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今日考えていたのはタワーの歴史について。タワーっていうのは僕が建築する予定の超高層ビルの名前。そのまんまだけどね。スティーブンキングだけどね。
タワーはバブル全盛の80年代に生まれる。プライヴェートセクターによるプロジェクトだった。複数の企業が共同出資する形で企画、運営されていた。大手銀行は積極的に融資した。バブル期なので用地買収にも多額の費用がかかった。
企画当初から住民の猛烈な反対にあうが東京都はタワー建設に前向きな発言をする。タワー建設は財政的にも新宿の活性化としても重要なファクターであると位置づける。しかしタワープロジェクトはバブルの崩壊とともに頓挫する。大手銀行は多額の不良債権を抱えることとなった。
プライヴェートセクターに代わってタワープロジェクトを受け持ったのは『新宿再開発機構』と呼ばれる組織だった。これは東京都と政府と企業とが共同運営する半官半民の政府機関である。モデルとなったのはワールドトレードセンターを建設したアメリカの『ポートオーソリティ』という組織だった。政府は『新宿再開発機構』に裁量権、法的権限を与える。これは各省庁をまたぐ手続きを簡略化するためだと言われた。実際『新宿再開発機構』に権力を集中させた結果、コストの大幅なダウン、効率化、時間の短縮、などの成果があった。
『ポートオーソリティ』はシビアに利益を追求された。一方、『新宿再開発機構』は公共事業的側面が強かった。税金を投入しての企業の救済である。そこには関連するゼネコン、多額の不良債権を抱えた大手銀行なども含まれていた。
「血税を投入して企業の尻拭いをしている」として『新宿再開発機構』は批判を浴びることとなった。
折りしもその時期日本経済は『失われた10年』と呼ばれる長期不況を脱しつつあった。『産業再生機構』による不良債権処理が実を結んだこと。金融規制緩和、いわゆる『ビックバン』や日銀のゼロ金利政策、IT革命、グローバリズム、政府による構造改革、会社出資法改正などにより経済は上向きになっていた。
『新宿再開発機構』によるタワー建設は佳境にさしかかっていた。残るはテナントの誘致だけであった。ビル完成間際にあってテナントはまだ全体の37%しか確保できていなかった。そこで『新宿再開発機構』が目をつけたのがタワー族であった……。
タワー建設がバブル期に企画され、『失われた10年』を経て現在の格差社会に完成するっていう。このストーリー。繋がりすぎてて怖い。出来すぎじゃねーか!? って。
でもこういう方向で行くと村上龍さんには勝てないので、あくまでエンターテイメントを目指す。読み物として面白いものを目指す。


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最終更新:2006年12月09日 01:03