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マイク・ニコルズ『卒業』鑑賞。
アメリカンニューシネマの名作。というか映画史上の名作と言われる作品だけど、クソバカホラー専門なのでこの歳になって初めて観た(笑)
ダスティン・ホフマンが花嫁をさらってバスに乗り込むラストシーンはあまりにも有名。
感想としては王道の名作ってカンジじゃない。60年代後半の最先端オシャレ映画だったんだと思う。今で言うと『(500)日のサマー』みたいなカンジ(違うかも)。笑いや風俗は経年劣化する。あの時代にはハイセンスだったクスクス笑いも今は失笑に変わる。間合いとか呼吸というものはどうしたって時代と共にある。じゃあこの映画の何が凄いかって言ったら、スコア。サイモン&ガーファンクルのスコアが『卒業』を名作にした。
まあ、あまりにも『サウンド・オブ・サイレンス』が刷り込まれ過ぎてるっていうのはあるかもしれないけど。映画が終わった後も音楽が鳴り続けていた。
ストーリーははっきり言ってヒドイ。
「ダスティン・ホフマンは厨二病のニートでセフレはアルコール依存症のババアで親子丼キメようと娘口説いて嫌われてストーカーになってしかもその娘も頭の悪いビッチでせっかくの結婚式をぶっ壊してふたりでバスに乗るけど行き先は間違いなく地獄」っていう救いようのない物語。
ドラマツルギーがあきらかに一昔前なんだよね。すべてがダスティン・ホフマンに都合良く働く。
何故世界はダスティン・ホフマンを愛したのか?
これはとても重要なテーマだ。
(少なくとも僕にとっては)
何故世界はダスティン・ホフマンを愛したのか?
それは世界が自分を愛してくれるという確信があったからだ。
その確信が共同幻想として共有されていたのが、かつての世界だ。若さは永遠であり、すべては都合良く、あるべきところにおさまる。そういう世界に対する信頼があるからこそ、物語はシンプルな構造で成り立つ。
(うまく言えないな。単純なストーリーが悪いって言いたいわけじゃない。シンプルな物語の極地が昔話で。「Once upon a time」で始まり「And they lived happily ever after」で終わる物語。そういう物語の強さを僕は今も信じてる)
(アメリカンニューシネマはそういう「信頼すべき世界」に裏切られた時代の映画だ。多分甘ったるい憧憬の残滓がスクリプトに反映されているんじゃないかと思う)
60年代後半と現代で何が変容したのだろう。
世界に対する信頼が失われたのか?
世界が僕を見放したのか?
たぶん違う。
「生まれたからには幸せになる」という幻想が消滅しただけだ。
「信頼すべき世界」なんてものはそもそも存在しなかったという事実がむき出しとなっただけなんだ。
タフな時代になった。
本当にタフな時代だ。
『卒業』みたいなストーリーに共感できるやつは少ないんじゃないかな。オールドスクールなコメディとしか思えないひともいるかも。
世界は自分を愛さない。
それは真実だ。
それでもサバイブしなければいけない。
だからこそコンフリクトは増大し、スクリプトは複雑化する。
自分を受容してくれない世界に対して定点を求めること。
それこそが現代の物語だ。
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2012年03月] - &trackback() - 2012年03月21日 21:25:10
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最終更新:2012年03月21日 22:19