時間: 2008年12月31日 23時15分頃
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~ランドアースの何処か~
新年を迎える夜の街は、活気に満ちていた。
幾度も訪れた世界の危機。それを乗り越え、生き延びた人々の祝宴だ。
空には『黒い太陽』が輝き、また新たなドラゴンロードが現れないとは限らない。
それでも、人々は、今生きていることを喜び合い、来年の幸せを願って杯を傾けあうのだった。
主要な街道から外れた、何気ないひとつの街の路地裏に、男は存在した。
精悍な顔付きの男は、周囲を大勢の悪漢に取り囲まれながらも、なお悠然としていた。
「お前達は、『盗賊』と呼ばれている」
周囲をまるで気にする様子もなく、男は話を続ける。
「冒険者の絶対的な力におびえながらも、自らの欲望に忠実たる者……」
言葉が言い終わらない内に、悪漢の一人が、手にした槍で男を突き刺す。
男は槍をかわさず、その身に受けた。しかし、槍は彼に突き刺さる事は無かった。
彼の着衣すら、揺らしてもいない。
その不条理な光景に、盗賊達の間に動揺が奔る。
俺達はただの盗賊ではない。俺達の攻撃を受ければ、冒険者といえど只では済まない筈……!
一瞬の逡巡の後、獣のような唸り声と共に、彼等は『変異』をはじめる。
ある者は胴体から触手が出現し、ある者の額には巨大な瞳が浮かび、ある者の肉体は異臭の煙を吐き出し……人間を越えた
キマイラの力を、発現させたのだ。
1体1体が冒険者に匹敵する力を持つ、恐るべき存在だ。また、キマイラが死してモンスター化した際には、討伐に冒険者数人の力を必要とする。
だが、男はその悪夢のような光景にも、眉ひとつ動かすことは無い。
「考えたことは無かったか……? なぜ、自分は『盗賊』なのか」
「冒険者のような圧倒的強者の存在するこの世界で、なぜ脆弱な己は悪に走るのか」
盗賊のひとりが答える。
「王だ! 我等には王がいるからだ! ただのこそ泥ひとりに至るまで、すべからく盗賊の生き様を貫くものは、やがて王の存在を知る!」
そして、その言葉を合図として、数十体のキマイラが男に飛び掛り、攻撃を加える。
異形の腕が、角が、触手が飛び、路地裏に闇と炎が吹き上がる。
しかし、やはり男には一切の攻撃が通じない。髪の一本を切ることすら、叶わないのだ。
「本来は、殺す必要などまるで無いのだが……」
言葉を言い終えると同時に男は片手を掲げ、力強く振るう。
振りかざした腕は颶風を巻き起こし、滅びの風へと転ずる!
風はキマイラ達の肉体をバラバラに引き裂き、モンスター化した肉片も残さず砕いてゆく。
同時に、幸せな夜の街の全ても風に巻き込まれ、砕け、吹き飛んでしまった……。
「このような歓喜を味わった事は、もう久しく無かったのだ。許されよ」
そして街は消滅し、周囲に生きる者の姿は無くなった。
男は天空に輝く『黒い太陽』を一瞥したあと、消滅した街に残された地下への入口へと、歩みを進めるのだった。
最終更新:2009年01月02日 10:07