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地下街で僕はオアシスの『Wonderwall』を聴く。地下街の出口で曲はエルレガーデンの『スペースソニック』に変わってる。ここ何ヶ月繰り返してる僕のミニマリズム。
階段はかなりの急角度になっていて、朝日が逆光になって出口を真っ白く照らしている。静かで無機質な地下街から地上へと。目がくらむような光の中へと登っていく。それは毎日の僕の儀式だった。
地下街の出口にはホームレスがいる。
彼はいつも膝を抱えている。彼の足元には日本酒のワンカップがあったり、缶ビールがあったりする。彼の顔は日焼けと酒焼けとアカとで真っ黒くなっている。彼からはしばらく洗っていない体育シューズの匂いがする。
彼のかたわらを若い女の子が元気に歩いていく。彼女には彼が見えない。
何が彼をここまで打ちのめしたのだろう??
彼の背後にはモノリスのように高層ビルが屹立している。まるで今の社会を象徴しているような風景。でもこれは物語ではない。
人間をアクチュアルにとらえていくこと。
ストーリーテリングのために配役はしない。僕は神様ではないからだ。ホームレスの彼には彼の人生がある。僕の物語のために彼を配役したりはしない。
今日はホームレスとアーミーと呼ばれる女の子とリバイアサンと呼ばれる料理長のキャラクターデザインをした。彼らはみんな生きている。彼らは僕のために生きているわけではないのだ。
近代の、「均質性」、「無限定性」という思想は嘘だと思う。人間をアクチュアルにとらえていくこと。「現象としての大衆」から「アクチュアルな個人」へと物語を還元すること。
簡単に言うと、普通なひととかいないんだからさ。いろんなひとがいるから世界は面白い。ままならない。世界が理論や頭の中で動いてるわけないからさ。当たり前のことなんだ。
スティーブンキングのように執拗に個人のエピソードを重ねていくこと。そこから始めなくちゃいけない。俺はステレオタイプはしない。料理でミックスベジタブルを使わないのと同じくらい確実に、ステレオタイプはしない。
人間をアクチュアルにとらえていくこと。
その時、物語はポリフォニックなオーケストラになる。


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最終更新:2007年02月22日 02:07