?」
「安定しています。生命の危険は、無いと見ていいでしょうね。」
Spence医師は答えた。
「意識の方は?」
「いえ、まだ・・・。ただ、確実に快方に向かっています。しかし、完全に回復するかどうかは、定かではありません。私はClareに戻りますが、安心してください。病院にいる限り、いつでも医療が受けられますから。」
 数分後にドアが開いたとき、Beeはそちらを見やろうともしなかった。病院からの報告は、今受けたばかりだ。すなわち、これ以上新しい情報は無いだろう。Beeにとって重要性を持つものは、病院からの報告をおいて他になかった。George Peckが隣に腰を下したとき、Beeは驚きを隠せなかった。
「George!こんな時間に、Westoverに来るなんて、何か特別な用事でも?」
司祭は小さくため息を吐くと、口元を引き結んだ。
「・・・Simonは、やはり、死んで然るべきだったのかもしれませんね。」
 George Peckは封筒から小さな棒切れを取り出すと、Beeの前に置いた。乾いた音を立てたそれは、水に濡れてさび付いていたものの、原型を留めていた。それは、黒い塗装に、黄色の縁取りのなされた万年筆だった。
 SimonはBratと共に、その手にナイフを握り締めたままTanbitchesの崖の下に倒れているところを発見され、捜査に携わった人々は、SimonがBratを殺害しようとしていた、という見解で一致した。では、なぜ殺そうとしたのか。Patrickのものと思われる遺体が見つかり、彼らは一定の結論を得た。即ち、Simonは、Bratの、彼がPatrickを殺したことを裏付ける証拠を見出すことを恐れていたのではないか、という推測がなされたのである。論点は、その遺体が本当にPatrickのものであるのか、ということに移ったがこちらはすぐに終結した。それというのは、Patrickの万年筆が、遺体の傍に見つかったからである。
 Beeはしばらくの間、万年筆に視線を注いでいたが、顔を上げて司祭の方に向き直った。
「・・・遺体は、見つかったのですか?」
「ええ、見つかりました。」
「何が、そこにありましたか?その、つまり、遺体の状態は、どうでしたか?」
George Peckは首を横に振って見せた。
「衣類のかけらと思われる布の断片と、骨だけです。」
「それと、その万年筆、ですね?」
「いえ、万年筆は僅かに離れたところで発見されました。」
Beeは続けて尋ねた。
「つまり、万年筆だけ後から崖の下に落とされた、ということですか?」
「いいえ、そういうことでは無いと思います。推測ですがね。えーっと、お気持ちが楽になるかは分かりませんが、警察の医者が言うには、Patrickは既に亡くなっていたか、あるいは意識が無かったということです。その・・・。」
「崖から落とされた時にですか?」
Beeは後を引き取って言った。
「ええ、彼は、自分があのような憂き目に遭ったことを知らずに済んだのかも知れません。安らかに亡くなってくれたことを、祈るばかりです・・・。病院からの目新しい報告は、何かありましたか?」
「いいえ、Bratの意識はまだ戻っていない様です。」
司祭はそうですか、と頷くと、肩を落とした。
「本当に、悔やんでも悔やみきれません。彼の私の元に相談に来た時に、私がもっと理解を示していれば・・・。あるいは、Bratは、夜間に崖を探索するなどという暴挙には出なかったかも知れません。」
「仕方の無いことでしょう。ともかく、彼の身元を明らかにしなくてはなりません。孤児院には連絡を取ったのですが、他にも検討するべきことはありそうですね。」
司祭は僅かに笑みを浮かべ、頷いた。
「そうですね。まず、彼がAshby家の血筋に当たらないか、調べるべきでしょう。」
「ええ。彼がAshby家の人間でないということになったら、その方が信じがたい話ですから。」
「確かに、同感です。私も、できる限り調査をして見ます。そうそう、Nancyが何かできることはないかと言っていましたが、どうでしょうか?」
「一人で大丈夫です、ありがとう。私よりも、Eleanoaに目をかけてくだされば、嬉しいです。突然に、Latchettsを任されることになって、彼女は戸惑っているでしょうから。」
「分かりました、伝えておきます。Eleanoaは、忙しく馬の世話をすることで、気が紛れるかも知れませんね。」
司祭は言った。
「Eleanoaには、その、BratがPatrickではなかったことを伝えていただけましたか?」
「ええ。非常に困難な仕事でしたよ。彼女はまだ、Simonが亡くなったことの衝撃からも、立ち直ってはいなかったのでね。それにしても・・・。」
「どうかしたんですか?」
Beeは尋ねた。
「彼女は私に接吻をしたのですよ。」
 喫茶店の扉が開き、若い看護婦が入ってきた。
「Ashbyさんですか?」
「ええ、そうです。」
Beeは半分腰を上げながら言った。
「ああ、Ashbyさん、Bratさんは意識を回復されました。ただ、周囲の人や、自分のいる場所は把握できない様子です。Beeさんという方のことをずっと話していらっしゃるので、あなたのことだろうと思いまして・・・。」
 明けては暮れる日を、BeeはBratの病室で過ごした。平生は寡黙なBratは、眠っているときを除けばほとんど絶え間なく、言葉の奔流を溢れさせ続けていた。時折、彼は、思い出したようにBeeの名を口にした。その度にBeeは、「ええ、ここにいますよ」と返事をし、Bratは精神の彷徨に戻るのだった。
 病院の外で、世界は動き続けていた。Southamptonの港にはおびただしい数の船が行き交い、警察は報告書を作り、遺体は埋葬された。しかし、Beeにとっては、Bratのいる病室と自身の使う小さなベッドがその日常の全てだった。水曜日の朝、Charles Ashbyが病院を訪れた。Beeは彼を迎えに出ると、Bratの病室まで案内した。
 「丁度、眠ったところなんです。声を落としてくださいね。」
Beeは言った。CharlesはBratの顔を見ると、呟いた。
「・・・Walter?」
「いいえ、Bratです。」
「分かってる。が、お前の従兄弟のWalterの若い頃に、そっくりじゃないか?」
BeeはBratの方を向いたまま尋ねた。
「Bratが、Walterの息子だと、お思いになるんですか?」
「ああ。Walterよりは誠実そうな顔をしているがね。お前達は、皆、彼を好いていたと聞くが。」
「ええ、非常に。」
Walterは首を横に振って見せた。
「そうか・・・。残念なことだ。時に、これから、彼をどう遇して行くつもりだ?」
「まだ、『これから』があるのかすら、分からないんです。」

 事件の全容が完全に公表されることは、無かった。Simon Ashbyは亡くなり、彼の罪を口にする者もまた、無かった。
 Simonは、13歳のとき、彼の兄弟を殺害していた。そして、彼はPatrickの筆跡で遺書を書き、遺体を万年筆と共に崖の下へ落とし、何事も無かったかのように鍛冶屋に付き添われて夕食に戻った。夜間にPatrickの捜索が行われた折、Simonは自身の子馬に乗って家を出て、Patrickが殺害されたTanbitchesから遠く離れた丘に彼の上着と遺書を放置した。
 Bratに関する問題は、未だ残されていた。彼の出自ではなく、その将来について、である。医師たちはBratが一命を取り留めたことを疑わなかったが、彼が完全に回復するには更に時間を要した。
 「Charles氏が、お見舞いにいらしてくださったのよ。あなたが寝ていた時にね。」
BeeはBratに言葉をかけた。
「あなたが、私の従兄弟のWalter Ashbyに似ていると言って、驚いていたわ。」
「そうなのか。」
Bratは、無関心な様子で言った。そのようなことが、最早、彼にどのような意味を持ちえようか。
「あなたの身元について、調べを進めているのよ。」
「警察が、もうしているさ。」
Bratは天井に目をやった。
「何年も前にね。」
「ええ、でもとても情報が少なかったでしょう。それに、孤児院を足がかりに調べようとしても、それは難しいと思う。だから、私達はWalterの側から調査を始めたわ。彼は定職につくことがほとんど無かったけれど、22年ほど前に、2ヶ月ほどの間Gloucestershireの馬小屋の管理をしていたことが会った様ね。・・・
 Golucestershireの農場で、Wlaterは、料理番の少女と出会った。彼女は料理の腕も良かったが、その実、看護婦を志していた。周囲の人々から好かれていた彼女は、ある時、身籠った。農場の人々は彼女を留まらせ、彼女は近隣の病院でその子供を産んだ。
 少女は、父親を明かすことはしなかったが、農場の持ち主はWalterだろうと推測していた。しかし、その時、Walterは既に農場を離れ別の職についていた。ある日、突然に少女は子供をつれて実家に戻ると言い__そのまま農場から去って行った。しかし、後に、農場の持ち主は少女から手紙を受け取った。それは、農場の人々への感謝と共に、自分は看護婦になり子供の生活を保障できているという旨を綴ったものだった。

 BeeはBratの方に視線をやった。彼は、相変わらず天井を見つめていた。しかし、Beeの語ることに耳を傾けている様でもあった。
「彼女、Mary Woodworldは、看護婦としても優秀だったらしいわ。戦時中に、患者を安全なところに連れて行こうとするうちに、負傷して亡くなった。WalterがMaryや子供のことを与り知っていたとは思えないけれど、もし知っていれば、間違いなく彼女と結婚しようとしていたはずよ。確かに、優しい人ではあったから。」
 BeeはBratを見つめたまま、言葉を紡いだ。恐らく時期尚早だろう、と思いながら。Bratは、未だ、世界に対する一切の興味を失ったままだった。
「これ以上のことは何も分からないけれど、あなたはWalterの息子に違いないと皆思っているわ。」

 数週間後、BeeはEleanoaに言葉をかけた。Eleanoaは、今や、Latchettsの管理者になっていた。
「私は、ここを離れることになったわ。アイルランドのKilbartyの、Tim Connellの農場に行くのよ。」
「ああ、Bee!」
「すぐに出て行くわけじゃないわ。Bratが動けるようになったらね。」
Eleanoaは驚いた表情で言った。
「Bratを連れて行くの?なるほど、いい考えかもしれないわね。それなら多くの問題が解決できるわ。でも、周りの人たちに、どうやってBratのこと説明すればいいかしら?つまり、彼がPatrickじゃなかったってことなんだけど・・・。」
「特に何も言わなくて良いと思うけれど。確かに、事実は漏れ出すでしょう。でも、Bratを家族として受け入れて、彼に対して責めるようなことをしなければ、面白がって噂をする人たちも、すぐに興味を失うと思うわ。それが私達にとっても、Bratにとっても、最善なんじゃないかしら。」
「そうね。それじゃあ、誰かにBratのことを尋ねられたら、『従兄弟のことですか?そういえば、前に私の兄だと言ってこの家に来たことがありましたね。本当に、Patrickにそっくりでしょう?』って答えればいいか。それ以上は何も言わなければ、差障りはなさそうね。」
Eleanoaは言葉を切ると、そうそう、と続けた。
「でも、私が年を取る前に、適度に噂が流れてくれると嬉しいわ。そうじゃないと、Bratと結婚できないでしょ。」
「そんなことを考えているの?」
Beeは驚いて尋ねた。
「ええ、もう決心しているのよ。」
Beeは一瞬の躊躇の末、将来のことに思いをはせた。
「大丈夫。噂は、広がるものだから。」

 「Charles氏が、Latchettsの後見をしてくれることになったわ。」
Beeは言った。Bratはベッドに横になったまま、天井を見つめていた。
「これで、私もようやくどこか他のところに行けそうね。」
Bratは天井から目を離し、Beeの方に視線を向けた。
「アイルランドの農場を考えているの。Kilbartyの、Tim Clnnellのところね。」
Beeは、Bratの指がシーツの端を握り締めるのを視界の端でとらえた。
「じゃあ、アイルランドに行ってしまうのかい?」
「あなたも一緒に来る?馬小屋の管理をしてくれると、嬉しいんだけど。」
Bratの頬を、涙が伝い始めた。Beeは微笑むと、小さく頷いた。
 イギリスの農村は、傾きかけた太陽の下で、暖かい色に染まっていた。

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最終更新:2010年03月01日 00:43