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4.Bridge over Troubled Water

 歌は旅をする。それらは歌い手から聴き手へと、旅をする。歌いたい者がいる限り、そして聴きたい者がいる限り、歌は旅をする。偉大な歌は海を越えて伝わり、そして時代を経て私たちと共に生き続ける。Bridge over Troubled Waterは長きに渡って旅を続けている歌の一つである。

 60年代、アメリカが公民権運動の一色だった頃、Bridge over Troubled Waterはニューヨークで生まれた。
 Paul SimonとArthur Garfunkelはニューヨークで育った。彼らは学校で出会い、そして14歳の時、共に作曲を始めた。彼らは初め、『Tom and Jerry』を名乗っていた。1964年、彼らはSimon and Garfunkelとしてニューヨーク・デビューを果たしたが、1965年にThe Sounds of Silenceがヒットするまではありきたりなグループに過ぎなかった。
 1968年末までに、Simon and Garfunkelは合衆国で最も成功したグループになっていた。Bridge over Troubled Waterは、1969年、彼らの特別番組で公開された。この曲も非常にヒットして、そのリリース以来、Elvis Presleyを含む200の歌手に歌われた。Simon and Garfunkelは1970年に解散したが、彼らの歌は生き続けている。この曲は、モダン・クラッシックになったのだった。

 歌は旅をする。ニューヨークに端を発し、Bridge over Troubled Waterはアパルトヘイトの時代の南アフリカへと向かった。アフリカ人の隔離を意味するアパルトヘイトは、1948年に白人主導の政府によって打ち立てられた人種差別の政策である。白人以外の人々は、450万の白人たちと同等の市民権を持つことができなかった。アパルトヘイトのもとで、2300万人の黒人たちは、投票権を与えられていなかったのである。1964年、アパルトヘイトに抵抗する運動の主導者であったNelson Mandelaは、政府の転覆を企てたとして終身刑を受けた。次の25年間、牢の中にあっても、彼は黒人たちの自由への希望の象徴であり続けた。
 70年代半ば、抵抗運動は次第に暴動化していった。1976年6月、Johannesburg近郊のSowetoという街で蜂起が起こり、2500人以上の黒人が死傷した。
 アパルトヘイトのもとで、音楽までも政府の統制下にあり、黒人たちは聴きたい音楽を聴くことが許されなかった。Bridge over Troubled Waterは南アフリカで聴くことが許された数少ない曲の一つであった。70年代半ば、Aretha Franklinの歌うこの曲の福音版がヒットした。Bridge over Troubled Waterはアパルトヘイトに苦しむ人々の苦難、自己犠牲、そして自由への希望の象徴になった。
 1991年、アパルトヘイトは遂に終結し、Nelson Mandelaは選挙を経て大統領に就任した。翌年、Paul Simonは、歌手として南アフリカに招かれた。
 Bridge over Troubled Waterは、アパルトヘイトを経験していない若い世代に伝えられた。今日、南アフリカでは、この曲は聖歌として教会や学校で歌われている。

 歌は旅をする。アパルトヘイトの終結から10年が経ち、Bridge over Troubled Waterはニューヨークに戻ってきた。2001年9月、ニューヨークとワシントンへのテロ攻撃を受けて、アメリカは衝撃と追悼に覆われていた。多くのアメリカ人たちは、普段どおりの活動を続けることは適切ではないと感じた。テレビ、ラジオの各局は通常の番組を変更し、スポーツ・イベントは中止になった。あるコミュニケーション会社が、喪に服する時に相応しくないと思われる曲の一覧を発行した。奇妙なことに、その一覧にはBridge over Troubled WaterやJohn LennonのImagineも含まれていた。
 しかし、人々は苦難の中で安らぎを希求しており、彼らはすぐに再び音楽に救いを求めた。テロ攻撃の10日後、犠牲者たちに向けた大規模なオールスターの番組が組まれた。この番組は、ほとんど全てのアメリカのメディアによって、世界の200以上の国々に報道された。観客も、歓声も、コマーシャルもなかった。Neil Youngは、Imagineを歌った。Paur Simonも招かれ、彼はBridge over Troubled Waterを歌った。
 Bridge over Troubled Waterは、再びヒットした。この曲は、翌年のソルトレイクシティ・オリンピックでも歌われることになった。

 なぜこの曲はこのような長きに渡って、歓声を浴び続けているのだろうか?まず、その単調だが心に残る音色が挙げられる。加えて、苦難と自己犠牲、より良い明日への希望を歌った歌詞がある。この曲の元になった福音音楽のように、Bridge over Troubled Waterは苦難を抱える人に安らぎを与える。

あなたが疲れて、
落胆している時、
あなたが目に涙を浮かべている時、
私がそれを乾かそう。
私はあなたの傍にいる、
時間が荒々しく過ぎ去り、
友人も見つけられない時。
急流に架かる橋のように、
私は身を横たえよう。
急流に架かる橋のように、
私は身を横たえよう。

 Bridge over Troubled Waterのような曲は、明日への希望をもたらすことによって、聴く人にその日を生き抜く勇気を与える。勇気や希望は、普遍的な人間の感覚である。そのような感覚を心地よい音色と音律で表現する歌は、人の心に残る。そして、それは他の土地の、他の人へと旅をする。
 ありがとう、Paul。ありがとう、Art。

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最終更新:2010年04月05日 14:19