「回想」

なぜ閲覧数が多いのか…
荒らされているのも知ってるが、実害はそれほどないから気にしないでおこう。

こんばんは。
この時期は大学生はテスト週間で、受験生もラストスパートといった所なのかな?

一年前だと、私立一般試験の勉強で、化学の過去問をやってた時期だったかな?
この時期が一番理解力の伸びが大きかったと思う。

当時は、大学生活の期待をする余裕なんてなくて、毎日胃がキリキリしてたなぁ。
今でも、薄板のチョコレートを食べると、辛い思い出がよみがえって、トラウマに近いものがある。


今、気持ちが一杯一杯で考える余裕がなくても、動いた分だけ力になったとは強く思う。
それでも、自分の場合は受験において後手に回りすぎて失敗したが笑

今、気持ちを落ち着けて頑張れる人はこれまでの努力があるからで、
今、焦る気持ちを落ち着かせられそうにない人は、それほどまでに叶えたい目標だと受け止めて前に進めばいいと思う。
諦めるのは個人の権利だけど、受験を頑張った人がそれから先を楽しんでいる姿は今でも羨ましいと思う自分には、今の現状をキチンと受け止めていくことが大切だと感じている。
とはいっても、自分は他人に助言を言えるほど、人生を経験していないまだまだ子供だが。


一年前には自分が今のような状況になるとは考える気にもならなかった。
当時の日記を読んでも、大学に対する夢は大学生活ではなく、世間がその大学をどのように見るかを考えていたように思える。

大学に入ってからの事なんて、
授業と遊びの毎日で、先輩や気の合った友達と飲みに行ったりして、
休日にも遠くへ出かけるような生活を曖昧に思っていたのかもしれない。


大学生活ももうすぐ一年が経ちそうだが、
教授に研究室で学びたいと話してきたら、正式な研究生ではないが研究室へ入れてもらえそうだと聞いた。
新歓では自分が団体全体の進行管理と指揮を任せれるようになって、結構充実した生活を送れていると思う。

どちらもこの一年で行動した事がキッカケだと思う。
それがどのように生きてくるのかは自分でもまだ分からないが、自分と向き合って、望みを考えて、選んだ結果だと思う。

まだ気持ちに整理がつかないが、この感情はおそらく充実感だと思う。
自分の行動を周りが認めてくれて得られたものだと思うとすごく嬉しい。


入学してからは具体的に何をするかは考えていなかった分、
今の自分がこう在れたのは友人やその団体の仲間のおかげだと思う。
今だからこそ思うが、本当に新歓の時にその団体を選んで良かったと思う。
第一志望ではない大学生活で不貞腐れることなく、いろんな事に挑戦することができたのも、似た境遇でありながらも直向きに頑張る友人ができたからだと思う。
そういった出会いにおいても、大学生活はとてもいいものだと思った。

これから期末テストがあって、来年からもどのようになるかは分からないけど、
今の関係や行動があるからこそ、これからも頑張れるような気がした。


受験で大変だと感じるのは仕方のない事だと思う。
それでも、直向きに挑戦した人が信頼も実績も得るものだと考えている。

最近、インフルエンザが流行っていて大変だけど、
一緒に気を付けて頑張っていきましょう。

それでは。

最終更新:2014年05月11日 10:27